
【短編】薄明光線
「まだ止んでないか…。」
今朝から降っている雨が帰りまで続いていた。今週はまさかの平日5日間ずっと雨だ。
じとじとと続く雨の日々は、38歳独身、恋も仕事も大した成果が出ないパッとしない自分の人生を勝手に表現されているような感覚になってイライラしてしまう。
そしてそんな自分の器の小ささにもイライラする。まさに負のループだ。
家に帰っても特にやりたいこともないので、気分を晴らす為のお酒を求めて行き慣れた居酒屋へ向かう。
「こんばんは。」
軽い挨拶と共に店内へ入ると、店長が「あっ」という顔を一瞬覗かせた気がしたが、気にせず奥のカウンター席へ向かう。
店内奥で左に曲がるL字型のカウンターは、曲がった先の一番奥の席がお店の入口から姿が見えない位置で、1人で飲むときのお気に入りの席だ。
開店直後の店内はテーブル席に1組のみだ。
自分の指定席へと足早に奥まで進んでいくと、まさかの先客がいるではないか。女性が1人で飲んでいる。
入り口側の端の席にしようかと思ったが、わざわざ引き返すのも恥ずかしくなり、指定席から3個手前の席に座る。
「三枝さん?」
“とりあえず生”とつまみを注文し終え、おしぼりで手を拭いたついでに顔も拭ったところで右側から声をかけられた。
自分が明らかに不思議そうな顔をしたのだろう、彼女が慌てて自己紹介を始めた。
「そうですよね、私、総務の小野寺です。」
そこでようやく気が付いた。2週間前に弔事の対応を依頼しようと総務に顔を出した時に、「担当は小野寺なので彼女にお願いします。」と言われ、顔を合わせたその彼女だった。
「すみません、まさかこんなところでお会いすると思っていなかったので…。この間はありがとうございました。」
我ながら気の利かない挨拶だなと思う。
言い訳に似た応答が自分を気まずくさせ、つい会話を始めてしまう。
「おひとりですか?」
「私、平日に雨が降るとラッキーって思うんです。仕事の日に連続で降ると、これだけ降れば次のお休みは降らないかも、お出かけできるかもってワクワクするというか。」
突然の雨トークに少しとまどいながらも、自分には無い発想に興味が沸く。
「会社を出て、まだ雨が降っているのを見たらなんだかテンションが上がってしまって。ほら、今日は華金ですし。と言っても人との予定はなかったので、前から気になっていたこのお店に1人で初めて来てみました。」
雨トークはおひとりさまだということへの前説だったようだ。彼女ともっと話してみたいと思った。
「あの、これ1本食べます?僕のオススメです。」
追加で頼んだ焼き鳥のおすそ分けを思わず提案していた。
彼女の空いた器に1本移しながら、今度はこちらの雨トークをする。
「僕は雨の日があまり好きではないんです。特に梅雨の時期は毎日のように薄暗くて、なんか自分みたいだなって。」
本当は”あまり“どころではないが、彼女にとって”ラッキー“と思えるものを強く否定したくなかった。
彼女は微笑んで、「なにごとにも好みがありますから。私は梅雨の時期、好きですよ。」と言った。
彼女の言った“好き”を引きずりながら1時間ほどたわいもない会話をした。
お会計を済ませて外に出ると雨は止んでいて、たまには雨も悪くないと都合のいい自分がいた。