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【小説】To be continued ~第6話 恋の手前で~

    翌日の日曜日。

    今日は、自転車で少し遠くのスーパーまで行ってみることにした。
    バイクに紛れ、大きな交差点を過ぎ、ようやくたどり着く。

    「ここで買ったフルーツ、美味しかったな。」

    隅々まで見るには相当な時間がかかる巨大な店。
    お土産探しには事欠かない。

    自分用にヨーグルト、そして、忘れちゃいけないビンタンビール。
    メモを見ながら、カートに入れていく。

    Theoコーチにも何か渡したいな、ふと思う。

    オーガニックフードコーナーで、シリアルバーを見る。
    パッケージはおしゃれな感じだが、到底美味しそうには見えない。

    レジで精算を待つ。
    前の人の買い物は、大量だ。
    ひたすら、耐えて待つ。

    カートにあれこれ夢中で入れて、少し買い過ぎた。
    あの小さな自転車カゴには入りきらない。
    仕方なく少し減らすことにした。
    並びの後ろの人に、声を掛け、商品を戻しに行く。

    「Hello~!」

    急いでいるのよ、と思いつつ振り返ると、お姉さんが笑顔で立っている。
    素焼きのアーモンドが目に入る。

    「美味しい?」と聞いてみると、
    「美味しい!」と。
    おきまりの返事が返ってくる。

    アーモンドを一粒。

    「そうだ。これを渡そう!」

    1袋受け取って、レジへ向かったが、慌てて引き返し、自分用にもう1袋受け取った。

    レジへ戻ると前の人の精算は、まだ終わっていない。
    良かった・・・。

    大きな二つの袋を無理やり自転車カゴに押し込み、手提げで結びつける。
    帰りもバイクの流れに紛れながらヴィラに戻ると、重さと暑さでヘトヘトになった。

    その日の午後。
    いつものスパへ向かう。

    まだ凝りが残った体。
    いつものセラピストさんが、じっくり全体を揉み解してくれる。
    今日も、心と体がゆっくりと溶けていく。
    少しの間、眠ってしまっていたようだ。

    終わった時、お客さんは私一人。
    顔馴染みの私は、スタッフ二人と、英語、インドネシア語、日本語のミックスで話し始める。ガールズトークは、世界共通らしい。なぜか、通じ合ってしまう。

    日本人の男性は、優しい、カッコいい。
    彼氏を紹介してあげて、と笑い合う。

    そうそう、ピラティスの先生と写真撮ったのよ。

    「見る?」

    「見る!見る!」

    「背が高くてかっこいいね。」

    一人のスタッフが説明を始める。どうやら西ジャワ島の高原の街には、美男美女が多いということらしい。

    なるほど、だからバリ人とは、顔が少し違うのね。
    ようやく謎が解けた。

    いよいよ月曜日。

    お願いして朝食時間を少し早めてもらった。
    ミルクで煮た温かいオートミールが運ばれてくる。
    フルーツも添えられていて、なかなかの味。

    急いで朝食を済ませ、スタジオへと自転車を走らせる。

    「Good morning!」

    朝8時前だというのに、今日は人でごった返していた。
    私とは意識が違うようだ。
    オージーたちは、何だか楽しそうに次々とスタジオの中へ入っていく。

    「Good morning!」

    コーチは、今日も爽やかな笑顔。
    鍛え上げられた上腕、胸筋に目を奪われる。
    全身にわたって一切の無駄がない、造形美・・・。

    私はバッグからアーモンドの小袋を取り出し、そっと彼の前に差し出した。

    "Here, please have this. It's for your muscles!"

    コーチはその袋を見て、少しだけ驚いたように目を細める。

    "Are these from Japan?"

    そう言って、柔らかく笑い返してくれた。

    "No, in Bali. It’s good for your muscles."

    これ以上、話せない。

    それにしても。
    あの全身から発しているオーラの正体は何だろう・・・。

    再び笑って、丁寧に袋を受け取ってくれた。

    "Thank you."

