過食嘔吐が出来なくなって、ソファは少し凹みました
摂食障害だったわたしは、吐けなくなってから、ずっとソファに沈んでいました。
30代の後半からの記憶のほとんどは、リビングの少し剥げた床と遮光カーテン。それだけでした。
時計を外し、レースのカーテンも外して、遮光カーテンを二枚重ねました。光も時間も入らない部屋。
そこに、わたしは沈んでいました。
近所の人の笑い声が、わたしの体型を笑っているのだと思いました。
話し声がすべて、わたしの悪口に聞こえました。
お向かいのお宅から大きなテレビの音が気になって、窓を閉めても入ってくるその音のせいで眠れないのだと思い、音の流れないイヤホンをして転がりました。
起きるたびに何時かわからなくて、家族の動きだけで時間を把握していました。
洗濯を外に干せなくなり、洗濯機で乾燥しても追いつかなくなった洗濯物が、脱衣所から溢れ出していました。
無理やりたくさん入れると、洗濯物が臭くなっていました。
掃除をする気力もないわたしに、夫がいつものように
「ゴミ屋敷かよ」
と舌打ちしました。『お前が買ったゴミだろ』心の中で言いました。
体力と物の多さが比例しなくて、何をしても片付かず、どうでもよくなっていました。
過食嘔吐を10年以上続けていたわたしはもうどこにもいませんでした。
あの頃のわたしを知っている人には、会いたくありませんでした。
わたしだと気が付かれないように、シルエットのわからない男物を着るようになっていました。
子どもの用事で出かけるときは、真夏でも真冬でもマスクと日傘を欠かしませんでした。
全身ビッショリになりながら歩いていました。
細かったわたしは、外を歩くといつも呼び止められていたのに、
太ったわたしには、誰も声をかけてきませんでした。
バレてないと思っていました。
家に来たいつもの宅配の人がわたしを見て驚きました。
マスクをして出たのに、意味がありませんでした。
『吐いていないだけなのに』
『痩せて輝いていた自分に戻りたい』
だけど、もう過食も嘔吐もできませんでした。
気力も体力もない。すべてがどうでも良くなっていました。
鏡に自分の姿が映り込みました。一瞬、誰だかわかりませんでした。
『こんな輪郭を、外に晒すなんて出来ない。もう誰にも会えない』
『両親がみたらショックだろうな。なんで太ったのかと聞かれたらなんて言おう』
そればかり考えながら、リビングの片隅でうずくまって生きていました。
子どもたちが、「ただいま」とわたしを覗き込みました。涙が出ました。
学校の面談は逃げられませんでした。
日の出ていない、人がまばらな終わりがけの時間を選びました。
マスクをして汗だくで面談をしました。
娘が部活終わりに友達と校庭にいました。
見られないように、慌てて隠れました。
家の車庫から隣のベランダが見えました。誰かが見ている気がしました。
目の前のゴミステーションにすらマスクをして夜中に出しに行きました。
酔っ払って帰宅した夫にみつかって
「クソデブさん、ただいま」
耳を塞ぎました。
近所の人に聞かれた気がしました。
わたしは、クソが付くほどデブなのだと言い聞かせました。
携帯電話を解約しました。
インターホンの音量を下げて、ガムテープを重ねました。
買い物は宅配を頼みました。ドアをノックされても居留守を使って、息を潜めてドキドキしました。
伸びた髪の毛が煩わしくて自分で切ることにしました。
体重計は電池を抜いて洗濯機の下にしまいました。
散らかった洗濯物をゴミ袋に入れて放置しました。
夜中になると家の前に配達された食材を回収して、こっそりゴミを出しました。
車にもマスクを付けてフードを被って乗りました。
夫が運転するときは、椅子を深く倒して沈み込み、窓から見えないようにして乗りました。
いつでも隠れられるように、車には毛布を積みました。
段々とお風呂も入れなくなりました。下着だけ取り替えて過ごしました。
セルフカットの髪の毛はボサボサで、白髪が伸びて跳ねていました。
男物の服は、黒い服ばかりでした。ゴミ出しの時も夜に紛れる気がしました。
人の目ばかり探していました。
