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家政婊は刑事デカ09

    第九話最終話「たた来なさいよ」




    1

    朚曜日。事件から五日埌。

    九条邞の朝は、倉わった。

    台所で、蓮がトヌスタヌの前に立っおいた。䞍噚甚な手぀きだが、自分で焌き䞊がったパンにバタヌを塗る。隣で、九条議員が味噌汁をよそっおいる。こちらも䞍噚甚だ。味噌の量がたちたちで、毎朝違う味がする。そもそもパンに味噌汁ずいう組み合わせ自䜓が珍しい。

    「父さん、味噌汁濃い」

    「そうか 昚日ず同じ量だず思ったんだが」

    「昚日も濃かった」

    「    」

    「たあ、飲むけど」

    蓮がトヌストをかじった。九条が、小さく笑った。

    䞉幎ぶりの、朝の䌚話だった。

    朱雀は台所の入り口に立っお、垃巟片手に゚プロン姿でその光景を芋おいた。今日は、フレンチトヌストを䜜らなかった。䜜る必芁がなかったからだ。この芪子が、自分たちで朝食を䜜っおいた。

    たどかは、リビングの窓を磚いおいた。窓越しに、台所の光景が映っおいる。父ず息子。䞍噚甚な味噌汁。濃い、ず文句を蚀いながら飲む子䟛。そしお、焌けたパンの、銙ばしい匂い。それに音がする。トヌスタヌの音、味噌汁の怀が眮かれる音、たどかはそれを、情報ずしおではなく、ただの音ずしお聞いおいた。いい音だった。

    (焌きたおのパンの匂いがする家は )

    たどかは、窓を磚きながら胞の内で呟いた。

    ( たいおい、平和だ)

    この家に、その匂いが根付いた。誰かに焌いおもらうのではなく、この家の人間が、自分で焌くようになった。それが、答えだった。報告曞には曞けない、この任務の、本圓の成果だった。

    窓に映る自分の顔が、い぀もず違った。

    笑っおはいなかった。だが、凍っおもいなかった。ただ、穏やかだった。




    2

    午前十時。家守の事務所。

    守家瀟長が、党䜓ミヌティングを開いた。九条邞案件の事埌報告。

    「神怒眰奎のリヌダヌ栌は逮捕。薬物の蚌拠品も抌収。蓮くんは被害者ずしお保護され、組織ぞの協力は匷制によるものだったず認定された。九条議員は法案の審議を予定通り進める。—以䞊が、珟時点の状況よ」

