メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

神さた、぀くりたす。雚宿りず囚われの人魚〈短線小説〉

    䞉條 凛花

     什䜳は透明になった。
     それは、嫌味なくらいに晎れた朝の、教宀でのこずだった。

    「おはよう」

     い぀も通りに声をかけたはずだった。
     ずころが、誰ずも目が合わない。波が匕くように什䜳の呚りから人がいなくなっおいく。


     その䞍自然さから、誰もが気づかないふりをしおいるのだずすぐにわかった。う぀むいたたたの理月、ば぀が悪そうな顔をしおいる葉菜、いい気味だずいうように口の端を歪めたチハル。

     昚日の倱蚀が原因だったのだろうか。――でも、たった、あれだけのこずで


     幌皚園も、小孊校も䞭孊校も、什䜳はずっず皆勀賞だった。遅刻も早退もしたこずがない。
     絶察に䌑たないこず。それは、厳栌な䞡芪に決められた玄束事だった。

     それなのに、気が぀くず自転車に飛び乗っお、校門を抜け出しおいた。

    ――あれは、昌䌑みが終わる前だっただろうか。ずにかく必死だったから、ほずんど蚘憶がない。


     制服のポケットには財垃ずスマホ。それ以倖のものは䜕も持っおいなかった。

     䜕かに远い立おられるように、䞀床も振り返るこずなく、ただペダルを挕ぐこずだけに集䞭した。目的地を決めるこずも、地図を調べるこずもせずに、どこに向かうのか知らないたた。


     そのずき什䜳の䞭では、爆発が起きおいた。
     自分なりに頑匵っおきた぀もりだった。でも、どうしお䜕もうたくいかないのだろう。い぀でも息苊しいのだろう。

     神さたがいるなら、どうか、助けおほしい。

    そこたで考えお、什䜳は自嘲した。わかっおいる。神様なんかいないのは。


    けれども、怒りや悲しさずいった負の感情だけではないのが䞍思議だ。

     呌吞が深く抜けたずきのような、開攟感があった。ずんでもないこずをしでかしたずいうのに、ほっずしおいた。



     どれくらい走ったのだろうか。

     ふず我に返ったのは、錻先にぎちゃんず雚のしずくが萜ちおきたからだった。

     朝は、あんなにも晎れおいたのに。
     ゜ヌダ氎のように透明な空だったはずが、芋䞊げるず空の端のほうから少しず぀黒くなっおいる。



     どこか雚宿りできる堎所を、ず蟺りを芋枡したものの、田んがの間にぜ぀りぜ぀りず民家があるだけだ。
     駅もなければコンビニも芋圓たらない。

     いくらも経たないうちに、雚脚がだんだん匷くなっおきた。肩を濡らし、涙のように頬を䌝い、前髪がぺたりず額に貌り付いおいる。


     什䜳はだんだん焊りはじめおいた。

     どこにいっおも雚をしのげそうには芋えないし、なにより、䜓がどんどん冷たくなっおきた。日䞭は暖かいから、すっかり忘れおいたけれど、ただ春にはなりきっおいないのだ。


     ふず、こんもりず朚が繁っおいる堎所が目に぀いた。山の裟野で、右手のほうに「䞀倜ヶ池ひずよがいけ」ずいう看板が芋える。

     聞いたこずがある。そこには確か、湖を囲むような深い森があるのだずか。玅葉が綺麗で、その時期に蚪れる人が倚いけれど、穎堎だず。

    ――もしかしたら、四阿あずたやのような、ずりあえず雚だけでもしのげるような堎所があるかもしれない。



     ただ倕方でもないずいうのに、空はすっかり暗くなっおいた。

     什䜳はこわごわしながら入り口をくぐる。濡れた制服がずっしりず重たく、いやなべた぀きがあった。
     ずにかく進むしかないず、遊歩道に沿っお自転車を進めおいく。


     ややあっお、園内の案内図を芋぀けた。食い入るように芋぀めおも、四阿があるのかはわからない。
     これ以䞊進たずに、戻ったほうが良いのだろうか。

     そう思っお立ち去ろうずしたずきだった。空が爆発したように䞀瞬明るくなった。その䞀瞬の光が、案内図の柱の陰に隠されるように貌り付いおいる玙を什䜳に芋぀けさせた。



    「喫茶、  ロガヌル」

     凄たじい砎裂音が響いた。きっず遠くで鳎ったであろう雷だったが、什䜳は思わず身をすくめた。

     屋倖で雷に圓たらないためにはどうしたらよかったのだろう。テレビでなにか蚀っおいたような気がするが、正解が思い出せない。什䜳は、ずりあえず、この店を目指しおみるこずに決めた。


     喫茶ロガヌルは、ここから反時蚈回りに進み、湖のそばの石像を森偎に進んだずころにあるようだ。

     喫茶店なら、暖を取れるかもしれない。歯の根をカチカチず鳎らしながら、什䜳は考えた。 そしお、雷がい぀来るかず怯えながらも、自転車を奥ぞ、奥ぞず進めおいった。



     数分埌、什䜳は森の䞭で立ち尜くしおいた。喫茶ロガヌルは、朚の䞊・・・にあったのだ。

     森の少し開けた堎所に、双子のような二本の倪い朚が生えおいる。
     片方の朚をぐるりず囲むように建物が぀いおおり、もう片方の朚ぞずテラスが䌞びおいた。そしお、テラスず地面を぀なぐ、朚補のしっかりずした階段があった。


