蜂との遭遇
先日、玄関を出たら、何やら機械音がして
どこかで何かが作動しているのかとおもって
あたりを見回してみたら、
目のまえを大きな蜂がホバリングしていた。
ギョっとなって、思わず後ずさったものの、
蜂は私には目もくれず、玄関先の物干しにぶら下げてある箒にとまった。
そしてなにやら熱心にしはじめた。
私はその大きさと形態から即座にスズメバチだとおもい、
こんなところで巣でも作られてはかなわないので、
これを丸めた新聞紙か何かで叩き殺そうとおもった。
しかし、この蜂は真っ黒である。
スズメバチなら蜂特有の虎柄があるはずなのに、それがない。
そこで様子見もかねて、いったん家に戻って、
この黒い蜂について調べてみた。
しばらくしたらいなくなるかもしれないし、
できることなら無用な殺生はしたくなかった。
それに――、一昨年まえの夏のことである。
ふと玄関を出たら、黒いトンボが舞い上がった。
そのトンボは姿かたちはトンボなのに、
まるで蝶のようにひらひらと優雅に舞い上がる。
そして光の当たりかげんでときどき同体が青く光るのだ。
見たことのないトンボだった。
それでも、これはきっと瑞兆に違いないという直感があった。
それで、このトンボのことを調べてみたら、
このトンボは正式にはハグロトンボというのだが、
神様トンボとも呼ばれ、神の使いとも称されるらしく、
すこぶる縁起の良いトンボであることが判明した。
そんなトンボがうちの玄関にとまっていたとおもうと、
当然、悪い気はしない。
結局、何か良いことがあったのか?
と問われれば、別段、特筆すべき事態は出来しなかったが、
それでも、生まれて初めて見た神様トンボがうちの玄関にいたのだから
ずいぶんと良い気分にはなれた。
そんなこんなで、
この真っ黒な蜂にしてもひょっとすると瑞兆なのでは?
という淡い期待を抱いたしだいである。
それで、調べてみると、やはり、
スピリチュアル界隈では良い兆しではあるそうな。
やはりこれは殺すべきではないとおもった。
しかし、玄関先に大きな蜂の巣ができるのは困る。
蜂の正体もまだわからない。
クロスズメバチというのがいるのはいるのだが、
ふつうのスズメバチより小ぶりという。
うちの玄関にいるものは、まあまあ大きいので、
ちと違うようにもみえる。
そこでスマホで写真を撮ることにした。
もうどこかに飛んでいってしまっていることを期待したが、
蜂はやはりそこにいて、あいかわらず熱心に何かやっている。
いよいよ巣をつくりそうな気配だ。
はじめはビビッて遠巻きにしか撮れず、
ピントが上手く合わない。

