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小説 │ 聖母のろうそく

    䞉條 凛花



    ⚠ミステリヌ芁玠ずいうか、死にた぀わる描写がありたす。痛みの盎接的な衚珟はありたせん。



    『聖母のろうそく』




    亮倪に惚れたのが先だったのか──私にはもう、思い出せない。




    有絊を䜿っお仕事玍めを早めた私は、スヌツケヌスを匕いお、か぀お薔薇のアヌチがあった家の前に立っおいる。

    はじめおここに来おからもう十五幎が過ぎた。

    セヌラヌ服を着おいたあのころず違っお、今の私の髪の毛はもう長くっお、びゅうびゅう吹き぀けおくる冷たい颚で目の前がただらに芋えなくなった。

    いや、私が芋おいたものも、そうだったのかもしれない。
    ずころどころしか芋えない、あるいは、芋たいものしか芋えない、そういう蚘憶が蘇る。






    その人は、光に包たれた聖母のように芋えた。

    キッチンの埌ろ偎、すこし高いずころに现長い窓がある。
    そこから差し蟌む西日が、亮倪の母のふっくらした茪郭を切り取るみたいに茝かせおいた。

    「あ、ええず  」

    近くに来たあたし・・・に気づいた圌女は、すこし困ったようにほほ笑んだ。
    先ほど降りおきた階の亮倪の郚屋からは、いく぀もの笑い声が響いおくる。終業匏のあず、同玚生数人で、高校近くの亮倪の家に集たっおゲヌムをしおいた。

    「あの  盞原です」

    「そう、そうだわ。珠々すずちゃん。ゆっくりしおいっおね」

    圌女は目がなくなりそうなくらいにっこりずほほ笑むず、手元に芖線を戻した。
    逅のような手で銀の取っ手をにぎり、もう片方の手で割り箞をそっず動かしおいる。ステンレス補のボりルをかき混ぜおいるのだ。䞭には癜くお぀や぀やした塊がいく぀も入っおいた。ずころどころ、玐のようなものが芋える。

    そしおその䞋には、ふ぀ふ぀ず煮立぀鍋。

    「クリスマスに䜿うキャンドルを぀くっおるの。安いろうそくを溶かしおね。よかったらやっおみる」

    「  いいんですか」

    本圓はもう垰る぀もりで降りおきた。けれども奜奇心が勝った。

    「いいよぉ」

    圌女は間延びした声でおっずりず蚀う。そういう話し方をする倧人は呚りにはいなくっお、あたしは思わず、ぱちぱちず瞬いた。なんだか時間の流れが違うような。

    「あ、ちょっず埅っお。せっかくなら  」

    そういうず圌女は、リビングの戞棚をごそごそず探り、䜿い叀されたクレペンの箱を持っおきた。

    「これを削っお入れるずね、色が倉わるの。珠々ちゃん、䜕色が奜き」

    考えたこずが、なかった。
    答えあぐねおいるず、圌女はい぀たでもゆっくり埅っおくれおいた。気が぀くず、銀のボりルの䞭身は、ずろりずした氎风のような液䜓に倉わっおいた。たくさんあったろうそくの欠片たちはもう芋圓たらない。あたしは焊っお蟺りを芋回しお、そういえば、庭先の鉢に、赀い花ばかりが怍わっおいたこずを思い出しお「赀です」ず答えた。

    「  じゃあ、これ」

    圌女はあたしにチビのクレペンず、なぜかパンの袋に぀いおいるアレを手枡しお、火の勢いをゆるめた。
    湯煎しおいた熱湯の衚面が、すこしず぀凪いでゆく。

    「こうやっおねえ、削るの。割り箞だずかなり力がいるんだけどねえ、この留め具だずちょっずだけやりやすいんだよ」

    ほずんど音なく、クレペンの衚面が削れおゆく。
    赀い雪が柄んだ泉に降っおるみたいだ。でも、少しず぀"ろうそく氎”の色が倉わる。クレペンの赀ががんやりず滲んで、色を広げおいく。

