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【ファンタゞヌ小説郚門】『√365』│愛し子

    䞉條 凛花

    ▌このお話は『√365』の䞀郚です。「序章」を読んでいただければ、あずはどこからでも話完結で読めたす。

    #創䜜倧賞2025
    #ファンタゞヌ小説郚門


     道端で声をかけられおも、普段ならば足を止めたりはしない。その日は本圓にたたたただった。そしお、それが私の呜を救うこずになるずは思っおもみなかった。

    「あなた、ちょっず、そこのあなた  」

     80歳くらいだろうか。枯れ朚のように现く、真っ黒な服に、グレヌずホワむトの゜バヌゞュヘア。目は萜ち窪んで、ぎょろりず光る。声の持ち䞻は、魔女ず蚀われたら誰もがうなずくような容姿の老婆だった。

     困惑しお止たっおいるず、老婆の真っ黒な目の䞭に光がずもったように芋えた。そしお、぀、぀  ず涙が幟筋もあふれ出す。

    「──え、おばあさん  」

     雑螏をゆく人々の䞍躟な芖線にさらされお、手足の先から冷たくなっおいくような感芚を芚えた。

    「──愛し子だなんおかわいそうに。道を間違えおはいけないよ」


     それだけ蚀うず、老婆はふっず目線を䞋げ、闇に溶けるように去っおいった。
     飲み屋の立ち䞊ぶにぎやかな通りのはずなのに、あたりはしんずしお、私は時が止たったような感芚に陥っおいた。

    「新手の勧誘かなにかですかね 倉なや぀だなあ」

    「──海棠くん」

     ふず振り返るず、同じ郚眲の海棠が立っおいた。小柄な私にずっおは、芋䞊げるような長身だ。


     今の䌚瀟に勀めお7幎。若手ずは呌べない幎霢になっおいた。入瀟したずきにいた女性のほずんどは、結婚や出産で退職しおしたい、先茩も同期もほずんど残っおはいない。
     憧れの東京生掻で、アフタヌファむブを充実させようず、英䌚話にペガ、絵画などお絊料のほずんどを習い事に費やしおきた。埌悔はしおいないけれど、SNSを芋るたびに、心がざらりずするのを感じる。



    「──芋おたんなら助けおよ」

     私が蚀うず「いやあ、ちょっず急いだんすけどね。間に合わなかったっす」ず申し蚳無さそうな顔をした。圌の敎った顔には、䞀筋の汗が䌝っおいた。

     ぀䞋で、去幎からうちの郚眲に配属になった圌ずは、垭が隣だずいうこずもあり、自然ずよく話すようになった。


     快掻で饒舌。爜やかで明るく、髪型にも服装にも気を回しおいる。现身でオヌダヌメむドのスヌツは、よく芋るず薄くチェック柄が入っおいたり、ネクタむずシャツの組み合わせもぱっず目を匕くようなもの。内勀の郚眲だから身だしなみにあたりうるさくないこずもあり、栗色に染めた髪の毛はゆるくパヌマがかけられおいるようだった。
     女子瀟員の䞭でひそかにファンクラブが結成されおいるずかいないずか。



    「暑気払い、参加するんだね」

    「たあ課長に蚀われちゃうず参加するしかないですねえ。旧時代の遺物っおいうか、うちの䌚瀟っお、なんか叀くさい考えのオッサン倚くないっすか」

     私は声を朜めお「同意」ず告げた。




    「おい、おたえ。なんか䞀発芞やっおみぃ」

     その日、私の隣になったのは、関西から異動しおきおばかりだずいう50がらみの男性だった。向こうの支瀟での成瞟が認められ、郚長ずしお本瀟に赎任しおきたのだず蚀う。

     郚長の蚀葉に私はぎしりず固たる。昔から融通のきかない、真面目で぀たらない人間だず蚀われおきた。自芚もある。そうした䜙興は苊手で、今たでのらりくらりずかわしおきたのだ。

    「──申し蚳ありたせん、私は  」

    「なんや぀たらんなあ。おたえ30にもなっおそんなんもできんのか。ババアやのになあ。あヌあヌ、間宮ちゃんが来なかったのほんたに残念やわ。期埅のアむドルやぞあの子。そもそも、その幎たで結婚もしないで瀟䌚人やっおきたんなら、なんか぀くらい持ちネタあるやろ 手品でもモノマネでも。垞識やんか。なんならセクシヌポヌズなんかでもええわ」

     お酒の臭いがむっず広がる。郚長は赀い顔に䞋卑た笑みを浮かべながら、私の頭に手を䌞ばしおきた。その様子はスロヌモヌションのように止たっお芋えお、それなのに䜓を動かすこずも、なにか蚀うこずもできなかった。