     どうしたものかず考えおいるず、カランカランずいう音ずずもに、喫茶店の扉が開いた。
     そしお、頭䞊から、間延びした声が降っおきた。

    「ねえ、君。だいじょうぶヌ」

     濡れた前髪を、拭うようにしおかき䞊げるず、階段を降りおくる女性が芋えた。


     その人は、リラの花の色のぎったりずしたニットに、花の刺繍が斜されたクリヌム色の゚プロンを぀けおいた。足銖ほどたである長いスカヌトは、圌女が歩くたびにふわりふわりず揺れおいた。

     どうしおだか眩しく感じお、薄目を開けお芋おみるず、幎䞊なのだろうが、可愛らしい印象の女性が、淡い玫色の傘を私の頭に差し出しおいた。



    「おきゃくさんでいいのかな」

     やや舌足らずな感じで圌女が蚀う。

     什䜳ががんやりずうなずくず、圌女の顔はぱあっず明るくなり、花がほころぶように笑顔を芋せた。


    「ずぶ濡れだねえ、ちょっず埅っおね、すぐにタオル持っおくるから。――あ、ずりあえず入っお」

     圌女はそう蚀うず、什䜳の手を匕いた。
     什䜳はびくりず身䜓を硬くする。他人に觊れられたのが、ずおも久しぶりだったのだ。


    「あ、ごめん。びっくりさせちゃったね。あたし距離感がおかしいっおよく怒られるの。でもね、今日は雚だから、この階段はちょっず危ないよ。゚スコヌトさせおください」

     歌うようにそう蚀うず、圌女はふたたび什䜳の手を取り、ゆっくりず、時々こちらを振り返っおは笑みを向けながら、カフェの入り口ぞず誘っおいったのだった。

     その手は華奢な女性らしい骚栌をしおいお、そしお、ふんわりず柔らかく、枩かかった。


     階段を登り切っお、䞋を芗く。䞋から芋たずきの印象よりも、ずいぶんず高いずころにあるのだず感じた。

     朚から隣の朚ぞず枡る通路では、きちんず足堎も柵もあるずいうのに肝が冷えたが、圌女は気にせず慣れたふうにずんずんず進んでいく。


    「ここで靎をぬいでね。すぐにタオルを持っおくるから埅っおお」

     そう蚀うず女性は、ぱたぱたず店の奥に消えおいった。

    「タオルず、あずね、これあたしの服だけどよかったら䜿っおね。芋おの通り狭い店だから、――申し蚳ないんだけど、着替えはお手掗いでお願いしたす」

     そう蚀うず圌女は、手觊りの良いふわふわのタオルず、ずろみのある柔らかな玠材のワンピヌスを什䜳に手枡した。



     小さなお手掗いに入るず、グレヌや癜、淡い玫ずいった色合いのモロッカンタむルが目を匕いた。
     確かに狭いけれど、よく手入れがされた枅朔な堎所だった。

     手掗いには、リラの花が食られおいる。
     グレヌにペむントされた朚の壁には、シックな額瞁があるのだが、そこには、これたで芋おきたものずはやや䞍釣り合いな、倧きな灰色の蛇の絵が食られおいた。


     タオルで顔を抌さえる。
     思っおいた以䞊に身䜓が冷えおいたらしく、枩かく感じられた。お日さたのにおいず、花のような甘いにおいが混ざっおいお、ふわふわず柔らかくお、それだけでも泣きそうになった。

     しばらくそうしおいたけれど、ややあっお、濡れた髪の氎けを拭き取り、服を脱いだ。

     疲れのせいか、身䜓䞭が重たい。
     手掗い台に䞀旊眮いた制服は、絞れるくらいにじっずりず濡れおいる。きっず母を怒らせおしたうず、憂う぀な気分になった。


     タオルずワンピヌスの間には、ビニヌル袋ずカむロが挟たっおいる。
     ふわふわずした芋た目からは意倖なこずに、よく気の぀く女性なのだず感心した。

     着替えを終えお、お手掗いを出るず、甘いにおいが挂っおいた。



    「おかえりなさい」

     女性がほほ笑む。
     什䜳はどきりずしお、芖線を䌏せ、それから小さく瀌を告げた。

     店の䞭は、キッチンずその前にあるカりンタヌ、そしおリビングのような空間ずいう、小さな家のようだった。


    「よかったらこちらにどうぞヌ」

     女性が、窓のほうを指し瀺す。

     先ほどは気が぀かなかったけれど、息を飲むほど玠敵な空間だった。


     倧きく取られた窓からは、森ず湖が䞀望できる。

     たるで窓そのものが絵画のようだ。あいにくの悪倩候だけれど、晎れた日だったなら、どれほど矎しいだろう。


     倩井からは、むルミネヌションのようにたくさんの電球が吊り䞋げられおいお、クリスマスの倜のようにわくわくする感じがあった。

     そこには、カフェらしいテヌブルがない。かわりに、背もたれのない正方圢のマットレスのような、ずおも倧きな゜ファが空間を埋め尜くしおいた。ふ぀うの゜ファの座面を二぀぀なげたような感じだった。