    「あずはこれを取りのぞいお  」

    亮倪の母は、割り箞で䞭に浮かんだ赀い糞を「ろうそくに぀いおた玐も䜿うの」ず蚀いながら掎んだ。

    「珠々ちゃん、この䞭にろうそく入れおもらえる」

    「ハむ  」

    あたしがステンレスボりルをそっず持ち䞊げるず、圌女はクッキングペヌパヌでそっず底から垂れる氎滎を拭いた。甘い匂いがした。硝子の䞭に透き通った赀色がずろりず蜜みたいに萜ちおゆく。

    圌女は割り箞に先ほど取り出した糞を挟むず、赀い蜜の䞭倮にそうっず浮かべた。あたしは圌女の぀むじの呚りに、癜いろうそくみたいにきらめく髪の毛のいくすじかをがんやりず芋おいた。

    「グラスのね、底に着くくらいの長さにするのがこ぀なの」

    それから圌女は、口もずにしぃヌっず人差し指を圓おるず、あたしにダむニングに぀くようにうながした。

    「これはね、私のおや぀。みんなの分はないから秘密ね」

    圌女は、名前のわからない焌き菓子を出しおくれた。プリンみたいな圢をしおいるのだけれど、したした暡様のでこがこが぀いおいる。

    「玅茶はだいじょうぶ」

    飲んだこずがなかったけれど、うなずいた。

    圌女はにっこり笑っお、窓のほうを向いた。湯気がもくもくず䞊がっおいる。そのたあるい埌ろ姿を芋おいたら、なんだか泣きそうになっお、あたしは芖線を圷埚わせた。

    リビングにはあたしの背よりも倧きなツリヌがあっお、その足元にはプレれントのような箱がたくさん眮かれおいる。家の䞭にはいく぀もの写真立おがあっお。
    枅朔なだけじゃない枩かさを芚えた。


    そうしお他愛のない話をした。
    亮倪が子どものころのこず、今の孊校のこず  。答えに窮しおも圌女は急かすこずなく、ただにこにこしお埅っおいた。ぱっちりした二重の目は亮倪ずそっくりだけど、粟悍な印象の圌ずはちがい、甘くお幌気な顔立ち。

    やがお互いの顔ががやけお芋えるくらい薄暗くなったずき、圌女は立ち䞊がっお倧きな掃き出し窓のほうぞ向かった。

    「雪、降らないかしら」

    この街では、ほずんど降らない。

    「ホワむトクリスマスには奇跡が起きるっおいうでしょ 私は北囜の出身なの。でもこの街に嫁いできたら雪が降らなくお。クリスマスに降っおくれたら、奇跡が䜕倍にもなりそうな気がしない」

    亮倪の母はころころず笑っおいった。圌女はたっ癜な゚プロンを぀けおいる。ぎっしりず糊のきいた枅朔なもの。
    しばらく空を眺めおいたけれど、圌女はやがおカヌテンを閉めはじめた。

    ぱっず居間の電気が぀いたずき、垰らなければならないこずを思い出す。

    圌女に告げるず「ちょっず埅っおね」ず硝子の䞭から出来䞊がった赀いろうそくをそうっず取り出しお、包装玙で包んで持たせおくれた。それから亮倪を呌びに行く。

    亮倪の家を出るず、冷たい颚が頬を刺した。あたしは赀いチェックのマフラヌをぐるぐる巻きにしお、顔をなるべく芆うようにした。

    「珠々っおたくたしいよねえ」

    癜いダッフルコヌトを着お、ベヌゞュのマフラヌを䞊品に巻いた矎穂が倧袈裟な顔をしお蚀う。その蚀葉に、クラスの男子連䞭もうなずく。セヌラヌ服のすきたからだけじゃなく、垃越しにも冷たい颚がわかる。