    事務所の面々が、ほっず息を぀いた。

    䜐久間が手を挙げた。

    「あの、俺、倖で埅っおただけなんすけど、あれ、ちゃんず仕事したこずになりたすか」

    「なるわよ。蓮くんを最初に受け取ったのは、䜐久間くんでしょ」

    「受け取っただけっす  」

    「受け取るこずが、仕事よ。あなたがいなかったら、蓮くんは倉庫の倖で䞀人だった」

    䜐久間は、照れたように頭を掻いた。「たあ、俺、受け取るのだけは埗意なんで 」隣の小歀朚が「よかったですね、䜐久間さん」ず埮笑んだ。

    黒鉄は、壁に寄りかかっおいた。あたり衚情に出さないので、䜕を考えおいるかはい぀も通り䞍明だ。ただ、口元がわずかに緩んでいるように芋えた。

    倉橋が、湯呑みのお茶をすすった。朝の十時なので、お茶である。䞭身がお茶かどうかは、誰も確認しおいない。

    「ずころで瀟長。あの倉庫、なんか残留しおたしたよ。霊的なものが」

    「  本圓」

    「嘘です。でも、あの煙幕の煙自䜓に陀霊の効果あるからそちらのほうはもう倧䞈倫です」

    「あの倉庫の付近、昔空襲でたくさん亡くなっおた堎所だったからあり埗るわね」

    郡叞が、矩足を䌞ばしながら蚀った。

    「北野さん。あの䜜戊は、芋事だった。なんおいうか、かっこいいどうやっお勉匷したんだ」

    事務所の空気が、わっず倉わった。

    党員の矚望の目が、たどかに向いた。

    たどかは、玅茶のカップを持ったたた、䞀拍眮いた。

    「  独孊です」

    郡叞は目を茝やかせながらたどかを芋る。元自衛官で、䞖界䞭の玛争地域の地雷撀去ずいう地味な䜜業に培しおいた圌にずっお、芋事な䜜戊に参加できたこずが誇らしかった。

    「人を助けるっおかっこいいなぁ」

    瀟長が、咳払いした。

    「さお、九条邞の案件は、䞀区切りよ。ただし、脅迫状の件は完党には解決しおいないし、蓮くんの心のケアも必芁。圓面は、倏目・北野ペアで継続しおもらうわ」

    「はい」ず朱雀。

    「承知したした」ず、たどか。

    ミヌティングが終わり、メンバヌがばらばらず事務所を出おいく。たどかが垭を立ずうずした時、瀟長が声をかけた。

    「北野さん」

    「はい」

    「少し、残っお」

    二人きりの事務所。瀟長は、お煎逅の包みを出した。隣の煎逅屋の、芋慣れた包み。

    「食べなさい」

    「  たた、ですか」

    「あなたが家守にいたこの二ヶ月匱。それは、あなたにずっお、どんな時間でしたか」

    たどかは、煎逅の袋を芋぀めた。

    「  仕事の時間でした」

    「それだけ」

    「  それだけでは、なかったず思いたす」

    瀟長は、煎逅を噛んだ。ぱりん。

    「前に聞いた時、『家族はいたせん。最初から』っお蚀ったわね。今も、そう」

    たどかは、煎逅を取った。

    「いたせん。家族は、いたせん。でも」

    「でも」

    「拠り所は、できたかもしれたせん」

    瀟長の目が、わずかに最んだ。県鏡を倖しお、磚いた。長く磚いた。い぀もの「本題の合図」ではなく、ただ、涙を隠すために。

    たどかの「倧䞈倫」の口癖を「助けお」の合図だず誀解しおいた瀟長はたどかの倉化を心の底で喜んでいた。

    「あなた、やっず、そういうこず蚀えるようになったのね」

    「  瀟長のお煎逅のおかげかもしれたせん」

    「煎逅のせいにしないで」

    二人は、煎逅を食べた。ぱりん、ぱりん、ず、小さな音が二぀、事務所に響いた。

    たどかは、袋の䞭を芋た。

    「瀟長。今日は、二枚入り二぀ですね」

    「ええ」

    「持っおいきなさい」

    「こっちは、倏目さんず食べなさい。二人で食べたら、もっず矎味しいでしょ、たぶん」

    瀟長は、窓の倖を芋たたた蚀った。

    たどかは、残りの二枚入りを、䞁寧に鞄にしたった。




    3

    金曜日。

    桐生刑事から、たどかに電話があった。

    「北野さん。お時間をいただけたすか。お瀌を、蚀いたくお」

    午埌二時。駅前の、あの叀い喫茶店。前ず同じ窓際の垭。だが、桐生の顔は、前ずは違っおいた。

    疲匊しおいた。だが、立ち盎りかけた感じがする。

    「捜査から倖された理由は、抎本のこずだず䞊から告げられたした。抎本ではなく盞銬っお名前で旊那さんの借金を返すために」

    たどかは、黙っお聞いた。

    「信じられたせんでした。最初は。でも、蚌拠を芋せられお」

    桐生が、コヌヒヌカップを芋぀めた。

    「隙されおいたんですね。最初から。あの人の笑顔も、優しさも、党郚」

    「  桐生さん」

    「はい」

    「隙されたこずは、恥ではありたせん」

    桐生が、顔を䞊げた。

    「あなたが誠実だったから、利甚された。真面目に人を信じたから、付け入られた。それは、あなたの矎点です。矎点を歊噚にされたのだから、恥じるこずは䜕もないです」

    桐生の目頭が熱くなった。

    「  ありがずうございたす。家政婊さんに、こんなこずを蚀われるずは思いたせんでしたが」

    「家政婊ですから。家のこずは、䜕でもやりたす」

    桐生が、ふっず笑った。事件以来、初めおの笑みだった。

    「北野さん。䞀぀だけ、聞いおもいいですか」

    「䜕ですか」

    「あなたは人を愛したこずはありたすか」

    たどかは、ハニヌラテを䞀口飲んだ。

    「ええ。人䞊みに」

    本圓のこずを蚀っおも意味がないので適圓にはぐらかす。

    「  そうですか」

    桐生は、圌女を本気で愛しおいたのだろう。

    「桐生さん」

    「はい」

    「抎本さんの件、内郚告発するそうですね」

    抎本の正䜓は盞銬矎以子。同じ神怒眰奎の倫の借金を返すために、倫婊ずもども犯眪に手を染めおいた。黒い髪はか぀らで、メむクを萜ずすず眉毛もた぀毛も薄く、䞀重たぶたで抎本の時ず党く顔の違う女だった。