     そしお、窓のそばには、背もたれがわりなのだろうか、たくさんのクッションが䞊べられおいる。


     座面に膝を乗せるず、ぐっず身䜓が沈み蟌んでいくのがわかった。

    「あの  、メニュヌはどちらに  」

     什䜳が蚊くず、女性がキッチンカりンタヌからひょっこりず顔をのぞかせた。

    「今お持ちしたすねぇ。でも、今はマスタヌがちょっず出おるから、サヌビスであったかいのみものをどうぞ」


     そういうず、圌女は朚のトレむに乗せられたマグカップを運んできた。

    「あの、――いろいろず本圓にありがずうございたす」

     什䜳は慌おお圌女に向き盎った。
     いろいろなこずがあっお、挚拶だずかお瀌だずか、そういう圓たり前のこずがすこんず頭から抜けおいた。


    「ううん、気にしないでね。こちらこそ、マスタヌがいないから埅たせちゃっおごめんね。これはほうじ茶ミルクです。飲めるかな」

    「――はい」

     ひずくち飲むず、びっくりするくらい熱くお、舌をやけどしそうになった。でも、銙ばしくお優しい、ずおもいいにおいだった。
     ほうじ茶には、こういう飲み方もあるのか。什䜳は感心した。


     食事のあず、ほうじ茶を入れるのは什䜳の仕事だった。
     い぀からの習慣だったのかは芚えおいないけれど、䞡芪はそれを、花嫁修業だず呌んだ。


     食事を終えたら、䞡芪ず自分の分の食噚をひずりで䞋げ、すべおを手で掗う。ずりわけ冬の冷たい氎を䜿う時期は蟛かった。

     幌いころから什䜳の手はい぀もひび割れお、クラスメヌトのそれずはたったく違う質感だった。そんな手を芋られるのが嫌で、い぀も目立たないようにしおいた。

     すべおを掗い終えたら、やかんに氎を入れお湯を沞かす。
     その間に、食噚を䞀぀ひず぀、氎気の䞀滎も残さぬように拭き䞊げ、食噚棚に䞀枚ず぀音を立おぬように片づけおいく。


     その間く぀ろいでいた䞡芪のもずぞ、たるで召䜿いのようにお茶を運んでいく。その埌に続く“団らん”の時間が、苊痛だった。

     話題は勉匷や生掻習慣のこず、それから将来のこずばかり。圌らの話は「べき」で締めくくられるこずが倚く、什䜳の思考や行動がそれず違うず、凍お぀いた目を向けられる。

     そのあずで口元だけを埮笑みの圢にし、䞡芪は蚀うのだ。これはお前のためなのだ、ず。



     い぀からか什䜳は、ずにかく受け身でいるようになっおいた。聞かれたこず以倖には答えない。なるべく正解に近いものを遞ぶ。

     什䜳は、什䜳のためには生きおいない。圌らのために生きおいる。

     こういうふうに考えおしたうのは悪いこずだずわかっおいた。
     だっお、什䜳は恵たれおいるのだ。必芁なものは買っおもらえる、教育も䞎えおもらえる。――恵たれおいるのだ。



    「おいしかったです」

     什䜳は、飲み終えたほうじ茶ミルクをキッチンに運んだ。するず、女性はころころず笑った。

    「ここはカフェだから、自分で䞋げなくおもだいじょうぶだよ」

     蚀われおみればそうだった。什䜳ははずかしくなっおう぀むいた。




    「ねえちゃん、ただいた」

     そのずき、扉が開いお、冷たい颚が吹き蟌んできた。

    「おかえりなさい」

     女性の声が匟む。圌女はぱたぱたず子どものように入り口のほうぞ走っおいく。
     そこには、ランドセルを背負った十歳くらいの少幎ず、すらりず背の高い男性が立っおいた。


     圌らを芋お、思った。
     そう、この店の雰囲気は、たるで枩かい家のようだったのだ。什䜳が思い描く、理想の家庭――。



    「今日はお客いるんだ」
    「おい、ほたる。倱瀌な蚀い方するな」

     ほたるず呌ばれた少幎は、藍色のレむンコヌトを脱いだ。
     色玠の薄い茶色の髪に抜けるような癜い肌をした䞭性的な子で、思わず目を奪われる。


    「お埅たせしおしたいたしたね。野々花、メニュヌやお冷はお出ししおる」

     男性が蚊いた。
     野々花ず呌ばれた圌女は慌おおキッチンに戻っおいった。

     するず圌は、やれやれずいった様子で笑ったのだけれど、それは呆れたずいう感じではなかった。優しく䞋がった目尻が、愛おしいず告げおいるようだった。


     ほたるはキッチン前のカりンタヌに腰掛けお、少し濡れたランドセルを䞁寧にタオルで拭くず、䞭から教科曞や筆箱を取り出した。
     背の高い怅子で足をぶらぶらさせながら、勉匷をはじめおいる。

    「慌ただしくおごめんなさい。あの子、あたしの匟なの。孊校のあずはい぀もお店で宿題をしお、お店が終わったら䞀緒に垰るのよ。――ずいっおも、この先の私有地だから、すぐ近くなのだけれど」

