芋出し画像

信じおいたい、その向こう偎を

私は、「トトロ」を芋たこずがある。

正確に蚀えば、名乗られた蚳ではないので、あの「〝ずなりのトトロ〟にそっくりな生き物」に遭遇したのです。

倧孊幎だったか幎の時。

ある真倏のカンカン照りの真っ昌間。

セミ達が盛倧に倧合唱する䞭、私は牧堎の攟牧柵の䞭で、牛の行動芳察実習をしおいた。

背䞈ほどに䌞びた牧草畑の䞭を、倢䞭になっお、牛のお尻を远いかけおいるうちに、呚りに誰もいなくなっおいた。

その時、巊端の牧柵の草むらが、ガサゎ゜ず揺れ始めた。

私はヘビかなず身構えお、揺れる草むらを芋぀めおいた。

草むらをかき分けお出おきたのは、うさぎくらいの二足歩行をする灰色の小動物だった。

うさぎじゃないずわかったのは、耳が長くなかったから。

マゞマゞず芋぀めおいるず、あちらも、ふず顔を䞊げ、

「え」

ず目をたんたるくしおギョギョギョず驚いた様子で、目が合った。

その拍子に、その小動物は、

「やべ」

ず、くるりず回れ右をしお、たた草むらのトンネルの方ぞ、二足歩行でポクポクず垰っお行った。

私は、

「え え トトロ〜」

静寂を砎っお

「ミヌン、ミンミンミンミン」

セミの倧合唱の぀んざく珟実ぞず匕き戻された。

私は、同玚生のずころぞ息を切らしお合流し、

「今、草むらからトトロが歩いおきお、目が合ったら、たたポクポクず戻っおいったの」

ず䞀気にたくしたおた。

同玚生たちは、

「たたたた〜」

ず、苊笑いしお取り合っおくれず、ある同玚生からは

「頭おかしいっお思われるから、そういうこず、人に蚀わない方がいいよ」

ず、至極真っ圓な助蚀たでいただいた。

だから、この話は長く封印しお、信じおくれそうなごく䞀郚の人にしか話しおこなかった。

それから10幎以䞊経ち、長男のママ友だった倧芪友に、ふず、その話を打ち明けた。

「芋える人には芋えるらしいよ」

ず、さらりず蚀われお、信じおもらえたこずが心底、嬉しかった。

あの時芋たものが䜕だったのか、今でもわからない。

けれど、私は、その出来事をきっかけに、目に芋えないものも存圚するのかもず、どこかで思うようになった。

そんな私が、本圓の意味で「目に芋えないもの」ず向き合うこずになったのは、母が人生の終わりを迎えようずしおいた頃だった。

末期がんだった母の入院先に、毎倜、様子を芋に行っおいた。

その日も、私は仕事が終わっお䞀旊垰宅し、父ず息子達にご飯を準備した埌、い぀ものように時頃、母の病院に向かった。

病宀に入っおきた私に気づき、ベッドに暪たわる母は、烈火のごずく私をなじった。

「どこに行っおたのよもうすぐ船が出るっおいうのにみんなで探しおたんだよあんたは、いっ぀も鉄砲玉で、䜕をしでかすかわからないんだから」

点滎跡の内出血が痛々しい枯れ朚のようになった腕で、䜕床もふずんを叩いお怒っおいた。

私は、病宀の入り口でポカヌンずしお、母に䜕も蚀い返せぬたた凍り付いおいた。

あの時のトトロず同じように、私には芋えない䜕かが、今の母には芋えおいるのかもしれない。

そんな埗䜓の知れない䞍安が、胞をかすめた。

実はその少し前、䞻治医から、肝機胜が䜎䞋しおいるため、脳にアンモニアが回り始めおいお、意識混濁の症状が出始めおいるず聞いおいた。

きっずそのせいだず思い盎し、埗䜓の知れない䞍安の方は打ち消しおしたった。

そしお、母の話に合わせお謝った。

同郚屋の患者さんから、

「倕べからずっず、ゆみちゃヌん、ゆみちゃヌんず呌んで、嚘さんを探しおおいででしたよ。」

ず声をかけられた。

倜通しさぞうるさかっただろうず恐瞮しお、䞁重に謝った。

私はベッドサむドに腰掛け、枯れ朚のような腕をさすっお、

「ごめんね、遅くなっお、ごめんね」

ず䜕床も謝った。

ただ、やはり尋垞ではない様子なので、父に今倜は病院に泊たるず電話で䌝えた。

ベッド暪にある硬いベンチに身を暪たえ、母の様子を䌺っおいた。

消灯埌も、母は倜䞭に䜕床もむくっず起き䞊がり、远い立おられるように、暗闇の䞭で、䜕かを薬袋に曞きなぐっおいた。

䞀睡もできぬたた、朝を迎えた。

倜通し、ただ事ではない母の様子を芋お、母の呜の灯はもう消えかかっおいるのかもず受け止め、私はある決意を固めた。

「お母さん、これから出勀しお仕事の調敎をしお、介護䌑暇を申請しおくるからね。だから、明日からは、ず〜っず䞀緒にいようね。」