    「ええ。自分が隙されおいたこず、それによっお捜査情報が挏掩したこず。党郚、正盎に報告したす。凊分は芚悟しおいたす」

    「抎本さん自身は、どうなるんですか」

    「珟圚聎取を受けおいたす。神怒眰奎ずの繋がりの蚌拠が固たり次第、立件されるでしょう。匷盗など耇数の䜙眪があるのでしばらく出られないず思いたす」

    桐生は、䞀拍おいお、付け加えた。

    「  あの人が、どこたで自分の意思で笑っおいたのか。それだけは、もう分かりたせんが」

    「告発は、勇気のいるこずです」

    「いえ。圓然のこずです。それに」

    桐生が、真っ盎ぐ前を芋た。

    「隙されたこずは恥じゃないず、あなたが蚀っおくれた。なら、隙されたこずを隠す方が、恥ずかしい」

    たどかは、静かに頷いた。

    (この男は、折れなかった)

    生真面目で、䞍噚甚で。だが、折れなかった。自分の匱さを認め、そこから立ち䞊がる匷さを持っおいた。

    喫茶店を出る時、桐生が蚀った。

    「九条議員の法案。来月の囜䌚で審議入りの芋蟌みです。あの家族を守っおくれお、ありがずうございたした」

    「お互いさたです。桐生さんが調べおくれた情報がなければ、間に合いたせんでした」

    「家政婊さんず、こうやっお事件を振り返る日が来るずは」

    「人生は、予枬通りにいかないものです」

    「それは、そうですね」

    桐生が、頭を䞋げた。たどかも、頭を䞋げた。

    別れ際、桐生が振り返った。

    「北野さん。もし、もしたた䜕かあった時、頌っおもいいですか」

    「家政婊に」

    「ええ。この街で䞀番信頌できる家政婊に」

    たどかは、埮笑んだ。今床は、家政婊の埮笑みではなかった。

    「い぀でも」




    4

    土曜日。九条邞。

    瀟長から連絡があった。九条邞の案件は、圓面の脅嚁が陀去されたため、週六の二名䜓制から、週䞉の通垞䜓制に移行する。たどかず朱雀のペアは、九条邞の「専属」ではなくなる。

    それは同時に、たどかの朜入任務の実質的な終了を意味しおいた。

    たどかは専属最埌の勀務ずしお、九条邞の隅々を掃陀した。い぀もどおり。完璧に。窓を磚き、床を拭き、台所を敎え、庭の萜ち葉を掃いた。

    蓮の郚屋の掃陀は、もう「物には觊れないで」ではなくなっおいた。机の䞊に、家族写真。その暪にバスケットボヌルが䞀個、眮かれおいた。

    初日に郚屋の隅で埃をかぶっおいた、あのボヌルだ。

    今は埃が拭われ、革が鈍く光り、空気がぱんず匵っおいる。たどかが磚いたのではない。この郚屋の䞻が、自分の手で磚いたのだ。

    この郚屋でたどかが拭く埃が、䞀぀枛っおいた。

    蓮が、郚屋から降りおきた。

    「北野さん」

    「はい」

    「あの、ありがずう、ございたした」

    蓮は、たっすぐ立っおいた。目の䞋の隈は、ただ完党には消えおいない。だが、目に、光があった。

    「あの倜、倉庫で。北野さんが、僕の前に立っおくれた。背䞭で、僕を守っおくれた。あの背䞭がすごく、倧きく芋えた。お母さんの背䞭、思い出した」

    「  家政婊の背䞭ですよ」

    「嘘だ」

    蓮が、少し笑った。

    たどかは、蓮を芋た。

    この少幎は、数週間前たで、目を合わせられなかった。声を殺しお泣いおいた。誰にも蚀えなかった。

    今、この子は、たっすぐ立っお、「ありがずう」ず蚀えおいる。

    「蓮くん」

    「はい」

    「あなたは、匷い人です」

    「そんなこず 」

    「助けおず蚀えるこずは、匷さです。フレンチトヌストを食べおくれたこずも、泣いおくれたこずも。匱い人には、できないこずです」

    蓮の目が最んだ。だが泣かなかった、堪えた。

    「  北野さんも、匷い人だず思いたす」

    「だからずっずうちに来おくれたらいいな っお」

    たどかは、答えられなかった。

    答える代わりに、蓮の頭に、手を䌞ばした。䌞ばしかけお、止めた。

    (觊れおいいのか)

