私は認知症のじいちゃんにアイスを買う
皆さん、帰省していますか?
私は実家の近くに住んでいるので、一ヶ月に二、三回は顔を出すようにしています。
私は毎回近くのドラッグストアで箱で売っている「ガリガリくん」と、せんべいや和菓子をたくさん買ってから実家に帰ります。
認知症のじいちゃんが大好きなおやつだから。
ガリガリくんは、袋売りと箱売りがありますが、箱売りのものを買うと袋売りよりもサイズが小さくなります。
母曰く、「じいちゃん、アイス食べたことをすぐ忘れて次々食べちゃうから、一個のサイズを小さくしてる」とのこと。
それを聞いてから箱で買うようになりました。
じいちゃんはいつも客間にいます。
私が家に着いて、客間を開けて、一番最初にすることは「ただいま、〇〇だよ」とじいちゃんに自己紹介をすること。
じいちゃんに「誰だっけ」と言われたくないからです。
自分のことを覚えていなくても良いけれど、口には出してほしくない。
ただのエゴです。
じいちゃんは私のことを「親族のだれか」とは認識しているようで(多分)、毎回「はい、いらっしゃい。ごゆっくり」と返してくれます。
叔母、私、妹が実家を出ているので「実家を出た誰かが帰ってきた」くらいの認識はあるのでしょう。
名前を言わないあたり、誰かは分かっていなさそう。
それでもいいです。
「誰だお前は」と言われるより、よっぽど。
私は小さい頃から、祖父母っ子でした。
私の実家はサザエさん一家に近い構成で、母方の祖父母の家に二世帯で住んでいました。
物心ついたときから、じいちゃんばあちゃんが家にいることは当たり前で、学校から帰ったらばあちゃんに遊んでもらうし、車での送り迎えもしょっちゅうじいちゃんがやってくれました。
じいちゃんは昔から勤勉で、真面目で、頑固なプライドの高い人間でした。
絵に描いたような昭和の大黒柱。
でも、孫にはとびきり優しくて、夏は放課後に合わせて客間のクーラーつけて待っててくれるし、孫のためにお菓子を買いだめして「これ、買うか?」と差し出してきてくれました。
お菓子は大体、おせんべい、かりんとう、豆納豆、まんじゅう……そりゃそうだよな。
あまり食べていないことに気付いたのか、途中からポテチやチョコレートなどがラインナップ。
きっとじいちゃんなりに考えてくれたのでしょう。
冷房がキンキンに効いた部屋でお菓子を食べながら、じいちゃんと野球を見ていたあの夏を、私は今でも鮮明に覚えています。
じいちゃんの認知症が進んだのは自分のせい
地元の短期大学を卒業し、実家を出た私は、少し離れた地域の自動車教習所に教習指導員として勤めはじめました。
離れた地域といっても県外に出る気はさらさら無かったので、県内の車で二時間くらいの場所です。
実家を離れると見えてくる自分の世界。
実家にいた頃と違って、自分のことで、仕事のことで精一杯。
そんな状態で、約五年。
ようやく会社にも認められ始め、仕事にも慣れてきた頃でした。
「相談したいことあるんだけど、電話できるかな」
ばあちゃんからこんな連絡が届きました。
珍しいこともあるものだと、仕事終わりに電話をかけると、電話口で「じいさん!」と呼ぶばあちゃんの声。
しばらくしてから受話器から聞こえた久々に聞くじいちゃんの声。
驚いたのは、その言葉でした。
「免許更新の認知機能検査ひっかかったんだけどよ、これはどうすればいいんだ?」
────え?
その話を聞いた時はあまりに驚きすぎて、その一言だけが漏れたような気がします。
認知機能検査とは、免許更新の際に一定の年齢に達した高齢者が行わなければならない検査です。
名前の通り「認知機能に問題がないか?」を確認する検査で、このあとに高齢者講習を受けます。
ただし、認知機能検査で一定の基準を下回ると、一度医師の診察が必要になります。
医師から認知症と診察されると、免許は返納しなければなりません。
多分じいちゃんは、「医者に行け」という案内をもらって不安になり、自動車教習所で働く私に一番最初に連絡してきたのだと思います。
医者に行く前に。
一緒に住む娘夫婦より先に。
私はこの後の流れについて淡々と説明をしました。
この時、じいちゃんも自分でなんとなく「認知症かもしれない」と分かっていたのでしょうか。
私の説明を聞いた後に発したのは、
「この年齢で免許返納してる人いんのが?」
という言葉でした。
昔からプライドが高く、頑固なじいちゃん。
医者に認知症と診断され、ルール上免許を返納しなければならない。
そうなる前に、自分から免許返納を申し出る。
じいちゃんの最後の意地のようなものを感じました。
「いるいる、いっぱいいだよ」
私はそう返して、遠回しに免許返納をすすめました。
本当は当時のじいちゃんの年齢で返納する人はそう多くもありませんでした。
勤勉で、矜持があって、頑固で、それでも自分を持っていて、カッコいいじいちゃん。
そんなじいちゃんが大きな事故を起こす前に、免許返納してほしい。
その一心で、嘘をついて返納を促したのです。
結局、自動車教習所に勤める私の言葉を聞き、その後しばらくして、じいちゃんは免許を返納しました。
あの時私を送り迎えしてくれた車は母親が売却の手続きをしてくれたそうで、次実家に帰ったときにはなくなっていました。
車もなくなり、それに伴い隔日で勤めていたパートの仕事も辞め、生活のルーティンが変わったじいちゃんの認知症は、みるみるうちに進行していきました。
妄言や徘徊が増え、警察にすすめられ医者に行き、「認知症」と診断されるまで長くはありませんでした。
私は今でもこう考えます。
じいちゃんの認知症がすすんだのは、あの時じいちゃんから免許を奪った自分のせい。
あの時、免許返納を後押ししていなかったら。
あの時、じいちゃんから車を奪わなければ。
もしかしたら、認知症は進行しなかったかもしれない。
その反面、事故を起こす前に返納してくれてよかった、とも。
シュレディンガーのじいちゃん。
返納していなかった時のことなんか、分かるわけがないのに。
家族には「あの時、免許返納を促してくれてよかった、ありがとう」と言われますが、私の心内の贖罪の念は今でも消えることはありません。
結婚するタイミングで指導員の仕事を辞め、実家の近くに引っ越した今、私は定期的にじいちゃんのもとを訪れます。
あの頃、冷房の効いた部屋でじいちゃんが差し出してくれたお菓子を買って。
じいちゃんが好きな箱アイスを買って。
じいちゃんも、きっと私が買ったことなど分からないまま食べています。
これは私の中の贖罪のつもりでもあります。
口には出さないし、全部自己満足です。
それでいい。ごめんね、じいちゃん。
数日前、両親に用事があって実家を訪れました。短い訪問だったので家には入りませんでしたが、帰るときに客間から視線を感じました。
ふと、その方向を見るとじいちゃんが私のほうをじっと見つめていました。
「ばいばい」と手を振ると、じいちゃんはゆっくり窓を開けて、私にこう言いました。
「お、〇〇。帰ってきてたのか、おかえり。ごゆっくり」
数年ぶりに名前を呼ばれて、
「おかえり」と言われて、
嬉しさのあまり泣きながら帰ったのはここだけの話です。
