
モグラとウツボ⑰【居場所と視野】
直人はもう、ほとんど学校を休まなくなっていた。
「ここの英会話、月に3回になったよ」
「そうか。ほとんど週末だしな」
「会えなくて寂しいでしょ?」
直人は生意気な笑顔で聞く。
「そうでもない。こっちも結構忙しいんだ」
「そうなの?」
「見栄を張りました」
竜司は自分で言って笑った。
直人もつられて笑う。
「でもさ、ここ来れないのはちょっと寂しいな。竜司くんと話すの楽しいし」
「それはどうも。学校はどうなんだ?」
「うん。ちょっと友達もできた」
前より少しだけ、自信のある顔だった。
「家以外に居場所があるってのは大事なんだぞ」
「どうして? 家だけじゃダメなの?」
「ダメじゃない。家が居心地いいのはすごく幸せなことだ」
竜司は少し考えてから続ける。
「でもな、家の中だけにいると、その家のルールとか価値観が“世界の全部”になりやすいんだ」
「価値観?」
「家で当たり前だったことが、外じゃ違ったりするってこと」
「例えば?」
「ゲームは一日一時間って家もあれば、好きなだけやっていい家もある」
「あー、それあるな」
直人が笑う。
「どっちが正しいって話じゃない。色んな考え方があるって知ると、少し視野が広がる」
「視野って?」
「比べるものがあって、初めて見えることがあるってことだよ。自分に合うものとか、逆に嫌なものとかな」
直人は少し考え込む。
「たしかに、竜司くんと話すようになってから、前より考えること増えたかも」
「それが良かったのかは分からんけどな」
「たぶん、良かったよ」
直人はニヤニヤしながら言う。
竜司は少しだけ目をそらした。
「家から出てみるとな、家って“帰る場所”になるんだ」
「そうなの?」
「でも、ずっと閉じこもってると、家は時々“牢獄”にもなる」
「それは大げさだよ」
直人は笑った。
竜司も少し笑う。
「……そうでもない」
短く返した声は、少しだけ重かった。
直人は、それ以上は聞かなかった。
しばらく沈黙が続いたあと、直人が口を開く。
「竜司くんの居場所は?」
竜司は少し考える。
窓の外を見て、それから苦笑した。
「探してる途中だよ」
「まだ見つかってないの?」
「たぶんな。でも、少しは外を見るようになった」
直人は満足そうに頷く。
「じゃあ大丈夫だね」
「何がだよ」
「なんとなく」
直人は立ち上がり、鞄を肩にかける。
「また来るね」
「おう。俺いないかもしれんけどな」
「いそうな日に来るよ」
直人は笑って階段を降りていった。
足音が遠ざかり、部屋が静かになる。
竜司はしばらく動かず、その静けさを聞いていた。
それから机の上に目をやる。
隅に積まれた履歴書。
竜司はその中の一枚を手に取った。
窓の向こうは、思ったより明るかった。