人のためにという無限ループから抜け出そうとした話
子どもの頃の私は、人と違うことが怖かった。
小学一年生の頃、「ピーマンの気持ちを考えてみよう」という授業で、みんなは「食べてほしい」と答えた。
私は「痛いからやめて」と答えた。教室の空気が変わり、「そんなことを言われたら食べる気がなくなる」と言われた。
その日から、違うことを言うと人は離れていくのだと思った。
私は少しずつ、人に合わせることを覚えた。
常に正解を探し、誰かの考えを鎧のように身につけるようになった。
そんな私に、「考えの違いは個性だよ」と言ってくれた人がいた。
「そのままでいい」という言葉だった。
最初は意味がわからなかった。
それでもその言葉は心に残り、少しずつ自分の意見を伝え、自分で決めて行動するようになっていった。
学生時代、卒業論文では自分から研究を始め、友達が協力してくれた。私は感謝の気持ちから、自分の名前を最後尾にしていた。
研究は評価された。でも、それが自分の仕事として認識されることはなかった。
社会人になっても同じだった。
成果を出しても、「みんなのおかげです」と伝えた。
もちろん本心だった。
でも、そのたびに私が考え、行動したことまで誰かの成果になっていった。
責任は背負うのに、評価は受け取れない。
あるようでないような宙に浮いた感覚だけが残った。
今度は、自分の努力がきちんと自分の評価につながる仕事を選んだ。
それでも、「会社のため」「期待に応えなければ」という気持ちは変わらなかった。
迷惑をかけてはいけない。
休んではいけない。
早く元気にならなければ。
そんな思い込みは、
いつの間にか頭ではなく身体に染みついていた。
誰か止めて…
働き続けた結果、
身体が限界を迎えた。
休んでも、「自分を大切にしよう」ということに焦っていた。
その「自分を大切にする」という基準さえ、誰かの期待の上にあったと気づく。
私は、自分のためではなく、人のために早く元気になろうとしていた。
人間関係でも同じだった。
「期待に応えたい」
「かわいそう。」
「私のせい。」
そんな理由で、自分を傷つける人からも離れられなかった。
でも、「離れてもいい」「避けてもいい」と言ってくれる人がいた。
『私はどうしたい?』
私は初めて自分に問いかけた。
そもそも私の気持ちは、どこにあるのだろうか。
人のために。
会社のために。
家族のために。
誰のために。
それが当たり前だとも思っていた。
何かがあるようでない感覚。
私はその言葉を理由に、自分の責任ではないものまで背負い続け、重さに耐えられなくなっていた。
ようやく鎧を下ろす。
寄り添うことをやめたわけではない。
感謝をやめたわけでもない。
ただ、自分の人生と他人の人生を分けることにした。
自分は自分。
他人は他人。
その境界線を持つことは、冷たさではなく、自立だった。
以前は、一人になることが怖くて仕方がなかった。
でも今は違う。
誰かといても孤独だった頃より、自由で自然体でいられる。
どんな自分も受け入れることができた。
人生を振り返ると、不思議なくらい、困ったときには誰かが手を差し伸べてくれた。
苦しかった出来事だけを並べれば、不幸な人生に見えるのかもしれない。
でも私の記憶には、それと同じくらい、人の温かさも残っている。
これからもきっと誰かを大切にするだろう。
でも、自分を大切にすることが土台としてある。
その上で大切にする人を選択できる。
ようやく、人のためにという無限ループから、一歩外へ出られた。
しっかりと自分の足で立っている。
その優しさを自分にも向けられるようになった。
今は、自分のために選んだことが、
誰かの役に立っても、立たなくてもいい。
自分で選んだ人生を歩いている。
それだけで、十分満たされている。
