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社会人3年目、めちゃくちゃたのしくて めちゃくちゃしんどいぜー!

社会人3年目、最近の気づきといえば、決断には、「決めるしかない決断」と、「決めるかどうかも自分で決められる決断」の二種類があるということ⍤
前者は外部要因があって期限や上限が決められているもの。苦しくても、「決めるしかない」というある種のあきらめがあるような。一方後者は期限や誰からの強制はなくて。自ら一歩前に踏み出すこともできるし、現状維持を選ぶこともできる。つまり「決断をしない」という決断をすることも許されている状態。(?)

わたしは、後者の決断があまり得意ではない、と気づいたのも最近の話。 社会人になってから、後者の形で決断が現れることが一気に増えたような。
一方で前者のような決断は逆に減っているかも。(ここでは受験や就活を前者のような決断を前者だと捉えている。ある程度「よい選択」が存在しているようなものですね。)社会人になると、どこに住むか誰といるか何に時間やお金を使うかいつ転職するかなど、、、だれも答えをしらない決断ばっかりしなければいけないような。これから多くの人が迎えるであろう、ライフステージの変化なんてまさに後者ですよね。大人になるとそれぞれの人生がそれぞれであって、それに正解はないんだろうなとおもう。まあ選択肢が増えていることは、とてもありがたいしそういう時代に生きているから感じることなのかも。何はともあれ正解がある世界である程度育ってしまった人間が、正解のない世界へ移行する過渡期が正にいまなのかもしれない。

じゃあ、決断に正解がないのだとしたら、正解を探すことよりもまず自分の大切にしたいものを知ることが大切なのかもですね。なぜならわたしがその時に大切にしたいもの、それが、その時のわたしの正解だから。価値基準が定まっていないから、決断を足踏みしてしまっている。決断することが必ずしもいいほうに進むかはわからないなかで、「何を基準に決断するか」という部分に、わたしはぽっかり穴があいているような気がする。

そんなわたしがいま必要なのは正解を探すのではなく、まずは己の価値観を知ることが必要なのかもしれないですね。わたしは、いままさに渦中にいます。会社は学校とちがって、親切に正解を教えてくれる場所ではないからこそ、自分の価値観そのものが、人生を選ぶためのものさしになっていくのかもしれない。その価値観をよりどころにして選んだ人生を、自分自身が納得できるものにするのが大人になるということかもしれませんね♩

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