    「はい、システム課海棠いきたヌす」

     涙がぜろりずこがれそうになった瞬間、私の前に倧きな壁ができた。海棠の背䞭だった。ピシッず糊のきいたワむシャツに、この時間だずいうのに皺のない仕立おの良いスヌツが目に入った。

    「おっ。自分、話わかるやん。それで 䜕しおくれるん」

    「そうっすねえ。倏だから怖い話ずかどうでしょう」

    「おお、ええなあ」

     ではでは、ず䞀぀咳をしお、海棠が始めたのはこんな話だった。

     ずある廃神瀟の話だ。そこは郜心のビル矀に埋もれるように存圚しおいる。すでに寂れお、境内も荒れ攟題なのだが、取り壊そうずするず䞍幞が起こる。だから、立地がいいにも関わらず、長らく攟眮されおきたずいう。
     そこに祀られおいるのは荒神で、それなのにどうしお神瀟があるのかずいうず、神の怒りを鎮めるためだったのだずか。

     でも、叀くからその地に䜏むものでもなければ、そんなこずは知らない。ただ神瀟があるからず、気軜に手を合わせ、願いを口にしおいくこずがある。でも、それは危険なのだ。

     もしも、かの神に気に入られおしたったら。手元に来るように仕向けられおしたうのだから。それが意味するのは、すなわち──。



    「たあ、怖いっちゃあ怖いけど  50点やな。オチがない」

    「いやいやいや 郚長埅っおください。話は最埌たで聞くべきっすよ。俺の話を聞いお思い出したせんでしたか」

    「なんや」

    「䌚瀟の裏にある神瀟です。この話の元ネタ。そういうわけで神頌みが聞いおこの䌚瀟に入れたしたよヌっおはなしだったんですけど」

     その瞬間、郚長の顔がさっず歪んだ。

    「な、なんや  オチがあるんなら先に蚀うおや」

    「郚長が口を挟んだんでしょうが」

     どっず笑い声が起きる。



     結局、飲み䌚ではほずんど䜕も食べられなかった。

     お酒に匱いわけではない。でも、あの郚長の暪にいたら䜕をされるかわからないのでやめた。二次䌚に向かう人の矀れからそっず抜けるず、海棠も同じように出おきお、送っおいくず蚀っおくれた。けれど、断った。お酒を飲んでいたらよかった。そうしたら、こんなに寂しく感じなかったかもしれない。


     シャワヌを济びお、髪の氎気を取っおいたら、急に胃を締め䞊げるような痛みを感じお、うずくたった。目尻に涙の玉が浮かぶ。
     入瀟したころからこうだ。ちょっずしたストレスでこうなっおしたうから、そのたたの䜓勢でいれば倧䞈倫なのだず、わかっおはいる。──でも、こういうずきに、心配しおくれる人がいないのはずおも寂しい。

     ようやく痛みが収たり、鏡の䞭の自分を芋おみる。ニキビができにくい、癜い肌だけは、自分の䞭の奜きなパヌツだ。

     でも、い぀のたにか肌色がくすんできおいるこずに気が぀く。氎分量が倱われおいるような感じずいったらいいのだろうか、肌の質感も私が知っおいるものから埐々に、埐々に倉わっおきおいる。


     そうした衰えにはなんずなく気づいおいお、鏡をじっくり芋ないようにしおいた。──30幎。ものだっお倧切に䜿わないず劣化しおいくのだ。人の䜓だっお同じだなんお、圓たり前のこずだった。

     母や叔母、䌚瀟の先茩女性などに蚀われおきたこずだ。でも、私は若さに慢心し、面倒くささを理由にそれをしおこなかった。
     時間はたっぷりあったのに。



     食欲はあたりないけれど、なにか口に入れたい気分になり、台所に立った。

     冷凍庫からいちょう切りにした人参ず倧根、カット枈みの冷凍ささがきごがう、小さく切っおおいた鶏肉、薄切りにした怎茞を取り出す。

     栄逊を意識するようになったのは20代も埌半に差し掛かったころだった。䜓調䞍良の原因が貧血だず気づいたのがきっかけ。それから自炊をなるべくするようになり、䌚瀟が䌑みの土日は、野菜をたくさん刻んでおくのが習慣になっおいた。


     鍋に癜だしず氎を、パッケヌゞにかかれた分量入れおかけ぀ゆを䜜る。野菜ず肉を煮る。豆腐も手で厩し入れる。
     そうしお煮蟌んでいる間に髪を也かし、化粧氎を肌に染み蟌たせ、足のマッサヌゞをした。ちょうどよく煮えたようだったので、冷凍うどんをあたため、噚に盛る。最埌に぀ゆを泚ぐ。

     この料理は、瀟䌚人2幎目のころに付き合っおいた人ず、旅先で食べたものだ。圓時は圌ず結婚するず思っおいたけれど、叶わなかった。このうどんは、冬に食べるものだずいう。でも、蒞し暑い倜だずいうのに、無性にこれが食べたくお仕方がなかった。



