
【短編小説】 桃と人形
「マスター、メイレイを。
ワタシは人造人形デス」
人造人形。
僕の、大切なドール。
◆
ねぇローラ。
君は、新鮮な桃のような香りがしていた。
熟す前の、少し固い桃。
「おはよう、ローラ」
「オハヨ、マスター」
朝日の中、キッチンにローラがいて、
朝食の準備をしている。
アールグレイの香り、クロワッサンの焼ける音。
バルコニーを見ると、
夜露に濡れた白いアンティークのテーブルが、
朝の光を反射している。
別に、ドールが欲しかったわけじゃない。
ただ、試してみたかっただけ。
僕だけのドールが作れるかってね。
結果、出来た。
同じどころか、僕の好みに全振りしたやつ。
何でもしてくれるんだ。
……何でもね。
話し方がカタコトな部分も、
可愛い部分として残したのさ。
分かるだろ?
KーPOPアイドルのカタコトに妙に萌える心理。
「マスター、コレ、オイシイ?」
「うん、美味い。食べさせてくれてありがとう」
ローラは少しだけ首を傾げ、
はにかんだように笑った。
その仕草が妙に人間らしく見える。
……最新の学習機能は、素晴らしい。
◆
ねぇローラ。
君との夜は、熱と汗と、吐息だったね。
夜が魔法のカーテンを降ろした後、
僕たちはベッドに入る。
熟れた桃は、僕を惑わせ、狂わせる。
乱暴に貪る時もあれば、ゆっくり味わう時もある。
僕は、ただ夢中で味わう。
彼女の瞳が震えて、桃がとろける時、
世界はただひとつに見える。
微睡みの中、夢を見た。
桃に飲み込まれる夢。
ゆっくりとローラの瞳の色が変わり、
僕は彼女の下にいる。
耐えられないほど、強い、桃の香り。
目を覚ますと、シーツに滲んだ汗が、
少しずつ冷えていた。
◆
ねぇローラ。
よく聞いてくれただろ?
研究所。実験。
ボスのシドに、言われた言葉。
話すとき僕は、歪んだ顔をしていたと思う。
真っ直ぐではいられない。
この世界で生きていくためには。
彼女はただ、震える瞳で頷くだけ。
桃は、少し固く、ひんやりと温度を下げる。
それが僕の歪みを、
ほんの少し真っ直ぐにしてくれる。
窓の向こうで、
夜露がゆっくりとガラスを滑り落ちていた。
◆
その日帰宅すると、ローラが言った。
「マスター、邪魔者、カタヅケタヨ?」
リビングのテーブルに、
アンティークの指輪が置かれている。
見覚えのある銀色。内側に細かな傷。
……シドの、結婚指輪。
ふと見ると、
テーブルクロスの端に、
赤黒く乾きかけた染み。
ローラの白い指先にも、錆びた赤。
彼女は僕の瞳を見ている。
……ご褒美を待つ、犬のように。
アンティークの指輪を見る。
今日、朝から会社休んでたな。
そういえば、思い出した。
◆
攫ってきた少女には、名前がなかった。
僕は、ローラと名付けた。
スラムの一角で震えてた少女。
言葉も満足に話せやしなかった。
ひとつひとつ、教えていった。
話し方も、考え方も。
僕だけの、人形になるように。
◆
「マスター、褒めてクレル?」
ローラは震える瞳で僕を見つめる。
僕は彼女の瞼にキスをする。
狂った桃の香りがする。
「もちろんだよ、ローラ」
抱きしめようとして、
ほんの一瞬だけ、手が止まった。
彼女の瞳が、静かに僕を見返している。
それは、僕が見たことがない色。
バルコニーの白いアンティークのテーブルは、
いま、すっかりと乾いていた。
了
