
【幻想観察ログ】クラゲになった母となぜな娘
友達に小説を書いてみたらと言われた。 書いてみたら、母がクラゲになった。 小説なのか何なのかよくわからないので、とりあえず幻想観察ログとして置いてみる。
【クラゲになった母】
長いこと反抗期に付き合っていた。
自分だって万年反抗期だったけれど、反抗されるのはそれなりにきつい。
朝起きて仕事に行き、帰ってきて家事をする。
ふうっと息を吐きながらお風呂に入る。
目を閉じる。
そのままバスタブにずるずると背中を沈めていく。
頭までずっぽりとお湯に入る。
顔だけ出して。
自分の髪の毛が触覚になったみたいだな、と思っていたら、クラゲになっていた。
クラゲは透明だ。
だから、私がクラゲになって透明になっていても、家族は気づかない。
そのままお湯と一緒に流れて海へ行き、気づいたら水族館のその他大勢のクラゲの一匹になっていた。
青とかピンクとか、照明を当てられて、ふわふわ、ふわふわ。
水槽の中を漂う。
水と体の境がちょっとわからない。
照明で光ることで、相手の輪郭が少しだけわかる。
私はクラゲになった。
ふわふわ、ふわふわ。
どこまでが手で、どこまでが髪で、どこまでが水か、よくわからない。
そんなふうに上下しながら、水族館の円柱を上へ下へと漂う。
あの子の受験は終わったかな。
お母さんはちゃんと病院に行っているかしら。
上の子たちは彼女ができたのかな。
時々思い出す。
傘がふわりとめくれた時に。
ある日、ふわふわと浮かんでいたら、娘がいた。
あれは紛れもない私の娘。
ああ、クラゲの水族館にいつか来たいと言っていた。
すっかりメイクの上手なお姉さんになっていて、あの頃の丸顔は少し残っていて、リスみたいな大きな前歯で笑っている。
ああ、よかった。
笑えているんだ。
ふわふわ浮遊する。
青と黄色とピンクのライトに照らされて、
ああ、よかった。
ああ、よかった。
ああ、よかった。
水槽の中にその音が響いて、
他のクラゲたちも、
ああ、よかった。
ああ、よかった。
クラゲも、ゼリーも、水も。
円柱の中が、ああ、よかったで満たされていく。
【なぜな娘】
ある日、母がいなくなった。
お風呂に入っていたら、突然姿を消した。
それから私の日常は変わってしまった。
変わらない部分もある。
それは周りがなんとか維持しようとしてくれたからだ。
今ならわかる。
あの頃は、なんで母がいなくなったんだろうというより、何がなんだかわからなかった。
捜索願いを出して、母の帰りを待つ。
物音がすると、母じゃないかと思って玄関へ走る。
でもいない。
時間が過ぎる。
ああ、またか、と思う。
なんで。
その後の言葉は出てこない。
なんで。
誰も返事を返さない。
なんで。
学校へ行く。
なんで。
ご飯を食べる。
なんで。
季節が変わる。
なんで。
ヨガをしている人たちが笑い声をあげている。
笑いヨガというらしい。
強制的に笑うらしい。
そんな姿を見ていたら、少しだけ馬鹿馬鹿しくなった。
なんで。
時々は思い出す。
なんで。
わからない。
なんで。
解決できないことがある。
なんで。
風に乗ってそれが流れていく。
北風に乗る日もある。
暖かい南風に乗る日もある。
もう答えは返ってこない。
代わりにカッコウが鳴いている。