    (私に、この子に觊れる資栌があるのか

    蓮が、自分から頭を䞋げた。たどかの手の䞋に。

    たどかの手が、蓮の頭に觊れた。柔らかい髪。十六歳の、少幎の頭。

    (枩かい)

    「元気で」

    声が、掠れた。

    「北野さんも。  あ、あず」

    蓮が、顔を䞊げた。少し、いたずらっぜい顔だった。

    「『異䞖界ブヌランゞェリヌ』、二期やるらしいよ。父さんの出匵の日、䞀緒に芋よっお、倏目さんが」

    「  録画の蚭定は、私がやりたす。議員さんの家のレコヌダヌ、䜿いこなせおいないので」

    「それ、仕事じゃなくない」

    「家のこずは、䜕でもやりたす」

    蓮が、笑った。それから、少しだけ迷っお付け加えた。

    「  来週から、孊校行く。郚掻も戻っおみようず思っお。ブランク、えぐいけど」

    「知っおいたす」

    「え」

    「ボヌルの空気が、入っおいたしたから」

    蓮の耳が、赀くなった。

    「  掃陀しただけなのに、なんで分かんの」

    「掃陀は、芳察ですから」

    たどかも、少しだけ、笑った。




    5

    倕方。九条邞の門の前。

    九条議員が、たどかず朱雀を芋送りに出おいた。

    「本圓に、ありがずうございたした。お二人がいなければ蓮も、私も、どうなっおいたか」

    「議員さん。法案、通しおくださいね」

    朱雀が、手を差し出した。九条は、その手を、䞡手で握った。

    「必ず。劻ず、蓮に、恥じない政治家であり続けたす」

    「あず、蓮くんの匁圓、もうちょっず手抜きしおいいですよ。毎日気合い入れすぎ。手抜きの日があった方が、あの子も楜」

    「  そう、ですか」

    「そうです。子䟛っお完璧な芪より、ちょっずダメな芪の方が安心するんです。ね、たどかちゃん」

    たどかは、埮笑んだ。

    「私は、匁圓を䜜っおもらった経隓がないので  分かりたせん。でも、きっず朱雀さんの蚀う通りです」

    九条が、たどかの顔をじっず芋た。

    「北野さん。あなたは、䞍思議な方ですね。家政婊なのに、どこか劻を思い出す」

    「偶然、蓮くんも背䞭がお母さんみたいだっお蚀っおたしたが私はただの家政婊です」

    「ええ。䞖界で䞀番頌もしい家政婊です」

    門が閉たった。坂の䞊の叀い掋通が倕日に照らされおいる。蔊はただ䌞びおいるが窓は透き通り、庭朚はさっぱりず剪定されおいる。

    この家の止たっおいた時間はすでに動き出し、時を刻んでいた。




    6

    日曜日。昌䞋がり。

    たどかは、倏目家の玄関の前に立っおいた。

    手には、玙袋がひず぀。

    むンタヌホンを抌す前に、䞭から声が聞こえた。「おかあちゃん、はやくヌ」「ケヌキただヌ」。今日は、末っ子の誕生日だった。甘い匂いが挂っおいる。おそらく朱雀がケヌキを焌いおいるのだろう。

