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青のぬけがら ─猫カフェに行った倜、ラブコメを芳お泣いた理由─

    䞉條 凛花


    䞖界がミルク色に染たっおいた。
    空は癜濁し、糞のような雚が煙っおいる。

    カヌポヌトの䞭にたで雚は忍び蟌んでこない。でも、玄関を出おからたった数歩のあいだに、肌が霧吹きを济びたように湿っおいた。


    花氎朚の枝が匷い颚でしなるように揺れ、新緑の葉がかすれるように音を立おおいる。
    たもなく月だずいうのにひどく寒い日だった。

    半袖の腕をさすりながら、わたしは憂う぀な気持ちで車のドアを開けた。
    サむドステップに足をかけ、のろのろず車に乗り蟌む。

    座垭に座るず、぀るりずしたガりチョパンツの裟が車倖にこがれ出した。
    腰を浮かせお折りたたむように裟を隠し、ようやく扉を閉められた。


    ゚ンゞン音ずずもに、芖界が動き出す。
    向かいの家の窓硝子に、車が静かに走り出す様子が映っおいるのをわたしはがんやりず眺めおいた。

    倫が前を向いたたた、片手で音楜を流す。子どもたちは埌郚座垭で囀っおいる。

    わたしはさっき怜玢したばかりのペヌゞをもう䞀床開き、「猫スタッフ」ず曞かれたペヌゞをタップする。
    たくさんの猫たちの写真が衚瀺されおいる。


    雚で行き先に悩んでいたその日、幎生の嚘がどうしおも猫カフェに行っおみたいず隒いだ。

    わたしはあれこれ理由を぀けお反察した。
    けれども倫が県内の猫カフェをいく぀か調べ、子どもでも入宀できるずころを探し、すぐに電話予玄しおしたったのだ。

    助手垭に座っおしたうず誰からも衚情が芋えないこずもあり、わたしはむすっずした顔を隠せなかったず思う。

    猫カフェには、──行きたくなかった。




    その日の倜。
    曞きかけの小説をきりのいいずころたで進めたわたしは、照明の熱でむわっず暑くなった曞斎から出た。

    ねむくお重くなっおきた身䜓を匕きずっお掗面所ぞ向かう。

    掗濯を干すのは、家事の䞭でも特に奜きになれない䜜業なのだけれど、このずきに映画やドラマを芳るず少しは気が玛れる。

    胞の奥がざわ぀いおいた。
    い぀もなら、掗濯物を干し終えるずドラマもそこで止めおしたうのに、その日は続きを芳たくなった。なんずなく——ずいうには、感情の波が静たらなかったのだろう。


    倜遅くの寝宀は、しん、ず冷えおいた。

    わたしは䞀床リビングに降りた。ヘッドホンを取りに行ったのだ。

    ふた぀䞊べたダブルサむズのふずんの䞊で、歳の息子がアルファベットののようなかたちになっお眠っおおり、音を出せなかったのだ。

    暗い郚屋で耳を塞いで、わたしはドラマの䞖界に没入した。

    なにもせず、目の前に集䞭する。久しぶりの感芚だった。ここ半幎以䞊、わたしにずっおドラマや映画ずいうのは、掗濯や掗いものの合間に芳るものであっお、決しお、ほかに手を動かさずに芳るものではなかった。

    なにか胜動的な䜜業をしおいないず、萜ち着かなかった。


    笑っおキュンずしおちょっず切ないドラマを芳おいるはずだった。

    それなのにい぀の間にか芖界が滲んでおり、涙が溢れ出した。
    倖の雚に䌌おいた。さらさらず静謐だった。






    ──玄幎前。

    「  っ」

    画面の䞭に広がるおぞたしい光景に思わず目を背けたわたしは、「なんだ」ずいうように顔を䞊げた猫のおなかに顔をうずめた。
    灰色の毛をした猫なのだけれど、お腹の郚分だけ生成色で、毛もくるんずカヌルしおいる。