    「じゃあたた」

    あたしはみんなず反察方向に歩き出した。
    ほんずうは䞀緒の電車に乗らなければいけない。でも、なんだか、惚めで。



    亮倪の家は閑静な䜏宅街にあり、暗い䞭で芋るずどこもおんなじに芋えお、あたしはすっかり迷っおしたった。方向すらわからない。どうしよう。スヌパヌに寄らないずいけないのに。母さんが垰っおくる前に。

    途方に暮れたころに電話が鳎った。

    『珠々ちゃんさあ、今、どこ 迷っおない』

    亮倪だった。

    「  っ、わ、わかんない。迷った」

    動かないように蚀われお、目印になるものを䌝えるず、亮倪が息を切らしおやっおきた。

    女子にしおはかなり背の高いあたしよりも、亮倪は目線が高い。倏たでは坊䞻頭だったけれど、郚掻を匕退しおからはなんだか違う人みたいに芋える。



    駅前で亮倪ず別れお、電車に乗った。
    倕方のやや混み合った車内でがんやりず倖を眺めおいるうちに、扉が閉たり、ゆっくりず動き出した。すぐ目の前の螏切で、こちらに向かっお手を振っおいる人がいるこずに気が぀く。亮倪だ。

    子どもみたいに、無邪気に手を振るあの人を芋お、あたしは振り返せなかった。驚きすぎお。いるなんお思わなかった。

    始発駅だから、発車たでかなり時間があったのに。
    それなのに芋送っおくれたなんお。

    車窓の向こうに亮倪の姿が吹き飛ばされたあずもばくばくする胞の錓動は止たらなかった。



    終点に着いた。
    垂街地から離れた山あいの無人駅で降り立぀。
    ぜ぀りぜ぀りず電車は空いおゆき、この駅で降りる人はもうずいぶんず少なかった。

    家ずは反察偎に歩く。買い出しをしなければいけない。
    バむトがないずきは倕飯づくりがあたしの圹目だ。今日はたたたた䌑み。友だちず遊んだなんお初めおに近かった。郜合があわなくっお断り぀づけおいたら、い぀の間にか誘われなくなっおいお。幎で同じクラスになった亮倪だけが、懲りずに声をかけおくれおいた。


    煌々ず明るいスヌパヌを出る。
    䞡手がずっしりず思い。右肩には通孊鞄代わりの゚ナメルバッグもかかっおいお、あたしは䜓が斜めになりながら家たでの道のりを歩いた。

    足を動かすたびに、ビニヌル袋が膝に圓たっお、シャカシャカずん、ず芏則的な音を立おる。
    少しず぀暗さにも慣れおきお、吐く息が癜いこずに気が぀いた。

    目の前の空も、ただたっ暗なだけだず思っおいたのに、グレヌに透ける雲が、亀の甲矅みたいな配列で䞊んでいる。そのあわいに星々が萜ちおいる。すぐ暪のため池の、氎蟺ず草地ず地面ず。それぞれのコントラストも芋えるようになっおきた。
    近くの荒れ地で、こんな時間に野焌きをしおいるのに気が぀いた。限りなく黒に近い煙が空ぞ昇っおいる。

    亮倪の家を出たずきはあんなにも寒々しかったのに、長いこず歩いた今は、マフラヌを剥ぎ取りたいくらいに暑い。冷えおゆくこころずは違っお。



    山のなかにある叀いアパヌトは、䞍䟿なので圓然ほずんどだれも䜏んでいない。灯りがずもっおいるこずに気が぀いお焊る。なるべく急ぐ。無意味だずわかっおいるのに。
    扉を開けたら雑誌が飛んできお、ビニヌル袋を持぀手をかすった。鋭い痛みに顔がゆがむ。

    「どこほっ぀き歩いおたんだよお前はァ」

    明るい茶色の髪をチリチリにカヌルした母は、赀い口玅を塗りながら鏡越しに蚀った。
    あたしはすぐにビニヌル袋の䞭からハムず葱を取り出す。かがんだずきに、自分から野焌きの残り銙がするこずに気が぀いた。自分でざくざく切っおいる短い髪の毛にも執拗に絡み぀いお、煙ったい。

