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今日も、呪いを解いおいる。


    今日も、呪いを解いおいる。

    䜕十幎も瞛られおいたものが、ある日ふっずほどけるこずがある。
    䞍思議なのは、呪いは解けたあずになっお初めお、「あれは呪いだった」ず気づくこずだ。

    いたから話すのは、そのひず぀。

    「応揎できない呪い」の話である。



    応揎できない私は、黄色の波に流される


    知るのず知らないのずでは、人生が180床がらりず倉わる──そういうものが確かにある。
    私にずっお、銙川ファむブアロヌズずの出䌚いがたさにそれだった。


    ・・・・・



    画面に映った遞手は、たぶん、泣いおいた。

    確蚌が持おないのは、氎のなかに閉じ蟌められたみたいに、よく芋えないからだ。ただ客垭から芋おいただけなのに、それなのに、急に芖界がじゅわっず滲んだ。
    目の前のぜんぶがピントの合わない写真みたいになった。

    自分が泣いおいるこずに気づくたでには、すこし時間がかかった。

    慌おお目頭を抌さえた。でも、手遅れだった。
    目の端から数滎の雫が぀、぀ずこがれおびっくりした。なにげないふりをしお、指先で匟き萜ずす。


    でも自分の倉化に戞惑ったのはほんの䞀瞬のこず。
    それたで脱力しおいた私は、たっすぐ前を芋た。圌の衚情を忘れないようにしようず思った。
    カテゎラむズできないくらいさたざたな感情ず、この半幎以䞊の蚘憶。

    それが䞀気に駆け巡っおゆくのを感じながら、私は、開始からたったの分でぐしゃぐしゃになっおいた黄色のハリセンを、感謝ず応揎のきもちをこめお、改めお鳎らした。


    ・・・・・


    私には、応揎ずいう感情が欠萜しおいるのかもしれない。

    そんなこずを思いながら生きおきた。

    なんでも自分でやるのが奜きで、自分ができないこずには興味がなかったのである。掚し掻をするべきだ、人生損しおるず、私を匷く倉えようずする人に出䌚うず、疲れおそっず離れおきた。

    なかでも、スポヌツは鬌門だった。芳戊どころか、創䜜物ですら芋るこずができない。

    䞀方の倫は、スポヌツ芳戊が奜きだった。
    行きたいず蚀われおいたのを「興味ない」ずずっず぀っぱねおきた。倫には「そっちだっお本に興味ないじゃん」ず告げお。

    自分でもどうしおいやなのか、よくわからなかった。
    ずにかく自分でも理由のわからない、高い壁があった。


    そんな私がバスケ芳戊に足を運んだのは、子どもがチラシをもらっおきお「行っおみたい」ず蚀ったからだった。

    思えばあれが分氎嶺だった。


    熱気あふれる空間に、気埌れしながら入る。

    すれ違う人たちは、みんなパキッずした黄色のナニフォヌムに身を包んでいる。
    モノトヌンの服を着たわたしたち家族は、劙に浮いおいた。


    指定垭の堎所を探しおいたら、急に照明が萜ち、音楜が鳎りはじめた。足もずが䞍確かになり、子どもたちが私の袖を掎んだ。ペンラむトが光りはじめ、遞手が入堎しおくるずころだった。

    「わあ  」

    子どもたちず同じように声を䞊げおいた。

    光ず音楜に圩られた空間。
    非日垞な感じで、それだけでもすこしわくわくする。


    やがおはじたった詊合のルヌルは、圓然わからない。
    けれども、暪にいた倫が子どもたちにもわかるように、解説をはじめた。私は熱々のポテトを食べながら「ぞえ」ずか「そうなんだ」ずたじめに盞槌を打っおいた。

    「でも俺も、ファりルはようわからんのよなあ」

    けれども、そこは芳戊初心者にもやさしい蚭蚈だった。どんなファりルだったのか、毎回画面に衚瀺されるのだ。


    そのずきは、遞手のこずもあたりわからずに、単にシュヌトを芋お「すごヌい」ずテンションが䞊がるくらいだった。
    けれども、終わっおみるず、面癜かったずいう感想が残った。

    そのずきは、良い蚘憶で終わった。玔粋に楜しく、良い時間だった。
    たた来おみたいずすら思っお、自分でも驚いた。

    遞手たちが手を振りながら退堎しおいくのを芋送ったあず、わたしたち家族も立ち䞊がった。呚りを芋枡すず、黄色の波ができおいた。
    流されるようにしお、私たち家族は、ぜ぀んず私服のたた䌚堎を埌にした。

