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小説「無償の犯罪」最終回

    【登場人物】

    ・林克行(はやし かつゆき)
    ……コンビニ強盗事件の際、近所に住んでいた人物
    ・喜美子(きみこ)
    ……克行の妻
    ・行斗(ゆきと)
    ……克行の息子 

    ・藤田まもる
    ……コンビニ強盗犯。

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    八章 女の独白



     林喜美子は、警察の取り調べを終えて、心が静かに穏やかであることを感じていた。もう隠すことはない。隠し事はない。嘘をつかないで済む。そう。そう思っていればいい。そう思っていれば、心が穏やかに凪いでいる。留置場の白い壁でさえ、平和の象徴のように見える。

     誰も知らない。誰の記憶にもない。本当の真実は、誰にも言わないでおけばいい。喜美子は全てがうまくいっていると思った。自分は、突発的なことが起こったときに、頭の回転が速くなるタイプのようだ。喜美子は自分でそう分析していた。

     十年前、男が家に突然踏み込んできて、克行ともみ合いになって、男の持っていた包丁が克行の胸に刺さった。驚いたのは、男も喜美子も一緒だった。冷静だったのは、喜美子のほうだった。男は、人を刺してしまったことがショックだったのか、吐き気を催して風呂場に駆けて吐いていた。トイレは息子が隠れていると喜美子が言ったからだ。

     そのとき、トイレからまだ八歳だった行斗が出てきた。今でも鮮明に覚えている。

    「お母さん大丈夫?」

     トイレで行斗は、物音や怒声を聞いていたのだろう。

    「なんでもないよ。大丈夫。行斗もう少しトイレにいてね」

     トイレに戻ろうとしたそのとき、行斗は倒れている自分の父親を見たのだ。胸に包丁の刺さった父親を。その瞬間、克行は、うぅと小さく唸った。

     死んでいないのか! 喜美子が思った瞬間、行斗が父親に駆け寄り、胸に刺さった包丁を一度抜き、再び、思い切り振り下ろして刺した。

     喜美子は、返り血で真っ赤に染まった息子を見て、卒倒しそうになった。何が起こったのだ。息子が、行斗が、父親にとどめを刺した……。

     あの男に、強盗犯に見られてはいけない。あくまでも、殺したのはあの強盗犯だ。そう思わせておかないといけない。

     喜美子は、呆然としている真っ赤な息子を台所のシンクに座らせ、ぬるま湯で全身を洗い流した。食事もままならぬ生活をしていたため、痩せた行斗はシンクにすっぽりおさまって、まるで浴槽に浸かっているようだった。男が戻ってくる前に、喜美子は急いで行斗に服を着せ、何食わぬ顔で、トイレに戻した。

     喜美子は、男に成り代わりの提案をし、半ば強制的に協力させることで、お互いウィンウィンの関係になれると判断した。青い顔をして風呂場で吐いていた男に克行の服を貸し、着替えるように言った。

     そこからは、警察に話した通りだ。行斗は、幼さゆえか、精神的ショックからか、当日のことをほとんど覚えていない。万が一、二つの刺し傷があることが白骨死体からわかったとしても、強盗犯の藤田の犯行だと言えばいい。藤田はもう、死んでいるのだから。

     留置場の壁を見つめ、喜美子は一人、密かに微笑んだ。









    《おわり》

     
     
     
    あきや・りんこ。小説家。創作大賞2023別冊文藝春秋賞受賞『ナースの卯月に視えるもの』シリーズ累計14万部突破!新刊『桃井ナースはこころも看ます』7月7日発売!『潜入心理師・月野ゆん』シリーズ『桃井ナース』シリーズ『人生最高ごはん』

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