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【病院に行こう】4年ぶりに入院、手術を受けた話。(脳動脈瘤)

初めてNoteってやつを書いてみることにした。
とりあえずまずは自分のことを。

ウサコって名前にしてる。
これはTwitterだかインスタだかを始める時に
とにかく本名じゃなくって
何かシンプルな、素朴な、感じの名前にしたくて。
たまたま因幡の白兎の画像あったから。
けどウサギはなんか嫌で。
濁点が嫌やった記憶。
それで女の子ってことでウサコにした。
単純。
てか、ブログやってた時は全然違う名で。
実際にブログで知り合った人に会った時呼びにくい名前で。
こっちでは呼びやすいようにしようとした。

けど今んとこ実際に相互さんに会ってない。
今後も会う予定はない。


で、年齢は明確には書きたくないけど
まぁ、おばさんです。
大阪にいてます。
だから書き言葉も大阪弁になると思います。


さて。
私がこのNoteを始めようと思ったきっかけは
5年前に見つかった病気の経過を記すためです。

5年前に見つかったのは、
『脳動脈瘤』です。
大きさは当時で15㎜らしい。

そう最初に聞いた時は、ふーんと思ってた。
けど、自分でネットで探してくうちに
「え?ほんまに15㎜?デカくね!?」という感想。
一般的に動脈瘤できたら、1.5mmとかの世界らしくて。
なので私の聞き間違いだと思い込んだ。

2回目の診察で担当医に確認した。

やっぱり15㎜だった。
デカい。

だがしかし。
担当医が言うには大丈夫らしく。
それは、それができた場所によると。
脳の中にできてるわけじゃなくて
場所で言うなら、目の奥。
万が一破裂した時には、眼球を圧迫するとか
鼻血がバーッと出るとか、失明するとか。
とにかく、命がすぐにどうこうなる場所じゃないらしい。

それでまぁだいぶ安心したね。
もちろん未破裂のまま一生を終えることもあるかもだし
早いうちに破裂したり、大きくなったりするかもしれん。
なのでその時から経過観察となりました。 
1年に1度、MRI検査を受けて大きさ確認。
3年間はなんとか変化もなく、また来年ーって感じで過ぎました。

しかーし。
去年4年目。とうとう大きくなっちゃいます。
いつかこんな日がくるかもしれんとは思ってたけど
なんか早かったんではないか。4年目のMRI検査の結果を受けて
『さぁどうしますか?』と。

選択肢は2つですよね。
治療するか、しないか。

私の中で、治療しない選択はなかった気がするなぁ。
怖いもんね、頭ん中に爆弾かかえてるのは。

なので、夫とも相談して早いうちに治療しよう、と決めました。
子供たちも今年成人したので、世話もあまりしなくて良くなってたからというのも大きい。


あ、タイトルには4年ぶりと書きました。
入院と手術は4年ぶり。
5年前は、喉にできたしこり(正中頸嚢胞)の除去手術でした。
今回の脳動脈瘤は、その過程で偶然見つかったものです。
耳鼻科に入院したのに、脳外科に呼び出されて驚いた思い出。。。
(偶然、同じ階やったのも何かの縁?)
これは、ブログを書いてた時代にそちらに書いてますので
今回はまるっと割愛します。
ここからは手術に向けての入院からの話です。

【初日】
2025年、9月。
私が入院したのは、某大学病院です。
昔から知ってはいましたが、こんなにお世話になるとは思いもしなかった。

あ、書き忘れてましたが、この1ヶ月前に検査入院もしています。2泊3日。
この時は、カテーテル検査で造影剤入れてのCT検査でした。
手首の動脈からカテーテル通すのですが、局部麻酔なので小一時間からだ中を造影剤が流れ
部位ごとに順番に撮影するので
独特の熱ーくなる感覚を何度も体験しました。