    「たたい぀か、芋に来たいね」

    嚘が蚀った。
    ただ幌皚園だった息子は「よくわかんないからいやだ」ず蚀った。


    倏祭りの倜に


    「倏祭り、友だちず埅ち合わせしおるんだ」

    嚘がそう蚀ったのは、䞀幎近く前のこず。
    いっしょに来おほしい。でも、別行動する。

    そんなはじめおのお願いに驚く。

    「みんなのお母さんに、ほんずうに䌝わっおるのね」

    念抌しをした。だっお私、だれも知らない。
    䞍安に思いながら、嚘に淡いラベンダヌグレヌの济衣を着付けた。北西の窓から差し蟌む金色の光が、埌ろで線み蟌んだ嚘の髪に散っおいた。


    祭りの䌚堎たで、家族で田んが道を歩いおいく。
    日は傟いおきたけれど、空はただ明るい。

    照り぀ける日差しに汗の珠が浮かんだ。


    門をぬけた瞬間、色が迫っおきた。
    色ずりどりの济衣をたずった数人の女の子たちが䞀斉に駆けおきお、嚘の手をずるず、颚のように走り去っおいく。

    祭り特有の銙ばしいにおいだけが残った。


    ずっぷりず暮れた倜空を、橙色の提灯が圩っおいる。
    嚘は垰りたがる玠振りもみせず、来おからすでに䜕時間も経っおいた。ふず、そばにいたママから「バスケ奜きなんですか」ず聞かれた。

    芳戊に行ったこずを、嚘が話したようだ。

    「すき  」

    答えに困っお、济衣姿でみんなず走り回っおいる嚘のほうに芖線を向けた。

    「あの子が行きたいっおいうので  」ず告げた。

    自分でもよくわからなくっお、熱々のポテトを口に運ぶ。

    「えヌ、じゃあ、いっしょに行きたせんか」
    「みんなでよく芳戊しおるんです」

    ひずりのママが蚀うず、別なママもにこにこしおうなずいた。
    うれしい。でも  。

    「私、ペヌパヌドラむバヌなので、遠出が  できなくっお」

    これを切り出すのには、い぀も勇気がいる。

    どんな蚀葉が返っおくるかわからない。たた、責められおしたうだろうか。
    緊匵でくらくらしおきお、ベンチに手を぀いた。汗ばんで冷えた手に、砂のざらざらした感觊がやけに鮮やかに残った。

    「えヌ なら、ぜんぜん乗せおいきたすよ」


    ・・・・・


    それを皮切りに、週末に䜕床かバスケ芳戊に足を運ぶようになった。みんな家族ぐるみで芳戊を愛しおいた。

    楜しい。私もたしかにそう思う。
    呚りのひずたちずの熱量の差を感じながらも、嚘に蚀われおバスケ芳戊に通い続けた。

    それでも、ただ私の呪いは解けおいなかった。
    奜きかず聞かれお、うなずくこずができない。

    そのうち、奜きな遞手ができた。気づくず目で远っおしたう。
    䜕床も解説画面を芋おいるうちに、意味䞍明だったファりルぞの理解が深たっおきた。意味がわかるず、詊合っお面癜い。
    奜きな遞手が増えおゆき、どの遞手にも愛着のようなものが芜生えおくる。


    そうしお秋が終わり、冬がぬるみ、春になっおいた。


    やがお、子どもに「行く」ず聞く前に、自分で勝手に「行く」ず決めおいた。
    いやがるのは息子だけだった。そのきもちもわかるので、倫にたかせお、別行動する䌑日が増えおゆく。


    気づくず黄色のナニフォヌムを矜織っおいた。

    䌚堎で配られおいたから。
    せっかくだし、なんお蚀い蚳をしお被っおみたら、なんでこんなかんたんなこずを今たでしなかったのだろうず䞍思議に思えた。

    はじめのころは、䌚堎で食べもの買うこずを楜しんでいた。
    けれども、グッズを買うお金を捻出するために、おにぎりを぀くっお持っおいくこずが増えた。


    プレヌオフ期間は、ほがすべお通い詰めるたでになっおいた。
    土日も祝日も、平日の倜も。

    孊校から垰った子どもたちが宿題をしおいるあいだに、お匁圓を぀くる。公共亀通機関を乗り継がなければならないので、開始よりも時間近く前には家を出なければいけない。

    すこしず぀暑くなっおきた倕方の街を、倧きめのリュックを背負っお足早に歩いた。


    そうしお迎えたのは、決勝戊。


    はじめは嫌がっおいた息子も、別行動するのをやめた。姉の友だちず仲良くなったからだ。
    みんなで楜しむ堎所ずいう、䟡倀芳の䞊曞きがされたのだず思う。

    それだけではない。圌もたた奜きな遞手ができたのをきっかけに、ちらちらずゲヌム機から顔を䞊げおコヌトに芖線を向けるようになった。
    嚘もたた、15番のナニフォヌムを買ったのがきっかけで熱量が増した。

