
Greed is good
映画『ウォール街』において、主人公マイケル・ダグラスことゴードン・ゲッコーが放った有名な台詞。
Greed is good 強欲は正しい
続編『Wall Street』において刑務所から出所してきたゲッコーは
「むかし私はgreed is goodと言って、世間からえらく叩かれたが、今はどうだ?誰もがgreedじゃないか」
と愚痴をこぼしている。
日本でもかつてホリエモンがフジテレビを買収しかかったとき
ホリエモンが「金で買えないものはない」と言ってえらくテレビメディアを中心に叩かれた。
しかし、いまはどうだろう?
金で買えない物はないと言って叩かれることはまずないのでは。
これは別に時代が変わったわけではない。
前々回の投稿でも書いた『白い巨塔』
この作品は野心家である主人公があらゆる手段を尽くして己の欲望を遂げてゆく物語だ。
物語のなかで国立大学医学部の人々が、さまざまな欲望に篭絡される場面が描かれている。
もちろんこれはフィクションなのだが、奇しくも先日、これを裏付けするかのような事案が東大医学部で発生している。
人々はこの作品のなかに社会の実像を観たからこそ共感を呼び反響が大きかったのではあるまいか。
この小説の連載がはじまったのは1963年だ。
ホリエモンを各局放送局が叩いたのは、フジテレビを守るために彼を叩き落とすべく倫理を用いたのであって、彼をテレビで叩いていた人は叩くことによってテレビ局からそれ相応の報酬(お金)を貰っている。
べつだん時代が代わったわけでもない。
しかしそれでも、時代は変わった、というよりひどくなっている。
世のなか金だ、金で買えないものは何もないと言っても過言ではない世の中になっていることには誰も否定できないだろう。
エプスタイン事件など、その象徴といっていい。
われわれはともすれば――
欲望は抑えるべきもの
と教わってきた。
これは仏教をはじめ、儒教ならびに各種宗教のほとんどがそういってきていることに起因している。
仏教、儒教の影響の色濃い日本においてはなおさらである。
じっさい江戸時代、幕府はその財政難を克服するために何度も禁欲を制度化してきている。
その名残がいまも残っていて、学校教育の現場では欲望は抑えるものとして教えまではしていないものの、その空気は維持しているはずだ。
なので――、
誰もが本音のところでは「世のなか金」と思っていても、
(じっさい選挙で選ばれる議員も政党もその資金力しだいなら、
選挙の争点も公約も金の話ばかり。アメリカの大統領は強欲の塊みたいな人だ。)
しかし、それを公言してしまうと人から叩かれる。
そんなことを言えば、他人にマウントを与える隙を見せることになると誰もが周知している。
だから、お互いをけん制し合うことでこの価値は今も維持されるという奇妙な拘束力を保ちつづけている。
ここにユングのいう元型があるとしかおもえないほどに…。
ところが――、である。
いまこの国で足りないもの、必要なもの、困っているものは何かといえば、
それはイノベーションなのである。
アベノミクスによって株価は上昇し、名目上の経済は回復した。
しかしこれを維持し、成長を続けるためにはイノベーションによるけん引が必要なのである。
でないと、いつまでも公共事業だよりで、そうなれば財源はひっ迫するばかりで減税どころではなくなる。
アベノミクス三本の矢の三本目にあたり、いまなお実現していない矢なのである。
アメリカはテック業界の躍進によってこれに成功している。
なのでトランプの横暴な要求に対して、各国が逆らえないでいるのはこのためだ。
日本に今もっとも必要なのはこのイノベーションなのだ。
そしてこのイノベーションに必要なのは何かといえば、
それが欲望なのだ。
イノベーションの原動力は人が必要とするもの、
というよりはむしろ欲するものなのだ。
人は己の欲望を満たすことに最もエネルギーを使う。
その欲望の先に新たな創造が生まれるのだ。
だから、もっと欲望を解放し、欲すところをさらけ出すことで、
何を作るべきか、生み出すべきかが視えてくる。
そこを抑え込んでいては、ずっとすべきことが視えてこないのだ。
じっさい倹約、禁欲の社会では経済は育たない。
経済は散財という贅沢のなかにもっとも成長する。
あるいは――、
親や教師は子供の欲を抑えてはいけないのかもしれない。
欲望こそが未来を切り開くのだから。
むしろ欲望を育まねばならない‥、のかもしれない。
新たな産業を生むのはいつも欲望なのだから。
と…、
「かもしれない」と書いてしまうところが、
私もその呪縛からまだ解かれていないということなのだろう。