カザフスタンで芳た倢

#創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

私は2幎前に飛行機内で脳梗塞を発症した。
病院に運ばれおから2週間昏睡状態だったそうだ。
その2週間で長い長い倢を芋た。
その倢の話を曞いおみたいず思う。
朊朧ずした意識ず倢の䞭の話なので、物語の時間や堎所が散発的に移動しおしたうこずをお蚱しいただきたい。
その埌遺症で、突然巊手麻痺ず高次脳機胜障害を患い、突然障がい者になった。
ピアノの先生なのにピアノが匟けない、研究者なのに本のペヌゞがめくれない。服を着るのも倧倉だ。生掻のすべおの堎面で垞に困っおいる。䞀緒に䜏むパヌトナヌやリハビリの先生の力を借りなければできないこずばかりである。
䞀呜を取り留め、パヌトナヌの献身的な介助を受けおいながらも、こんな障がい者「になっおたで生きおいおも嬉しくない、楜しくない、ずしょっちゅうパヌトナヌに八぀圓たりしおしたう。
私は研究掻動でほが毎幎のようにポヌランドのワルシャワぞ行っおいた。
その時も、い぀ものように旅行にでかけた。それだけだった。違ったのは、圓初予玄したポヌランド航空の飛行機が台颚で欠航になり、スむス航空に割り振られたずいうだけの話で、気軜な気持ちでチュヌリッヒ経由の飛行機に乗り蟌んだ。
機内食の蕎麊が矎味しかったので、汁たで飲み終えるず、隣の垭の倖囜人が蕎麊をくれた。お瀌を䌝えお小瓶の赀ワむンを本飲んですぐに眠った。ずころが、目芚めるず滝のような汗をかき、匷い吐き気ず䞋痢の䞡方を感じた。「これはマズむかも」ず、思うずほが同時にCAさんに声をかけられた。「お客様、お客様、私の声が聞こえたすでしょうか」。気分が悪くお返事をするのが粟䞀杯だったよう思う。CAさんが去った埌、ずりあえず気持ちを萜ち着けようずしお垞備しおいる粟神安定剀ず睡眠導入剀を飲んで寝るこずにした。次に目が芚めるず、次は倖囜人のCAさんで、英語での䌚話だった。私の薬は党お調べられ、なぜ薬を飲んだのかを質問された。私は必至でそれらの薬は自分の粟神を安定させるためにい぀も飲んでいるこず、その薬で粟神をコントロヌルできるこずを説明した。私は自殺をしようずしたず勘違いされたのだった。暫く英語での䌚話が続いたのだが、私が危険な状態であるこずず、メディテヌションくらいしか聎き取れなかった。蚀われるたたにギャレに移動するず、日本語が話せるCAさんが埅っおいおくれた。人生、䜕が起こっお䜕が幞いするのかわからないものである。スむス航空にはスむス航空が雇甚する医垫ず看護垫が垞駐しおいる。だからこそ、私の異倉が早期に気付かれ、緊急着陞を即決しおくれたのだった。日本語が話せる看護垫さんは、私がひじょうに危険な状態なので、カザフスタンの病院ず連絡を取ったこず、病院は受け入れ態勢が敎っおいるこずを説明し、このたた機内でできるだけのこずをするか、あるいはカザフスタンの病院で手圓おを受けるかのどちらかだず蚀う。「巊手を挙げおください、巊足も挙げおみおください」ず蚀われたのだが、どういうわけか、どちらも動かない、ずいうか、力の入れ方がわからない。本圓に䜕か倧倉な病気なのかもしれない、ず実感した。しかし、正盎なずころ、カザフスタンかぁ、ちょっず䞍安かも、ず思った。決めかねおいるずころにカザフスタンの日本倧䜿通の職員の方が来おくださった。ずおも䞁寧な話し方だったので安心しお䌚話するこずができた。私が海倖旅行保険に入っおいるかどうか、日本ではどのような保険に入っおいるか、連絡の取れる家族はいるのか、などの具䜓的なヒダリングのあず、今、カザフスタンの銖郜アスタナ垂にいるこずを教えおくださった。カザフスタンの銖郜はアスタナず蚀うのか。知らなかった。行っおみようず思ったこずがない囜だ。私は、海倖旅行保険には入っおおらず、クレゞットカヌドの付垯保険のみであるこず、日本では䌚瀟の瀟䌚保険に入っおいるこずを䌝えた。連絡する家族ずしおは、倧阪に効がいるこず、お金に関するこずは、効よりも東京で䞀緒に暮らしおいるパヌトナヌの方が良いこずを接歌えるず、倧䜿通の方はいったん退垭され、その間に日本人のCAさんが、瀟䌚保険が適甚されるかどうかを調べおくださり、適甚されるこずがわかった。少し時間が経ち、倧䜿通の方が戻っお来られるず、効ず東京のパヌトナヌに連絡が取れ、医療費の支払いに぀いおはパヌトナヌが請け負っおくれるこずになったず説明された。䞀通りの䌚話が終わるず、CAさんに、ここからはご自分の足で歩いおくださいね、ず蚀われた。蚀われた方向ぞずりあえず向かった時、埌ろでCAさん同士が「あの人倧䞈倫かな」ず蚀ったのが聞こえた。倢はここからはじたる。
 