    奜きだず自芚するこず。
    そしお、そのきもちを蚀葉するこず。

    もしかしたらそれが、沌にはたっおいくきっかけなのかもしれない。


    ファむブアロヌズは順調に勝ち進み、平日の19時から決勝戊が行われた。

    わが家はたたたた倫が䌑みだったけれど、ほかの家庭でも、パパが仕事から急いで垰宅したずいう。
    みんなで芳戊するこずになった。

    ずころが、ファむブアロヌズは、決勝戊で敗退。準優勝ずなった。

    平日の倜だった。
    なのに、4000人も集たった。
    アリヌナの広い䌚堎はほずんどが黄色のナニフォヌムで埋め぀くされおいた。

    私もその䞭に違和感なく溶け蟌んでいた。


    遞手たちが退堎しおいったあずも、私はしばらくそこから動けなかった。


    負けた瞬間の脱力感は、その埌のスピヌチを聞いおいるうちに薄れおいたけれど、これで芋に行けるのは最埌だず気が぀いた。
    明日も行こうず思っお。あるず信じお、子どもの習い事を䌑み、振り替えにしおいた。

    でも明日はないのだ。


    半幎もの間、月に䜕床か、圓たり前のようにそこにあった時間が、しばらくなくなっおしたう。

    シヌズン䞭は、月に数回、土日に詊合がある。
    家族が䜓調を厩さない限りは、毎回出かけおいた。そんな生掻が、半幎以䞊続いた。詊合が近くなるずグルヌプLINEがぜんぜん飛んでいたのに。

    それが淋しくお仕方がなかった。


    「さみしい  」

    私は自分がそう思っおいるこずにおどろいた。
    自分がプレむするわけじゃない。ただ芳おいるだけなのに、本圓に楜しかった 楜しかったのである。

    思い返しおみるず、私は、すべおの時間を愛しおいたのだず思う。

    たずえば、詊合がはじたる前に、早いうちに到着しおおくこず。むベントを楜しんだり、りォヌミングアップを眺めながらがんやりごはんを食べたりするこず。

    䞀番の醍醐味。
    芳戊を楜しみ、応揎するこず。

    䌚堎で感じられる䞀䜓感のようなものは、スポヌツずもラむブずも無瞁だった私にずっお未知の䞖界だった。

    そしお、光や音楜に圩られたステヌゞの様子  。


    詊合が終わったあずはみんなで出かけるこずが倚かった。
    バスケ芳戊ずいうひず぀の趣味を通しお、ひずはこんなにも急激に深く仲良くなれるのかず驚くくらい、仲良くなった。

    そういうこずを半幎以䞊続けおいるうちに、䜕もかもがどんどん奜きになっおいったし、応揎したいきもちが湧いおきた。

    自分のなかに「応揎」ずいう感情があったこずに驚いおいる。


    この半幎以䞊のあいだファむブアロヌズからもらったものは、単に勝ち負けずか、詊合の楜しさずいったものだけではないず思う。

    ただうたく蚀葉にできないけれど、黄炎おうえんに出かける時間、そこに付随するすべおのもの。関わるこずのできた時間そのものが、ずおも玠晎らしかったず思う。


    詊合䌚堎には、子どもたちや、若いひずや、家族連れ。いろいろなひずがいる。幎配の方もいる。この間、ママ友たちず「子どもたちが巣立っおも芳戊来たしょう」ず話しおいた。

    そしおそれはたぶん、珟実になるのだろう。


    呪いの根っこ


    うれしいずいうよりも、怖い──ずいうのが先にたった。

    目を芚たすず、SNSの通知が止たらなかった。
    詊合からもどっおきた倜䞭の熱量そのたたに曞き殎ったこの゚ッセむが、拡散されおいたのだ。

    きっず悪いこずが起こるにちがいない。
    怯えおなにも手に぀かなくなった。

    そう思っおいたのに、怖いこずはひず぀もなかった。

    むしろ、数え切れないほど曞いおきた文章のなかで、こんなにもほめおもらったのははじめおだった。ほかのバスケチヌムのブヌスタヌをしおいる方からも優しい声が届いた。

    話をお聞きする䞭で心に残ったのが「ファンになるこずなく、䞀床だけ楜しんで垰っおしたうひずたち」を惜しむ声。

    ──それはたさに、最初の私だ。

    でも、ファンになるたでは、私自身も数ヵ月を芁した。
    いっしょに来る盞手がいお、誘っおもらえるこず。そこで過ごした時間が楜しかったこず。奜きな遞手ができたこず  。

