メインコンテンツへスキップ
見出し画像

私の歴史書、黒塗りばかりで、のり弁状態

    先日、大事な約束に遅刻して、かなーり凹凹。
    記憶を探ってみると、人生初の出来事でした。
    あー、私も自然の摂理に抗えず、歳をとっていくのだなあって。
    でも、失敗なんて、問題ありません。
    なぜなら、私は記憶の改変ができるから。
    失敗した記憶は、すべて消去!
    これで、安心して夜も眠れます。
    こんにちは、記憶の改変の能力者 りおです。

    さて、皆さんは、変えたい過去ってありますか?
    私の歴史書は黒塗りばかりで、のり弁状態です。
    記憶は改変できても、起きてしまった事実は、変えることができないですから。
    でも、もし、タイムマシンが発明されたとしたら、どうでしょう?
    過去が変えられる世界だったら?
    やっほー!って感じですよね!
    なので、今回は、もしも、過去を変えることができたら⋯というテーマで書いていこうと思います。
    良ければ、お付き合いくださいませ。

    もし、過去を変えられる世界だったら

    世の中には、過去改変が起きる作品がたくさんあります。
    過去を変えると、今が変化して、良くなったり、悪くなったりして、また過去を変えてみたら、良くなったり、悪くなったりして⋯という作品が多いかもしれません。

    では、過去を変えることができたとしたら、今の世界ってどうなるのでしょうか?
    大きく2つのパターンが考えられます。
    1つ目は、今の世界が無くなってしまうパターン。
    つまり、過去を変えたら、変えた世界が残って、今の世界が無くなってしまうということです。
    もう1つは、パラレルワールド的な感じで、今の世界も残るけれど、別な世界も生まれるという考え方です。

    それぞれについて、少しだけ考えてみましょう。

    今の世界が無くなってしまうパターン

    まずはじめに、道で世界を考えてみましょう。
    道の最初のはじまりは、世界のはじまりです。
    そこからずずいーっと、道が続いて、今はまさに道路の最先端がガンガン作られている感じのイメージです。
    1号線と考えたらわかりやすいかもしれません。
    で、過去を変えることで、今の世界が無くなってしまうパターンというのは、道が1本しかない世界です。
    つまり、過去を変えると、変えた場所から道が新しく出来て、元の道路は無くなってしまいます。
    1号線の途中から、2号線が出来て、元の1号線の続きは、通行止め的な。
    私たちは、その道の一番先を常に歩いています。
    過去改変が起きたら、その道路が無くなってしまうので、今があるならば、過去改変が起きていないということです。
    まあ、道が無くなっちゃうので、過去改変が起きたことにも気づきません。
    つまり、我考える、ゆえに、過去は変わっていない、と言えます。
    ここ、テストには出ません。

    タイムマシンに乗った私はどうなるんだろう?

    さて、私がタイムマシンに乗って、過去を変えたとしましょう。
    2号線ができたとして、私はどうなってしまうのかなって。
    物語の中では、意気揚々と今の時間に戻ってきます。
    でも、戻った世界は2号線です。
    私は、続いていた1号線の人間ですから、戻った2号線にも私がいます。
    むむむ、これは殴り合いの予感しかしません。
    ただ、私は非暴力派のガンディー信者ですから、出会ってしまった私と私は、お互いに睨み合ったまま、歳を取っていくでしょう。
    困りました。
    もちろん、2号線に私がいないということも考えられます。
    でもその場合、どこかの段階で、2号線の私は亡くなっているわけです。
    つまり、戻ったとしても、ノーマイナンバー。
    どうやって私が私であることを証明すれば良いのでしょう?
    ちょって待ってください。
    そもそも私は1号線の続きに存在していた人間です。
    ということは、1号線の続きが消えたら、私も消えちゃうのが筋ではないでしょうか。
    ガッテム!

    パラレルワールド的に世界が分岐する場合

    私は、道が1本しかない世界で過去に戻ることを諦めました。
    しかし、私たちにはもう1つ可能性が残されています。
    そう、パラレルワールド的な感じで、世界が分岐していくパターンです。
    過去を変えても、1号線は残り続け、2号線、3号線と新しい道路がどんどん出来ていく世界です。
    これならば、私が消えることはありません。
    量子力学の世界でも多世界解釈というのがありますし、これなら過去を変えられる気がしてきました。
    よし! 過去改変し放題じゃないですか!
    やったー!
    と思ったのもつかの間。
    ちょっと待って⋯、パラレルワールドって、どうやって観測するのでしょう?
    これは大問題です。
    パラレルワールドが観測できないと、パラレルワールドへ行くことできません。
    だって、2号線がどこにあるのかわからないということですから。
    過去を改変したとしても、私のデロリアンは、1号線の続きの座標しか知らないのです!
    これじゃ、2号線に行けないのでは⋯。
    そもそも多世界解釈を引っ張り出すということは、パラレルワールドがめっちゃたくさんあることになります。
    どうやって、私が望む2号線の位置を正確に知ることができるのでしょう⋯。
    1号線の続きに戻ってきたら、過去は変わってないわけですから、意味がありません。
    ガッテム!