そして今回は
足の付け根からカテーテル入れての、ステント手術だそう。全身麻酔。

朝9時に夫とともに病院へ行き、入院手続きして
病衣とタオル類のレンタルの手続きをして
指示された病棟に向かいます。
4年前と大きく違うのは、前回2021年はコロナ禍で
付き添いも面会もNGだったことです。
入院も病棟のナースステーションまで夫は荷物を持ってきてくれたのちに
その場でバイバイ、そこからは自分で病室まで荷物運びました。
今回は、受付して病室に入り、採血検査も一緒に移動し
担当医から改めて詳しい説明を受けて、そのあと、食べてなかった朝ごはんをコンビニで買い、病室で食べて、たわいもない話をし
私のお昼ご飯の時間まで付き添ってくれ、そこでバイバイしました。
たぶん、面会時間終了までいても良かったと思いますが
まぁ昼ごはん買って帰りたいやろし、いても特に午後は何もないので暇やろと。

また明後日が手術なので、その時に来てねーって感じです。


その後はひとりなので、とりあえず過ごしやすいように
持ってきた荷物を片付けて、暇つぶしグッズを出して(嵐さんのBlu-rayと東野圭吾さんの小説)
あとは、コンビニに買い物しに行ったり、読書してBlu-ray見て
夕方にお風呂(シャワー)入ったり。
夜になると病室の照明が明るくなくて本が読めなかった(読みにくい)ので
もっぱらスマホゲームをしてました。

あと、私は俄然生きて帰る気マンマンなのですが
ちょーど良い機会だということで
『エンディングノート』を書き進めることにしました。
何を書いたらいいのかわからないですが
残された家族がある程度困らないように
銀行関連のあれやこれや、とか
私の交友関係のあれやこれや、とか
万が一のための葬式関連の希望あれやこれや、とか
あと、家族にメッセージ、SNS関連のことも少し
やりたいことや、好きなこと、思いつくままに書いています。
これが元気に退院して無駄になるといいし
今書いておいたら、のちのち加筆修正して
その時その時に備えることができますよね。
元気なうちに書いておくことは、超オススメです。
年をとったり病気になると、書く気力すらなくなりそう。


少し脱線しました。

そんなこんなで初日は過ぎていきました。
ちなみに消灯が22:00なのが私には遅くてツライ。
21時には寝たいぞ。


【2日目】
この日は特に何もない日。
と思ってたら、昨夜担当医より
『(2週間前から飲んでた)薬の効き目がイマイチ』とのことで
前日の夕食後に強めの薬を処方されてたので
朝8時半に採血に行きました。
2日連続の採血。どんだけ血取られるんや。

その後は、手術に向けての準備品をまとめるくらいで他は暇なので
まだ洗濯物もそんなにないけど、洗濯してました。

お昼ごはん食べ始めた頃に
突然うちの長男がやってきてびっくりよ。
看護師さんかと思ったら見た顔(笑)
昨日旦那にLINEでサンダル持ってきてーと言ってたから
(明後日の手術日にーって言ってたけど)この日に持ってきてくれた✨

家が近い&すぐ動いてくれる長男ありがとう。
ご飯食べてて私がイス使ってたので
「まぁまぁ、ベッドにでも座りー」と
どれくらいの時間かな?
まぁご飯食べて片付けに行くついでにエレベーターホールまで見送りに行きました。あとで気づいたけど
来る時にLINEくれてたわ、診療棟に間違えて行ったらしい。
帰ったあとに返信しました(笑)


そしてその後は、ほんとに何もやることなく
読書して一冊読み終えたし
夕方になると照明が暗くて本は読めないので
TVerでドラマ1本みて
嵐のBlu-ray1本見てました。

まだ手術の実感はないんだけど。
私がやれることって、ないんだもんね。
何時から絶食して
明日の朝からは絶飲食。そんなことしかできない。

そう、この日の夕食後から絶食なので
食べたい物は食べとこうってことで
コンビニで買ってきたのがスナック菓子。
初日はロールケーキとか焼菓子食べたんだけど
『私が食べたい物は何だ?』と自問自答してみたら
やはり私は、バリバリ食べるスナック菓子だな、と。
病院のコンビニってお菓子豊富。
チップスターのバター味と
じゃがりこのヤンニョムチキン味買っちゃった。

