
【短編小説】 コールドスリープ〈ソラ〉
目覚めると視界には、青が咲いていた。
甘く冷たい香り。
『ソラ……』
声が響く。
少しハスキーで落ち着く声。
◆
視界の青は、幻のように消えていた。
代わりに見えたのは、
無機質な白い壁と、蛍光灯の強い光。
全身が石のように重い。
身を起こしかけると、柔らかな声が響いた。
「やっと、起きたね」
霞む目で隣を見ると、白衣の男がひとり。
眼鏡をかけて、微笑んでいる。
白衣の名札には、“アルデバラン”の文字。
「えっと……わたし……」
頭に靄がかかっている。
振り払おうと頭を振ってみたけれど、
重たくぼんやり沈んでいる。
ふと、ハーブの香り。
男がマグカップを手渡してきた。
「はい、スターフラワーのお茶だよ。
身体が温まるから、ゆっくり飲んで」
手のひらでマグカップを包む。
熱がゆっくりと伝わってくる。
その時初めて、全身が氷のように冷えていたことに気がついた。
「……あたたかい」
ほぅっと息をつき、ふと違和感を感じた。
腕が軽い。
身体が動かせる。
視界の端に、朝顔が一輪飛び込んできた。
その途端、記憶が溢れる。甦る。
◆
「ソラ、大丈夫だ。俺がついてる」
「アッシュ……手を握ってくれる?」
「ずっと、ここにいる」
◆
「アッシュ!!」
飛び起きると、身体がふらついて倒れた。
アッシュはどこ??
心臓が早鐘を打った。思い出す。
汗ばんだわたしの手を握っていた、
大きな掌を。
「だめだよ、起き上がっちゃ」
眼鏡の男が、わたしの身体を支えた。
「ねぇ、アッシュは?どこにいる??」
彼は、なぜか労るような瞳をした。
「今は、宇宙暦450年。
君が眠りについたのは、宇宙暦120年」
330年。
計算結果はすぐに出たけれど、
その意味を咀嚼するには時間がかかった。
「……わたし、コールドスリープしたのね」
胸の奥に冷たい何かが居座った。
塊を飲み下すように、わたしは声を絞り出す。
男は、ひとつの金属の板を手渡してきた。
「僕たち調査チームは、宇宙ステーションでこれを見つけた」
金属の板には、文字が刻まれていた。
硬い何かで無理やり書いたのだろう。
文字は時折歪んでいて、少し見にくい。
けれど、それは確かにアッシュの筆跡だった。
◆
ソラ
誰よりも、大切な人。
もう、君の姿は霞んで見えないんだ。
君との日々も、銀河の彼方に遠ざかってみえる。
ただ、眩しく輝いて。
俺はまもなく死ぬけれど、
君をずっとずっと見守っているよ。
ソラ
ただひたすらに、
君を愛してる。
アッシュ
◆
わたしは金属板を強く抱き締めた。
文字をなぞると、デコボコしている。
朝顔が一輪、萎んでいく。
『ソラ……』
窓の宇宙は冷たく広がり、
空の色は遠ざかる。
シンとした無機質な空間で、
わたしはその青を、いま思い出していた。
了