     野々花がおっずりずそう蚀いながら、什䜳の前にメニュヌずケヌキを眮いた。



    「はい、これ。チョコシフォンケヌキです。マスタヌからのサヌビスだよ。お埅たせしちゃったからっお」
    「   で、でも、さっきもサヌビスしおもらったので、倧䞈倫です」
    「ふふ、いいよぉ。よかったらたた今床遊びに来お。そのずきに泚文しおくれたらいいから」

     什䜳がおろおろしおいるず、カりンタヌのほうから「もらえるもんはもらっずきなよ」ず声が聞こえた。


    「平日はどうせ客なんお来ないんだから、食べ切れる分しか䜜っおないんだ。趣味の店だしね」

     ほたる少幎は、什䜳のほうぞ目線を寄越すこずなく、ノヌトにシャヌプペンシルを走らせながら淡々ず蚀った。

    「ほたる、お前はたた  」

     マスタヌが呆れたように蚀った。



     それからどれくらい経っただろう。
     勉匷をするでもなく、スマホに目をやるでもなく、ただ䜕もしないで過ごす時間は、いったいい぀ぶりだろうか。ほう、ず息を挏らす。

     シフォンケヌキは、ココア颚味のほろ苊いふわふわのケヌキに、甘さ控えめのクリヌムがたっぷりず塗られおいお、ゆっくり食べたいのにあっずいう間になくなっおしたった。


     そういえば、什䜳は、甘いものを食べたこずがあたりない。

     母が出すおや぀は、ドラむフルヌツかナッツ、あるいは煮干し。この䞉皮類だけなのだ。䜓型を維持するために。健康のために。

     母はい぀もそう蚀っおいたけれど、本圓は、スヌパヌのお菓子コヌナヌにも、ファストフヌド店にもずおも興味があった。街のベヌカリヌのいいにおいに぀い足を止めおしたうし、ケヌキ屋さんに䞊ぶケヌキを買うのが倢だった。


    「ほたるちゃん、口の呚りにクリヌムが぀いおるよ」

     野々花はそう蚀っお、癜いタオルでほたるの口元を拭った。するず圌は顔を真っ赀にしお「子ども扱いすんなよ」ず蚀い、タオルをひったくっお、ごしごしず匷く口を拭いた。

     その様子をにこにこず芋守る圌女の姿を芋おいるず、什䜳は胞のあたりに、ちくりず棘が刺さったような違和感を芚えずにはいられなかった。


     メニュヌをぱらぱらずめくる。
     少し黄味のあるざらざらした玙に、黒いペン䞀本で曞かれたメニュヌ。文字も枠もむラストも、すべおが粟緻に描き蟌たれおいる。

     そろそろ倕方だろう。ここたで来たら、もう晩ごはんも食べおしたおうか――。そう思いながら芋おいくず、䞀番最埌のペヌゞに、䞍思議な蚀葉が曞かれおいる。



    「かみさた、䜜りたす  」

     思わず口に出しおいた。するず、野々花がぱたぱたず駆けおきお「あ、気になる 䜜っおみる」ずにこにこしながら蚀った。

     ふいに䞍安になっおきお身を硬くしおいるず、キッチンカりンタヌの䞭にいたマスタヌが、眉を䞋げおく぀く぀ず笑った。



    「野々花、そうやっおがっ぀くず怪したれるよ」
    「えぇ、だっお――」
    「おたじないみたいなものです。自分だけの神さたをデザむンしおみようっおいう遊びみたいなメニュヌ。ワンコむンですよ」

     マスタヌは、おどけた衚情で指をコむンの圢にしおみせた。

    「ワンコむンの神様」


     未だ蚝しく思いながら什䜳が぀ぶやくず、マスタヌは苊笑した。

    「だから俺は反察だっお蚀ったんだよ。神様ずか怪しいし」

     ほたるが぀んず口を尖らせお蚀った。


    「たあ、ネヌミングがね  」
    「なによう。いいじゃない、神様。なんでもできそうな感じが」

     野々花が頬を膚らたせる。マスタヌは圌女に愛おしげに目をやるず、什䜳のほうに向き盎っお埮笑を浮かべた。

    「――そう。人間みんな、倧小さたざたの悩みがあるでしょう。でも、そのすべおを誰かに盞談するっおこずはきっずしないず思うんだ。ただ、我慢を重ねおいくず、ある日突然爆発したり、ぷ぀んず糞が切れたみたいにやる気が無くなったりしおしたうものだよね。だから、そうなる前に、自分の心ず向き合える仕組みを䜜ろうず思ったんです、――野々花がね」

    「そうなのヌそれでね、神様を぀くろうっお思ったんだよ。
     泉ちゃんも蚀っおるけど、本圓の神様じゃないよ。絵本を䜜るように、物語を考えるように、自分だけの小さな神様を぀くるの 犁止事項は神頌み。他力本願になるために぀くるんじゃないよ。心の盞談圹になっおもらうの。自分ひずりでただ悩むよりも、だれかに話す぀もりで蚀葉を考えおみたほうが、解決しやすいず思うんだ」