じゃがりこはあまりにもバリバリ言うから
チップスター食べた。
オレンジジュースをお供に。
束の間の癒しの時間。
明日以降は食べれんからね。

2日目はそんな感じで過ぎていきました。


【3日目(手術日)】
前日の夕食後から絶賛絶食中。
私の手術が朝9時からなので、朝6時から絶飲します。
けど、朝の薬は飲まなあかんから
まぁ少し過ぎてもいいとは言われてましたが
一応5:30にアラームかけて、薬を飲みました。

手術日は、私の夫と両親が来てくれるとのことで
朝は旦那に会い、少しリラックスしてから
私は病室のベッドに横たわり、そのまま
手術室に連れていかれましたー。
『行ってくるぜ』
この言葉が最期の言葉にならなくて良かった(笑)


さてさて、この後は手術ですが。
私は手術室に着いたらベッドから手術台に四つん這いで移動し
仰向けに横たわった後は色んなものをオペ看さんたちに取り付けられ
緊張をほぐすように肩をさすられていた思い出があります。
『まだまだ麻酔しないからねー』と準備しつつ声もかけてくれました。
ドラマとかではこーゆー時、けっこうシリアスな雰囲気だと思うのですが
前にも手術受けた時思ったんですが、今回もまた
シリアスというよりも、和気あいあい …
表現難しいな、テキパキしながら色んな会話があり
カラッとした雰囲気がありました。
患者に気遣ってのあえてなのか、そーゆーもんなのか
私には判断つかないですが。

きっと事前準備とか話し合いは終わっていて
方針がはっきりしてるんだろーな。て感じ。
そもそも、診察時からね担当医もどっしりしてて
説明受けた夫も安心せざるを得ないくらい
自信満々というか、心配ないさーって空気なのよね。
ま、担当医がグラついてたら怖いもんね。
ここはアノ大学病院なんですから。



さ。
麻酔して私は一瞬ののちに目が覚めて手術が終わってるな、と思った。
んです、が。

実は、麻酔から一瞬じゃなかった。
ほんの少しだけ、夢を見たのよ。
内容覚えるほどではないけど。
看護師さん曰く、いびきかいてたらしいから
(お恥ずかし …)
その間に見たんでしょうね。

手術室でたぶん何度か声かけされて
やっと目を覚ましたんじゃないかな。
4人くらい覗き込んでました(笑)
無事に成功したからねって安心させてもらって
手術室を出て、ちょっとした大きな個室に戻りました。回復室というらしいです。

手術の時間ねー、2、3時間よね。
お昼ごはんの放送が聞こえたのでそんなもんよ。
少ししてから夫と両親が部屋に来ました。
椅子が1個しかないらしく
みんな立ったまま私を覗き込んでました(笑)

私はというと、挿管されてたおかげで声がカスカス。
喉もガラガラでツバすら出ない。
まだ飲水ダメだし。
とにかく『(喉が)しんどいー』って言ってました。
まともに声が出ないのに、夫はなぜか一発で何言ってるか理解してくれてありがたかったね。

両親は1時間くらいで帰っていって
(いてもこれ以上何もないんで(笑))
夫はもう少しして帰ろーとしてたら
看護師さんと先生が来て
どうも患部の皮下出血がおさまらないらしく、ここで縫おうってなって
夫の目の前で、2針縫われました😆
帰るタイミングを完全に逃しました。
ホラーとか怖いの嫌いな夫なのに。。かわいそう。
ちなみに、ドラマみたいに
縫って結んで縫って結んで、で2針だったそうです。私は見えなかった。
(足の付け根やし、そりゃそう)

この日はこの部屋でほぼ寝たきり。
飲水のみOK、つながれた管系はそのまま。
何をするでもなく
ただじっと時が過ぎるのを待つ時間でしたー。



【4日目以降】

術後は時間が曖昧で、ざっくりと。
(暇すぎて長すぎてね)

翌日、尿管抜いて手術着からお着替え。
朝食から食事開始、完食、食欲大アリ。
昼、病室戻る。1日ベッド上生活の始まり。
トイレの往復のみ許可される。
点滴引っ張って行くのがだるすぎる。
しかも、点滴してる上に血液サラサラ薬飲んでて多めに飲水しなきゃなので
約1時間半ごとのトイレ。
さらに、尿管の影響からか、尿意がなかなか来ず
きた頃にはソッコー行かなあかんほどで
時間見ながら行くしかない状況。
それは夜中も同様で、暗い中1時間半ごとに目が覚め
点滴の機械の電源抜いて引っ張って行って
よいしょ、って感じでトイレして
戻ってきたらまた電源繋いで。
全然寝れねー。新生児の母よりつらくね?
(語弊がありますすみません)