    ガラス張りのスタジオへ入る。カーテン越しに心地よい朝日が差し込む。

    Theoコーチは、挨拶を済ませるとひとりずつ生徒の名前を確認する。

    「Rio!」

    「ハイ!」

    私の名前は「リー」だったはず?
    名簿を見てくれたのかな。
    今日からホンモノの名前。
    覚えてくれて、嬉しかった。

    Theoコーチ、今日は髪を少し整えている。
    フォームを直してもらった瞬間、ふわりと知らない香りがした。
    前回は気づかなかった香りだ。

    レッスン内容は、前回と違う。
    またまた常連さんたちを横目で見ながら、必死になって食らいつく。
    リフォーマーも、同じようにセットする。

    レッスンがスタートしてしばらくすると、追加で2人入ってきた。
    初心者みたいだ。
    私の下手さが目立たなくなって、ちょっとホッとした。

    この時間は混むんだな。
    人数が多過ぎて、今日はあまり来てもらえない。

    腕の位置を直す指先が触れる。
    ああ、この少し冷たい手だ。
    指先が触れる度に、胸の奥で音がする。

    大勢の生徒に目を配る真剣な眼差し。
    時折覗く少年のような笑顔と笑い声。
    そのギャップから、目が離せなくなる。

    夢中になって動いていたら、レッスン終了。

    オージーたちは、レッスン後に出される冷たいタオルには目もくれず、部屋を出ていった。

    「See you tomorrow!」

    コーチに手を振ると笑顔で応えてくれた。
    受付で、明日のレッスンの予約を念のため確認する。
    いつもの彼女が、予約は大丈夫よ!という仕草をする。

    「Theoコーチ、カッコいいですね。恋人いっぱいいそうだね。」

    すると彼女はおどけて、

    「Tidak, Know.」

    彼女はわざとインドネシア語と英語を混ぜて、笑って肩をすくめた。

    知らない・・・わよね。

    今日は、このまま着替えず帰るが、いつものトイレに立ち寄る。
    個室から出ると、そこにコーチの姿があった。

    「See you tomorrow!」

    この言葉しか、出てこない。

    「it's at 10 AM!」

    コーチは、明日の時間をさらりと教えてくれて、何だか嬉しかった。

    ヴィラのプールに身を委ね過ごした、その日の夕方。

    明日のレッスンスケジュールをもう一度確認する。
    ふと、海が見たくなった。

    海沿いの自転車道を走る。
    レストランが並び、砂浜で遊ぶ人の向こうに、紺碧の海が広がっている。
    サヌールの穏やかな夕暮れ時。
    立ち止まって海を眺める。
    また急に涙が出てくる。
    本当によく泣く旅。
    感情はごちゃまぜで、説明もつかなかった。
    日本での出来事が頭をよぎる。

    どんな莉緒でいても、全てを受け止め続けてきてくれたサヌールの海に、包まれる。

    ショッピングモールに着き、スーパーを物色してみるが、どうもピンと来ない。帰ろうとしたその時、サプリを売っているお店が目に止まった。

    私の欲しかった石けんが、1つだけ残っていた。
    自分用に買おうと思ったその時。
    コーチの顔が目に浮かぶ。
    そう言えば、ニキビが出来ていたような気がした。

    この専門店だったら、プロテインバーも良さそう。
    店員さんに尋ねると、コーヒー味が美味しいという。

    石けんとプロテインバーを袋に入れてもらった。
    再びサヌールの海の遊歩道を走り抜け、帰宅の途についた。

    ヴィラへ戻る。
    冷蔵庫には、ビンタンビールと冷えたグラスが、今かと出番を待っている。

    部屋で一人、夕食を食べる。

    テレビがつかないこの部屋の静寂は、淋しすぎる。
    このために、タブレットを買ってきた。
    セットに手間取りながら、YouTubeを開くと曲がいくつか並んでいる。
    杏里のピアノ曲。

    辛かったことも、この島で過ごす時間も、全部が胸の奥で混ざり合う。
    この旅の中で、私は何度泣くんだろう。
    ビールのグラスを見つめ、また涙が少し溢れた。

    昼間の冷たい指先からの感覚が、肌に戻ってくる。

    明日で最後のレッスンか・・・。

    ランチに誘ってみる?
    いや、無理でしょ。
    コーチだし。
    断られたら恥ずかしい。

    その考えは何度も頭の中を行ったり来たりした。
    結局、答えは出ない。

    私はベッド脇に置いていた小さな旅ノートを手に取った。
    いつも持ち歩いているA6サイズのノート。

    スマホを取り出し、いつものようにGoogle翻訳を開く。

    「今日は私がおごるよ、Theo。」

    日本語を打ち込む。

    表示されたインドネシア語を眺める。
    本当に合ってるのかは分からない。
    でもまあ、たぶん大丈夫だろう。
    私は旅ノートに書き写した。

    Hari ini aku yang traktir ya, Theo!

    書き終わった瞬間、自分で吹き出した。
    何を書いているんだろう。
    まだ誘うかどうかも決めていないのに。

    もし明日、本当に誘えたら。
    もし誘えなかったら。

    その先は、まだ分からない。
    そのページがすぐ開けるように、ペンを挟み、ノートを閉じた。

    天井を見上げる。
    眠ろうとしても、なかなか眠れない。

    「Rio」

    そう呼ばれた朝。
    アーモンドを受け取ってくれた笑顔。
    少し冷たい指先。

    それらが、代わる代わる頭に浮かんでは消えていく。

    明日は、どんな一日になるんだろう。

    ベッド脇には、ペンを挟んだままの旅ノート。
    私はそれをもう一度だけ見てから、ゆっくり目を閉じた。


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    理不尽な現実を生き抜く大人たちへ。海と風に人生をほどかれた覆面クリエイター。テーマは再生、旅、恋、そして人生の上書き保存。剥き出しの言葉で、人生が動く瞬間を描く。私と一緒に次の扉の向こう側へ行きませんか。

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