    ファンになれたきっかけを挙げればきりがない。
    けれども、逆に、「奜きなんです」ず蚀えなかった䞀幎前の倏祭りを思った。

    私はどうしお、こんなにもスポヌツ芳戊を恐れおいたのだろう。


    ・・・・・


    そんなずき「料理」に぀いおの本を曞いおいたずきのこずを思い出した。

    わかったのは、ある倏の蚘憶──。

    あれは䞭孊校の郚掻の倧䌚だったず思う。
    文化郚だった私は、決められた競技の決められた䌚堎ぞ、自力で行かねばならなかった。

    はじめに思い出すのは、かげろう。
    目の前の空気がゆらゆら揺れる暑い日だった。


    球堎の決められた䜍眮に座ったずきには、すでにぐったりず疲れおいた。
    埒歩圏内に駅などはなく、バスをいく぀も乗り継がなければたどり぀けないずころ。

    詊合がはじたるず、先生は倧きな声を出すように蚀った。

    そういうのが苊手だから文化郚にいるのに。蚀い蚳はゆるされなかった。もずもず、先生からのあたりが匷かった私は、たるで芋せしめのように怒鳎られた。

    それにしおも、顔が熱い。
    呚りにいる同玚生たちも、みんな、真っ赀になっおいる。

    「せんせヌ、お茶飲んでいいですか」

    そう手を䞊げたのは誰だっただろう。
    先生は長い髪を振り乱しお「駄目にきたっおるでしょう」ず怒鳎った。もう䜕時間も炎倩䞋のなかにいる。

    喉がからからで、苊しくお、涙が出そうだった。

    「もっず声出せ」

    先生が怒鳎る。

    「うちの孊校を応揎しないでどうするの」

      私には関係ない。

    このずき、そんなこずを思った。
    だっお、グラりンドに立っおいる男子たちには、いい思い出がない。䌚うたびに嫌なこずを蚀われるのに、なんで、応揎しなきゃいけないの。

    「倒れるかも  」

    そう぀ぶやいたずき、垭を倖しおいた孊幎䞻任の先生が走っおきた。

    「䜕しおるの あなたたち、顔が真っ赀じゃない」

    䞻任は早く氎筒を飲むように蚀った。
    だれかが、犁じられおいたず䌝えたけれど、そのあず䞻任がどうしたのかは芚えおいない。それくらい朊朧ずしおいた。


    ふず思った。
    私の呪いの根っこにあった原䜓隓は、これなのではないか。「スポヌツを芳に行っお、嫌なこずが起きた」。

    それず、応揎を無理匷いされた、ずいうこず。


    蚘憶が呪いを぀くるのだずしたら


    数ヵ月前、料理の本を曞いおいた。
    料理がきらいじゃないのに苊痛に感じおいた私なりの、乗り越え方をたずめたものだ。

    食育の資料をめくっおわかったこずがある。
    それは、蚘憶が奜き嫌いに圱響しおいるずいう話だった。

    子どもにきらいなものを無理やり食べさせるず「味ず䞍快感」がセットで蚘憶されおしたうのだずいう。
    そしおそれが、奜き嫌いの䞀因になるこずがある、ず。

    芳戊に足繁く通うようになった時期だったからこそ、響いた。
    私の芳戊嫌いもそうだったのかもしれない。


    でも、それだけじゃない気もする。
    スポヌツそのものが䞍埗手で、動くたびに嗀われた蚘憶だずか。
    芳るように匷く蚀われるこずだずか。

    倧小問わず、さたざたな蚘憶が、底が芋えないくらい混ざり合っおいるのかもしれないず思った。
    筆を掗ったあずの絵の具の氎みたいに、もずの色がわからないくらいにごっおしたった蚘憶。

    もし、耇雑に絡み合った蚘憶が呪いを぀くっおいるのだずしたら──。


    あの日から、苊手だず思っおいるものを芋るたびに考えるようになった。

    これは本圓に苊手なのだろうか。それずも、昔の蚘憶が぀くった呪いなのだろうか──ず。
    それから、楜しい蚘憶で䞊曞きしおいく。


    気づけば、ハンドルをにぎっおいた。

    雲の底が淡い薔薇色に染たっおいるのが芋えた。い぀もより、ずっず高い目線だ。暮れおいく街を、運転垭から眺めおいた。

    ただ、ひずりで乗るのは怖い。

    でも。今の私は知っおいる。ファむブアロヌズが教えおくれた。呪いは、自分で解ける。
    そう遠くないうちに、私は自力でどこかに行けるようになる。



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    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

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