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深夜2時のスクロールから始まった、私の香港狂騒曲―日曜夜の憂鬱を、テレンスラウと広東語が変えた話―


2025年1月―日曜夜の憂鬱―


日曜の夜ほど憂鬱な夜はない。

子どものときも、明日から始まる学校のことを思って憂鬱だった。ちびまる子ちゃんは大好きだったけど、一生始まらないでくれと思っていた。

そんな子どもが大人になり、会社員になったら。日曜の夜がなおさら憂鬱になるのは当然の成り行きだった。

2025年1月19日、日曜日。その夜も「寝なきゃいけない」と「眠りたくない」の精神が葛藤していた。そして、いつも通り後者が優勢な状況。

そんな時、人類は布団に入って何をするか。

そう、Netflixを見あさるのだ。


その日は、何か中国語の作品を見たいと思っていた。

私は大学で中国語を勉強した。しかし、大学卒業後は、仕事で中国語を使うことがほぼないまま、若手社員の域を卒業しそうな今の年次になってしまったのだ。

「そろそろ中国語をやらないとまずい。このままでは、何もかも忘れてしまう」

そんな中で見つけたのが、台湾ドラマ「此の時、この瞬間に」だった。

1月19日―台湾で出会った香港の俳優―


Netflixの台湾ドラマ「此の時、この瞬間に」は、コロナ禍を生きる人々の恋愛や心のつながりを描き出した、全10話のオムニバス形式のドラマだ。

作品全体を通して、台湾の俳優を中心に豪華な顔ぶれが出演している。私はその中でも、第2話の主演を務めている台湾の女優パフ・クオ(郭雪芙)が好きで、この作品に惹かれたのだった。

第2話のタイトルは「問題の夜」。私の方も現在の時刻はとっくに0時を超え、もはや月曜になっていた。毎週お決まりの、私にとっても問題の夜だった。

ストーリーは、パフ・クオ演じるシングルマザーのマッサージ師と、香港から台湾に来たデリバリー配達員の男が偶然出会うところから始まる。2人は思いがけずお互いの本心を打ち明けあうことになり、特別な心のつながりを持つようになる。

期待していたパフ・クオは、もはや期待以上の存在感だった。しかし、私はこのドラマを通して、完全にノーマークだった「香港から台湾に来たデリバリー配達員の男」に心を奪われてしまった。

この役を演じていたのが、香港の俳優テレンス・ラウ(劉俊謙)だった。

テレンス・ラウ(劉俊謙)は香港出身の俳優で、近年は香港だけでなく台湾や中国などでも活躍を見せている。2025年に日本でもヒットした香港映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦」ではイケメンキャラを演じ、多くの日本のファンの心を射抜いてきた。

一方で「此の時、この瞬間に」でテレンス・ラウが演じた男は、正直まったく冴えない。よく言えば天真爛漫だが、悪く言えば何も考えてなさそうな、単純すぎる性格の男だ。

だが、この物語が終わるころ、私の頭はこの男のことでいっぱいになっていた。お人好しすぎるくらい優しい性格。不器用なりに一生懸命に生きている姿。そして、


「ちゃんと計画すれば、未来はきっと実現できる」


劇中、テレンス・ラウがパフ・クオに話すセリフだ。何のめども立っていないのに、「将来自分は柴犬を飼うし、結婚もすると思う」と、それが当然であるかのように話す。

自分だって生活に余裕があるわけではないのに、あまりにも楽観的。だが、その楽観さがなぜか心に染みる。

「未来への期待は絶望しか生まない」と考えていた劇中のパフ・クオ。正直、似たようなことを考えていた私も含め、心にさわやかな風が吹いた。


「テレンス・ラウという香港の俳優は一体何なんだ」


時間はすでに深夜2時近くになっていた。懲りずにスマホをスクロールしていると、ちょうどテレンス・ラウが出演している香港の映画が日本で公開されたばかりだという。

見に行かなければ。

この映画が、「トワイライト・ウォリアーズ」だった。

1月20日―九龍城砦の物語―


2025年、日本で最も話題になった香港映画といえば、間違いなく「トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦(トワウォ)」ではないだろうか。

香港返還前に取り壊された「九龍城砦」というスラム街と化した巨大な建物を舞台に、そこに住む人々の生活と裏社会の勢力争いを描いた作品だ。

テレンス・ラウは、この映画でイケメンキャラの筆頭である「信一」という人物を演じている。

先述した「此の時、この瞬間に」ではあまり強調されていなかったが、トワウォの信一は、テレンス・ラウのイケメンさがこれでもかというほど発揮されている。

とはいっても、信一も黒社会(マフィア)の人間なので、自分たちのシマである城砦で異変が起きれば、ためらうことなく侵略者を斬っていく冷酷さも持ち合わせている。

信一の戦型はとにかく「派手」だ。城砦の中をバイクで走り回ったり、バタフライナイフで華麗に戦っていく。しかし、チャラついた見た目や性格とは裏腹に、ボスや仲間に対する情がこれでもかというほど厚い。最後には自分の身がボロボロになるまで戦う。

