
葬式
道楽モンの祖父がいた。彼は若い頃は馬賊になると言って中国大陸に渡り、終戦後は麻雀や競艇に明け暮れていた。なんなら、1人であちこち海外に遊びにも行っていたが子どもだった私は何しに行っていたのかは知らない。
そんな彼が亡くなった時の話。最後の方は、病室から見える木の上に人がいて手を振って呼ばれてるなどとホラーなことを言っていたが、安らかに死んでいった。
葬式となった時、某宗派の坊さんがやってきた。挨拶を済まし準備に入る。
『あっ、ちん忘れた』
もしかしたら、『りん(お鈴)』と言ったのかもしれないが『ちん』としか聞こえなかった。
困ったなと言いつつ、『なにか叩くものないですかね?』と言われ喪主の妻がガラス製の灰皿を渡した。
『いやいや、さすがに吸殻入れはちょっとね〜』
すかさず、喪主の弟が茶碗を差し出す。
『あっ、これいいな』
いいかあ?と子ども心には思ったが、坊さんが言うならいいのかと割り切った。
『叩くものないかな』
また、喪主の妻が赤ボールペン差し出す。
『ちょうどええがな』
りんの位置には茶碗を置き、撞木の代わりに赤ボールペンを握った状態で読経が始まった。
『なんたらかんたら〜』
と坊さんが唱えて、茶碗を赤ボールペンで叩いた。
『コチン』と全く奥行きもなく軽い音が出た。
みんな思わず吹き出した。
その後も『なんたらかんたら〜』『コチン』
『なんたらかんたら〜』『コチン』
が続く。当時流行っていたドリフターズのコントのような空間。
横見ると、従姉妹のきれいなお姉ちゃんが正座が崩れ、スカート捲れた状態でヨダレ垂らして笑ってた。
喪主も、喪主の妻も喪主の弟も、親戚縁者一同がヒーヒー言いながら笑っていた。悲しみの涙ではなく笑いすぎて泣いている。
もちろん、私も泣いていた(面白くて)
葬式が終わったあとに、
喪主が『ボート好きなじいさんに赤ボールペンはぴったりでした。』
というと坊さんも『故人らしい形でおくれましたね、』となんかいい風な話を始めた。
いや、そもそも忘れたあんたが悪いんやからな。と内心でつっこみを入れた。
故人の子どもたちや孫といった近しいものは、坊さんが帰った後も大笑いしていたが、私がよく知らない遠い親戚はすごく怒っていた。
葬式に行くたびに、この坊さんを思い出すがまだご存命なのだろうか。