書くことは自分を愛することに似て【エッセイ】
明日、半年に一度の経過観察で乳腺外科に行く。
がんになる前は身体や命のことなど考えもせず、生きてることが当たり前だったのに、二年前からは嫌でもこうしてまた、自分の体と命と向き合わねばならない。
去年の秋に受けたときも、断酒と減量の甲斐もあってか全くどこにも異常は見つからず安堵した。
ステージ3のCでリンパ腺まで転移していたので、臓器への転移の心配があった。検査で写らない微細ながんまでは消えてるとは限らないらしい。
5年生存率。10年生存率。調べると怖い。100%じゃないことがとてつもなく怖い。
やれることはやっている。私にしてはかなり頑張った。
明日は「ほぼほぼ」大丈夫。
だけどあくまでも「ほぼほぼ」でしかない。
絶対じゃないことが胸をつかんでくることが悔しい。
こんな気持ち「みんな同じ」なもんか。何が「大変だね。」だ。
誰もわかるわけがない。
老後の心配、次の旅行の予定を考えて不安を感じられる人たちにはわからない。
だからって私はこうしてここに生きていて、今日も明日も目が覚めて。
怖いし、死にたくないし、死ぬほど生きたいし、泣きたくないし、笑いたい。
できるだけ。
それでいいと思った。文章を書くようになってから。
醜い、悲しい、ダサい感情たち。
許せないあいつやこいつ、社会のシステム。バカみたいな慣習。クソみたいな出来事。
私はそいつらに、タイトルをつけて物語にし、整えて毎日ここ(note)に投稿するようになった。
この作業がないと息苦しくて生きられない。押しつぶされそうになる。
感覚や記憶や匂いや、あるはずのものがないこと、ないはずのものがあること。
それに味付けして文章にして、誰かに楽しんでもらえてるなら
こんなhappyなことなんて他にないなと思う。
いつもありがとうございます。
2026.5.28 三笠イマ
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