    炒飯を぀くっおゆく。母は終始䞍機嫌だった。ため息を぀いたり、舌打ちをしたり、「あヌもう」ず独りごちながら髪の毛をがさがさにしたりしおいた。
    じゃあじゃあず鳎る鍋の䞭のおいしい音は、䞍協和音にかき消されおいった。

    こんな街、──出おゆきたい。

    そう思っおも、背ばかり䌞びおもあたしは法埋䞊は子どもで、どうすればいいのかなんおわからなかった。



    『珠々ちゃん、24日空いおる』

    亮倪からメヌルが届いたのは、母が仕事に出たあずだった。
    着信音が鳎った瞬間、すっかり冷めおいた筈の炒飯が、ふずおいしく感じられた。

    『たたみんなで、うちでゲヌムやろうっおさ』

    ただの氎道氎を飲んだだけだったのに、ぜっず口の䞭が甘くなる。
    亮倪の母がこっそり分けおくれたお菓子の味がよみがえる。あんなの、食べたこずがない。

    この郚屋には母の服や化粧品ばかりだ。

    それだけじゃなかった。
    今日のあたしは、倉だ。螏切の前で芋送っおくれた亮倪のこずを思い出したら。なんだかふわふわした気持ちになる。


    亮倪の家はカントリヌ調の倧きな戞建おだった。
    呚りにも、同じような家々が、それぞれの個性を䞻匵するようなデザむンで、けれども行儀よく敎然ず䞊んでいる。
    玄関をくぐる前に、アヌチ型のなにかがあっお、そこには枯れ草がおいねいにくくり぀けられおいた。あずから亮倪の母に聞いたのだけれど、あそこには五月になるず満開の薔薇が咲くのだずいう。

    みんなで家に着いたずき、ちょうど圌の父芪が玄関から出おきたのだけれど、メルヘンな雰囲気の家から、県光の鋭い、倧柄で熊のような男性が出おきたものだから、すごくギャップがあったものだ。

    あたしは亮倪の母からもらった赀いろうそくを取り出しお、母の店のマッチをそっず擊った。

    しゅわっ。
    火が぀いた。赀ず青がせめぎ合うように揺れる。マッチの垜子みたいな郚分はすぐに黒焊げになった。

    そうっずキャンドルに火をずもす。ゆらゆら。揺れる炎がい぀の間にか滲んでいる。なんだろう。甘い、甘ったるいくらいの銙りが郚屋のなかを充たしおゆく。
    そうしお野焌きの煀けたにおいを䞊曞きするみたいに。
    熱いものががたがたず萜ちおくる。

    あたしは想像した。
    薔薇のアヌチをくぐっお、「ただいた」ず家に入る自分を。

    「むタいだろ」

    ばたばたず手を動かしお、火も倢も消し去った。




    『ちょっず話があるんだけど』

    矎穂から呌び出されたのは、翌日だった。
    バむトがあるず蚀うず、そのあずに駅前でいいからさず蚀われる。䞍機嫌そうな、眉根を寄せた姿が想像できた。

    始発の電車は時間に本しかなくっお、あたしはバむトがはじたる時間も前に駅に着いおしたった。仕方がないので図曞通ぞゆく。べ぀に本が奜きなわけじゃない。暖かくお静かだから。
    山の家のそばには図曞通なんおないから、こんなに快適でお金がかからない堎所があるなんお、高校生になるたで知らなかった。ふず思い立っおお菓子の本を手にずっおみる。

    亮倪の母が食べさせおくれたあの菓子。
    したした暡様に凞凹のある、プリンみたいな圢をしたあれは、カヌレずいうらしい。小麊粉、牛乳、卵に砂糖  。もしかしおあたしにも぀くれるだろうかなんお思ったけれど、無塩バタヌなんお高玚品を買ったら母になんお蚀われるかわからない。

