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【秋の夜長に美術館めぐり2025】モーリス・ユトリロ展@SOMPO美術館・東京【2025.9.20-12.14】【#アートを楽しむ】

    ※べつに夜に訪れたわけじゃないです、念のため。

    語呂が良かったから・・・(タイトルのことを言っています。)

    はじめに

    東京都の新宿付近にあるSOMPO美術館にて、「モーリス・ユトリロ展」を鑑賞してきたので紹介しようと思う。

    本題に入る前に、SOMPO美術館は、あのゴッホのあの《ひまわり》を収蔵していることで有名だ。しかも《ひまわり》は通年展示され、いつでも(※開館時)見ることができる。
    企画展の展示室の一番最後に通る場所に展示されていて、ベンチも設置され、ガラス越しではあるが、ゆっくりと鑑賞することができるのだ。
    ゴッホの力強い筆致を見たくなったら是非SOMPO美術館を訪れてほしい。

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    フィンセント・ファン・ゴッホ≪ひまわり≫SOMPO美術館

    生きてるって感じ。エネルギーを感じる。

    モーリス・ユトリロとは

    ユトリロの一般認知度がよく分からないのだが、私がユトリロ展を訪れた際は、思ったより混んでいた・・・というのが正直な感想である。
    (※しかも、会期のかなり序盤。一般的に、美術館は会期の最後の方が混む。)

    私がユトリロを知ったのは、数年前、松岡美術館である。その展示の目玉であったモディリアーニと、ユトリロの白っぽいパリの街並みの絵が並んでいたのだ。
    その後、系統的に美術を勉強した際にユトリロが出てきて、「あーあの時の!」と思った。

    美術館で初めて見た作品が印象に残って、ずっと覚えているということがある。
    美術館を訪れて、「作品と出会う」体験も大事にしたいものだ。

    さて、モーリス・ユトリロ(1883-1955)といえば、
    ・エコール・ド・パリを代表する画家
    ・激しいアルコール依存症
    ・母親のヴァラドンは、ルノワールやロートレックの絵画のモデルであった
    といったエピソードで語られることが多い。

    エコール・ド・パリを代表する画家

    エコール・ド・パリというのは、20世紀初頭、パリのモンマルトルやモンパルナスに集った世界中の芸術家たちの総称である。
    日本人でいうと、藤田嗣治も、エコール・ド・パリを代表する画家だ。

    ユトリロは、パリ出身というところでエコール・ド・パリの他の画家たちとは異質かもしれないが、モンマルトルの街並みを描き続けた画家であり、誰よりもパリと結びついている気もする。

    激しいアルコール依存症

    ユトリロはかなり若い頃からアルコール依存が酷かったらしい。
    アルコール依存の治療として絵を描いていたという話もあるくらいだ。

    母親のヴァラドンがルノワールやロートレックの絵画のモデルであった

    これはもうそのままなのだが、ユトリロの母親は、ルノワールやロートレックなどの絵のモデルであった。
    かなり有名な絵の中にも、彼女をモデルにしているものがあるので、気になった方は是非調べてみてほしい。
    ちなみに、彼女は自らも筆を取り、画家としても活躍した。

    「それで、代表作は?」

    私が友人に「ユトリロ展に行ったんだよね」という話をした際に言われた一言である。

    代表作・・・代表作、かあ。

    なかなか出てこない。

    ユトリロの作品といえば、白っぽい感じのパリっぽい街並みの絵が有名だと思うのだが、彼はそういう絵を何百枚と残しているのである。
    その中で「これ!」というものがあるだろうか?
    (※私が不勉強で知らないだけかもしれない。)

    とりあえず、ユトリロ展で撮影した写真の中から、私が思う「いかにもユトリロっぽい」作品を載せておこうと思う。
    (※撮影OKな絵も多かった。SNSに載せる際のハッシュタグも指定されていた。)

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    ≪マルカデ通り≫名古屋市美術館

    ユトリロ展@SOMPO美術館

    今回のユトリロ展では、「モンマニー時代」、「白の時代」、「色彩の時代」の3つの時代に分けて作品が展示されていた。

    「白の時代」を象徴する「白」

    私が知っているユトリロといえば「白の時代」である。
    パリの街並みをなんだか白っぽく(真っ白という感じではない)描いた絵が多いので、「白の時代」と言われているのだと思う。
    ユトリロは絵の具にいろいろなものを混ぜて色を作っていたらしい。漆喰を混ぜたり、ある時は鳥のフンを混ぜたりして、あの独特な白っぽい色を作っていたとのこと。

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    ≪ベルト王妃のらせん階段の館、シャルトル(ユール=エ=ロワール県)≫八木ファインアート・コレクション蔵
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    ≪サン=ドニ通り≫八木ファインアート・コレクション蔵

    ユトリロの絵を見て感じるのは、街並みの美しさとかではなく、人の営みがそこにあるということだ。人の姿はあまり描かれないが・・・

    アルコール依存について

    ユトリロ展では、先に触れたアルコール依存症についても語られていた。
    入退院を繰り返していたこと、アルコール依存の治療として1日に1枚絵を描いていたこと。
    他にも、外に出て実際に街並みを見ながら絵を描くのではなく、ポストカードを参考にすることも多かったらしいが、その理由として、奇行が多かったので外に出て絵を描いていると周囲の人から妨害されるということが挙げられていた。
    アルコール依存がユトリロの人生に与えた影響の大きさを感じるエピソードである。

    こんなユトリロも、結婚を経て症状が落ち着いていったらしい。
    年齢もあるのかもしれないが、結婚は偉大・・・なのだろうか?

    そして、ユトリロは思ったより長生きだった。若い頃からアルコール依存症だったという衝撃的なエピソードが有名なので、てっきり不健康で早逝したものだと思っていた。
    作品数も多く、現在日本にある作品も多いみたいだった。
    彼のそこそこ長い人生の後半の幸せが、前半に起こったアルコール依存や周囲の人々の中傷などの苦しみを凌駕していたことを祈る。

    画家の人生の長さと作品数の多さは比例する。

    だいたいの場合ね。
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    ≪サン=ヴァンサン通り、雪のラパン・アジル、モンマルトル≫個人蔵

    ↑ユトリロは、これとほぼ同じ構図の絵を300点も描いたそうだ。この作品は、50歳くらいで描いたもの。

    母との関係

    母親・ヴァラドンのエピソードもたくさん登場する。
    ヴァラドンとユトリロが送り合った手紙も展示されていて興味深かった。
    結びつきが強い親子だったんだなあ・・・と。

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    ≪キオスク≫八木ファインアート・コレクション蔵

    ↑私がいちばん気に入った絵。枝の表現が好き。

    終わりに

    ユトリロ展は、彼の人生の山や谷を感じる興味深い展示であった。
    珍しく会期が始まった直後に訪れたので、まだまだ会期が残っている(2025年12月14日まで)。
    新宿で美術館めぐりをしたい人、《ひまわり》を見てみたい人にもおすすめだ。
    この記事が、ユトリロ展に興味のある方々に届けば幸いである。

    ※↓旅先で美術館を訪れた話。2025年11月16日まで、長野県の上田で川瀬巴水の近代版画を鑑賞した。


     
     
    国内旅行(公共交通機関旅)には自信がある 47都道府県宿泊コンプリートまで福井県を残すのみ 若干マニアックな旅行記と練習中の写真とたまに雑記で構成されるブログ

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