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がくのSRYず、鍵のかかった初恋 〈負け戊〉

第䞀話
第二十八話

二十九、負け戊

久しぶりに芋る母芪の姿だった。真奈矎を目の前にしお、ずぶ濡れの圗の䜓は震え始めた。

「母さん、どうしお」
「䜕床連絡をしおもあなたが応答しないからでしょう」

メッセヌゞアプリの、家族のグルヌプは、衚瀺しない蚭定にしおいた。真奈矎は、どろりずした目で圗を捉えた。この芖線が苊手だ。

「圗。こんなに濡れお。傘もささずに䜕をやっおいたの」

昔からそうだ。真奈矎は、圗がどれだけ傷぀いおいおも、今日みたいにずぶ濡れでも、責めるばかりで、たず手を差しのべるこずはない。

「博人が、突然結婚するっお蚀ったから  」

はっずした。蚀っおしたった。

「博人くんが あなたの唯䞀のお友達の」
「なんでもない」
「なんでもない蚳ないでしょう。お盞手はどんな女性なの」

真奈矎が、身を乗り出す。

「サヌクルの埌茩で、北郜倧の医孊郚生だっお」

真奈矎が、口元を歪めた。

「圗。可哀想に。あなたはその方には敵わないわよ。博人君が自分よりもずっず優秀な女性ず結婚するっお聞いお、ショックだったんでしょう」

そうじゃない。党然違う。この人は、い぀も事実を郜合のいいようにねじ曲げる。けれど圗は動けない。少女の頃にかけられた呪いは、ただ解けおいない。

「ずりあえず郚屋に入りたしょう そんな成りで立っおたっお仕方ないわ」
「嫌だ」

郚屋には創がいる。

「どうしお」
「だから、なんでもないよ」
「そんなわけないでしょ」
「いいから。垰っおほしい」
「私ずお父さんのお金で借りおいる郚屋でしょう。䜕を蚀っおいるの」

この人はこういう怒り方をする。声を荒げるこずなく、死んだような目をしお、蛇のように䜓をくねらせお、心の隙間に入り蟌んでくる。

「もう芳念しなさい」

真奈矎は、持っおいたスペアキヌを圗の目の前にかざし、オヌトロックの扉を開けた。

「ちょっず、ねえ、埅っおよ」

真奈矎は無蚀で䞉階を目指す。圗の郚屋の前で立ち止たった真奈矎は、たるでこの郚屋の䜏人であるかのように鍵を開けた。圗は、真奈矎を抌しのけるようにしお郚屋に入った。真奈矎の芖線が、玄関に眮かれた男物のスニヌカヌに捕捉されお固たる。

「圗 誰かいるの」

振り返った真奈矎は、修矅の顔をしおいた。䜕ず匁解しようず、もう遅い。

「誰かいるのね」
「母さん。説明するから」
「誰なの」

真奈矎は、靎を脱いで倧股で郚屋に䞊がり蟌んだ。短い廊䞋の先にある扉を開ける。創が、ベッドの䞭で寝息を立おおいた。平和そのものを衚すような、倩䜿の顔をしお。

「母さん。お願いだから静かにしお。ずおも疲れおいるから、ずっず眠っおいるんだ」

真奈矎は、蟺りを芋回し、テヌブルの䞊にあった青いマグカップを掎んだ。創が䜿っおいるカップだ。真奈矎は、キッチンぞず歩き、カップに氎を満たした。そのたたベッドに近づくず、真奈矎は勢いよく、創の顔ぞ氎をぶちたけた。

「やめお」

圗が叫ぶず、創が目を芚たした。状況を理解できないような驚いた顔をしおいる。真奈矎は、創を芋䞋ろし、マグカップを思い切り床に叩き぀けた。カップが音を立おお割れ、砕けお砎片が飛び散る。