そして徐々に体から色んな物がはずれていき、術後4日目かな?全てが私の身体から外されたのは。。。
めっちゃ自由✨️快適✨️解放ーーー✨️


ただね、ほんまに自由になった訳じゃないんだな。
手術痕にはガーゼ絆創膏みたいなの貼られたままだし
身体をというか患部あたりを反らしたり縮めたりしたらあかんし
1番つらいのが、トイレしか行けないってことよ。
基本的に1日ベッドの上にいることは継続だし、トイレか同じ階にある自販機くらいまで。
そして、お風呂の許可が出ん!
つーか三連休はさんじゃって先生いないんか?
結果、術後5日目の昼、やっとこOK出ましたわー。
シャワーの予約空いてるとこ探して、ソッコー風呂ー✨️
しばらく動いてなかったんで、狭いシャワー室でかがむのしんどいて。
でも髪の毛さっぱりー✨️患部以外の体もスッキリー✨️
傷口絆創膏も取れたー✨️
縫いあと見たらめっちゃ糸あるー!こわー!
 …これ、抜糸とか、あるんですかね?
透明な糸じゃないんすけど、溶けない系ですか???
(一生このままか???)


さて、お風呂に入った後、看護師さんが患部のチェックしてくれまして
腫れてないし大丈夫そう、と。
『明日か明後日に退院許可出るかもー』て。
『明日許可出たらすぐ帰るー?』て。
いや、もちろん『帰るー😁』て言っといた(笑)

だってさー、4人部屋だよー?知らん人いるしーストレスだよー?
他人の会話ほど苦痛なものはないて。
しかも一言一句わかるから、こっちはいちいちツッコんでまうて。心んなかで。
『めっちゃテレビの話するやん』とか
『いやいや、その芸人おもろいかー?』とか
『また同じ話してるんかーい』とか。
あんま他人に聞かれてる自覚ないみたいで
こっちはイヤホンして聞こえてないと思ってる様子。

私、普段イヤホンすることないからか、あんま長い時間つけてるのしんどくてな。
昼は読書、夕方になったら動画、とは思ってたんやけど
動画とかドラマとか、1時間しんどいねーん。だからほとんどイヤホンしてまへんねんでー。
丸聞こえですわー。

『看護師さんの好き嫌い言うてるー』とか
『そんな悪口言うかー?』とか
その看護師さん来てたあと直後に、アイツアイツー、て面会の人に言ってて
『世話してくれてる人をアイツ呼ばわりー?』とか。
これが面会時間たっぷり続きました。。。


あ、少し脱線しました。
私のストレスは溜まっていきました。
個室行ってほしかったですね。


あ、私?私のとこは夫くらいしか来なかったね。
手術日と週末?くらい。
まぁ来ても話すことないからねー、約1時間〜2時間もいたかしら???
昼ごはんの頃に来て2時には帰る感じかな?
一応、周りへの配慮はしてましたよ?
いても2人とも無言の時間多かったし(笑)

1回面会のあと夫がひとりで大阪万博行って(笑)
夜のよしもとのカラオケ盆踊りからテレビ電話してきた時は焦りました。
イヤホンつけてなくて、慌ててつけまして。
音が大きすぎて割れるのか、あんまり音は聞こえなかったんですが
その日のメンバー、銀シャリと藤崎マーケット、平成ノブシコブシ吉村さん見せてくれました🤣
ま、こっちは声出すわけにいかんので
ずっと口パク、あとは手を振るのみ。
夫が楽しそうにしてるので面白かったです。
(これは結構迷惑行為にあたりますね、すみません)



看護師さんに、帰りたい帰りたいアピールしてましたが
担当医のGOサインがなかなか出ず、予定してた日は結局退院できませんでした。
経過は悪くなかったと思うんですけどね。

