円環〖掌編小説 #チャレがや杯2026〗
私の家系は、女が元気で長生きをする。ひいばあちゃんは、九十二歳まで生きた。八月十五日、土曜日。ひいばあちゃんの十三回忌に参列した面々を見ても、圧倒的に女が多い。
法事が終わると、ばあちゃんが親族の前に進み出て、感謝の意を表した。ばあちゃんは終戦の年に生まれた八十一歳で、いまでも村の畑を守っている。背筋をしゃんと伸ばしたばあちゃんが、私の肩に手を置く。
「美世。時報、鳴らしてくれ」
ばあちゃんに言われて、私は厳かな気持ちで「はい」とスマートフォンを構える。
時報の音が、寺のお堂に反響する。
正午。
ばあちゃんが南を向いて頭を下げた。深々と。親族の女たちが続く。ばあちゃんはいつものように聞こえない何かを呟き、皺の入り組んだ目をぎゅっと閉じて、長く長く祈る。
いつもお多福みたいに陽気なばあちゃんは、この日の夜にだけ、言葉に怒りを滲ませる。
「勝つ見込みなんて最初からなかったんだ。盾さ。南方の海で、きっと痛くて苦しかったろうになあ」
毎年、ばあちゃんは泣く。私はいつも、もらい泣きをする。
せっかく帰省できたのだからと、私はばあちゃんの家に泊まることにした。
「盆にはみんな帰って来るからな。夢の中だとしても会いてえもんだ」
ばあちゃんは、仏間で寝るという。「隣で寝てもいい?」と聞くと、ばあちゃんは嬉しそうに頷いた。
仏間の畳は新調したばかりだという。い草の青い匂いが心地いい。風のない夜に、ふんわりと線香の煙が立ちのぼる。隣でばあちゃんが寝息を立て始めた。規則的な呼吸音を聞くたびに、波のように眠気がやってくる。
ばあちゃんの手に触れ、皺をなぞる。温かい。
ざざあ。
ざざあ。
波に揺られ、もう一つの世界で目を覚ます。魂が時空を超えたことを悟る。海水は冷たくも温かくもない。透明な体を起こすと、白い砂浜が見えた。大きな流木の上に、男女が座っている。男の人は上等な三つ揃えのスーツを着ていて、女の人は、千代紙みたいな朱色と浅黄色の着物を纏っている。
男の人が、両手を握りしめて、女の人に向き直った。
『今日の貴女は、あの……その……。女優の原節子よりも美しくて……。だから、その……』
告白はあまりにももどかしく、私は目をぐるりと回した。
『私が原節子よりきれいだなんて、そんなの嘘に決まっていますわ』
三つ編みのお下げを弄びながら、女の人は頬を染めた。
『嘘じゃありません! 僕は、僕はっ……! 一生貴女をお守りする覚悟です!』
女の人は綺麗な黒い瞳をめいっぱい見開いて、唇を噛んで笑い、目尻の涙を白い指で拭った。
『嬉しいわ。俊成さん。私、こんなに嬉しいのって、初めてよ』
『環希さん。ほら、もう泣かないで』
紳士は、優しそうな目尻を下げ、口の両端を指で広げてにっと笑った。
環希と、俊成。
嵐が吹き荒れ、私は波にのまれた。息苦しくはない。再び水面に浮上すると、目の前の景色が変わっている。
『俊成さんの、嘘つき! 嘘つきぃっ! きっと帰って来るって約束したじゃない!』
美しい顔を般若のように歪めて、砂浜に爪を立て、臨月の環希は、水平線へと泣き叫んでいた。
元の世界に帰って、目を覚ます。夜気がしっとりと重い。
「美世にも、見えたか?」
隣で、ばあちゃんが囁いた。
「ひいじいちゃん、優しそうな人だね」
「そうだなあ。とうとう夢で会えたなあ」
ばあちゃんの涙声が、闇夜に吸い込まれていく。
「お前に名前を付けたのは、環希さん——ひいばあちゃんなんだ。美世」
「わかった」と呟いた。
私の胎内には、いのちが宿っている。
おなかに、ばあちゃんの手の重みを感じた。
目を閉じて、祈る。
私が今、生きているのはなぜか。
次の世界をつくる私たちを、どうか、見守っていて下さい。
<了>
1498文字
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「女優・告白・嘘」を使用しました。
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