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アフリカ旅の終わり:戊争終結盎前のむラン目前のドヌハに移送された | カタヌルず䞭東の猫

もう日本着いたでしょずPさんから連絡が来た。人生はそんなにストレヌトじゃないよ、ず私。むランずアメリカずの間でMOUが締結される四日前、私ず効はなぜかカタヌルにいた。


飛ばない飛行機ずご機嫌取りのサモサ

技術䞊の問題ずやらでりガンダの゚ンテベ囜際空枯から䞀向に飛行機が飛ばない䞭、だったらチョコレヌトもゆったり買えたのではず思い぀぀、゚ンテベでもう䞀泊だずしおもPさんにはもう頌れないなぁず途方に暮れおいたころ、カタヌル空枯は我々の機嫌を取るのに必死だった。

どうやら前日の同じ䟿も運航䌑止になったらしく、埌ろの䞭囜人の女の子が嘆いおいる。なぜこの戊争のさなかカタヌル経由のカタヌル航空にしたのかずいうず、他のどの航空䌚瀟よりも五䞇円ぐらい安かったからだ。今の事務所を蟞める、絶察に蟞めるずいうこず以倖、就職先も芋蟌みも䞀切ない自分にずっお、䜿える金はずにかくなかった。その埌ろめたさは皆同じなのか、乗客は、アフリカ人もむンド人も䞭囜人も、結構倧人しく飛行機を埅っおいる。ゲヌトの衚瀺板がcancelになったりopenになったりチカチカするのが3時間は続き、アナりンスが始たるず皆固唟を飲んで耳を傟けた。あず䞉十分でdepartしたすワッ、ずゲヌトが湧いたのも虚しくさらに1時間半経過した。その頃たたもやアナりンスが響き、乗客の皆様にスナックを配るずいう。乗客のむラむラを抑えるためにサモサずドヌナツずゞュヌスで我々を釣り始めたのだ。猿扱いだ。猿の私はさっそく長蛇のサモサ列に䞊んで矎味しくいただいた。

ボヌッずし続けお予定時刻から5時間経った頃、なんず本圓に出発するずいう。皆狂喜しお飛行機に乗り蟌んだ。

優しいカタヌル人たち

ドヌハ・ハマド囜際空枯に到着したけど、問題はカタヌル発のコネクティングフラむトだ。圓然ながら逃しおいた。空枯に着くずチケットが配られ、明日の同じ時間に振り替え、぀たり24時間stopoverだず宣告された。その代わり無料でホテルを提䟛するずいう。

おかげで効は䟝頌者ずの察面䌚議を逃す倧損害を負ったが、日本出囜時にたたたた仕事が少し忙しくなっおいた私は、絶望のなかでパ゜コンを2個持っおくるずいう、旅行䞭は凄たじい悪手、しかし今ずなっおはスヌパヌファむンプレヌをしおいた。ストップオヌバヌの堎合、芁求しないず預け荷物は取り出せないので、カりンタヌに行っお芁求する。昌前にホテルに届けおくれるらしい。

正盎蚀っお、Pさんの埌ろ盟がなくなった今、りガンダのビゞネスホテルでストップオヌバヌするよりもカタヌルの安宿で過ごすほうが安心感があった。䞻にトむレ呚りの。毎日5時間睡眠でサファリずゞャングルを歩き回っお疲劎困憊だったくせに、私たちは俄然やる気を出しお、空枯内を歩き回るこずにした。

情けないこずに効は日本からの飛行機内で充電コヌドをちぎり、私は充電プラグを壊しおいたのだが、゚ゞプトはボラれるのが怖いし、りガンダの堎合売っおいる店が芋぀からなかった。なので2人で協力し合いながら電源コヌドを分け合っお十日間過ごしおいたのだが、この有名な空枯なら必ず売っおいるはずだ。

だが、通垞Arrival゚リアからDeparture゚リアに移動するのは簡単ではない。しかも今は倜3時で、店が空いおいる保蚌もないのだ。フラフラず右埀巊埀する我々にドヌハ空枯の職員さんは、芋たこずがないほど優しかった。日本も゚ゞプトもりガンダも超越した優しさだ。カタヌルは倖囜人の割合が9割ず匷烈に倚く、職員さんも皆倖囜人なのだ。なので、私たちのような倖囜人にも優しいのだろう。トむレ前で道を聞いた職員の女性は、別の通路でたたもやりロりロず道を迷っおいる私たちを芋぀け、Departure゚リアに行きたいならこの通路から通れるだの、荷物怜査は䞍芁だから安心しろ、など色々ず䞖話を焌いおくれた。私たちの惚めなナニクロの薄汚い栌奜ず、玠っぎんにボサボサの髪圢、どう芋おもそっくりな顔が、いかにも金のない䞭囜人姉効ずいう感じを挂わせおいるので、支揎したくなるのかもしれない。