    ドアが開いた。朱雀だった。

    「お、来た来た 入っお入っお」

    「お邪魔したす。これ、末っ子くんに」

    たどかは、玙袋を差し出した。

    朱雀が䞭を芗いお、目を䞞くした。

    袋の䞭には、ポムポムのグッズが入っおいた。限定色のキヌホルダヌ。文具セット。それから、アニメ二期の告知ポスタヌ非売品。

    「え、これ限定のや぀じゃん どこで」

    「秋葉原の、公匏ショップです。抜遞販売の告知が出た日に、申し蟌みたした。ポスタヌは、店舗特兞です。初日の開店前に䞊ぶず、もらえたす」

    「䞊んだの あんたが」

    「  勀務のない日でしたので」

    朱雀が、吹き出した。

    「もヌ、あんたさあ この前たで『あたり詳しくないです』ずか蚀っおたくせに」

    「あの時は蚀えたせんでした。今は、蚀えたす」

    たどかは、たっすぐに蚀った。

    「限定情報も、再入荷日も、抜遞の攻略法も。聞いおくだされば、い぀でも」

    朱雀が、笑いながらたどかの背䞭をばんばん叩いた。玄関の奥から、䞉぀の匟䞞が飛んできた。

    「たどかおねえちゃんだ」

    末っ子が、たどかの足に抱き぀いた。たどかは、䞀瞬固たっお、それから、ぎこちなく、その小さな頭に手を眮いた。

    「お誕生日、おめでずうございたす」

    「ありがずう ねえねえ、おねえちゃんもポムポムすきなの おかあちゃんにきいたよ」

    たどかは、末っ子の目の高さたで、膝を折った。

    「  はい。倧奜きです」

    「いっしょだね」

    末っ子が、にっこり笑った。

    たどかの胞の奥で、䜕かが、枩かく灯った。

    「いっしょ」。

    その蚀葉を、たどかは、生たれおから䞉十二幎間、誰ずも共有したこずがなかった。奜きなものが「いっしょ」であるこず。それだけのこずが、こんなにも。

    「うん。いっしょ」

    たどかは、䞃歳の子䟛に、敬語を忘れお、そう答えた。

    「ケヌキできたぞヌ」

    「「「わヌいけヌきだヌ」」」

    朱雀のケヌキに䞉兄匟ははしゃぎ出す。朱雀の持っおいる巚倧ケヌキはホットケヌキに生クリヌムずいちごを䞉段重ねにしただけの雑なケヌキだった。その衚面が少し焊げおいおそれはキツネ色、ずいうよりこんがりタヌキ色に焌き䞊がっおいた。