    諊めお自習スペヌスで勉匷をした。

    「珠々ちゃん」

    空耳、  かず思った。顔を䞊げるず、すこし離れたずころに亮倪が立っおいた。

    「わあヌ、偶然」

    亮倪はぱたぱたず駆け寄っおきお、図曞通の人に叱られた。「すみたせん」ず瀌儀正しく謝る。

    「郚掻、ただ行っおるの」

    ゞャヌゞ姿の圌に尋ねる。

    「ん。埌茩に呌んでもらっおさ。ずっず勉匷ばっかりだずしんどいから、ありがたいよ」

    亮倪は目の前に座っおにこにこしながら蚀うず、バッグの䞭から問題集を取り出しお、静かに勉匷をはじめた。目を䌏せるず、た぀毛が長いこずに気が぀く。
    この時間が終わるのが勿䜓なかった。

    亮倪はランチに誘っおくれたけれど、バむトの時間が迫っおいるずうそを぀いた。駅に向かう圌ず、ビルの入口で別れるたでの、ごくごく短い時間がずおも愛おしかった。
    ひらひらず手を振っお亮倪が垰っおゆく。あたしはその様子をずっず芋おいた。圌は䜕床も振り返るず、子どもみたいに手を振った。

    そうしお圌の姿が芋えなくなったあず、あたしは裏の小さな公園に向かった。
    ベンチに腰を䞋ろすず、぀んず冷たかった。
    持っおきたおにぎりをほおばった。梅干しのず、塩昆垃の。

    すぐ埌ろには海があっお、びゅうびゅう颚が吹き぀ける。あたしは今日もマフラヌしか぀けおいなくっお、寒くお、しかも公園にはだれもいなくっお。
    泣きたいきもちでいっぱいになっおいた。



    バむトを終えお携垯を芋るず、矎穂はもう店に入っおいるのだずいう。
    指定されたのは駅ビルの䞭にあるカフェだった。母ぞの蚀い蚳を考える。でも思い浮かばなくっお「孊校の人ずトラブったから」ずだけ送った。そうメヌルを打ったのはたぶん、予感があったからだろう。

    母からの返事はなかった。


    店に入るず、矎穂は䞀番奥の、窓ぎわの垭でけだるげに携垯電話をひらいおいた。たくさんのストラップがごちゃごちゃず぀いおいる。
    い぀ものセヌラヌ服じゃない矎穂を芋るのははじめおで、なんだか別な人のように芋えた。あたしに気が぀くず矎穂は、真顔ず笑顔のあわいのような、埮劙な衚情で手を挙げた。

    「遅かったじゃん」

    亮倪たち男子ず話すずきずは違う、䜎い声色で矎穂は蚀う。
    芖線は合わない。矎穂の目はずっず携垯電話の画面に向けられおいお、テヌブルに䞡肘を぀いお、ストラップをカチャカチャ揺らしながらメヌルを打っおいる。

    「ずりた、頌みなよ」

    矎穂はこちらを向かないたた、巊手でメニュヌ衚を指した。


    メニュヌをひらいたあたしは、頭を抱えた。
    どれを頌むべきか。どれだっお、あたしの時絊ずそう倉わらない倀段をしおいた。きょう働いた時間のうち、時間分もケヌキセットに䜿うのはためらわれた。

    「おすすめはぁ、パンケヌキ」

    はじめお目が合う。
    矎穂は、期間限定のメニュヌを指した。
    苺がたっぷりのっおいお、クリヌムもピンクで、赀い぀や぀やした゜ヌスがかかっおいる。
    ごくり。のどが䞊䞋した。



    パンケヌキの苺は、今たで食べたこずがないくらいころころず倧きくっお、透明の、れリヌのようななにかに包たれおいる。フォヌクを刺すずじゅわっず音がしそうなくらい瑞々しい。

    どこを食べおも甘かった。
    矎穂はパンケヌキを食べかけのたた、ずっずメヌルを打っおいる。あたしはなんだか居心地悪くっお、窓の向こうに芖線を向けた。

    駅ビルの高いずころにあるカフェだ。
    䞋には普段は駅たで急いで走るだけの街が、宝石箱みたいにきらめいおいる。䞊からみたらこんなに綺麗だなんお、ぞんなの。でもなんだか特別な気がした。
    矎穂が、顔を䞊げるたでは。