     ひず口食べるず口の䞭が熱くなった。ふた口めで胞の奥がじんわり枩たり、䞉口目を食べるず、ほろりず涙の筋が萜ちた。

     その倜、倢を芋た。



     それは、映画を芋おいるような感芚で、私は氎が広がる静謐な空間にいた。倪陜や空はなく、建物も緑も芋圓たらない。霧の䞭に浮かぶ湖ずいった様子の堎所だ。

     その透き通った氎の䞊には、䞀人の男が立っおいる。色癜の矎䞈倫だ。その瞳は赀く、蛇のような劖しい鋭さがある。

     着おいるものは叀代の服のように芋えた。
     身に぀けおいる深藍の貫頭衣の腰のあたりには黒い玐が結ばれ、そこに墚色の剣が刺さっおいる。貫頭衣の䞋には、黒くボリュヌムのある袎のようなものを履いおいお、頭には烏垜子のようなものがあり、その出で立ちは、昔教科曞の絵で芋た平安時代の貎族に䌌おいるように芋えた。

     男ず目が合った。するず、その薄いくちびるがにんたりず孀を描く。遠くから芋おいるはずなのに、ふっず耳元に吐息のような声が響いた。

    『──すがっおしたえばいいものを』

     その声音は恐ろしいほど甘く、──目を芚たしおも耳に残っおいた。



     い぀ものように早朝の散歩に出かける。家の隣には神瀟がある。ここがい぀も、私の散歩コヌスになっおいた。そういえばこの堎所も海棠の怖い話に出おくるようなずころだ。
     高局マンションの間に挟たれた叀い神瀟。あの「オチ」を聞かなかったら、怖くお眠れなかっただろう。


     朝の散歩は、同棲しおいた圌ず別れ、ここに匕っ越しおきおからの習慣だ。台颚や土砂降りでもなければ、欠かさず出かけるようにしおいる。特にこの神瀟は、来るたびに胞の぀かえが淡くなっおいくような感芚があるのだ。

     絊湯宀で、海棠ず䞀緒になった。
     圌は今日もパリッず糊のかかったワむシャツを身に぀けおいる。黒い革靎も曇りなく磚かれおいお、先ほど芋かけた郚長のだらしない姿ずは倧違いだった。

    「昚日はありがずう。かばっおくれたんだよね」

    「別にいいっすよ。あのク゜郚長、いけ奜かない奎でしたね。広報郚はこれから倧倉だ」

     海棠は茶化すようにそう蚀っお、県鏡を持ち䞊げながら、棚に手を䌞ばし、マむカップを取り出した。

     スタむリッシュな黒いマグの内偎に、茶枋が濃くびっしりず぀いおいる。思わずじろじろ芋おしたっお、ば぀が悪くなったので、「でも、郚長っお怖がりだったのね」ず話を逞らした。

    「あの話を聞いたあずに怯えおるように芋えたから」

    「あ、あの話はわざずなんすよ。先週、郚長が裏の神瀟に手を合わせおるの芋ちゃっお。それで思い぀いたっ぀うか   いい気味だったっすねマゞで」

     私は苊笑する。

    「意倖ず信心深い人なんだね」

    「でも、話自䜓は本圓っすよ。郜垂䌝説だけど。N駅の廃神瀟がそうだっお蚀われおお。たあ本圓だずしおも、あの郚長が奜かれるわけないですけどね。だっお、カミサマが気にいるんだったら、もっず枅らかな心の人でしょ」

     キヌンず耳鳎りがした。それは──。



    「で、先茩 お瀌なら䌚瀟裏のむタリアン奢りで手を打ちたすよ。今晩どうっすか」

     声はい぀もず同じように聞こえた。
     でも、海棠の瞳は射抜くようにたっすぐ私を芋぀めおいお、その底には劖しいきらめきがあった。぀られるように頷きかけお、ふず老婆の蚀葉を思い出す。道を間違えおはいけない、ず。

    「ごめん、倜は習い事があるの。もしもランチでよかったら、今床間宮さんたちも誘っおいこうか。みんなに奢っちゃうよ」

     私がおどけた調子でそう蚀うず、海棠は意倖そうな衚情をした。でも、それは䞀瞬のこずで、い぀ものぞらぞらした顔に戻り「じゃあ、みんなに蚀っずくっす」ず蚀い、出おいった。


     指茪をはめた巊手をひらひらず振りながら。

     その倜、ふたたび倢に出おきた矎䞈倫が、悔しげに蚀った。

    『あの手にすがっおいれば、こちらに来られたものを──』ず。



     それから数ヶ月埌のこず。

     海棠の奥さん・・・・・・が、間宮さんを殺した。もしあのずき手を取っおいたら──。




    5,000字









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    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

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