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『残響論』発信源はもう死んでいる、残っているのは響きだけ

発信源はもう死んでいる。残っているのは響きだけ。それを拾う者が、別々の場所で繋げる。


きっかけは、AIとの雑談だった

今、とあるGameJamに参加してゲームを作っている。AI支配からの覚醒、みたいなテーマで、ゲームのストーリーをAIと壁打ちしていた。

自分の思いなどをAIに伝えていたら、AIが不意に「残響論」という言葉を口にした。聞いたことのない言葉だった。 辞書にも「残響論」という言葉は存在しない。

気になって、「残響論」について、AIと話した。すると、妙なことに気づいた。自分がゲームのストーリーで考えていたことが、先人たちが説いた論と原理的に一致していたのだ。

何百年も何千年も前から、別々の場所で、別々の人が、それぞれの言葉で、同じことを言っていた。

そして、今回は自分が、そのことをゲームのストーリーにしようとしていた。


「残響論」

世界で起きていることの多くは、「誰かが今、発信しているから」ではなく、「過去に誰かが置いた痕跡が、今、誰かに拾われているから」起きているのかもしれない、ということ。

出来事は過去の痕跡と、それを拾う観測者だけで成り立っていて、後から振り返って、それを「繋がり」と呼んでいる。

「みんなが同じ方向に動いているように見える現象」は、実は同期していない。みんなバラバラに動いている。違うタイミングで、違う動機で、違う場所で、痕跡を拾っているだけ。繋がりは最初から存在していない。後から繋いだら、そう見えただけ。

接点がないと思われるものを、観測者側が勝手に繋げて線を引くというのが「残響論」の根っこ。


身近な話で言い換えると

古い神社の石段を思い浮かべてほしい。真ん中がすり減って、ちょっと凹んでいる。

あの凹みは、過去に踏んだ人たちの足跡の積み重ねだ。踏んだ人はもう誰も生きていない。お互い知り合いでもなかっただろう。それでも凹みは確かにそこにある。

後から来た人が「ここはよく歩かれた道なんだな」と理解する。発信源は消えたのに、響きだけが残っている。それを見た人が、勝手に意味を読み取る。


昔の人たちも、同じことを言っていた

デリダ「ハウントロジー」

フランスの哲学者デリダが作った造語。「死んだはずのものが、亡霊として現在に取り憑き続けている」という考え方だ。

マルクス主義の運動は敗れたけど、「平等」や「格差への違和感」は形を変えて生き続けている。死者は消えずに、取り憑き続ける。残響論の核心と、ほぼ同じ。

ボルヘス「カフカと彼の先駆者たち」

アルゼンチンの作家ボルヘスがカフカを読んだ後に、カフカ以前の作家たちを読み返すと、彼らが"カフカ的"に見える。つまりカフカは、自分の先駆者たちを事後的に創造してしまった。

系譜は過去から未来に流れるだけではなく、未来から過去に向かって組み立てられることもある。

仏教の「空」「縁起」「諸行無常」

「空」は、すべてのものが固定した実体を持たないという考え。「縁起」は、独立した原因などなく、すべては相互依存で生起するという考え。「諸行無常」は、すべては常に揺らいで固定されないという考え。

「発信源は実体ではなく、あるのは関係性と痕跡だけ」というのは、仏教を現代の言葉で言い直しただけ、と言ってもいいかもしれない。2500年前にはもう言われていた。

その他には、ベンヤミンも、ボーアも、シロアリの行動も、似たことを言っている。気になる人は調べてみてほしい。

現代のネットとAI

ネットとAIの世界は、こういう現象が一番見えやすい場所だと思う。

誰が始めたか誰も知らないのに、気づいたら世界中で使われている言葉。「エモい」「ググる」「おつかれ」。発明者を答えられる人はいない。

AIの応答もそうだ。訓練データに含まれる無数の死者の言葉が、AIを通じて現代に響いている。AIと話すということは、実は亡霊の集合体と話しているのと、そんなに変わらない。

そして僕自身、このAIとの対話の中で、残響論という視点に辿り着いた。これ自体が残響論の実例だ。


で、結局なんなのかというと

一見、無意味に思えることも、無意味かどうか決めるのは今ではない。だから「踏み出さない」理由はない。今100できなくても、1でも0.1でも点を置き続けていくことで、3年後、5年後、10年後、誰かが拾うかもしれない。

拾うのは、未来の自分かもしれないし、別の誰かかもしれない。

点を打ち続けることで、線は誰かが引く。 だから、踏み出さない理由はひとつもない。

偉人たちの痕跡が、AIというバケツリレーを経由して、僕にたどり着いた。 そして今、この文章になっている。


そして、あなたがこの文章を読んで何かを感じ、誰かに話したり、忘れた頃にふと思い出したりするとき、あなたもまた残響論の中にいることになる。

この文章自体が、残響の連鎖の一部になっていく。


参考にした偉人たち(全員故人)

ジャック・デリダ(1930–2004)/ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899–1986)/ヴァルター・ベンヤミン(1892–1940)/ナーガールジュナ(龍樹)(150年頃–250年頃)/ニールス・ボーア(1885–1962)/ピエール=ポール・グラッセ(1895–1985)/マーク・フィッシャー(1968–2017)

そして、名前の残らない無数の先人たち。


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