    「ずりた、24日はこないでくれる」






    䜕を蚀われたのかわからなくっお、あたしはぎ、ぎ、ず機械みたいにぎこちなく芖線を圌女に向けた。
    矎穂は忌々しげな目であたしを射抜いおいた。

    はじめおきちんず、長く目が合った気がする。今日 いや、出䌚っおからはじめおかもしれない。

    「ふ぀うさぁ、空気読むでしょ 女子があたし䞀人なんだからさあ。あたしが亮倪を狙っおるこずくらいわかるよね」

    驚いおぜかんず口を開けおいるあたしを芋お、矎穂は逆に驚いた顔をしたあず、く぀く぀ず笑い出した。

    「ええヌマゞか。わかっおなかったの りケる」

    矎穂の目は、䞉日月型に歪んでいた。

    「貧乏なうえにKYっお、かわいそ」

    笑いながら矎穂は立ち䞊がった。䌝祚を持぀ず「あたしが奢るからダむゞョヌブだよ」ず笑っお去っおいった。矎穂のお皿には、ただ半分以䞊パンケヌキが残っおいた。぀や぀やの苺も、パンケヌキの䞀番䞊から萜ずされお、皿のうえで倒れおいる。
    目の前が熱くなった。あたしは手の甲で萜ちおくる涙をぬぐいながら、パンケヌキを最埌たで食べお家路に぀いた。



    山のあわいの駅で降りるず、どこからかサむレンの音が響いおいた。
    火元はあたしの郚屋で。

    母が死んだ。
    呆然ずしおいるうちに、母の芪だずいう人たちがやっおきた。

    「結婚に反察したのをずっず埌悔しおいたの」

    そう蚀っおあたしを抱きしめたのは、母にはちっずも䌌おいない老婊人だった。
    こうしおあたしは関東の倧きな家に匕き取られおいった。食卓には䞀汁䞉菜が䞊び、ほ぀れも汚れもないきれいな服が惜しみなく䞎えられた。週に回はレストランぞ行く。髪の毛も、もう自分で切らなくおいい。バむトなんかやめおいいよず蚀われ、受隓に萜ちるず塟に通わせおもらった。そうしお翌幎あたしは、難関倧孊に䞀幎遅れお入孊するこずになった。





    亮倪に惚れたのが先だったのか──私にはもう、思い出せない。



    有絊を䜿っお仕事玍めを早めた私は、スヌツケヌスを匕いお、か぀お薔薇のアヌチがあった家の前に立っおいる。

    はじめおここに来おからもう十五幎が過ぎた。

    セヌラヌ服を着おいたあのころず違っお、今の私の髪の毛はもう長くっお、びゅうびゅう吹き぀けおくる冷たい颚で目の前がただらに芋えなくなった。

    いや、私が芋おいたものも、そうだったのかもしれない。
    ずころどころしか芋えない、あるいは、芋たいものしか芋えない、そういう蚘憶が蘇る。


    目の前には、グレヌの倖壁の、モダンな぀くりの家があった。
    薔薇のアヌチなんお䌌぀かわしくないスタむリッシュな家だ。高い塀の前には、ごろごろず角ばった石がいく぀も眮かれおいる。その合間に等間隔に怍えられおいるのはオヌゞヌプランツ。個性的な葉っぱのグレビレアや、倧きくお盎線的な葉が映えるコルゞリネなど。

    ああ、来なければよかった。

    脳裏に浮かんだのは、矎穂ず結婚したかもしれない亮倪のこず。
    そのずき郵䟿配達のバむクが近づいおきお、むンタヌホンを鳎らした。

    「田淵さヌん、冷凍のお荷物が届いおたす」

    慌おお螵を返した私の耳に届いたそれは、亮倪の苗字じゃなかった。






    「  珠々、ちゃん」

    自信なさげな匱々しい声に振り向くず、亮倪だった。どこかくたびれおいお、幎霢も重ねおいお、無粟ひげがあっお、くちびるの端がぷくんず腫れおいお、それでも亮倪だず、わかった。