一体何時間寝ているのかもわかりませんでした。朝子どもたちが出ていって帰宅するまで寝ていました。
夜中だけ起きて、毎日ネットで色々調べました。
「過食嘔吐 摂食障害 太る 痩せる」
どう調べても、ただのダイエットのために吐いていたわたしとは、関係のないことばかり出てきました。
「心の病気 親との関係」
検索結果を見て、わたしのダイエットがなぜ母のせいになるのだとイライラしました。
起きたら涙が出るようになりました。
解約できずにいた家の電話から、母に電話しました。
「大丈夫?そっち行こうか?」
母に会いたいと思いました。だけど太った体を見られたくない。
「大丈夫、来てもらっても時間がないし」
だけど、
「あまりにつらいから、心の病院に行こうかな」
ネットでちらっと見た広告が頭をよぎり、なんとなく口から出てしまいました。それを聞いた母は、
「保険に入れなくなるわよ」
少し怒ったような声で言いました。
「そんな薬飲んだら大変」
「行かないほうがいい」
「ごめん、行かないよ大丈夫」
変なことを口走ったと反省しました。
だけど心配した母が日帰りで会いに来ました。
往復5時間くらいかかるのに。
わたしの形を見て少しびっくりした顔をした母は、何も言わずにいてくれました。
母の顔を見た瞬間、涙が止まらなくなりました。
背中を擦ってもらって少し楽になりました。
わたしは吐いていたことは隠して、ただ泣きました。
わたしが落ち着くと母は帰っていきました。
『母がもし、いなくなったらわたしはどうなるんだろう』
太陽の光に何年もあたっていない気がしました。
子どもたちだけは普通に話せました。
少しずつ冗談も言えるようになっていました。
その頃、5年ぶりの免許の書き換えがありました。
何年かぶりに眉毛だけを描いてみました。少し濃くなりました。
出来上がった免許証を見て驚き言葉が出ませんでした。
思っていた以上に老けて、むくんだようなわたしの顔がありました。
覚悟はしていたけれど、恐ろしく老いていました。
同世代はインターネットの向こう側でとても楽しそうにしているのに。
わたしもここから抜け出したいのに。
何をしていいのかわかりませんでした。
『このむくんだ顔を細くするにはダイエットしかない。だけど、吐く体力が残ってない』
痩せるには吐くしかないのだと、クセのように思い出しました。
もう吐くことは出来ませんでした。やっぱり隠れて生きるしかないのです。
『どこで間違えていたのかな。何になっていたら幸せだったのかな。
若さも細さも、何もなくなっちゃった。』
座っている筋力もなくなって、転がり続ける日々。
体重計は隠せても、服のサイズだけは隠せませんでした。
そうやって、エルの前にエックスが並ぶようになる頃には
部屋の移動だけでも怠くなっていました。
「なんでそんなに太ったの!!」
昔少し太っただけで言われた、母の声がいつも耳にありました。
吐くことをやめただけなのに太りました。
動かなくなってもっと太りました。
あっという間に両親が軽蔑する醜い体になりました。
自分を責めながら、ソファに沈んでいました。
わたしがどんなに痩せても太っても
子どもたちだけは何も言いませんでした。何も聞きませんでした。
この子たちの前だけでは、鎧を脱げました。
誰かの受験が近づくと、マスクをしたまま車に乗って志望校を見に行きました。
卒業式は、マスクと日傘とスカーフで、大きな身体が見つからないように隠しました。
眠っている間に、何回目かの春がやってきて、子どもたちが新しい学校に進学しました。
知っている人がいない学校でした。
通販で買った大きなサイズの服を着て、
誰も知っている人のいないその場所へ、マスクをしていきました。
学校の体育館は、たくさんの人であふれていて一瞬ドキッとしました。
でも、知っている顔はありませんでした。
誰もわたしなんて見ていません。わたしはそっとマスクを外しました。
帰り道マスクをしていないわたしを見て、娘がスマホのカメラを向けました。
「お母さんも撮ってあげるよ」
隠れるわたしを見て笑う娘。
だけど、家に近づくとまたカバンからマスクを取り出しました。
リビングにあるわたし専用になったソファは、少し凹んでいました。