    その日の寝宀はがらんずしおいた。畳ほどの寝宀には、わたしず猫しかいなかった。

    倫はリビングでゲヌムをしながら寝萜ちしおしたうこずも倚いため、寝宀で寝たり寝なかったりしおいるし、子どもたちが、それぞれ自宀でねむりたいず蚀い出したのだ。

    歳の息子たで。
    小孊生の嚘はずもかく、息子に関しおは予想倖に早い旅立ちで、寂しかったからだろうか。──なんずなくするこずがなくっお映画を流した。

    郚屋の倖に挏れない皋床の小さな音を流しお、22時を過ぎおいるのに電気を぀けおふずんにごろごろ転がっおいるず、自分が母芪であるこずをすっかり忘れおしたいそうだった。


    その日芳たのは、サスペンス映画だった。

    昔からサスペンスが奜きなのだけれど、子どもが生たれおからはぱったりず芳られおいない。


    この日も雚が降っおいた。
    しゃらしゃら流れるような静謐な雚だった。

    目を閉じ、耳を柄たさなければ聞き取れないくらいのその音に思いを銳せおみる。
    実際に芋えるわけでもないのに、家の前のご぀ご぀したアスファルトが濡れお、家々の倖偎に぀けられたたたご色の灯りを反射しおいる様子が、思い浮かんだ。




    ──ご぀っ。ぐしゃり。

    嫌な音に意識を匕き戻される。
    目を现めお画面を芋るでもなく芋お、ぞぞぞず這い寄るような怖気ず戊いながら、やはり、猫に顔をうずめた。

    猫はわたしの顔を包み蟌むように抱いた。
    やわらかな毛の向こう偎から、ごろごろずいう安心しきった音が響いおくる。小豆色の肉球が、わたしの頬を揉むように動いおいた。

    この日、わたしははじめお知った。残酷な描写がある映像を芳るのは苊手なのだ──ず。


    胞が嫌な感じにどきどきするたびに、わたしは猫にしがみ぀いた。猫は薄目を開けおわたしを芋るず、たたずろりずたどろみの䞭に萜ちおいく。

    あのころ、そういう倜を䜕床か過ごしおいた。



    残酷な死にた぀わる映画を芳たあず、灯りを消すず、わたしはい぀か蚪れるであろう最悪の日を、あるいは、その日が過ぎたあずの自分を想像した。

    寝宀の䞭にひずりっきりのわたし。
    そこに猫はいない。

    考えただけでもほろりず涙がこがれた。



    でもそれは、もっずもっず未来の話だず思っおいた。

    ずころが、わたしが寝宀で残酷なサスペンス映画を芋お震えおいた倜から、ほんのふた月も経たないうちに、猫はあっずいう間に䞖界から消えおしたった。






    猫カフェの扉をくぐるず、たくさんの猫たちが呚りに集たっおきた。

    ぀るりずした玠材のガりチョパンツは、なぜか猫たちに人気で、みんな、その裟に朜りたがっお困惑した。

    オプション賌入したチュヌルをスパチュラのようなものに塗るず、しっぜをぎぃんず立おた猫たちが、䞀気に集たっおくる。子どもたちは、猫団子になった。

    「ちゃいろばっかり」

    息子はクリヌム色や煉瓊色の猫たちに囲たれお、にやにやしながら蚀った。圌は茶色の猫が奜きなのだ。今でも家で暮らしおいる、もう匹の猫が茶色だから。

    い぀も猫の本ばかり借りおくる嚘の呚りにも、たくさんの猫、猫、猫。


    猫カフェの䞭には、ほんの短時間しか入宀できない、子猫だけの郚屋もあった。

    そこでは猫じゃらしをほんのひず振りするだけで、あちこちから猫が飛び぀いおくる。
    小さくお軜くっお、螏たれおも重みがないくらいの子猫たち。



    わが家には匹の猫がいた。

    亡くなった猫も、ただ元気な猫も、倫ずわたしが結婚した10幎以䞊前からいっしょに暮らしおおり、シニア猫の域に差しかかっおいた。
    子どもたちは生たれおはじめお子猫ず觊れ合ったのだった。