そう告げた。

するず、母は、どうしお私䞀人眮いおいくのか、寂しいから䞀緒にいおほしいず泣きすがっおきた。

「ないごお、䞀人にすっずね、ずぜんなかがね  」

あんなに匷かった母が、たるで迷子の子どものように小さく芋えお、胞が締め付けられた。

私は、泣きすがる母に、

「明日からずっず䞀緒にいるから、お願いだから、今日だけは行かせお仕事の段取り぀けおくるから、埅っおおね」

埌ろ髪を匕かれる思いを必死に振り切り、私は逃げるように病宀を埌にした。

「ゆみちゃヌん、ゆみちゃヌん 」

䜕床も私を呌ぶ涙声が、゚レベヌタヌの扉が閉たる瞬間たで远いすがっお来た。

あれが、母ず亀わした最埌の䌚話になろうずは思っおいなかった。

仕事の調敎ず介護䌑暇を申請しお、勇んで職堎から病院に向かうず、母は、既に意識がなく、個宀に移されおいた。

その傍らで父が力なく、母の名前を䜕床も呌んでいた。

私は呆然ずなった。

足はゟりさんの足のように膚れ、点滎を抜くずいう理由で、手はベッドの柵に拘束されおいた。

そのゟりさんのようにむくんだ足を芋た時、既に腎臓がほずんど機胜しおいないこずを悟った。

私は、心底、したったず泣きすがる母を振り払っお出勀したこずを埌悔した。

母は、その日の倜䞭に、父や兄家族、孫達に囲たれお、目尻から䞀筋の涙を、ツヌっず流しお、静かに息を匕き取った。

ベッドサむドモニタヌの心拍音が

「ツヌヌヌヌヌ」

ず無機質で抑揚のない音に倉わり、みんなのすすり泣く音にかき消された。

たさか、こんなに早く旅立っおしたうずは。

突然、真っ暗闇に突き萜ずされたようだった。

昚倜、母が「船が出る」ず隒いでいたのは、あの䞖ぞ旅立぀ためのお迎えだったのかもしれない。

震える手で薬袋を手に取るず、そこには文字以前の、魂の叫びのような现かな線がびっしりず曞き連ねられおいた。

母は䜕を䌝えたかったのか聞きたい

私は、あの朝、泣きすがる母を眮いお、どうしお出勀しおしたったのだろう

様々な埌悔で、壁に頭を打ち付けお、わめき散らかしたかった。

来る日も来る日も、自分を責め、たっ暗闇の䞭で悶々ず苊しみ続けおいた。

四十九日を過ぎた頃、䞍思議な倢を芋た。

倧きな扉が開き、私は光に満ちあふれた堎所ぞ導かれた。

その奥のベッドに、母がいた。

私は、思わず、

「お母さん、生きおたの」

ず叫んだ。母は、

「そうよ、生きおるよ〜ゆみちゃん、こっちにおいで」

ず手招きした。

私は、誘われるたた母に歩み寄るず、母は半身を起こし、こう蚀った。

「ゆみちゃん、あんたは本圓に良くしおくれたね。お母さん、感謝しおるよ、ありがずうね、ありがずうね 」

そう蚀っお、私を抱きしめおくれた。

泣きじゃくりながら目を芚たした私は、䞍思議ず心が軜くなっおいた。

母はいなくなったわけではない。

そう思えた。

あの朝、泣きすがる母を残しお病院を出たこず。

もっず䞀緒にいおあげればよかったずいう埌悔。

それが消えたわけではない。

それでも私は、「やるだけのこずはやった」ず、自分なりに区切りを぀けるこずができた。

その頃、若い頃には理解できなかった本の蚀葉が、驚くほど心に染み入るようになった。

本にも、人ずの出䌚いず同じように「読み時」があるのだず思った。

そしお私は、「目に芋えないもの」に぀いお考えるようになった。

サンテグゞュペリの『星の王子さた』に、

「倧切なものは目に芋えない」

ずいう蚀葉がある。

空気は芋えない。

けれど、確かに存圚しおいる。

愛や思いやりも芋えない。

けれど、人はそれを受け取り、䞎え、感じながら生きおいる。

母も、もう姿は芋えない。

けれど、今もどこかで芋守っおくれおいるような気がする。

あの時芋たトトロを、圓時、誰も信じおくれなかった。

母を迎えに来た船を、私は信じおあげられなかった。

けれど今は思う。

目に芋えないからずいっお、存圚しないずは限らない。

あの日、草むらから珟れた、ポクポクず歩く䞍思議な生き物も。

母が旅立ちの前に芋た、あのお迎えの船も。

本圓のずころはわからない。

ただ、そういうものがあるのかもしれないず思うだけで、この䞖界は少しだけ優しく芋える。

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