
ささやかな物語 第一章 残していくこと 30話
「この親不孝者が……」
一言発した言葉は、重くのしかかる。そのまま博之の亡骸に覆い被さり、号泣した佐重子。博之の胸の辺りを何度か叩いた。傍らで照雄は、膝を折ったまま黙っている。照雄は、戦時中を生きてきた。厳格で、それでいて我慢強い人だった。歳を長く重ねた二人にとって、人の死に関して、幾度となく経験してきたことだろう。
「俺には兄弟が五人いてな」
博之は、たまにそんな話を拓斗に聞かせていた。
「兄貴が二人いるが、本当は兄貴と姉貴がまだいたんだよ。でも、早い時期に死んだらしい。俺が生まれる前のことだから、よくわからないんだけどな」
照雄と佐重子は、昔も我が子との死別を経験している。しかし、だからと言って慣れるものでもないだろう。それがこの言葉だった。
「この親不孝者……。親不孝者……」
佐重子の言葉は、繰り返されるばかりだった。声が、掠れている。照雄は佐重子の腕を優しく掴んだ。
「佐重子、もうやめるんだ……気持ちは分かるが、みんな辛いんだ……」
照雄は佐重子を宥めた。照雄はゆっくり振り向き、清海に問いかけた。照雄の瞳は真っ赤に染まっている。
「」清海さん、博之はどんな感じだったかな? 苦しんだりしなかったか?」
冷静に話す照雄。しかし、心情を察するに余りあった。
「はい。家族みんなに看取られ、幸せな顔で安らかに旅立ちました」
「そうか、ありがとう。清海さん。博之は幸せだったんだな……ほれは救いだったな」
ほっとした様子の照雄だった。それでも、涙は見せなかった。
「幸せだったと思います……私たち家族も幸せでしたから……」
苦しんだ顔のことは言わずにおこうと、清海は思った。最愛の息子を失くし、そこで苦しい顔をして逝きましたと伝えれば、この二人はもっと悲しむに違いない。それは、あまりにも酷だ。
「この親不孝者、親不孝者……」
拓斗は、この光景が忘れられないほど心に引っかかった。
──親より先に逝くなんて、やっぱり親不孝だな。どんなに歳を重ねても、二人にとっては父さんは大切な子供──
「父さん、親不孝だよ。でも、俺は父さんに何もできなかった。もっと親不孝者だ」
二人の気持ちを代弁するように、相手のいない会話を拓斗はしていた。
枕元に揺れる蝋燭の炎は、ゆらゆらと揺れていた。外の庭では、陽射しを浴びて咲いていた向日葵も、風に吹かれ、ゆらゆらと揺れていた。
窓から外を見ている。
「何も変わらないな……ただ、父さんだけがもう……いない……」
第一章 終幕