    結局今っていつなのさ?

    もう1つ疑問が出てきてしまいました。
    過去改変がされた時に、新しくできた2号線は、今の時点まで突貫工事で完成するのでしょうか?
    もしそうだとすると、一体、どの時点の今までできるのでしょう?
    これを書いている時点の今でしょうか?
    それとも、過去に戻って1日過ごして過去改変をしたら、明日が今になるのでしょうか?
    そもそも誰が今って判断してるんでしょう?
    物語的には、主人公が今だと思っている時点が今です。
    私が世界の標準時計ってことになります。
    つまり、神です。神。
    ただ、私は知っています。
    私が神ではないこと。
    そうでなくとも、今のこの世界には相対性理論があって、絶対時間が存在しないことがわかっています。
    八方塞がりじゃあないですか。
    ガッテム!

    時間は存在しない

    ちょっと頭がこんがらがって来ましたね。
    結局、ここまでの話をざっくりまとめると、過去改変は難しいのかなって。
    それは、いろいろと矛盾点が出てきたり、世界として成立しにくいから、というのが私の考えです。
    ではなぜ、そのようなことが起きてしまうのでしょうか?
    それは、そもそも時間に対する考え方、捉え方が間違っているからかもしれません。
    まず、この世界には絶対時間というものが存在しないことがわかっています。
    皆それぞれに時間が流れていて、これを道で例えると、そもそも道がたくさんあるということです。
    皆が別々の道だったとしても、結局、時間は流れているじゃないか、という話があります。
    確かにそうかもしれません。
    ただ、私的には、そもそも時間って存在するのかなって思っています。
    もっと言えば、時間って流れるものなのでしょうか?
    いやいや、いつだってチックタックと流れてるじゃないか、っておっしゃるかもしれません。
    でも、それは、脳が作り出した、現実を認識するための、仕組みなのではないかと私は思っています。
    もう少し詳しく言うと、時間とは、変化が起きた時に、それを説明するために導き出されたものではないか? ということです。
    例えば、A地点からB地点に物が移動したとしましょう。
    この時、多くの人が、1時間かかって移動したと考えます。
    そうでなくて、物が移動した距離と、物の速度から、結果として1時間かかっていることがわかるという話。
    時間が流れているのではなくて、変化したから、時間が発生したという考え方になります。
    もし、世界に物が1つしか無かったとしましょう。
    一切動くことが無く⋯というか、物が1つだけなので、そもそも移動しているかどうかすらもわかりません。
    それなのに、いつだってチックタックと時間が流れるとなぜ言えるのでしょうか?
    どうやって、その時間を測るのでしょう?
    これが、私が考えている時間の概念です。
    変化しなければ、時間が存在するとは言えず、であるならば、時間は流れていると考えるのはおかしいのかなって思っています。
    で、それが何を意味するのかと言えば、時間は正の値しか取らないということです。
    なぜならば、変化したことに対して、結果として時間が生まれるため。
    同じ物質が、A地点からB地点へ移動しようとも、B地点からA地点に移動しようとも、速度が同じであるならば、距離、つまり変化量は変わりません。
    結果として導き出される時間も一緒ということです。
    この考え方をすると、時間というものは存在せず、また、過去も未来も存在しません。
    存在するのは、今だけです。
    道で言えば、今の足元にしか道は存在せず、後ろにも前にも道は無いということになります。
    過去も未来も変えることはできず、常に今だけが存在する、いや、今しか存在しないと言えるかもしれません。
    よって、過去改変はできないというのが、今の私が考えていることです。

    過去を変えられないのはデメリットなのでしょうか?