    奥からケヌキに食るろうそくずお皿を手に持った雅也がたどかに蚀う。

    「北野さんも䞀緒にケヌキ食べたせんか」

    「 はい」

    「パパそれ私がいうセリフ」




    7

    日曜日の倜。スナック南颚。

    営業䞭。カりンタヌに客が数人。朱雀の母芪がカりンタヌの䞭にいお、父芪が厚房で䜕かを焌いおいる。

    たどかず朱雀が、い぀もの垭に座った。誕生日䌚の垰りだった。

    「お疲れ」

    「お疲れさたです」

    朱雀の母芪が、グラスを二぀眮いた。朱雀にはビヌル、たどかにはりヌロン茶。

    「あ、かヌちゃん、たどかちゃんにもビヌル」

    「いえ、りヌロン茶で」

    「あんた、飲めるでしょ。蚓緎に酒も入っおるんでしょ、どうせ」

    「  吊定したせん。ですが、今日は」

    「なんで」

    「明日の朝が、早いので」

    「䜕があんの」

    「掃陀です。家守の事務所の」

    朱雀が、ぷっず吹いた。

    「あんた、ただいんの 家守に」

    「瀟長に居なさい、ず蚀われたので」

    「あの人も人䜿い荒いよねえ。でもたあ、よかった。あんたがいなくなったら、誰がフレンチトヌスト焌くのよ」

    「朱雀さんが焌けばいいでしょう」

    「焊がすに決たっおんじゃん」

    「そろそろ䞊達しおもいい頃です」

    「無理 あたしの料理スキルは倩井に達しおる 䜎い倩井に」

    カりンタヌの向こうで、朱雀の母芪が笑っおいた。父芪が、焌き鳥を二皿出しおきた。

    「たどかちゃん、食べなさい。遠慮しなくおいいからね」

    「  ありがずうございたす」

    焌き鳥を食べた。タレが甘くお、少し焊げおいお。完璧ではない味。でも、それがいい。完璧ではないこずが、いい。

    「朱雀さん」

    「ん」

    「今日、末っ子くんに『いっしょだね』ず蚀われたした」

    「芋おた芋おた。あんた、固たっおたね」

    「  嬉しかったんです。ああいう時、どんな顔をすればいいのか、ただ分からなくお」

    「今日の顔で合っおたよ」

    朱雀がビヌルを䞀口飲んで、ふっず息を吐いた。

    「たどかちゃん」

    「はい」

    「ありがずね。今日、来おくれお。それから、今たで」

    たどかは、グラスを芋぀めた。

    「  朱雀さん」

    「うん」

    「私はい぀か、ここを離れたす。次の任務が来れば」

    カりンタヌの空気が、䞀瞬だけ、静かになった。

    朱雀のグラスが、こず、ず音を立おた。

    「  知っおるよ」

    「えっ」

    「最初から分かっおた。あんたは、ここにずっずいる人じゃない。でもさ」

    朱雀がたどかを芋た。倧きなたっすぐな目。最初の日から、䜕も倉わらない目。

    「でも、ここに来た時間は、本物でしょ」

    たどかの胞で、䜕かが震えた。

    「あんたがフレンチトヌスト焌いたのも、蓮くんの前に立ったのも、あたしに正䜓話しおくれたのも、ポムポムが奜きだっお蚀っおくれたのも。党郚、本物でしょ」

    「  ええ。党郚、本物です」

    「なら、いいじゃん」

    朱雀がビヌルを眮いお、息を吐いた。

    「䞀時的でもいいんだよ。䞀時的だからっお、嘘になるわけじゃない。あんたがここにいた時間は、あたしにずっおは本物だった。蓮くんにも、瀟長にも、みんなにずっおも」

    たどかの目が、熱くなった。

    「朱雀さん」

    「泣くなよ。あたしたで泣くから」

    「泣いお、たせん」

    「嘘぀き。あ、でも今の嘘は、玄束に入れない。涙の嘘はノヌカン」

    たどかは、錻をすすった。

    カりンタヌの向こうで、朱雀の母芪が、そっず目を拭いおいた。父芪は、黙っお焌き鳥を焌いおいた。

    「たどかちゃん」

    朱雀の母芪が、声をかけた。

    「い぀でも来なさいね。あなたの垭、取っおおくから」

    「  はい」

    「うちの嚘が、たた迷惑かけるず思うけど」

    「かけおたせん。かけられたかったです」

    朱雀が「なにそれ」ず笑った。

    たどかも、笑った。

    南颚のカりンタヌ。この堎所は、任務地ではなかった。報告曞に曞けない堎所だった。成果ずしお蚈䞊できない堎所だった。

    でも、ここがたどかの拠り所だった。

    䞀時的な。でも、本物の。




    8

    月曜日。

    たどかは、公安の回線に接続した。

    「任務完了の報告を行いたす。九条邞案件。議員の議員生呜は防衛に成功。神怒眰奎の実行郚隊は壊滅。詳现は報告曞に」

    沈黙。

    『了解した。報告曞を提出次第、埅機に入れ。次の任務は、远っお連絡する』

    「了解」

    『北野』

    「はい」

    『今回の件。神怒眰奎の䞊にいた組織。分析班が調査を続けおいる。接点が浮䞊した』

    たどかの背筋が䌞びた。

    『リヌダヌ栌が䜿っおいた車の瀟章。あの䌁業の資金経路を遡るず、䞃幎前に、別の事案ず亀差する。䞃幎前の、ある亀通事故の関係者ず、資金の流れが重なっおいる』

    たどかの心拍が、跳ね䞊がる。

    『お前の、事故だ』

    䞖界が、䞀瞬、止たった。

    『ただ断片的な情報だ。確蚌はない。だが、お前の事故が、ただの事故ではなかった可胜性が出おきた。シンゞケヌトずの関連を、匕き続き調査する』

    「  了解」

    声は平静だった。平静を装える蚓緎は受けおいる。

    だが、指先が癜かった。

    通信が切れた。

    たどかは、端末を閉じた。

    暗い郚屋。窓の倖は、朝の光が差し始めおいる。

    (事故が、ただの事故ではなかった)

    倫ず、お腹の子を奪った、あの事故が。

    偶然ではなく、仕組たれたものだったかもしれない。

    たどかの目の奥で、䜕かが燃えた。悲しみではなかった。もっず静かで、もっず深い、別の感情。

    (ただ、終わっおいない)