     野々花はひず息でそう話した。やや気圧されながら「勧誘ずかっおいうこずは  」ず念のため尋ねるず、二人揃っお「無い」ず答えた。それから私たちは思わず笑っおしたった。

     レモンの茪切りが入った、銙りの良い氎をごくごくず飲み干す。
     そしお、倧きく息を吞っお、静かに吐き出した。

    「あの、私、神様䜜っおみたいです」

     什䜳は、少し震える声で告げた。





    「――アンタさ、別に無理しなくおいいんだよ ごちそうしたのはこい぀らの善意だからね」

     ほたるくんが、たたノヌトから顔を䞊げずに蚀う。什䜳は銖を振っお「私がやっおみたいんです」ず答えた。それは本心だった。


     孊校は絶察に䌑たないこず。
     寄り道をしないこず。
     甘いものを食べないこず。

     玄束事をどんどん砎った日だった。正盎、このたた家に垰るのは怖い。考えたくないくらいには。――だから、自分の心を守るすべがほしかった。どんなものでもいいから、すがっおみたかったのだ。



    「わかりたした じゃあ、ちょっずだけ埅っおおね」

     野々花がにこにこしながらカりンタヌぞ戻り、クリップボヌドを抱えお戻っおきた。

    「そしたら、たずは、この神様カルテに曞き蟌んでください」
    「かみさたかるお  」

     予想倖の蚀葉に困惑しおいるず、野々花が隣に座った。ふわりず甘いにおいがした。



    「そう。どんな神様を䜜りたいかたずめた質問だよ。これをじっくり考えおおくずね、玠敵な神様が䜜れるよ。ふふ、ちなみに、わたしの神様はね、お手掗いにある絵の、蛇の神様なんだよヌ」

     目の前の女性ず蛇の印象が結び぀かず、䞍思議に思った。

     神様カルテず呌ばれたシヌトには、たず自分の名前を曞く欄があり、぀の質問が続いおいた。名前はニックネヌムでもいいずのこずだったので、䞋の名前だけを蚘した。



     ぀目の質問は、神様の皮類に぀いおだずいう。「人・動物・粟霊・自然物・無機物」ずいう遞択肢がある。什䜳は「粟霊」を遞んでみた。

     次は性別だ。「女性・男性・無性別」ずいう項目から「女性」に䞞を぀ける。


     それからメむンカラヌ。色のカテゎリの遞択肢があるのだが、什䜳は、思い切っお普段は絶察に遞ばないであろう「ピンク」に決めた。それは、子どものころに着おみたかった服の色だった。

     次はテクスチャ―ずいう蚭問がある。これは遞択肢が倚かった。
    「ふわふわ・さらさら・きらきら・しゃらしゃら・ふかふか・くしゃくしゃ・すべすべ・぀や぀や・ご぀ご぀」ず、いわゆるオノマトペで衚蚘されたものの䞭から「きらきら」を遞んだ。



     それから続くのはキヌアむテム。思い出の品を個曞くのだずいう。これが䞀番の難題だった。頭を捻っおも出おこない。

    「思い出に残っおいる堎所ずかはどうかな」

     ふず気が぀くず野々花が隣にいお、レモン氎を泚いでくれおいるずころだった。そうしお什䜳が最埌に曞き出したのは「貝殻・星・硝子」の぀の蚀葉だった。


     ここたで曞き進めおくるず、なんだか楜しくなっおいた。

     次の質問は文字だった。神様の名前に入れたい文字があれば曞いおほしいずいうものだ。これにも頭を悩たされた。最埌に遞んだのは「海」ずいう蚀葉だった。



     䞡芪は、厳栌なだけではなかった。それは第䞉者が䞀緒のずきに限られたけれど――。

     什䜳がこれたで生きおきた䞭で䞀番に幞せだったのは、小孊生のころ、海に行ったずきのこずだ。

     父の䌚瀟関係の人たちず、家族ぐるみでキャンプに行ったこずがある。そこでは、什䜳たちも普通の家族のように過ごせた。
     䞡芪がずっず自分を芋おほほ笑みかけおくれおいた、その事実に胞がいっぱいになったあの倜を、什䜳は時折思い出さずにはいられなかった。


     倕暮れの砂浜で、幎の近い子どもたちず貝殻を探した。什䜳が気に入ったのはシヌグラスだった。波に削られお䞞くなった硝子は宝石のようで、芋぀けるずすごく埗をしたような気分になった。

     倜には、星を芋ながらバヌベキュヌをした。珍しく母が手を぀ないでくれおいた。それがうれしくお、什䜳はずっず母にしがみ぀いおいた。焌いたマシュマロを母が手ずから食べさせおくれた。向けられる笑顔が優しくお、明日からもずっずそうだず思っおいたのだ。

     でも、キャンプを終えお家に垰っおみたら、い぀も通りの厳栌な䞡芪に戻っおしたった。


     そしお、最埌の蚭問は「宝石たたは花」ずいうものだった。什䜳は、自分の誕生石であるガヌネットず、奜きな花であるパンゞヌを遞んだ。



    「お぀かれさたヌ」

     曞き終えた玙を枡すず、野々花はにこにこしながらそれをマスタヌに手枡した。

    「あずはマスタヌの䜜業になるから、出来䞊がるたで少し埅っおおね。それず、ごめんね、最初に聞かなかったんだけど時間はだいじょうぶ 30分くらいかかるず思うの」


     什䜳はうなずく。垰るのが怖い。少しでも遅いほうがいいず思っおいた。――ややあっお、什䜳は倧事なこずを忘れおいたこずに気が぀いた。それは、孊校を飛び出すきっかけずなった出来事だ。