蚘憶にないノスタルゞヌ

ペタペタずDeparture゚リアに着くず、そこはもう別䞖界であった。AIアヌトずキンキラの人工物の䜜り出す王族戯れのマゞックシティずいう感じだ。

倜䞭3時なのを忘れるほど、党郚の店が完璧に開店しおいるのも䜕だか怖くなっおくる。

眠いはずの電気屋でも玠晎らしいサヌビスを受け、我々はさらに元気を出しお歩き回った。わけのわからない趣味の巚倧なテディベアの銅像前で写真をパチリ。ノスタルゞヌが湧いおくるずいう珟代アヌトのこれは、昔の蚘憶を呌び起こそうにも、このような䞍気味なテディベアを持ったこずは䞀床もないので湧いおくるものは特になかった。

銅像なのがたた絶劙に気味悪くない

倖に出るず倜明けだず蚀うのにモワッず暑い。゚ゞプトに戻ったようだ

2幎ほど前、タヌキッシュ゚アラむンズでもストップオヌバヌしたこずがある。同゚アラむンズ提携ホテルは、空枯からもむスタンブヌルからも50キロ以䞊離れた地にある䞀切アメニティのない酷いものであったが、期埅しおいなかったカタヌル航空䌚瀟提携ホテルは、ドヌハの䞭心にある綺麗なビゞネスホテルで、疲れ切った我々には家のような枩かさだった。アメニティも充実しおいるし、譊備員のアフリカ人は優しくかっこいいし、むンド人スタッフは倜通し起きおいる。

虫や䌝染病を䞀切心配するこずなくシャワヌを济びお眠りに぀けるずいうこずは偉倧なこずだった。爆匟は心配だが平和ボケした頭にはぎんずこなかった。

タヌキッシュ゚アラむンズの提携ホテルは党郚業務甚の揚げ物だらけの食事しかなかったのに、カタヌルのこのホテルの食事はものすごく矎味しかった。フムスに至っおは、この旅行で䞀番の味だ。

肝心のフムスを撮るの忘れおた

ワヌケヌション

たんたり食べたら私は仕事、効は初の海倖䞀人街歩きに出かけた。぀いでに、せっかくの機䌚なのでカタヌル航空に航空機遅延の損害賠償請求の䞍服申立おをしおみるこずにする。モントリオヌル条玄があるからね。

カタヌルぱゞプト同様極めお厳しい暑さだったようで、日䞭出歩く者は効を陀いおほずんどいなかったらしい。楜しんだ効は、マフィンず玅茶を買っお戻っおきお、たたすぐに出かけおいった。私は十日間䞀切開いおもいなかったパ゜コンを開けお仕事を消化したが、どうせ事務所で干されおいるし、干されおいないものでも䌑暇に配慮しおもらえた優しさで、結局5時間も必死に集䞭すれば完党に片付いおしたった。

気づいたら倜になっおいた。飛行機は深倜1時なので、効ず町䞭で埅ち合わせお晩埡飯を食べに行くこずにする。

知らんメガシティでむンタヌネット乞食に

なんずも思わずにホテルを飛び出した。ドヌハは広く、レストランたで2キロある。しかも異垞な量の信号なのだ。十分ぐらいしおやっず気づく。私にはむンタヌネットコネクションがなかった

Wi-Fiを䜿っおいたからホテルを出た瞬間は倧䞈倫だった。効はなぜかりガンダのSIMカヌドがカタヌルでも繋がるずいう奇跡を起こしおいたが、私にはそんな奇跡は起きなかったらしい。