信一は、こういったギャップがとにかくズルい。

こうして順調にテレンス・ラウの沼にハマっていったのだが、私にはまた別の欲望が生まれていた。

「広東語が分かれば、もっと楽しめるのに」

広東語は中国語の方言で、香港では広東語と英語が公用語とされている。

中国語(いわゆる普通話)は多少わかるのだが、私は広東語が全くわからなかった。しかし、自分の推しが話す言語となれば話は別だ。

広東語を知りたい。

そして、香港をもっと知りたい。

1月23日―広東語の扉をたたく―


テレンス・ラウを知ってから早5日(まだ5日)、私は広東語を勉強しようと心に決めていた。

実は以前にも一度、香港人から広東語を勉強しかけたことがあった。

しかし、その時は中国語(普通話)を集中的に勉強しなければならない状況で、広東語の方は挫折してしまった。

今回こそは絶対に挫折したくなかったので、広東語も勉強できる中国語教室に通うことにした。通学を選んだ理由は、最初に「広東語の発音」でつまづくだろう、ということが自分の中で分かっていたからだ。

授業料は私にとって決して安くはなかった。何かしらのご褒美を買おうと少し貯めていた預金に手を付けた。

でも、これで広東語がわかるようになれば、香港映画はもちろん香港旅行も今まで以上に楽しめるではないか。

これは消費じゃなく、投資だ。

そう自分に言い聞かせて、広東語を学び始めた。

2025年5月―いざ、香港へ―


こうして1月下旬から広東語の勉強が始まった。そして、5月のゴールデンウィークに家族で香港旅行に行く予定があったので(偶然、テレンス・ラウにハマる前から旅行の予定を立てていた)、私はこの香港旅行をマイルストーンに決めて勉強した。

広東語を勉強してから行った香港は、それまでの旅行とは比にならないくらい面白かった。

地下鉄の駅で、香港の交通系ICカード「オクトパスカード」を買うときにインフォメーションセンターの兄ちゃんとしゃべったこと。

親のためにシニア用のオクトパスカードを買いたかったのだが、こちらの拙い広東語を一生懸命聞いてくれて、また私に話すときもわかりやすいように話してくれて、とても有難かった。

「六安居」というワゴン式飲茶の人気店へ食べに行ったときのこと。店内は大盛況、週末のフードコートのような込み具合で、もはや自分で席を取っていくスタイルになっていた。私がなかなか人数分の席を確保できないでいると、

「あんたら何人で来たの?」
「○○さん、あっちから椅子を1つ取ってきてあげな」

常連と思われる香港のおばちゃんが私たちのために席を押さえてくれた。そのおばちゃん一行と相席すると、注文の仕方を教えてくれたり、我々のプーアル茶がなくなったら店員にお湯を頼んでくれたりと、本当に良くしてくれた。

六安居。

知り合いでもなんでもない、ただ同じ時間、同じ場所で偶然出会っただけなのに、こんなにも親切にしてくれるのが有難く、また不思議だった。

でも、九龍城砦ではないが、人も社会も目まぐるしく変わっていく香港社会で、相互扶助の精神、持ちつ持たれつという基本原則が根底にあるのかもしれないと思った。

そんな、私が旅行で出会った数名の香港人をサンプルにした極めて限定的な調査結果にすぎない。それでも、自分で広東語を話したことによって現地の人と彼らの言葉で話をできたのが嬉しかった。

2026年、今。


私の2025年、当初「香港にハマる」という計画は1つもなかったのだが、どういうわけか香港や広東語のこと、そしてテレンス・ラウの出演作を追いかけていたらいつの間にか2026年になっていた。

「大学時代に勉強した中国語を忘れたくない」から始まったNetflix探索。

中国語の維持という意味で、広東語の勉強というのはターゲットから少しズレてはいるのだが、私の中で「中国語の世界」が広がったのは非常に意味のあることだった。


日曜夜の絶望の淵で見つけた星。

「好き」「気になる」を原動力に、後先考えず突き進んだ日々は面白かった。

そして、これからも面白くなり続ける気がする。


憂鬱だった日曜の夜。

あの夜、Netflixを開かなければ出会えなかったこの景色を、私はこれからも広東語で、自分の言葉で、楽しみ尽くしていくつもりだ。