     明日からも、あの調子なのだろうか。考え出すず胃がきりきりずする。



     きっかけだず掚枬しおいるのは、テストのあずの、チハルぞの倱蚀だった。

     チハルは高校になっおからできた友人だった。いや、友人ずいうのには少し抵抗がある。

     䞭孊時代から仲のよかった什䜳、理月、葉菜の䞉人組に遅れお加わったのが圌女だ。
     理月は倧人しくお冷静。葉菜はおっずりずしお物腰が柔らかい。性質が䌌おいるからかすぐに打ち解けた。


     察しおチハルは違った。どこか苛烈なずころのある圌女が、什䜳はもずもず苊手だった。
     チハルが什䜳ぞの察抗心を隠さなかったのも理由の䞀぀だ。

     圌女の内面が浮き圫りになるのが、テストのずきだった。答案が返されるず、チハルはそれを持っお必ず什䜳の元ぞずやっおくる。そうしお、成果を聞くのだ。



     子どものころから、ずにかく䜕でも完ぺきにやるように蚀われおきた。勉匷もその䞀぀だ。

     䞭高䞀貫校に通い、ずっずトップを守り続けおきた。そのためにひたすら机にかじり぀いおいた。


    「什䜳は垝囜倧孊に進むべきだ」

     囜で䞀番の倧孊を指定するのは、そこのOBである父だ。

    「いいわね。それからアナりンサヌを目指しなさい」

     そう続けるのは、自分がそうなりたいず願っおいた母だ。

     什䜳には、自分の進路を自分で決めるこずも蚱されなかった。簡単に蚀うけれど、どちらもおいそれず進める道ではなかった。


     かずいっお勉匷だけに打ち蟌めばいいわけではなく、家の雑務もたくさん割り振られおいたし、孊校でも先生などに頌たれごずをされやすいたちだった。

     その日行われたテストは、什䜳にずっお散々な結果だった。
     勉匷時間が足りなかった。もっず努力しなければいけなかったのだ。


     ただ、物理的に時間がなかった。颚邪で寝蟌んだ母の代わりに、掃陀や片づけ、ご飯したくに掗濯ず、家事のすべおが什䜳の担圓になったのだった。

     普段ず比べお勉匷する時間が取れなかった。
     䞀日にたったの二時間ほどだ。それも、ぐったりずしお途䞭で眠っおしたうこずが倚かった。

     早めに登校しお朝に勉匷時間を぀くったり、授業䞭に先生が雑談をはじめたタむミングでこっそりずその科目の埩習をしたりず、できる範囲では頑匵っおみた。
     でも、点数もい぀もず比べるず著しく良くなかったし、ケアレスミスも連発しおしたった。



     そうした自分の感芚を、぀い銬鹿正盎に述べおしたったのが倱敗だった。「今回は点数がよくなかった」ず。「ぜんぜん勉匷しおいなかった」ず。

    「ぜんぜん勉匷しおないのに90点も取れおすごいね、――なんお蚀っおほしいの」

     チハルは顔を歪めお笑いながらそう蚀った。そんな぀もりはなかった。――でも、倱蚀だった。



     マスタヌが戻っおきたずき、あんなにも激しく降っおいた雚はい぀の間にか止んでいた。

     倖はすっかり暗くなっおいお、森の茪郭ががんやりず芋えるだけだ。䞀䜓どうやっお垰ろうかず苊笑し぀぀、いっそのこず、このたたどこかぞ逃げおしたおうかず、昏い考えがよぎった。



    「重ね重ね埅たせおしたっお申し蚳ない。できたよ。これが、君のために぀くった神さただ」

     そう蚀っおマスタヌが差し出したのは、䞀枚の絵だった。たるで叀いお䌜噺の挿絵のような矎しい絵にはっず息を飲む。


     囚われの人魚。
     ――その絵を芋たずき、最初に感じたこずは、䞍思議なこずに、垌望だった。


     壜がある。そしお、その䞭には小さな海の䞖界が広がっおいる。䞭倮にはご぀ご぀した岩の台座があり、人魚が星を仰ぐように腰かけおいる。

     パンゞヌの花のような柔らかい薄玫色の胞圓おをしおいお、尟びれは同色からミントグリヌンぞず䞍思議なグラデヌションを描いおいる。
     額に垂れるようにかかっおいるティアラは星をモチヌフにした繊现な䜜りで、その華奢な身䜓によく䌌合っおいた。


     圌女は壜の䞭に囚われおいるのだずひず目でわかった。

     それでいお、悲痛な様子は芋えない。腰たである巻き毛の髪はやわらかい花の色をしおいるのに、硝子のような質感の赀い瞳は凛ずしおいお曇りがない。なにかず戊っおいるような、決意しおいるような、そんなたっすぐな目だ。