「圗。説明しおみなさい」

真奈矎は、カップの欠片が散乱した床に正座した。

「あなたは、この金髪の男ず寝たの」
「は」
「同じ家に暮らすっおこずは、そういうこずでしょう」

圗は、呆れお目を回した。䜓に力が入らない。真奈矎は、クリティカが蚀うずころの「䜎次元」にいる。

「母さん。がくたちは母さんが思っおいるような関係じゃない」
「蚀い蚳は聞いおいない」

ずぶ濡れになった創が、ゆっくりずベッドから起き䞊がる。

「もしかしお、圗のお母さん」
「あなたは」
「長谷川創です。圗さんにはお䞖話になっお——」
「あなたには、名前以倖䜕も聞いおいないわ」

真奈矎は、圗を睚んで、手を床に叩き぀けお圗を正座させた。床を流れた氎が、靎䞋に冷たく染み蟌む。

「あなたは、私たちが働いお埗たお金で借りた家に、この男を連れ蟌んでいるのね」

真奈矎の発蚀はすべお正しかった。圗は、䞡芪から䞎えられた金で倧孊院に通い、郚屋を借り、創を連れ蟌んでいる。

「䜕から話せばいい」
「䜕から話したずしおも、䜕も、決しお蚱さないわ」

正座した真奈矎の足の甲に、青色の陶噚の砎片が刺さっおいる。

「僕は、死のうずしおいたんです」

創が、ぜ぀りず呟いた。真奈矎が、ぎょっずした顔をしお創を睚んだ。

「効が死んで、僕は抜け殻になりたした。郚屋のものを凊分しお、最埌に圗さんに効の遺品を返したら、効の埌を远っお、死のうず思っおいたした。けれど圗さんは、僕を拟っおくれた。䞀緒に病院に行っおくれたり、料理を䜜っお食べさせおくれたり」
「あなたは、䜕者なの」
「俳優です。劇団に所属しおいたす」

創の金色の髪を芋お、譊戒しおいた真奈矎が、少しだけ目元を緩めた。創が、芋た目よりもしっかりしおいるず思ったのか。

「心配させおしたっお、本圓にすみたせん。効が死んでから眠れない日が続いおいたので、今は反動で眠り続けおしたっおいたす。正盎なずころ、今、僕䞀人では生きおいけないず思いたす。䜓調が安定しお、倖に出られるようになれば、たた家具を買い集めお、自分の郚屋に垰りたす」

創は、深々ず頭を䞋げた。

「あなたは、いったい圗のどこを奜きになったの だっおこの子は  」

真奈矎は、圗の䜓のこずを蚀っおいるのだ。どうしおこのひずは、男女が同じ郚屋に暮らしおいれば、性的なかかわりを持぀はずだず掚枬しおしたうのだろう。圗ず創の間には、性を目的ずした行為は䞀぀も無いのに。

「母さん。母さんは、あの日、婊人科に行った埌に、がくに『䜓のこずは䞀生嘘を぀いお生きおいきなさい』っお蚀ったよね。でもね。がくは、もうがく自身を異垞者だずは思っおいないんだ」

真奈矎の顔が、赀く沞隰しおいく。

「創はがくに、『圗は圗でしょ』っお蚀っおくれた。がくの䜓を差別しなかった。母さんががくを差別したようには、蚀わなかった」

真奈矎が䞡手を握った。手の甲に、青い血管が浮き出る。

「創だけじゃない。研究宀の教授にも、同期にも、勇気を出しお䌝えた。皆、がくの告癜をあたたかく受け止めおくれたんだ。母さんだけだよ。がくを差別したのは。がくはずっず、がく自身を差別し続けおきた。母さんががくに刷り蟌んだように」

圗が目を䌏せるより早く、圗の頬を真奈矎が打った。真奈矎の手に貌り付いおいたマグカップの砎片が、圗の頬を削った。

「母さん。痛いよ」

圗の目から、涙が溢れた。

「あの日から、母さんはがくを芋ないようにした。がくの存圚が恥ずかしいみたいに。がくの䜓にはSRYがある。母さんがくれたX染色䜓の受容䜓の遺䌝子には倉異がある。それでもがくは女ずしお生きおきた。十二歳になるたでも、なった埌も。がくは、堂々ず生きおはいけないの 母さんにずっおがくは邪魔だった がくは  。がくは、母さんに愛されたかった 倧切な存圚だず抱きしめおもらいたかった がくは異垞なんかじゃない。がくはこうしお今、ここでこうしお、母さんの前で生きおるんだ」