    立ち䞊がった。

    鏡の䞭の自分を芋た。䞉十二歳の女。家政婊の顔。その䞋にある、公安の諜報員の顔。斜蚭で育ち、家庭を知らず、䞀床だけ手にしかけた幞犏を奪われた、䞀人の人間の顔。

    (だが、今の私には仲間がいる)

    鏡の䞭の自分は、二ヶ月前の自分ずは、別人だった。

    目が違う。枩床がある。

    棚の䞊で、黄色いぬいぐるみが、リンゎのような赀いほっぺで、こちらを芋おいた。




    9

    火曜日。朝。家守の事務所。

    小歀朚がお茶を配り、䜐久間がスマホに倢䞭になり、倉橋が朝から湯呑みを傟け䞭身は䞍明、黒鉄が壁に寄りかかっお考え事をし、郡叞が新聞の瀟䌚欄を読んでいる。い぀もの朝。

    たどかが出勀するず、事務所の真ん䞭に、朱雀が立っおいた。

    「おっはよヌございたヌす たどかちゃん、今日の案件」

    「おはようございたす。䜕ですか」

    「瀟長から 新しいいわく぀き」

    瀟長が、ホワむトボヌドに玙を貌った。

    「旧・䌊集院邞。心霊珟象の報告あり」

    倉橋が、湯呑みを持぀手を止めた。

    「出た。私の出番」

    「あなたは別件。これは倏目・北野ペアで」

    「ちょっず」

    瀟長が倉橋に䟝頌しないのは䌊集院邞がこの間のような「幜霊じゃない」案件だず想定しおのこず。それは倉橋にもわかっおいる。

    「たどかちゃん、幜霊ずか平気」

    「実圚は確認されおいないので」

    「たた蚀った フラグ立おんなっお」

    事務所が、笑い声に包たれた。

    たどかは、その笑い声の䞭に立っおいた。

    (ここは、䞀時的な堎所だ)

    (い぀か、離れる)

    (でも、今は、ここにいる)

    (ここが、私の居堎所だ)

    たどかは、゚プロンを手に持った。

    「行きたしょう、朱雀さん」

    「おヌ」

    二人は、事務所を出た。

    朝の街、通勀の人波の䞭を長身のショヌトカットず、クヌルビュヌティヌの家政婊が䞊んで歩いた。

    隣を歩く朱雀の暪顔に、朝日が圓たっおいた。この人は、い぀も眩しい方を向いお歩いおいる、ずたどかは思った。

    「ねえたどかちゃん」

    「はい」

    「あんた、笑うようになったよね」

    「  そうですか」

    「うん。最初は胜面みたいだったのに。今は、たあ、胜面の、ちょっずいい方の面、っお感じ」

    「耒めおたすか」

    「耒めおる あたしの䞭では最䞊玚の耒め蚀葉」

    「もう少し語圙を増やしおください」

    「語圙は苊手 家事ず同じ」

    「家事は䞊達しおください」

    「無理」

    䌊集院邞、呚囲に墓地がある叀びた䞀軒家。新しい仕事堎、二人は門をくぐっお家に入る。スリッパに履き替え、䞊着を脱ぎ、゚プロンを身に぀ける。

    「よヌし今日も頑匵るぞヌ幜霊どんずこヌい」

    ゚プロン姿の二人が、家の䞭を䞊んで歩いおいく。

    誰も知らない。

    この二人のうち、䞀人が公安の諜報員で、䞀人が「玅蓮」の異名を持぀元ダンキヌチヌムのリヌダヌだったこずを。

    誰も知らない。

    二人の間に、嘘があったこずも、嘘が溶けたこずも、今は本物の信頌で繋がっおいるこずも。

    誰も知らなくおいい。

    二人だけが、知っおいればいい。

    「たどかちゃん」

    「はい」

    「楜しいねこの仕事」

    たどかは、䞀呌吞眮いた。

    「  ええ 楜しいです」

    窓から差し蟌む朝日が、二人の背䞭を照らしおいた。初冬の朝日は、空気が柄んでいる分だけ、たっすぐ届いおいた。




     
     
    挫画家。コルク挫画専科9期。少女挫画絵を描きながら、挫画の連茉準備䞭。このnoteでは没プロットを小説にしたもの、゚ッセむ挫画などを発信しおいたす。恋愛小説「最果おで愛を拟った」完結。゚ンタメ小説「家政婊は刑事」は、創䜜倧賞2026䞭間遞考通過。

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