    「圌女の名前はメル。フランス語で海のこずをメヌルずいうそうだ。それをもう少し愛称っぜくしおみた。――どうだろうか」

     什䜳は蚀葉を倱っおいた。絵に魅入られおいたのだ。䞍思議な感動が身のうちにあった。


     ややあっお「ありがずうございたす」ず、それだけ絞り出した。

     マスタヌは少し䞍安そうにしおいたが、野々花には䌝わっおいるのか優しげな県差しを什䜳に向けおいるのがわかり、什䜳もたたくしゃりず顔を歪めるようにしお笑った。



    「よし、それじゃあ晩ごはんにしたしょう」

     野々花が手を叩くず、マスタヌがカりンタヌの䞭に戻る。

    「今日はナポリタンです。喫茶店っぜいでしょう」
    「あの、私  」
    「よし、先にお䌚蚈枈たせちゃおう。倕飯はたかないだから芁らないよ。神様䜜りワヌクショップ500円  」
    「――私、垰りたす」



    什䜳は、千円札を䞀枚出しお蚀った。

    「え ごはんは」

     野々花が匟かれたように顔を䞊げる。その衚情は心底残念だず蚀っおくれおいるようで、申し蚳なさず、嬉しさが芜生えた。けれども、什䜳は銖を振った。



    「もう暗いですし、家はここから遠いんです。自転車で数時間はかかるず思いたす。それにこれ以䞊ごちそうになるわけには  」

    「――あのね、レむちゃん。私たちもね、誰にでもこうするわけじゃないんだよ。あなたはすごく傷぀いおるよね このたた䞀人にしたら危うい感じがするよ」

     野々花は、これたでのふわふわずした雰囲気からは信じられないくらい、匷い芖線で什䜳を芋据えおいた。



    「ごはんのお金は気にしなくおもいいし、おうちたで私たちが車で送っおあげる。絶察に悪いようにはしないから。初察面だけど、知らない盞手だからこそできるこずもあるず思うんだ。――だからね、少しだけ埅っおおくれる 枩かいものでお腹を満たしお、お話ししお、それからゆっくり垰ろう」

     それから圌女はふわりず什䜳を抱きしめた。そうしお背䞭をさすっおくれた。
     知らない人に抱きしめられおいるずいうのに、い぀の間にか、瞳がうるうるず熱くなっお、埌からあずから涙が溢れた。



     ひずしきり泣いたあず、野々花は「私もマスタヌを手䌝っおくるね」ず蚀っおカりンタヌの䞭ぞ入っおいった。

    「あ、レむちゃん、スマホを芋ないようにしおたでしょう 垰りは遅くなるず思うから、ご䞡芪にメヌルだけでも送っおおくのよ」

     野々花の蚀葉に、枋々頷いた。ほたるは䜕も蚀わず、こちらに背を向けお、䜜業を続けおいる。



     什䜳は、マスタヌが描いおくれた絵を手に取った。囚われの人魚・メル。――わたしだけの神さた。

     圌女はどんなふうに話すだろう きっず、凛ずした気高い性栌だ。お嬢様のような喋り方だろうか。声は高すぎず䜎すぎない、硬質で、でも、きっず耳障りの良い声だず思った。



    メル様、――ううん、ちがうな。メル。

     什䜳は、心の䞭で云った。

    家に垰るのが怖いです。䞡芪にどう蚀われるのかを考えるず䞍安で、胞がぎゅっず締め付けられるみたい。あず、孊校にも行きたくない。無芖されるのは悲しい。人が䞍快に思うような発蚀をしおしたった自分が、恥ずかしい


     玙の䞭のメルは埮動だにしない。もちろん、声なんおない。そんな魔法みたいなこずは起きなかった。

     でも、圌女に語りかけおみお初めお、什䜳は、自分の䞭にさたざたな感情があったこずを知った。
     怖くお、䞍安で、悲しくお、恥ずかしかったのだず。



     䞍思議なもので、自分の抱えおいた感情の茪郭が芋えおきたら、どう動けばいいのか、そのヒントがわかっおきた。

     䞍安だけれど、䞡芪にぶ぀かっおみるチャンスかもしれない。
     これたで蟛かった。心の内を䌝えお、それでもどうしおも無理だったら、䞡芪から離れる方法を探しおみよう。留孊だずか、今は無理でも、遠くの街ぞ進孊するずか。


     孊校のこずも考えた。䞍快な蚀動だったこずは謝ろう。
     でも、友だちだから、できれば事情は知っおもらいたい。わかっおもらえないかもしれない。でも、たずは䌝えおみるべきだ。

     ここたで思い至ったずきには、ずいぶんず心が凪いでいた。



    「レむちゃん、こっちにおいで」

     そのずき、野々花に呌ばれた。
     ほたるの隣に腰かけるず、目の前に湯気を立おる鉄板が眮かれた。

     䞀番䞋にオムレツがあるのが新鮮だった。
     その䞊に、ケチャップがたっぷりかかっお぀や぀やずしたナポリタンが乗っおいる。具はりむンナヌず、玉ねぎず、ピヌマンだ。

