
AIを捨てて町へ出よう
こんにちは、AIを使わなければいけないという、社会的同調圧力に屈し、毎日押しつぶされそうにんって、四六時中膝がガクブル中の りおです。
AIの活用で、とても大切だと言われているのが、プロンプト。プロンプトというのは、AIに入力する、主にテキストデータのことです。
例えば、ある情報について調べたいとき、「あなたは、〇〇の専門家です」みたいな言葉を付けると、AIの出力が良くなる的な。プロンプトエンジニアリングみたいな言葉もありますよね。
アジャイル的にプロンプトを育ててます
私の場合、プロンプトを育てていくような感じで作っています。最初にざっくりプロンプトを作成して、AIの出力を見ながら、足りていない部分をプロンプトに追加して、再びAIに出力させて⋯というのを繰り返して、調整していく感じです。
また、AIが出力したデータが増えてきたら、AIにそれらをまとめて整理してもらっています。自分でまとめるのが大変なので。
これを何回か繰り返していくと、AIの出力が安定してくれます。ある意味、アジャイル的な(笑)アジャイルってそもそも・・・と大幅に話がそれる予感がしたので、颯爽と話を戻します。
また、最近では、AIがいろいろと提案もしてくれるので、それをプロンプトに加えることもあったり。他にも良いプロンプトを作成する方法って、いろいろとあるのですが、私が大切だと思っていることが、1つあります。
それは、丁寧に過不足無く情報をAIに伝えること。
と、ここまでは、普通のお話。ここからが、今回の本題です。
人間だって一緒じゃない?
丁寧に過不足無く情報を伝えるというのは、AIに限った話ではなくて、人間でも一緒じゃないかなーって。
例えば、誰かに資料を作ってもらいたいとき。ただ、「◯◯資料作って」と伝えるだけでは、自分が作ってほしい資料を作ってくれるとは限りません。
誰に見せる資料なのか、この資料で何を達成したいのか、資料で伝えたいことは何なのか、資料の分量はどの程度なのか、どこで使う資料なのか、パワポなのかワードなのか⋯などなどなどなどなど、単純に資料を作るといっても、様々なポイントがあります。それをちゃんと相手に伝えなければ、相手はどんな資料を作れば良いのかわかりません。
情報をちゃんと伝えずに仕事を依頼するのは、いわゆる、ビジネス用語で言うところの「丸投げ」という行為で、あまり良くないと言われていますよね。ドキッ。
上司部下の関係だったら、マネジメント放棄と言われることもあって、上司としての能力が足りていないと評価されることも。ドキドキドッキリ。
また、受発注の関係だった場合、納品物(成果物)にズレが生じて、トラブルになることもあるでしょう。ドクンドクン!嫌な記憶が⋯頭が⋯。
と、逆に言えば、マネジメント能力が高い人は、AIも上手く使いこなせるということにも繋がりそうです。
仕事だけじゃない
でもこれって、仕事だけじゃないのかーって。例えば、友人や恋人、夫婦の間でも一緒なんじゃないかなーって思います。人間関係全般に言えることかもしれません。そう思いませんか?
人間の場合、AIよりも圧倒的に知識量が少ないですから、より詳細に、そして丁寧に伝えないと、情報が伝わらない気がします。
さらに、AIは温厚です。変なことを言っても、AIがプンスカ怒ることはありません。すべてを受け止めてくれます。ビバAI!
そう考えると、人間関係の方が難しいかも⋯。人間関係の構築が上手な人とか、コミュ力の高い人って尊敬しちゃいます。それらの能力は、これからの時代、さらに重宝されそうです。
AIを捨てて町へ出よう
ふと、書きながら、寺山修司氏の本『書を捨てよ、町へ出よう』を思い出しました。今の時代で言えば、「AIを捨てよ、町へ出よう」ということなのかなって。
AIを使いこなすことは大切です。けれど、最終的に私たちが向き合わなければいけないのは人間です。そうであるならば、AIとにらめっこし続けるよりも、町へ出て、様々な体験をし、人と触れ合うことの方が重要なのかもしれません。
また、AIともっともうまく付き合えるのって、AIだと思うんですよね。AIは24時間働けますし、デジタル世界のAI同士の戦いで人間が勝てるとも思いません。というか、私はもう勝てないと諦めました。
だからこそ、より人と人との関係が大切になっていくのかなーって。家族とか、友人とか、恋人とか、そういう繋がりが大事なのかなーって。
そんなことを思いながら、今日も、天気が悪いから、家に引きこもろうと思った、りおでした。
追記:歌作りました
本記事を元に、歌詞を自分で作って歌を作りました。