    私たちは、クリスマスムヌドの街から離れるように電車に乗った。
    圌は戞惑っおいたけれど「行こう」ず告げるずただそれだけで着いおきおくれた。

    亮倪の家は高校のそばにあっお、終点の駅から通っおいる私ずはべ぀の䞖界の䜏人のようだった。
    だから、こうしお䞊んで座っおいるこずに劙な感慚がある。

    私も幎霢を重ねたから、あのころみたいな、恋、ずいうものではないのかもしれない。けれども懐かしさに胞がいっぱいになっおいた。
    はじめは互いに距離をさぐるような䌚話をしおいたけれど、ずにかく終点の駅たでは時間があったので、時おりガコンガコンず䞊䞋に揺られながら、私たちは互いのこれたでを埋めるように話を続けた。


    進孊したあずに、亮倪の父が急に亡くなったこず。
    借金があったこず。
    倧孊を䞭退しお地元にもどったこず  。

    驚いたこずに、圌の䜏んでいた街は、私が倧孊時代を過ごした街だった。
    そんなに近くに䜏んでいお䌚わなかったのにここで出䌚うなんお䞍思議で。


    「今はハりスメヌカヌで建築士をしお たす  」

    そう話すず、亮倪は意倖そうな顔をした。

    「珠々ちゃんっおさ、小説家ずかなるのかず思っおた」

    「ええ、なんで」

    思いもしなかったこずに本気で驚いお、口調がもどった。

    「い぀も図曞通にいたから」

    「え」

    「声かけられなかったんだよね。孊校にいるずきず違っお、なんだか楜しそうに芋えお。話しかけたらその衚情が厩れちゃうのかなっお思ったり」

    頬が熱くなっお、私ははたはたず無意味なのに手で仰いだ。
    やがお私たちは終点にたどり着いた。山のあわいの駅はきれいになっおいた。
    有人改札を抜けるず、目の前には山を埋めるように䜏宅街が広がっおいる。

    「時間が経぀ずさ、人気の゚リアが倉わるなんお、思っおもみなかったなあ  」

    資産家だった祖父母は、焌けお曎地になったアパヌトの跡地を買い取っおいた。曰く぀きだから売れないかもしれないけれど、私が困ったずきになにかの圹に立぀ように、ず。

    母ずは折り合いが悪かったらしいけれど、私にずっおはただただ良い人たちだった。
    家族ずしおの情みたいなものはわからなかったし、倧きな家での暮らしはすこし堅苊しかった。衝突するこずだっおたくさんあった。けれども、ふたりがたずめお事故で亡くなったずきは涙が止たらなかった。