    ふう、何だか、夢のない話になってしまいました。
    過去改変ができないことを滔々と語られても、面白くありませんよね。
    やっぱり過去を変えたい! って人間の欲望はありますから。
    ただ、ここで、また別の視点から考えてみたいと思います。
    それは、過去を変えられないのは、本当にデメリットなのか? という問いです。
    言い換えれば、過去を変えられないメリットとは何か? ということ。
    皆さんは、どんなメリットがあると思いますか?
    私は、人生の面白さが1つのメリットだと考えています。
    失敗した時、それを無かったことにできたとしましょう。
    常に成功しか存在しない人生です。
    果たして、それは幸せな人生なのでしょうか?
    楽しいことばかりの人生って、本当に楽しいのでしょうか?
    それは、クスリによって快楽を味わい続けているのと、一体何が違うのでしょうか?
    そもそも楽しいと感じるのは、楽しくない時間があるからではないでしょうか?
    ずっと楽しい時間って存在するのでしょうか?
    残念ながら、人間は慣れてしまう生き物です。
    脳の構造上、慣れてしまうのです。
    ですので、ずっと楽しい時間を過ごすことはできません。
    皆さんは、成功し続けている人に憧れますか?
    それとも、一度挫折していたり、苦難を乗り越えて成功した人に憧れますか?
    答えは明白ですよね。
    じゃあ、自分で成功と失敗をコントロールして、失敗した過去をあえて改変しないという選択肢もあるんじゃないかという意見もあるでしょう。
    それって、今の世界と、どれほど違うのでしょうか?
    もし、過去改変ができたとして、それって簡単にできることでしょうか?
    プレゼンの資料が良くなかったから、案件が取れなかったとしましょう。
    その場合、過去に戻って、もっと良い資料を作ることになります。
    でも、それって、別に過去に戻らなくても、そもそも最初から良い資料を作る努力をしていれば良い話ではないでしょうか。
    結局、過去に戻って努力するなら、最初から努力しておけば良いということです。
    今風に言えば、過去に戻って努力するのは、タイパ、コスパが悪いと言えます。
    歳を取れば能力も下がりますしね。
    どんどん効率が悪くなっていくでしょう。

    未来は誰にもわからない

    そして、もう1つ、本当に過去改変した今が、自分が臨んだ最高の状態かはわからないというのもあります。
    もしかすると、もっと良い資料を作れば、もっと案件を取れたかもしれません。
    また、一度失敗したことが原因で、自分が成長し、もっと別な案件を取れた可能性もあります。
    このあたりは、過去改変の物語で描かれたりしますよね。
    未来は誰にもわかりません。
    それは量子力学の登場によってわかっていることで、新しい発見が無い限り、ほぼ間違いありません。
    過去改変ができたとても、すべてが自分の思い描く通りにはなりませんし、ベストな状態を追い求めればキリがないのです。
    であれば、やはり今の世界と、それほど変わらないのではないでしょうか。
    もちろん、取り返しのつかない失敗というのもあるでしょう。
    できれば、そういう失敗はしたくないものです。
    ならば、失敗しないように、準備しておけば良いのではないでしょうか。
    そして、準備するということは、自分を成長させることでもあるのです。
    いろいろなことを学び、経験し、成長していく。
    過去を変えられたとしても、自分の成長からは逃れることができないのです。
    成長できなければ、成長しなければ、過去に戻れても同じことを繰り返すだけですから。
    そして、人間が一番成長するのは、失敗したときだったりします。
    人は他者から何かを言われても、なかなか変わることができません。
    変わることができるのは、自分で変わることを決めたときだけです。
    失敗しても、過去改変で無かったことにできたら、自分を変えるのは難しいでしょう。
    だって、自分を変えなくても、過去を変えれば良いのですから。
    つまり、成長しない人間になってしまいます。
    それって、本当に良いことなのでしょうか?
    それは、世の中的に良いとか悪いとか、人間的にどうとかではなくて、自分自身が納得できるかどうかという話です。
    RPGで言えば、レベルアップをしない主人公とも言えるでしょう。
    そして、それを知っているのは自分だけです。
    自分が、ずっとレベル1のままで良いと納得できるのであれば良いのかもしれません。
    私は、やっぱりレベルアップしていきたいなあって思う派です。
    皆さんはどうですか?

    あー、良かったな

    ここで、私は重大なことに気づいてしまいました。
    私は記憶の改変の能力者だったので、過去の失敗をすべて無かったことにしていたのです。
    というのも、「何か、お前、いつも遅れてくるよな」って、嫌味を言われたので、もしかすると、過去にも会議に遅刻していた可能性があります。
    ガッテム!
    あー、そうか、記憶の改変をしちゃうと、成長できないんだなって。
    ということで、記憶の改変の能力は、今後、あまり使わないようにしようと決めました(使うんかい!)。

     
     

    りお

     
     
    妄想に生きるデジタル民。 座右の銘 ツラい時はアップルパイを食べよう♪ 最近感動した本 植物に死はあるのか HAPPINESS IS... 幸せを感じる500のこと ※私はフィクションだと思います。存在したとしてもそれは他人の空似です。

    あなたへのおすすめ