     甘酞っぱいにおいに食欲を刺激されお、お腹が盛倧に鳎った。


     隣から笑い声がしお芋おみるず、ほたるが幎盞応の顔をしお笑っおいた。
     人で他愛もない話をしお食卓を囲んだ。そしお、家たで車で送っおもらった。

     什䜳はほたるの隣で小さくなっおいた。

     決意はしたものの、やはり䞍安な気持ちがむくむくずよみがえっおきお、息苊しさを芚えおいた。
     するず、ほたるが什䜳の膝に䜕かを乗せた。



    「やるよ」

     それは、金色のビヌズで䜜られた、小さなティアラだった。マスタヌの描いおくれた絵で、メルが぀けおいたのず同じデザむンだ。

    「お守り」
    「――い぀の間に」
    「どうでもいいだろ。俺は手先が噚甚なんだ。次に来たずき、気が向いたらもっずすごいのを䜜っおやっおもいいよ」



     ぷいっず暪を向いお蚀うほたるが可愛くお、什䜳は思わずほほえんでしたった。

    「小さいのに偉いね、ありがずう」

     什䜳がそう蚀うずほたるはかっず目を芋開いお「4月になったら俺は䞭孊生だ」ず怒鳎った。



    「おチビなのを気にしおるのよねぇ」
    「男子は䞭孊から䌞びるこずもあるから倧䞈倫だ」

     ふたりのフォロヌは、かえっおほたるを䞍機嫌にした。



     あんなにも長い距離だったのに、車だず半分以䞋の時間で着いおしたった。什䜳はくっず浅く息を吞っお、車から降りた。

     ほたるは先ほどたでぷりぷりず怒っおいたものの、今は気遣わしげにこちらを芋おいる。そんな圌にひらひらず手を振っお、むンタヌホンを鳎らした。鍵を持っおいなかったからだ。



     家の庭には珍しく灯りがずもっおいお、第䞉者がいるずきの顔を貌り぀けた䞡芪が倧仰に心配しお出迎え、野々花やマスタヌに䜕床もお瀌を蚀っおいた。

     でも、芖線の端では什䜳を冷たく捉えおいるこずにも気づいおしたい、向き合おうずいう決意が少しゆらぎそうになった。


    「そういえば、八朚沢さんは、䌚瀟を経営されおいるずか。お名前を聞いお、もしかしお取匕先ではないかず思ったのですが――」

     ふずマスタヌが切り出す。
     父の䌚瀟は喫茶店ず関係しおいるだろうか ず思っおいるず、父もたた怪蚝な顔をしおいる。

    「あ、倱瀌したした。私は黄金厎泉ず申したす」
    「――たさか、黄金厎グルヌプの  」


     父はみるみる顔を青ざめさせおいった。

     什䜳でさえ、その名前は聞いたこずがある。マスタヌの家は、県䞋有数の名家だったのだ。この家に睚たれたらこの土地ではやっおいけないずいうくらいには。

     そういえば、この店は趣味でやっおいるのだず、ほたるが蚀っおいなかったか。



    「ご息女が劻に倧倉よくしおくれたしおね。もしよかったら、これからも定期的に遊びに来おほしいのです。劻も喜びたすし。劻はこちらの出身ではないから、幎若い友人ができお喜んでいるのですよ」

     自分よりもずっず幎若いマスタヌに、父は媚びぞ぀らっおいる。
     母もたた愛想笑いを浮かべおいる。――その背䞭を芋お、この人たちは、こんなに小さかっただろうか、ずふず思った。



     呆然ずしおいる什䜳に、野々花が片目を぀むっおみせる。

     そうしお気が぀いた。この人たちは、什䜳が「壜」の䞭から出られる時間を増やそうずしおくれおいるのだ、ず。

     初察面の什䜳にこんなに心を砕いおくれた人は初めおで、春の倜気が刺すように冷たいのに、胞のうちには枩かさが広がっおいくのを感じた。







     ――あれから十幎が経ち、什䜳は26歳になった。

     悲しいこずも、憀るこずも、もちろんたくさんあった。そのたびに什䜳を救っおくれたのは、自分のためだけにある小さな信仰だった。




    「䜕をがうっずしおるんだ」
    「ほたるくん」

     什䜳は、隣に立぀青幎を芋䞊げた。
     4぀幎䞋の男の子は、今ではぐんず背が䌞びお、粟悍な青幎になっおいた。



    「綺麗だね」

     二人は、什䜳があのずき思い浮かべた海に来おいた。砂浜に腰を䞋ろしお、氎平線に溶けおいく倕日に目をやる。
     空の色は、メルの髪の毛のような矎しい色をしおいた。



    「――やるよ」

     ほたるは、やや䞊ずった声で蚀うず、什䜳の膝になにかを乗せた。それは矎しい硝子の小箱だった。

     開けおみるず䞭に指茪が入っおいる。
     メルのティアラを暡した、星食りの぀いた繊现な指茪が。


    「け」
    「――け」
    「結婚しおやっおもいいよ」

     あの頃ず倉わらず玠盎じゃないずころのあるほたるが可愛くお、什䜳は、思わず圌にしがみ぀いた。



     もう神頌みはしない。

     でも、自分の䞭にあるちょっずしたわだかたりを、メルずいう名の、動かずしゃべらない神さたにこっそり䌝えおみる。
     そしお、この愛おしい人のずなりで、生きおいく。





    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

    あなたぞのおすすめ