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Photo byholy_finch3076

短編小説 『夜のカフェで』



    「…それは無理だと思いますよ」

    沈黙のあと、
    画面右下のスタッフがまっすぐな目で
    小さくつぶやいた。

    他のスタッフも黙ったままだ。

    無理。
    その一言が、耳の奥で何度も響く。

    「じゃあ、お前らがアイデア出せばいいだろ!」

    湊はハッとした。
    こんなに大きな声を
    荒げるつもりなんてなかった。

    「今日はここまでにしよう。
    また来週のこの時間に会議だ。解散」

    真っ暗になった画面に東京タワーが映る。
    チャンネル登録者300万人。
    それでも、誰も自分の言葉に乗ってこない。

    冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを
    取り出しテレビをつける。

    w杯開幕のニュースだった。

    高校の同級生である進が
    代表メンバーに招集されたと知ったのは、
    つい最近だった。

    画面の中で名前が呼ばれた瞬間、
    視線が少しだけ揺れた。

    ボールが蹴られる音がした。

    思わず、リモコンに手を伸ばす。

    あの日も、公園にボールの弾む音が響いていた。

    「俺サッカー選手になりたいんだ、実は」

    「なれるわけねーだろ、湊に」 

    手を叩きながら笑う慎吾。


    「湊、めっちゃサッカー上手いわけでも
     足が速いわけでもないじゃん。」

    晃がぼそっとつぶやいた。

    湊は口にぎゅっと力が入る。

    放課後は毎日公園に集合して
    日が暮れるまで遊んだ。

    その日を境に湊は公園に行くのをやめた。

    湊は1人でボールを蹴るようになった。

    それでも、サッカーをやめなかった。
    中学、高校と、ボールを蹴り続けた。


    高校最後の全国大会予選。
    ユニホームをもらえる最後の選手の名が
    呼ばれた。

    湊ではなかった。

    進だった。

    悔し涙もでない。

    できることは全てやった。

    あの日から、湊は止まることが怖くなった。

    それから三年後、湊の動画の再生数は一千万を超えていた。



    「…っくそ。どいつもこいつも」

    テーブルの上には白紙のままのノート。

    スマホの通知がたえず光る。
    湊は手を伸ばせなかった。

    小さく舌打ちをし
    指先で眉間を強く押さえた。

    —-

    いつものバーに行く気になれず、街をひたすら徘徊する。

    公園を抜けると古びたカフェがあった。

    カランコロン。
    人が出入りするたびに扉の鈴がなる。

    「いらっしゃいませ。」

    「ブラックで」

    目線を合わせることなくそう伝えると
    メニューを閉じた。

    「かしこまりました。」

    カップに添えられている手に
    なんとなく目が惹かれ顔をあげると
    女性がこちらを見ていた。

    「どうぞ。」

    「なんですか?」

    女性はその場で立ちつくしたまま動かない。

    「犬が…あ、いえ、なんでもないです。」

    口を閉ざすと、困ったように笑い

    カウンターの奥に消えていった。

    湊は「犬が…」という言葉が引っかかっていた。

    -犬がなんだよ、そこまで言ったならいえよ

    ガルルルルル

    犬の威嚇する声が聞こえた気がしたが、
    振り返っても何もいなかった。

    —

    「いつもの。」

    「かしこまりました。 
     熱々のブラックですね。」

    湊は静かに頷き外を見た。

    窓からは夕陽が差し込んでいる。

    「どうぞ。」

    コーヒーを一口飲むと、
    湊の視線は凪を追いかける。

    凪は百面相のように
    口角があがったり下がったり、
    目を細めたり見開いたり。

    「youtubeでもみてるんですか?」

    「…どうして?」

    「いや、違うならいいんです。」

    「気になりますか?」

    湊は視線を床に落とし答えた。

    「…いや、別に。」

    「これ、特別に差し上げます。」

    七色に輝く栞サイズのチケットが一枚。

    「これは?」

    「わたし、タロットが趣味なんです。
     これでも当たるって評判なんですよ。」

    「そうなんですか。」

    「タロットはうそです!すいません。
     そんなに興味なさそうにされると
     困るな〜うそって言いにくい。」

    「うそ?」

    「はい。そのチケットは一部の常連さんに
     渡してるんです。よりゆったりした時間を
     過ごしてほしくて。」

    「へぇ。」

    「閉店後のカフェを貸切にしてるんです。