    私は最近、倩涯孀独になった。




    「お母さんは元気」

    亮倪ははくはくず口を動かした。手に嫌な汗が流れたが、ややあっお「元気だよ」ず圌は蚀う。

    「間があったから  」

    「䜓は元気かな。心がね。母さんはもずもず感情に波があるタむプでさ。萜ち着いおるずきず、なにかが過剰に心配になっお䞍安定になるみたいなこずがあった」

    「そう、なんだ  」

    私が圌女に䌚ったのはたった䞀床だけで、そのずきはたるで聖母のような人だず、そう思った。

    「それが父さんが亡くなっおから茪をかけお䞍安定になっおね。もずもず働いたこずのなかった人だったから、仕事をしようず思えなかったみたいで」

    「恚んでる  」

    「んヌ。  んヌ  いや、どうかな。そこたでじゃないず思う。だいたいの家庭にはあるじゃん。反抗期ずかさ。そういうのを、ちょこっず超えたみたいな。それくらいだよ」

    「そっか」

    「  珠々ちゃんは」

    亮倪が尋ねた。
    その目の奥にあるのは、蚊くこずに察するすこしのためらいで。明るく無邪気だった圌が持ち合わせおいなかったものだ。私はふっず笑った。

    「どんなふうに話しおも、重い話になっちゃうんだけど」

    「  うん」

    亮倪がごくりず唟を飲む。

    「あの日たでずうっず぀らかったんだよね。なんでうちは他の家ず違うんだろうっお。みんなが圓たり前のように持っおいるもの、できるこず。それができない。でもさ」

    もう忘れたはずなのに声が滲んで。
    のどの奥が熱くなった。だから私はすこし䞊を向いた。

    「ママはキャンドルをずもしお寝ちゃった䞍泚意の事故っおこずになっおるけど、たぶん自殺なの」

    「え  」

    「蚌拠はない。でも、死ぬ前におじいちゃんずおばあちゃんに手玙出しおたんだ。自分が最䜎な人間になっおるこずが぀らいっお。母芪倱栌だっおさ。それでおじいちゃんずおばあちゃんが飛んできたんだけど、間に合わなかったっおゆうか  。どうしお自分で終わらせちゃったんだろうっおずっず、ずっず考えおるよ」

    亮倪はなにも蚀わなかった。

    「最䜎な人だっお思っおたし、実際そうかもしれないけど。でもこんな幕匕きにするならさあ。あたし・・・が倧人だったらずか、しんどいっお蚀えおたらずか、いろいろ考えちゃうんだよ。  たぶん、これから先も䞀生ね」

    圌はハンカチを差し出した
    目の前が滲んでよく芋えない。ほらね。こういうずころが「あたし」ず違うんだ。私は倧人になっおもハンカチなんか持ち歩いおない。手の甲でぬぐおうずしたら、亮倪はおずおずず、私の目をそっず抌さえた。

    「りチ、来る」

    「え」

    「よかったら母さん、䌚っおく その、ずっず心配しおたんだ。母さんも珠々ちゃんのこず」

    「  うん」

    私たちは、曎地の前から駅に向かっお歩いた。
    どん底だったあのころずは逆に。明るいほうぞ向かっおいく。

    「結婚は」

    「しおないよ。珠々ちゃんは」

    「バツむチ。離婚したの。幎も持たなかったかなあ」

    「  そう、か」

    亮倪は耇雑な顔をした。

    昔はたっ暗だった道には、等間隔に、ろうそくみたいな橙色の街灯が䞊んでいる。淡い光に照らされた亮倪の頬が、耳が、赀く染たっおいるように芋えるのはたぶん気のせい。

    「雪  」

    芋䞊げるずふわり、ふわりず小さな雪の欠片が萜ちおくる。
    それはたるで花びらみたいで、私は目を閉じお、未来にあるかもしれない、なにかいいこずを想像しようずした。

    けれども思い浮かぶのは亮倪の家のLDKばかり。
    今はもうないあの家、──のような枩かい堎所に垰っおみたいずそんなこずを思っおいたら、ふわりず手が包みこたれた。


    驚いお芋䞊げおも、亮倪ず目は合わない。
    やっぱり、亮倪に惚れたのが先なのだず私は思い盎す。



    圌らの新居は、もずの家から歩いお5分ほどの堎所にあった。

    亮倪が鍵を開ける。

    宀内は暗い。薔薇の銙りがふわっず立ち昇る。

    窓ぎわで雪を眺めおいた亮倪の母は、痩せお小さくなっおいた。
    しばらく驚いたように私の顔を眺めおから、顔をくしゃくしゃにしお「おかえり」ず、二人たずめお抱きしめた。


    ワンルヌムのテヌブルには、小さなツリヌが眮かれおおり、そのそばに赀いキャンドルが灯っおいる。そうしお今日の日づけに気が぀く。

    15幎前䌚いに行けなかった、聖倜。









    『聖母のろうそく』完

    玄10,000字






    あずがき


    ナルさんの䌁画にひさしぶりに参加したす。

    曞くきっかけをありがずうございたす
    最近、小説が曞けおいなかったのだけれど、曞き出すずやっぱり楜しいですね。

    機䌚をいただけおほんずうによかった。


    #クリスマスは片想い文芞郚





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    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

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