
【小説】To be continued ~第3話 鎧を脱ぐ場所 ~
2026年3月 バリ島@サヌール
少し肌寒い日本を離れ、生温かい風が吹く空港に降り立つ。
「もう28回目か…。」
”ここ”に戻ってきた。
日本にいるときの私は、いつも重い鎧を着込んでいた。
不正や理不尽に怒り、仕事では姉御肌として戦う「マジメな莉緒」。
何でもやってくれるセンパイだと思われているけれど、心はいつも擦り切れていた。
でも、この島に降り立った瞬間、その人格は跡形もなく消え去る。
ローカルと笑い合い、他愛のない会話をする。
それだけで、不思議なほど肩の力が抜けていく。
日本では誰にも見せない「ホンモノの莉緒」として呼吸できる場所。
それが私にとってのバリ島だった。
こんなに何度も訪れているのに、帰る直前になるといつも淋しくてたまらなくなる。そんな風に思いたくなくて、この旅の数ヶ月前に、航空券を変更し、日程を1日半早め、滞在期間を長くした。
あと10日もすると「ニュピ」がある。
電気が使えない、静寂な一日。
いつかこの島で、音のない星空を心ゆくまで眺めてみたい。
けれど、まだ会社員の身。
その静寂が訪れる直前に、喧騒の日本へと帰らなければならない。
私は、すっかり歩けるようになり、体の元気は取り戻しつつあった。
まだ痛みは残っているけれど、一歩一歩、自分の足でこの島の土を踏みしめられる。それだけで十分だった。
一方で、心の中で燻るものは、止まるどころか、膨らみ続けている。
職場で、正義を貫こうとした代償はあまりに大きく、心身ともに限界だった。
-----定年までこの職場にいる
そんな未来を想像し、ゾッとした。
変えたかった。
この足で、自分の人生を歩き出したかった。
半年ぶりのバリ島。
出発前日に、新しくチャレンジをしようと決めたことがある。
ヨガ、ピラティス。
”おしゃれなスポーツ”そんなイメージが強くて、全くの手付かずだったけれど、回復中の体をもっと元気にしたい・・・。
そんな思いで、予約した。
ただ・・・ウェアを一枚も持っていなかったことに気付く。
とりあえず手持ちの中から、デニム地調のグレーのレギンスを選んで、スーツケースに詰め込んだ。
これ、インナーだ。
単品で着るものでは、無い。
「恋なんか生まれないわよっ!」
と自分で自分に突っ込みたくなるほど、救いようがなくダサい。
この時の私はまだ知らなかった。
「恋も生まれないほどダサい格好」だと笑っていたそのレギンスが、後になって思えば、ほんの少しだけ運命の時計を遅らせていたことを。
----到着翌日。
Google マップで見つけた初めてのスパへ。
口コミと施術が比例しないことは、もう経験済。
あまり期待せず行ってみる。
「Rioサン。キョウハ、90プンクライ、マッサージデスネ~。」
近頃は、日本語を話せるローカルが激減していたので、ビックリ。
「こんにちは。ニホンゴジョウズですネ!」
「イエ、スコシデス。」
彼女のマッサージは、癒しを超え、指先から優しさが溢れていた。
体の声が聞こえるのか。
触れた瞬間、凝りの場所を言い当てられた。
聞けば、彼女はマッサージの先生でもあると言う。
「ああ、ここを選んでよかった。」
一番のお気に入りのスパになった。
もう一人の若いスタッフは、日本語は話せないが、丁寧でとてもかわいらしい。
この二人と打ち解け合うのに、時間は要らなかった。
滞在中のスパは、全部ここでお願いしよう、そう決めた。
-----4日目。
ホテル5Fのインフィニティプールで、風呂上がりの一杯ならぬ、
「プール上がりのビンタン」を最高に美味しく飲むための準備運動を済ませ、水着を洗ってベランダに干す。
スマホから『ピロリン』とWhatsAppの軽やかな通知音が響いた。
な、何~!?
そこには、翌日の”レッスンキャンセル”の文字。
続きを読むと予約の1時間前、10時からのレッスンだったら、可能とある。
小綺麗なお気に入りホテルに移動していた私。
自慢の朝食をゆっくり味わうつもりだったのに。
スイカとボンボローニが脳裏をよぎる・・・。
でも、せっかくのチャンス!
10時からのレッスンに参加することにした。
-----迎えた”運命”の5日目
朝の日差しが心地いい。
初めてのピラティス。目指すスタジオは、ホテルから徒歩5分にある。
「スラマッパギー!」
扉の向こうには、ガラス張りの解放感溢れるスタジオが広がっている。
自分の無残なレギンスが、ホント悲しい。
隣のブロンド女性が涼しい顔でポーズを決める傍らで、私はただ、自分の脆さと向き合わされていた。
その扉が開く音は、もうすぐそこまで迫っていた。
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