結果、術後6日目に退院できることになりました。
予定より1日オーバー。
ていうか、退院できるけど、するー?って感じで看護師さんに聞かれて
するー!って即答したんですよ。
ん?まだ入院してていいわけ???
そんな急いで出る感じでもないのかな?と、不思議に思っちゃったな。
担当の看護師さんがね、可愛らしくて。カーテンの向こうから『先生の許可出たよー帰るー?』って、
部屋入ってこっちに向かって歩きながら報告してくれた。
私も即座に『帰るー!』って答えるよね。


【退院日】
まぁ、ここからは雑日記って感じになりますが。

朝、ベッド周りの片付けを早々にやって、やっと娑婆に出れるぞ、と服着てたら
担当医が挨拶というか、確認に来られまして
看護師さんも忘れ物チェックに来てくれて
迎えの夫も来たので、まぁまぁ早く病棟を去ることにしました。

あ。そうだ。
その前に、朝から担当医が患部の抜糸してくれたんだ。
私の主治医、2人いて、いつも外来で会う担当医(男性)と
今回の入院と先月の検査入院で初めましての女医さん。抜糸してくれたのは女医さんです。
この女医さんに初めて会った時はビックリしたよ。
若いしカラコンやしインナーカラーやしバチバチ睫毛やし。
検査入院のあと家で夫に話してたから、今回の入院ですぐにわかったらしいよ。


また脱線した。
退院日、病棟を出るのが、というか
術後はずっとベッド上生活だったので
トイレと自販機以外歩いてなくて、この時に初めて
エレベーターホールから1階までおりて歩いて、久々に下界の空気に触れた気がします。

退院手続きはサクサク終わり、病院をあとにするのですが
もちろん嬉しいんですが、今後は何かあったらすぐに救急車で来るんだよ!と
看護師さんに言われているためか、不安感もやはりありますね。

カテーテル手術で動脈に穴あけてるんで、万が一があると一刻を争う事態なのです。
何もなければ時間とともにきちんと再生すると思うんですがね。


で、駐車場まで歩いて行くだけで、まぁまぁ疲れました。
大きな病院なので、端から端まで歩くとかなり遠いんですよね。
荷物は夫が持ってくれてるというのに、運動不足すぎてしんどかったぁ。

家まではめちゃくちゃ近いんで、すぐに帰って
たまたま子どもたちもリビングにいて
『帰ってきたでーー』と会うことができまして
良かった良かった。
子どもたちはいつもと変わりない感じでしたが、留守中はどうだったんでしょーか。

その後はまた、定期的に通院するということになり
しばらくは月イチ、徐々に間隔があいていくという感じでしたね。

術後の経過は非常に順調で、何も問題なく
通院して薬飲んで、の生活です。


【最後に】
恥ずかしながら私、20代で結婚して以来
健康診断も行ってなかったし
歯医者も虫歯が酷くなって痛むまで行かなかったし
ほとんど病院に行くことなかったんです。

それが今や、病院通いまくりの日々です。
きっかけは喉にできたコブ?シコリ?
『まさかガン ……?』と超不安になり
地域のクリニックに行くも、まともに診てもらえず
『二度と行くまい』と放置すること1年半。
なんだか違和感増してる?と気になり
とうとう、前とは違う総合病院を受診し
即『これ嚢胞やね』と診断され、
紹介された大学病院で入院したら動脈瘤が見つかり
ついでに高血圧の治療も開始、しかも
総合病院と連携してたのも相まって、
そこから
内科と検査以外の、歯科、整形外科など
何かあったら総合病院に行く生活になりました。
そして健康診断を毎年受けるきっかけにもなりました。
病院に行くハードルが下がったともいいます。

以前の私のように、
健康診断行ってないよーとか
病院全然行ってないよーとか
そういう人も少なくないんじゃないかなぁ。
これを読んでいただいたことをきっかけにしてもらうと嬉しいですし、
小さなひとつでも、大きく変わることもあると思います。

私の場合、ひとつのことがなかったら
今も見つかってないし、最悪の場合にもなったかもしれない。
そんな、大げさに言うと人生の岐路だった4年間の出来事を
書かせていただきました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


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