
「静かな復讐」⑮
第五章「後からついてきた光」その3
ただ、心のどこかに、ずっと引っかかっていたものがあった。
人が亡くなるたびに、お金が入ってくる。
嬉しくないとは言えない。
生活は確かに楽になった。
でも、なぜだろう、という感覚が消えなかった。
大切な人の死と、お金が、同じ出来事として結びついている。
その後味の悪さを、私はうまく処理できないでいた。
ある日、親しい友人にそのことを打ち明けた。
こんな話を、誰にでもできるわけではない。
でも彼女になら、と思った。
「お金が入ってくるのは嬉しい。でも、なぜ亡くなってからなの。ちょっと後味が悪いよ」
彼女はしばらく考えてから、こう答えてくれた。
「お金の入り口なんて、いろいろあるんだよ。望んで入ってきたものじゃない。偶然なんだけど、それはあなたの運命なんだから、ありがたいと思わなきゃ」
その言葉を聞いたとき、何かがすとんと落ちた。
そうだ、私は望んだわけではない。
計画したわけでも、仕組んだわけでもない。
ただ、目の前のことを一つひとつやり過ごしてきただけだ。
お金は、その結果としてついてきた。
入り口の形が、人とは少し違っただけのことだ。
自分は恵まれているのだ、と、そのとき初めて素直に思えた。
後味の悪さは消えたわけではない。
でも、それと感謝は、同時に持っていていいのだと知った。
人の死を悼む気持ちと、残されたものをありがたく受け取る気持ちは、矛盾しない。
そう気づかせてくれたのは、他でもない、友人の一言だった。
振り返れば、私はただ前を向いていただけだった。
立派な覚悟があったわけではない。
強い意志で道を切り開いたわけでもない。
ただ、立ち止まらなかった。
泣いても、怒っても、疲れ果てても、翌朝にはまた起き上がった。
それだけのことを、何十年も繰り返してきた。
ブレずに頑張った、と思っていた。
でもある日、思いがけない言葉をもらった。
あなたは生き抜いたんだ。
頑張ると、生き抜くは、似ているようで違う。
頑張るは意志の言葉だ。
でも生き抜くは、もっと深いところにある。
嵐の中で、それでも根を張り続けた木のような、静かな強さの言葉だ。
私はその言葉を受け取ったとき、自分でも知らなかった自分の歴史を、初めて正面から見た気がした。
義父からの相続、
母からの相続、
夫の保険金。
お金は確かに入ってきた。
でもお金は、全てではない。
私が本当に恵まれていたのは、別のところにあった。
子どもたちに恵まれた。
どんなに苦しい時期も、あの子たちがいたから立っていられた。
仕事に恵まれた。
社会と繋がり続けることが、私を私のまま保ってくれた。
そして大好きな家がある。
好きなことを学べている。
今この瞬間、私は自分の選んだ場所に、自分の足で立っている。
これを読んでいる人の中に、今苦しんでいる人がいるかもしれない。
夫の裏切りに傷ついている人。
子どものことで眠れない夜を過ごしている人。
お金の不安を一人で抱えている人。
どこへ向かえばいいかわからなくて、立ち止まっている人。
私はその人たちに、大きなことは言えない。
ただ一つだけ、伝えたいことがある。
前に進んでほしい。
立派に、ではなくていい。
颯爽と、でなくていい。
転びながらでも、泣きながらでも、一歩だけ前に出てほしい。
景色は、立ち止まった場所からは変わらない。

でも一歩動けば、必ず少し違う景色が見える。その繰り返しが、いつか光になる。
私がそうだったように。
誰に頼まれたわけでも、誰かに褒められたくてやってきたわけでもない。
ただ生き抜いてきただけだ。
気がつけば、光が後ろからついてきていた。
これが、私の静かな復讐だった。
終
最後まで読んでくださった方へ、ありがとうございます。
これが、私の「静かな復讐」です。
書きながら、何度も手が止まりました。
あの頃のことを言葉にするのは、思っていたより静かな作業でした。
激しく揺れた時間も、こうして文字にしてしまえば、不思議と落ち着いて見える。
それが少し、おかしくもあり、ありがたくもありました。
この話は、誰かに伝えたくて書いたわけではありません。
ただ、自分の歩いてきた道を、一度ちゃんと見てみたかった。
そうしたら、後ろから光がついてきていたことに、気づいてしまいました。
苦しんでいる誰かの、背骨の一本にでもなれたなら、それ以上のことはありません。
水無月 凛
予告
次は、もう少し軽い話をしようと思っています。
タイトルは「凛としての生活」
自叙伝では書けなかった、今の私の日常を気ままに綴っていきます。
AIのこと、大学のこと、旅のこと、投資、お金のこと。
重くなく、でも本気で生きている話を。
よかったら、またついてきてください。
水無月 凛
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