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ラ・プラタ川のほとり

    アルゼンチンタンゴを「アルゼンチン」と国名付きで呼ぶのは、いろいろある「タンゴ」を区別するためなんですが、この呼び方、まったく問題がないってわけでもないんです。
    (タイトルイメージ from El Pais, Montevideo Tango Festival)

    「タンゴはアルゼンチンのものなんて、大ウソだ。アルゼンチン人はね、宣伝がうまいから、みんなだまされるんだ。考えてもみなよ、カルロス・ガルデルはウルグアイ人だぜ!」

     ウルグアイの首都モンテヴィデオのピザ屋のおっちゃんは憤懣やるかたなし、という表情でまくしたてます。いや、ちょっと待っておっちゃん、それはフェイクニュースだ。大タンゴ歌手ガルデルは、幼時にフランスからアルゼンチンにやってきた移民で生まれはトゥールーズ、のはず。(ウルグアイ生まれというフェイクニュースの出所に関してはこちら)。

     でも、おっちゃんの、そして多くのウルグアイの人たちの不満には全く根拠がないわけではありません。

     現在、日本を含めた多くの国で「アルゼンチンタンゴ」として親しまれている音楽とダンスは、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスとウルグアイの首都モンテヴィデオを含むラ・プラタ川河口部で19世紀末から20世紀初頭にかけて出来上がりました(関連記事はこちら)。

     ウルグアイのタンゴへの貢献は枚挙にいとまのないくらいですが、例えば、超有名曲「ラ・クンパルシータ」の作曲者はウルグアイ人の Gerardo Matos Rodríguezで、作曲されたの初演もモンテヴィデオ。その他にも、タンゴマニア20世紀初頭の大流行に火をつけたオルケスタのリーダーで作曲家のフランシスコ・カナロがウルグアイ人、ピアソラに詞を提供したことでも有名な詩人のオラシオ・フェレールもお父さんがウルグアイ人でモンテヴィデオで育った……って知らなかった~、と言ったら、またおっちゃんに叱られそう。

     私は知らなくても、世界はウルグアイの貢献を無視しているわけではなく、例えば、アルゼンチンの誇る文豪ボルヘスは「タンゴはアフリカ系モンテヴィデオの……ルーツを持つ」と言ったそうですし、ユネスコ無形文化遺産にも、アルゼンチンとウルグアイの連名で「Tango」として登録されています。

     そう「Tango」。「アルゼンチン」なしの。

     だから、「アルゼンチンタンゴ」だけでなく「アルゼンチンの情熱のタンゴ」「アルゼンチンが世界に誇るタンゴ」等々の文言を見聞きする度に、ウルグアイの人たちがカチンと来るのもむべなるかな。うっかり「(モンテヴィデオに)アルゼンチンタンゴを踊りに来たの」などと言ってしまった観光客がピザ屋のおっちゃんに叱られたとしても、文句は言えないですね。

     でも「アルゼンチン」抜きだとやっぱり不便ですよ。「この曲はアルゼンチンタンゴじゃなくてコンチネンタルタンゴだよ」「いえ、私が踊っているのはボールルームダンスのタンゴじゃなくて、アルゼンチンタンゴなんです」……代わりにどう言ったらいいでしょうねぇ。その基になった? ラテンアメリカの? 顔パッパをしないタンゴ? う~ん、おっちゃん、どうしたらいい?
    ©2025 Rico Unno, CC BY-ND

     
     
    アルゼンチンタンゴ水先案内人。いろんな国でタンゴにかかわりン十年。踊ることはもちろん、タンゴを見る・聞く・話す楽しさを発信しています🌹

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