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Photo bykakukakubooks

【美術館めぐり】「藤田嗣治 絵画と写真」展に行ってきた

    はじめに

    JR東京駅には、東京ステーションギャラリーという美術館がある。
    八角形の天井ドームが有名な丸の内側の出入口の、北側の方。
    展示室もそう広くはないし、そこまで混んでいないことが多いので(私調べ)、新幹線や待ち合わせまでちょっと時間が余った時にお勧めの美術館だ。

    そんな東京ステーションギャラリーで藤田嗣治が見られるということで、行ってきた。

    会期ギリギリの滑り込みだった。
    この展示は9月末から名古屋の美術館でも開催されるようだ。

    藤田博嗣という芸術家【好きだけど考えさせられる】

    藤田嗣治といえば、フランスに帰化し、レオナール・フジタの名前でも知られている。
    日本の美術館の常設展で藤田の絵を見ることも多い。
    画風・・・というか、有名なのは、「透き通るような肌」とか「乳白色の肌」などと表現される独特な乳白色の肌の女性が描かれている絵だ。あと猫。

    ↓これは私が好きな作品(東京のアーティゾン美術館所蔵)。

    美術関係の本では、エコール・ド・パリの文脈で語られることが多い気がする。
    エコール・ド・パリといえば、第一次世界大戦から第二次世界大戦までの間、芸術の中心だったパリに世界中から集った若い芸術家を指す(第二次世界大戦時にナチスが新興芸術を弾圧したため、その後の芸術の中心地はアメリカになった・・・と言ってしまって差し支えないだろう。)。
    彼らはモンマルトルやモンパルナスの集合住宅で生活し、酒に溺れる貧困生活を送っていたというイメージである。どんな本を見ても、「みんな貧乏だった」みたいなことが書いてある。
    モディリアーニなど亡くなってから再評価された画家もいるが、それもほんの一握りであろう。

    藤田はモンパルナスに住み、エコール・ド・パリの画家たちと交流していたのだが、この頃にフランスに帰化したわけではない。
    第二次世界大戦が始まり、日本に帰国した藤田は、従軍画家として戦争画を描くことになった。
    その代表作に《アッツ島玉砕》がある。今は、皇居のそばにある東京国立近代美術館が保管しており(戦後接収されたため所有はアメリカ合衆国だが、無期限貸与を受けている)、時期によると思うが常設展で見ることができる。
    2m×2.5mの大きい画面に日本軍とアメリカ軍の死闘が描かれ、画面の手前側には刀や銃剣を持ってもみくちゃになりながら戦う人々や折り重なって倒れる死体、遠く奥側には山と海が見える。画面は、特に手前側はめちゃくちゃ暗い。

    ここには東京国立近代美術館の作品検索のリンクを貼っておくが、直に見ると、作品の大きさも相まって、《受け取れるもの》の多い作品だと思う。

    藤田は従軍画家であり、第二次世界大戦中も、戦争画を書き続けることになった。
    ここでいう「戦争画」とは、国民の戦意高揚のための作品制作を要請され、これに応えた絵画のことを指す。

    そんな藤田は、終戦後、「戦争協力者」として責任を問われるようになってしまったのである。

    結局、藤田は、1949年にフランスに渡り、フランスに帰化してしまった。
    「私が日本を捨てたのではない。日本に捨てられたのだ。」という言葉も有名である。

    と、藤田といえばこのようなエピソードがあるため、私自身、藤田の作品は好きだし、美術館で藤田の絵を見ると「いいね〜」と思うのであるが、同時に、戦争の業の深さ、のようなどこにもたどり着けないような深くて重い思考に陥ってしまう。

    話を戻そう

    話を東京ステーションギャラリーの展示に戻す。
    この展示は、藤田の絵画だけでなく、藤田が生前に撮影した写真や、藤田自信が被写体となった写真なども併せて展示して、藤田の芸術を再考しようと試みている。

    まず、藤田自信が被写体になった写真が相当面白かった。
    丸眼鏡にチョビ髭におかっぱという見た目もそうだし、ポスターに採用された猫を顔の横に掲げるポーズや、パイプと扇子を持って洒落たポーズをとる様子は、いかにも「芸術家」である。

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    現代の感性でも、この写真を見れば彼が芸術家であることは一見して明らか。
    展覧会の公式HPでも「セルフブランディング」という言葉が使われているが、そういう「見せ方」、「売り方」が飛び抜けて上手だったのだろう。
    かと思えば、友人と飲み会で仮装しているアホっぽい写真も残されていて面白い。
    あと、藤田といえば猫だが、犬と一緒に写った写真もあった。動物が好きだったのだろう。

    藤田自身が撮影した写真もたくさん展示されていた。
    最初の方はモノクローム写真で、戦後、1950年代あたりからカラー写真になってくる。
    デッサンの代わりにスナップ写真を使っていたようで、スナップ写真に映っている人が絵画に登場したりもする。
    スナップ写真と完成した絵画を並べて展示してくれていて興味深い。

    それから、藤田は帰国時に秋田県に美術館を建設するために秋田に滞在していた時期があり、その頃に《秋田の行事》という壁画を制作しているのだが、秋田で描いたと思われる、秋田の人々をテーマにした作品も複数展示されていた。
    《秋田の行事》は今は秋田県立美術館で見られるようなので、是非行ってみたい。

    おわりに(写真撮影禁止の展覧会)

    本展示は館内撮影禁止なので写真を残すことができなかった。
    なので、展示を見たことを忘れないように記しておく。

    最近は写真撮影、SNS投稿OKの展覧会も増えてきたと思う。
    個人的には、展覧会の写真を後から見返して展覧会の雰囲気を思い出したり、別の展覧会に行って「この人の絵を見たことある気がするけどどんなやつだっけ?」と思った時に探したりできるので、写真撮影OKは嬉しい。
    他方で、著作権(作品の)の問題、肖像権(周りのお客さんの)の問題はもとより、≪映える≫作品の前に人だかりができたり、シャッター音が鑑賞の邪魔になったり、あとは図録が売れなくなったり・・・
    そういう問題が生じることは容易に想像できるので、展覧会を撮影禁止にする美術館にとやかく物申すことはできない(そもそも今回の藤田嗣治は著作権がまだ切れていない)。

    しかし、こうして美術館めぐりの記事を書いたりしていると、本当にあれもこれも忘れているな!と自分にびっくりする。
    キャプションに書いてあることを頭に刻み込んで出てきたはずなのに、家に帰ったら全部忘れてたりとか・・・(メモをとればいいのですが・・・)
    そういう時には、写真OKだったらな〜〜と思わざるにはいられない。一人の鑑賞者としての素直な感想である。


    ↓エコール・ド・パリの有名な画家、マルク・シャガールの絵をいっぱい見た山形美術館の話はこちら。



     
     
    国内旅行(公共交通機関旅)には自信がある 47都道府県宿泊コンプリートまで福井県を残すのみ 若干マニアックな旅行記と練習中の写真とたまに雑記で構成されるブログ

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