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【短編小説】黒王子のお戯れ

「今日は、浣腸するからな」

か、浣腸……???
はて、聞き間違いかしら。

でも、瞳は真っ直ぐわたくしを見つめていて、
揺らいでいないわ。

真っ赤な熱い瞳。それは燃えたぎる炎のよう。

王子のお言葉に、わたくしの心は乱れた。
あぁ、お戯れが過ぎます……。

◆

レオン王子は御歳18歳。
レオナール大王国の第一位王位継承者。

しなやかな身体は、黒い獅子のようで、
渾名は黒王子。

武勇に優れていて、見た目も頭も飛び抜けている。
それが世間的な評判。

だけど、実は変態なの。
それはわたくしだけが、知っている。

◆

わたくしは、隣国フレイヤ公国から2年前に
ここに嫁いできた。

「白鷺姫さま、ここだけの話でございます」

婚礼の日の前日、ばあやが声を顰めてわたくしに言った。

「レオナール大王国は、我が国など吐息で吹き飛ばせる程の大きな国。お教えしたことは、覚えていらっしゃいますね?」

わたくしは、実りつつある胸を反らした。

「当たり前よ、ばあや。
殿方を掴んで離さないのは、床での甘美なひととき。わたくしは、黒王子の望みを全て叶え、彼を虜にするのです」

ばあやは、感涙にむせいだ。

「それでこそ、フラウさま。
帝王学を正しく学ばれましたね。
フレイヤ公国の未来は、あなた様にかかっております」

そうしてわたくしは、15の春に嫁いだ。

◆

レオナール大王国の春は、雪解けと共に始まる。
北の山脈からの冷たい風が、暖かみを帯びる頃、
チューリップが芽吹き、ゆっくりと春が目覚める。

人々は、雪解け水で顔を洗い、
冬眠から目覚める熊のように動き出す。

雪国の厳しさは、王国の武器となり、
圧倒的な武力で近隣国を従えている。

第一印象は最悪よ。

だって、南の温暖なフレイヤ公国と違い、手足は凍るように冷たくなるし、人々は質実剛健といった風情で取り付く島もない。

加えて、あの黒王子。
婚礼式典での威風堂々とした佇まいに、「あら、素敵」なんて思っていたわたくし。

砂糖菓子のように甘ちゃんだったと、
思い知らされたわ。

「四つん這いになれ」

初夜で、犬みたいな姿勢で、
わたくしは屈服させられた。

「喜べ。余の精を受け取れるのだから」

いいえ、ちっとも!!

◆

「父上、母上、大地の恵みを頂きましょう」
「ええ、レオン」

晩餐の食卓は、どこまでも続く長方形のテーブルに、真っ白なテーブルクロス。

硬い牛肉と、マッシュポテトにスープ。
乾いた麦パン。

これが王族の食事?
この国って、料理に対するセンスが壊滅的に足りてないのよね。

わたくしなら、
もっと美味しい味付けにしてあげられるのに。

硬いパンをスープで喉の奥に押し込んで、
王子を見ると、この世を縦に切り裂く勢いで背筋を伸ばし、牛肉へ真っ直ぐナイフを入れている。

「レオン、国境警備隊の状況はどうだ?」

国王様が、雷神トールのように
髭を震わせて声をかけた。

「はっ!フレイヤ公国境付近で、オーク共が騒いでいる様子で、警備兵を増やしました」

「グズグズするでない。儂を失望させるな」

国王は一度も王子と目を合わせなかった。
まるで同じ場所にいないかのように。

「あっ!」

その時わたくしは手を滑らせて、
スプーンを皿の上に落としてしまった。

落下音は、広い食堂にどこまでも固く響き渡る。
その時ふと、王子のナイフを持つ指が震えているのに気がついた。

わたくしは、その指から目を離せなかった。
カタカタと、小刻みに震える指から。

◆

夜。蝋燭が揺らめく寝室で、
王子は手に縄を持っていた。

「何をなさるの?」

わたくしは後ずさる。王子は容赦なく、
わたくしの手首をベッドに縛り上げた。

王子の身体が鞭のようにしなる。
汗が迸り、吐息が混じり合う。

「余は……期待に応えねばならぬ」

瞳が合った。
黒い炎の中に、揺らぐものが見える。

わたくしは、小さな子どもを抱きしめるように、
ただ彼を受け止める。

そうしたいと、初めて思った。

◆

数日後の昼下がり。

「フラウ、余は忙しいのだ」
「たまにはわたくしにお付き合いくださいませ」

王子を連れ出し、庭へ誘った。
奥庭には、噴水やテーブルや椅子がある。

ちゅんちゅん、と小鳥が囀る双子月の庭には、
暖かな陽が射していた。

「はい、あーん」
「は?」

王子の口に、特製サンドイッチを押し込む。

「むぐ……ん、これは?」
「美味しいでしょう?わたくしが作ったの」

にっこり微笑んで覗き込むと、
王子はぷいと横を向く。頬が少し赤い。

わたくしは、鶏肉を油で揚げたものや、
卵焼きなどをバスケットから取り出し
次々に王子に食べさせた。

「あーん」
「むぐ、うっ」
「うふふ、これ飲んで」
「あぁっ……」

ストロベリーティーを口移しに飲ませて、
わたくしの胸は、桃色に弾む。

「フラウ、そなた、悪くないな」
黒い炎が柔らかな暖炉に変わる。

ふふ。
素直に美味しいって言えばいいのに。

◆

あれ以来、王子はわたくしの飼い獅子になった。
柔らかなお腹を見せてくる獅子。

寝室での行為は日に日にエスカレートしてる。
背負うものが、大きくなってきているのかしらね。

でも、それでいいと思う。
わたくしは、王子に食べさせ、食べられるだけ。

昨日、父王に大層叱られたみたい。
今夜は、どうなるのかしら?

え?……浣腸??

砂糖菓子のように、甘美な響き。
あぁ、それはお戯れが過ぎますわ、王子。


了




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