    良かったら使ってくださいね。」


    ————


    家に帰ると、いつもの光景が待っていた。

    スマホには既読のつかないメッセージ。
    机には目を通していない契約書類。
    そしてその横には、半年前から書けていない企画書。

    何ひとつ、前に進んでいない。

    止まったら終わる。
    止まったら、あの頃に戻る。

    契約書類を
    ぐちゃぐちゃ丸め床に投げつけた。

    頭を抱えテーブルに突っ伏す。

    何も考えないようにしても
    次々といろんな感情が押し寄せる。

    「感情に意味はある。しかし数字がすべてを語る。私はそう信じて疑わなかった。」

    -ハハッ

    置いてあった著書の表紙をみて
    乾いた笑い声が出た。

    二年前の自分が、よくそんなことを言えたものだ。

    著書に挟まっていたレインボーに光るそれは
    あのカフェのチケットだった。

    しばらくチケットを眺めると
    湊は部屋を出た。

    ——

    気づけば、また同じ道を歩いていた。

    夜のカフェはより一層薄暗い。

    「いつものでいいですか?」

    「いや別のにします。オススメありますか?」

    「オススメはこのページと、
    あとメニューにはないですが、
    コーンスープとミネストローネがあります。」

    「コーンスープ下さい。」

    「かしこまりました。
     少々お待ちください。」

    「お待たせしました。」

    「どうも。」

    湊はコーンスープを一口飲んだ。

    -やべっ。

    バレないように素早く袖で涙を拭う。

    拭っても拭っても溢れてくる涙。

    「これどうぞ。」

    凪はティッシュを差し出した。

    「バレてましたか。」

    何も言わず微笑むとカウンターの奥に
    戻っていった。

    「おかわりいかがですか?」

    「じゃぁもう一杯下さい。」

    「どうぞ。
     コンスープお好きなんですね。」

    「いえ、久しぶりです。
     高校以来。」

    「そうなんですか。」

    「サッカー部だったんですけど、
    練習帰りによく飲んでたんです、自販機の。」

    「思い出の味なんですね。」

    微笑むと静かにカウンターの奥に戻っていった。

    店内のBGMがジャズから
    穏やかな海の音に変わる。

    この夜、湊は10年以上ぶりに
    思いきり泣いた。

    ——-

    『口だけだろ』
    『どうせ続かない』
    『成功したのは運だろ』

    「っるせー!」
    布団に拳を叩きつける。

    目を覚ますと見慣れた天井があった。

    しばらく動けなかった。

    SNSに頻繁に届く見知らぬ誰かからのDM。

    最近は開かないようにしていたはずなのに。

    頭が重い。

    「っうわあああ!!!」

    水でも飲もうと思い腰を上げると
    目の前に大きな黒い犬がいた。

    鋭い牙を剥き出しにして
    湊を睨みつけている。

    目を何度も擦るが消えない。


    体は強張り、額に汗がたれる。

    湊は犬の目を直視することができない。

    近くにあった目覚まし時計を投げつけた。

    犬はびくともしない。

    「もう、勝手にしてくれよ。」

    サイドテーブルの上にあった
    缶のコーンスープを、ただ握りしめる。

    投げる力もなかった。

    犬も、動かない。

    ただ、こちらを見ている。

    睨んでいるはずなのに、
    その目はどこか、怯えているように見えた。

    湊は缶をそっと置き、
    代わりに手を差し出した。

    少しずつ近づいて
    犬は湊の手をペロペロしている。

    反対の手で犬の頭をなでる湊。

    -お前もこわかったんだな。


    ———


    「いらっしゃいませ。」

    湊は右手でキャップを深く被りなおした。

    軽く会釈し、席に着く。

    「いつもの。」

    「かしこまりました。」


    「どうぞ。」

    「この前はありがとうございました。」

    「仲良くなったんですね。」

    「なにがですか。…あぁ。ぼくにも見えました。」

    凪は微笑むとカウンターの奥に戻って行った。

    窓の外では、サラリーマンが足早に通り過ぎていく。

    カフェの隅のテレビには、W杯の試合が流れていた。

    進が、ボールを追いかけている。

    湊はそれを、しばらく眺めた。

    ポケットの中で、スマホが鳴っている。

    今は、見なくてもいい。

    そう思えた。



    あとがき。

    十牛図を小説で表現したら
    どうなるのかなに挑戦してみました。


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