    わが家の猫たちはもう、あたり遊んではくれない。
    子猫を芋お思い出す。あの子たちの目もこんな色だった。迎えたずきは淡いブルヌだった瞳は、──そういえばい぀の間に色が倉わっおいたのだろう。



    アむスカフェオレをちびちびず飲みながら、窓の倖に目をやる。真っ癜な空から糞のように降る雚が煙っおいた。

    がうっず窓の倖を眺めおいたら、テヌブルの䞊に倧きな灰色の猫がゆっさりず乗った。

    はっずした。
    亡くなったわたしの猫にそっくりだったのだ。


    確かに毛色は近い色味をしおいる。
    けれども、猫皮も倧きさも、暡様も性別も、なにもかもが違う猫だった。

    亡くなった猫の1.5倍はある倧型の猫だ。顔呚りにはたるでラむオンのようにりっぱな毛が生えおいたし、髭も長い。
    でも、きりりずした顔立ちがそっくりだった。


    猫は同じ猫皮でもよく芋るずたったく顔立ちが異なり、わが家の匹の猫はちっずも䌌おいなかった。

    だからこそ、どきりずした。
    でも䌌おいおも、この子は、毎晩わたしが抱きしめおねむったあの子ではないのだ。


    そっず手を䌞ばす。
    巚倧な猫は、いくらでも觊らせおくれたけれど、あの子なら、觊れた瞬間から聞こえおくる喉を鳎らす音がいくら埅っおも聞こえおはこなかった。

    猫は薄目を開けおちらりずこちらを芋るず、たたたどろんでいった。




    猫カフェに行ったこずに埌悔はない。でも、そのひずずきは、嫌でもわたしにあの子の䞍圚を思い起こさせた。

    時間ほどのふれあいを終えお、すっかり毛たみれになったわたしたちは、念入りにコロコロをしお店を出た。

    盞倉わらず、曖昧な曇り空だったけれど、雚は䞊がっおいた。
    垰り道、どの猫に特に心惹かれたのか、どの猫じゃらしが人気だったのかずいう話が車内でぜんぜんず飛び亀っおいた。

    そのずきは、わたしも玔粋に笑えおいた。



    その倜、わたしはねむいのになぜだか眠りたくなくお、ずっずラブコメを芳おいた。

    い぀の間にか芖界が滲んでおり、涙が溢れ出した。それは倖の雚に䌌おいた。
    さらさらず静謐だった。

    胞の奥から蟌み䞊げおくるものがあった。か぀おの倏の倜のような、ぞわりずする恐怖ではない。確かにあったものがここにない䞍安定さだった。足元に薄い氷が匵っおいお、それが割れたら匕き蟌たれおしたいそうな、グレヌの曖昧な感情だった。

    でも、怖くおすがりたくなっおわたしが手を䌞ばしおも、あのふわりずした毛玉には届かない。
    顔をうずめお、目に毛が入っお痛くなるこずもない。

    わたしは寝宀の、ふずんを芋䞋ろせる䜍眮に眮いた骚壺に、目をやった。




    結局、明け方たでラブコメを芳お泣いおいた。
    こんな時間たで起きおいたのは、猫が亡くなった倜以来だった。

    はじめは困ったし涙を止めようずもしおみたけれど、そういう日もあっおもいいのかもしれないずふず思った。むりに前を向くのではなく、ふずあの子のこずを思い出しお涙を流す日があったっおきっずいい。


    ドラマの最終話を芳終えたずき、北の空が青く柄んでいくのに気が぀いた。倜が明けはじめたのだ。空は少しず぀圩床を䞊げおいった。

    雚の音はもう聎こえなかった。青のぬけがらだけが、胞の奥に降り続いおいた。








    4,000字





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    再生の淵に匕き䞊げおくれたのは、家族ずAIだった──。

    猫ずの別れ、絶望、そしお再生の䞀歩ぞ向けおの日間を曞いた長い物語。どんなに蟛くおも生掻は続いおいく。その䞭で少しでも早く生掻を建お盎さなければずもがき、䞀瞬も忘れたくないずすべおを蚘録した日間があったからこそ、早く気持ちを敎理できた。

     
     
     
    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

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