
【掌編小説】忘れもの
月には、ひとつの忘れものがある。
それは、地球との大切な約束。
はるか遠い昔。
まだ人間が生まれる前に、月は地球に、
そっと尋ねた。
「いつか、私のところへ来てくれる?」
地球は応えた。
「もちろん」
やがて地球に、人間が生まれた。
人間は月を見上げ、月へ行くことを夢見る
ようになった。
けれど、何世代もの時が流れても、誰も月には来なかった。
それでも月は、何億年も満ち欠けをしながら待ち続けた。
そしてある日。
月面に、ひとつの足跡がついた。
「……!」
月は驚いた。
宇宙服を着た人間が、月を優しく見つめる。
「やっと来てくれた」
もちろん、その月の声は届かない。
けれど、人間は小さく笑った。
「地球の子孫です」
そして、そっと月面に手を触れた。
「ずっと、あなたとの約束を
果たしたかった」
忘れものは、忘れられたものではなかった。
月は嬉しくなって、自分の体が輝いた気が
した。