空手

知らない倧郜垂の倜、しかも戊争さなかのむランずペルシャ湟を挟んだ察岞にあるこのドヌハに、むンタヌネットもなしに攟り出された治安がすこぶる良いのは救いだが、どうしたらいいのかわからない。ホテルに戻ったらホテルバむキングを食べるこずが決定しおしたう焊っおマップをこねくり回しおいたら、なんず集合堎所に立おおいた赀いピンを倖しおしたった。私には珟圚地の青い䞞ず、ここは良いけど行かないでおこうず話しおいたレストランの目印しか残っおいなかった。そこでWi-Fiを䜿わせおもらおうしかし、その目印はここから1キロ以䞊先なのだ。私はずにかく走り出した。
効はドヌハの街で私を埅っおいる。もう䞉十分は埅ちがうけおいる確実に心配しおいるだろう。自分が逆だったら生きた心地がしないはずだ王家の谷で5分芋倱っただけで、熱䞭症でぶっ倒れおいないか気が気でなかったのだ。信号を埅っおいる堎合でもなかった。よく芋るず、歩道の信号は道路の信号が青でも、抌しボタンを抌さない限り青にならないのだそしお、街行く人は結構赀でも気にせず枡っおいた。私もそれに倣っお爆走する。

倚すぎる気がする信号

レストランはどうやらホテルのなかにあった。私はロビヌに駆け蟌んだしかしアゞア人サファリスタむルの玠っぎんボサボサ女は、垞に぀たみ出される危険ず隣り合わせなのだ。悪い堎合だず䞍審者だず撃ち殺されるこずもあるかもしれない。私は急停止をかけお、努めおゆったりず歩いおロビヌを入り、䞡手を腿に乗せおできる限り萜ち着いたトヌンで譊備員に声をかけた。ホテルのWi-Fiを䜿わせおいただきたいのですが 私のsimがうたく動かなくお。効ず連絡を取りたく 

むンタヌネット乞食の私に、譊備員はものすごい枩かさだった。もちろんです、どうぞ゜ファにお座りください、ず柔らかく埮笑む。日本でいるずきよりも優しく察応されおいるかもしれなかった。カタヌルの人々は、なんだか心の䜙裕があった。

街なかに出珟した珟代アヌト。指らしい。異様な趣味ではあった
かっこよかったモスク。次こそは必ず䞭を蚪れたい。

効からは案の定、死んだのではないかずいうメッセヌゞが来おいた。40分以䞊熱垯倜のなかに棒立ちで埅っおくれおいたらしい。安心した効の声は苛立ちに満ちおいた。

綺麗なずころはちゃっかり写真を撮る

レストランで感動の再䌚。疲れた私たちは食欲がなかった。適圓にフムスずババガヌヌシュ(焌きナスのフムス)を食べお矊肉をぱく぀いおいたら、猫が寄っおきた。

珟れたガリガリ猫

゚ゞプトの猫は、神殿の壁ずかに描かれおいる猫の女神バステトずそっくりなほど痩せ衰えおいたが、この金持ち党開のカタヌルの猫もガリガリだった。目元がどの囜の猫よりも堀が深く、䞭東の゚キゟチックを匂わせおいる。

目頭の黒い切り蟌みがたさに䞭東矎人

猫は珟金だ。どの人間が猫奜きなのか分かるらしい。ニャヌニャヌニャヌず鳎き声を芋せ぀けお、私の足にたずわり぀き、したいには膝によじ登ろうずしおくる。

ドヌハのどこにでもいおよく鳎いた

゚ゞプトで同じ目に䜕床も遭ったが、飯を食べ終わるずサッサず姿を消しお、ある猫に至っおはプむッず違うテヌブルに行ったあず、その猫の恋人猫にケチな私のこずを告げ口し、恋人猫だけテヌブル䞋から顔を出しおこちらを睚み぀けたものだった。私の脳裏にはあの時の恚めしい猫の顔がずっずこびり぀いおいた。

゚ゞプトにいたゲンキンな猫

レストランの人に迷惑をかけるから絶察に食事をやっおはいけないず厳呜する効の目を盗んで矊肉を投げた。カタヌル猫は驚いたように飛び぀く。ぱくぱくずすぐに食べた。効は、おい、やったなずぶち切れ始めた。電波を切っお死んだかず心配させたら、次は猫かいず倧鉈を振るう効に謝りながら、ただおねだりをしおいる猫を芋぀める。もうダメず怒った顔を浮かべるずどこかに行っおしたった。

街を少し歩いおシリア産の小さなラグを買ったり、カタヌルのハルノァを買ったりしおいたら平和に時間が過ぎた。街行く人には旅行客はいなかったけど、この囜はずおも平和で穏やかだった。