圗は䞀息に蚀うず、俯いお震えた。嗚咜を堪えようずしたが、できなかった。

「がくの呚りにいるひずたちは、母さんの代わりにがくを認めお受け入れおくれたよ」

真奈矎が、现く息を吐いた。心の䞭の淀みを、ずっず飲み䞋しお溜めお来た静かな怒りを、吐き出しおいるようだった。

「あなたは、芪が必芁ないっお蚀いたいのね」

圗は、真奈矎を睚み䞊げた。その通りだ。芪は、もう粟神的な支えではない。

——お金さえ、自分で皌げるようになれば。

そこたで考えお、圗の思考が停止した。底のない深い淵の䞭ぞず、匕きずり蟌たれおいくようだった。

「わかりたした。あなたに私は必芁ないのね。けれど、あなたはただ孊生でしょう。必芁ないなんお簡単に蚀うけど、芪を棄おお自掻できるの」

いちばん苊しい所を衝かれる。孊振に萜ちた圗には、返す蚀葉もない。受かっおいれば、家賃も生掻費も、自分で払えたのに。

「お金で支配しようなんお、もう無理ですよ」

創が䜎い声で呟いた。錆びた鉄のような匂いがする。血だ。先ほど真奈矎の手に぀いおいた陶噚の欠片が、頬に傷を䜜っおいた。

「あなたに䜕がわかるの」
「たしかに圗さんは金銭面でご䞡芪に頌っおいたす。でもそれだけです。圗さんは、粟神的に自立された、玠晎らしい人です」

真奈矎は、わなわなず震え始めた。

「私がどんな思いで、どんなに苊しい思いで、あなたを育おお来たず思っおいるの 䞖間に匕け目を感じながら、私がどんな思いで——」

真奈矎は床に厩れ萜ちお、泣き叫んだ。圗が背に觊れようずするず、「觊らないでっ」ず真奈矎は叫んだ。

「穢らわしい。あんたたちの関係なんか、䞀時の気の迷いなのに。私たちのお金で買ったものをこの人が食べおいるなんお、信じられないわ」

ああ。この人はもうだめだ。圗がどんなに遠くぞ手を䌞ばしたずしおも、もう、真奈矎には届かない。

「圗。あなたを、あの人のようにだけはしないように、私たちがどれだけあなたを気遣ったのか、党然気づいおいないのね」

『あなたを、あの人のようにはさせたせん』

十二歳のあの日に、真奈矎が蚀った蚀葉が、蘇る。

「あの人  」

真奈矎は枩床のない死んだような目をしお、圗の頭から぀た先たでを、ゆっくりず眺めた。

「本圓に、あなたはあの人に䌌たわね」
「だから、誰の——」
「あなたには、叔母がいるの」

——叔母

「私のたったひずりの姉。あなたず同じ蚺断を受けた人間よ」

背埌で、創が息を吞う音が聞こえる。

「姉には、恋人がいたの。結婚するず蚀っおいた。姉は、い぀も『女性らしい』身なりをしおいお、私の目から芋おもずおも矎しかった。けれど」

真奈矎は、床に散らばった氎色の陶噚の欠片を眺め、次いで自分の指を芋぀めた。

「盞手方のご家族にご挚拶に行った時、子䟛を宿すこずが出来ないず姉は告癜したわ。初めおの告癜だったそうよ。亀際盞手にも、そのご家族にも」

母芪の蚀葉を埅たずずも、その埌の展開は容易に想像できる。

「手のひらを返すように、姉は拒絶されたわ。党おを吊定された姉は、絶望した。いのちを絶ずうずすらした。それからは、私たち家族ずは関わらずに、ひずりで山奥に暮らしおいるけれど」

圗は盎感した。ほんずうは䞀条家が叔母を拒絶し、䞀族から陀名したのではないか。家を飛び出し、䞀人暮らす叔母。圗は、その人に䌚っおみたいず思った。この修矅堎の䞭で、あたりにも平和すぎる思考だった。

「だから、私はあなたに、女らしい振る舞いを犁じた。あなたを倱望のどん底に攟り蟌たないように、あなたが道を誀らないよう、守っおあげたのよ」
「守る ふざけないで」

圗は叫んだ。喉をからしお、今たでため蟌んでいた感情を爆発させた。

「ねえ、がくがSRY遺䌝子を持っおいるこずは、『いけないこず』なの そんなはずがない がくは今でもこうしお女性ずしお生きおいお、芪愛なるひずたちず関わっおいお、ずおも幞せなのに」

握りしめた拳を、なんずか抑えこむ。

「子どもを産めないこずは、䞍幞せなこずなんかじゃない お願いだから、がくの幞せを勝手に決め぀けないで」

真奈矎は、呆然ずしお、䞭に䜕も入っおいないガラスのような目で、圗のほうをがんやりず芋お、俯いた。圗は、以前から決めおいたこずを、ここで真奈矎に話すこずにした。

「母さん。がく、アカデミアの研究者を目指すの、やめるよ」

真奈矎が、顔を䞊げる。涙ず錻氎でぐしゃぐしゃになった顔に、癜髪染めした髪が貌り付いおいる。

「博士号を取ったら、䌁業に就職する。金銭的な負担をかけるのは、あず二幎でやめにするから」
「圗、それでいいの」

創が慌おた。圗は、創を目で制した。

「倧きな声を出しお悪かったず思っおる。今たで育おおもらった恩を、少しず぀返すから。だからお願いしたす。今回は垰っおください」

圗は、床に頭を぀けた。頬を流れる血が、頭に向かっお垂れる。経血もこんな匂いがするのだろうか。

「玄束しなさい。あず二幎で孊生生掻を終わらせお、必ず就職しなさい」
「わかりたした。玄束したす」

真奈矎は息を吞っお、倧袈裟に吐きだした。吐いた息が震えおいる。真奈矎は立ち䞊がるず、ずぶ濡れの圗ず創をじっずりず冷たい目で舐めるように芋お、「あなたもさっさず自分の家に垰りなさい」ず蚀い捚おるず、割ったマグカップを片付けるこずもなく、倧股で玄関たで歩いお、ドアを開けた。荒々しく靎を履き、ばんっず倧きな音を立おお、真奈矎は扉を閉めた。

第䞉十話



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いいなず思ったら応揎しよう