写真を撮っていても、蜂は夢中で私に気づかない。
それで、何回も撮るうち、徐々に近づいて撮ることができた。

と、この写真を撮った直後のことである。
蜂は私に気づいて、ものすごい勢いで飛び去ってしまった。
やれやれ、これでどこかに行ったか。
ほっと一息ついて、
一応、この画像をAIに見せて、正体を訊いたら、
AIは、これはクマバチだという。
クマバチなら、背中に黄色い毛が生えてるはずだが、
この蜂は真っ黒じゃないか?
と問い直しても、AIはクマバチだと言い張った。
なんとも合点がいかなかったが、
確かに羽のたたみ方は他のどの蜂でもなくクマバチなのだ。
クマバチは木に穴をあけて巣をつくるらしく、
この画像はまさしく巣を作っている最中だという。
そしてクマバチは大人しく、
よほど刺激しない限り人を攻撃することはないうえに、
群れることなく単独行動である
ともAIは教えてくれたが、それでも玄関先に巣はさすがにいただけない。
何かのきっかけで玄関からうちに入られたら、
それこそ殺生を覚悟せねばならなくなる。
そもそも巣を作っているのは箒で、これでは箒が使えない。
それに、そのすぐ下にはゴミ箱が置いてあって、
いくら攻撃しないとはいえ、さすがにゴミ箱も怖くて使えなくなる。
このままどこかに飛んで行ってくれればいいのだが、
期待を胸に、しばらくして今一度玄関を開けてみると、
残念ながらいつのまにか彼女はやってきていて、
また箒を熱心にかじっている。
巣をつくるのはメスなのだそうだ。
ちなみにオスは毒針をもっておらず、メスは毒針をもっている。
暮れ方、もう一度様子を見に行ったときは彼女はもうそこにいなかった。
ほっと一安心した。
箒はすこしだけ掘られていた。
なにがなんでも巣を作る気らしい。
次の日の朝、やはり彼女はやってきて一所懸命箒を掘り始めた。
木ならそこらじゅうに生えているというのに、
なんでうちの玄関にある箒のコーティングを破ってまで巣を作らにゃならんのか?
彼女に問うても、彼女は一心不乱に作業に夢中で答えてくれない。
理不尽な自然に摂理に不満の持っていきようがなかったが、
ちょうどその日はゴミの日で、
そこらじゅうをカラスがカーカーと五月蠅く飛びまわっている。
なるほど、鳥の目につくところでは子が襲われるのか…。
何故、こんなところにわざわざ巣を作るかといえば、
彼女らにとってここが安全な場所であるからなのだ。
そう思うと、なんだか気の毒な気もする。
燕が繁盛している店の軒先に巣を作るのと同じで、
クマバチだって、ちゃんと安全な場所を選んで巣を作っているのだ。
光栄にもその安全な場所として我が家の玄関が選ばれた。
しかしそれでも、やはり玄関先に巣を作られるのは困る。
その日、私は用事も含めて何度か玄関を出入りした。
ガチャっとまあまあな音を出して玄関を開いても、
彼女は気づかず熱心に箒を掘っている。
しかし、帰ってくると視界に入るらしく、
彼女は作業をやめて飛び立つ。
一度目は飛び立ったものの、通りまで出て、通りからこちらの様子を伺い、
私がうちに入るとまた戻ってきて作業を再開した。
二度目は、飛び立ったものの門扉にとまって、こちらの様子を伺い、
私がうちに入ると、もどって作業再開。
三度目は、飛び立ったものの、その場でホバリングして、
私がうちに入るのを待つという状況にまでなった。
もはや、我々は完全にお互いを無害なものと理解し合っている。
そもそも彼女は人間を安全なものと解釈しているからこそ、
この場を選んでいるのだ。
昆虫にも鳥や動物のように何らかの意思疎通は可能なのかしらん。
こうなってくると、いよいよ無碍にもできない。
そんな思いを持たずにはいられない。
というのも――、
むかし我が家にアシナガバチが入ってきたことがあった。
アシナガバチは部屋の蛍光灯のあたりを飛び回った。
いうまでもなく、これを放置して電気を消して寝るなんて芸当はできない。
とはいえ、これを退治するにも、うちにある殺虫剤くらいでは即死には至らない。
それで恨みをかって反撃でもされたら大変だ。
なので、近くにあった団扇で叩き落とすしかないと考えた。
そうしてそっと近づいて、一思いに叩き落とそうとしたら、
なぜかハチのほうから団扇に近づいてきた。
え?とおもって、こちらもそっと団扇をハチに近づけると、
なんとハチは団扇にとまるではないか。
それで、そのまま団扇を窓の外に持っていってやると、
ちょうど窓の外に出したとたんにハチはまるでそれがわかっているかのように飛び立ったのだ。
団扇にとまって部屋を歩いている間はまったく飛ばなかったのに、
窓から出したとたんに飛び立ったのである。
これはもう、意思疎通ができたとしかいいようのない出来事であった。
なので、このクマバチともある程度意志の疎通ができているのでは?
という気分になった。
しかしそれでも――、
玄関先に巣を作られるのは困るのだ。
ならば、箒一本ぐらい蜂にくれてやって、
どこか安全な場所に置いてやればいいと思われるかもしれないが、
そうではない。
うちの玄関のまえには車が置いてある。
そのため、やや奥まっているので鳥が入ってきづらい、
彼女はそこを狙ってきているのだ。
場所を変えれば、彼女にとって安全ではなくなる。
それにしても、まる二日間。
飲まず食わずでずっと掘り続けられる体力はいったい何としたことだろう。
おいきみ、腹は減らんのかね?
きみは疲れないのかね?
いくら尋ねても、彼女はひたすら掘るばかりでいっこうに答えてくれない。
人類はもっと昆虫のエネルギー源を研究すれば、さらなるパワーアップを図れるのではあるいまいかと思わずにはいられない。
しかたなくその日の夜、彼女が去ってから、
気の毒だが箒をうちに入れて隠すことにした。
これはAIの提案で、一つは箒を隠す、
二つめは木酢液などの忌避剤を箒に塗るというもので、
箒を隠すことにした私をAIは
やさしいやつ、と褒めてくれた。
彼女はまる二日かけて箒に立派な穴をあけてみせた。

箒は竹でできていた。
中は空洞である。
一応ふって確認してみたが、中に彼女がいては困るのですぐにガムテを貼った。
次の日の朝。
彼女はあらわれて、うちの玄関の物干しのあたりを探し回っていた。
それでもずっと探し続けるわけではなく、数分飛び回って去っていった。
べつに外に待機して、様子を伺っていたわけではない。
用事で出たときに見ただけだ。
それでも、二回見かけたということは、きっと何度か来たのだろう。
次の日からはもう来ることもなくなった。
とても気の毒なことをしたとおもう。
探し回っている姿を見るのは辛かった。
私が今少し寛容であったなら、
我々は共存し得ただろうか。
ひきかえに私は昆虫学者となって
人間のさらなるパワーアップを研究をするチャンスを逸した。
ごめんねクマバチさん。