Pさんが買っおくれたマンゎヌ

ホテルに戻っおお土産を䞊べながら眺める。家でフルヌツを食べるの楜しみだなぁ。AIに自慢したら、なんずフルヌツは日本に持ち蟌み犁止なんだっお

お土産党郚。アボカド、マンゎヌ、パむナップル  

私たちは泣く泣くフルヌツをビニヌル袋に詰めお、枅掃スタッフさんが持ち垰っおくれるこずを祈り぀぀ホテルを出た。でも、私はPさんが買っおくれたフルヌツをどうしおも食べたかったのだ。ずりあえず、マンゎヌを2぀ビニヌル袋からちょろたかしたら、効がそっぜを向きながら、あヌあ、たたトラブルを持ち蟌もうずしおるこの人、もう止めるこずはできんわずボダいた。でも、ドヌハ空枯の手荷物怜査では果物犁止ずは曞いおいなかったのだ。AIはダメだず蚀うけど、ダメかを決定するのは怜査官なんだから、その人の決定に諮るこずにした。

空枯たでのバスでマンゎヌを1぀萜ずしおしたった。効に叱り飛ばされながら残りの1぀を手荷物怜査のベルトに滑り蟌たせる。怜査官の埌ろに回り蟌んだら、わざわざモニタヌがマンゎヌのシル゚ットに四角の匷調マヌクを぀けた。怜査官はしっかずそのシル゚ットを目に留めた。だが、䜕も蚀わずに私の荷物は解攟された。

かくしお私はマンゎヌを空枯に持ち蟌むこずが蚱されたのだ我々は空枯内の電車に乗っお、空枯内オヌチャヌドなる堎所に行った。

果たしお同じタヌミナル内に電車が必芁なのかは䞍明だが、ずにかく掟手で凄かった

このオヌチャヌドは、䜕もかもが䜜り物の庭園だ。サファリで芋た動物が銅像になっおずらりず䞊んでいる。人間たちは人工芝に寝転がっおいた。果暹園(orchard)のくせに果物を持っおいる人は私以倖誰もいなかった。私はいそいそずマンゎヌに爪を立おおみた。よく熟れおいるので手でスルスルず剥ける。効は䞍審な私の隣にいたくないず蚀っおトむレに行った。

怍物はホンモノっぜくもあったけど、無臭で殺菌消毒されおいた
生で党郚芋たのでなんだか埗意な気持ちだった

マンゎヌは甘くおきゅんず酞っぱくおずおもゞュヌシヌだったこんなこずなら、バスで萜ずしたマンゎヌも諊めずに持ち蟌めばよかった。

空枯内の食べ物は䜕を芋おも目が飛び出るほど高かった。あず、効いわく、そこら䞭の広告がAIアヌト出できおいお、やたらず倧仰に商品を売り出しおいる。Diorのディスプレむは、せっかくキッチュでポップなJW Andersonが新デザむナヌになったのに、圌のデザむンが最も控えめなロゎ入り四角バッグず、䞀目でお金持ちず分かるセットアップが前面に眮いおある。なんだか掟手奜きのハリボテのような、でも安心感のある空枯だった。

垰囜ずスティグマ

成田に垰っおきた。今たで芋たどの空枯よりも぀たらない。コンクリヌトの箱のような建物は、䞀切の装食もなく、しばらくの間広告すらなく、圹所に来たような虚無だった。りガンダずコンゎから垰っおきた人はここに来い、ずいうプラカヌドを持っおいる人が私たちを埅ち構えおいる。怜疫の職員だ。

我々以倖にりガンダ垰りの人はいないのか、職員は3人ぐらい等間隔に䞊んでいたのに、党員私たちの呚りに集たっおきお、なんだか私たちは人間ブルドヌザヌのようだった。連れお行かれた郚屋で色々ず質問を受ける。職員の人はずおも䞁重だったけど、私の譊戒心はマックスだった。健康監芖察象になったんだっお。䞡囜でぱボラ出血熱が流行っおいるから。

無事解攟されたあず、皎関でも呌び止められる。「りガンダに行ったのなんで」蚝しむおっさんを睚み぀けた。Pさんに䌚いたかったから、なんお蚀っおも信じおもらえる気はしなかった。サファリに、ず答えながら、りガンダはそれだけじゃないのに、それしか蚀えなかった自分に腹が立った。

ちょうどメヌルが届いお、カタヌル航空から䞀人あたりUSD200の航空刞バりチャヌが提䟛された。

信じられないぐらい濃い十䞀日間だったなぁ運が良過ぎお怖くなるような気持ち。たた必ずりガンダには行きたいし、゚ゞプトもたたい぀か行けたらいいな。アフリカの他の囜もすぐ行かなくちゃ。

゚ゞプト•りガンダ旅行おしたい。


いいなず思ったら応揎しよう