恐らく、飛行機からカザフスタンの医療関係者に匕き枡される時に意識を倱ったのだろう。
暗闇の䞭でティティティティ―ず、宇宙服を着たロボットが珟れ、「あなたはこの難問をクリアしなければなりたせんず蚀う」「挑戊したすか」断れる雰囲気でもなかったので「わかりたした」ず答えるず、次は画面に絵画が写された」「この絵を知っおいたすか」ず聞かれたものの、なんずなくみたいずこずがあるような、ないような気がしたので、「倚分」ず私は答えた。宇宙服を着たロボット「私たちのドクタヌは䞖界䞀優秀です」ず䜕床も繰り返す。あなたはドクタヌが開発した「身䜓装着型呌吞噚補助機胜付き究明甚最新医療機噚「ハッピヌ」に乗船したす、ず蚀う。そんな乗り物があるのか、ず䞍思議に思っおいたら、飛行機ずいよりもヘリコプタヌのような乗り物を装着しお気付けば東京にいた。ただなんずなく盎芳敵東京だず思った。乗り物の䞭ではなく、身䜓は倖にある。どうやっおここたで来たのだろう。たさか飛んできた蚳でもないだろうし、ず䞍思議に思っおいるず、目の前には、か぀お枡邊矎里さんのラむブを芳るために䜕床も足を運んだ声郚球堎のように広い空間があり、スタンド垭からは、䞖間䞀般が成り行きを芋守っおいる。月の暪には地球のような青い星が䞊んでいる。その星は「きょうりゅう」ず蚀われおいた。「きょうりゅう」は時間を叞る存圚で、誰もが身にたずっおいる時間をリセットするのだ。そのこずが理解できたあたりで、、友人のTさんから電話がかかっおきお「倚田さん、倧金星‌、きょうりゅうに挑戊しおるんでしょう、頑匵っおね」応揎しおるから」ず蚀った。そこからは倧倉な䜜業の連続だった。䞞いカプセルの䞭にある自転車を挕いで自分の口の䞭を䞀呚しなければならない。途䞭で䜕床も芳氎攻めに遭うため、その郜床䞀からやりなおし、うっすらず絵画が芋えおいるけれど、党䜓像が芋えない。その絵画が䜕なのかを圓おればよいのだず理解したので、絵画が芋えるたで䜕床もトラむした。自転車は二人乗りで、知らない女の子が手䌝っおくれおいる。「ゎメンねヌ」、倉なこずに就き合わせお」ず蚀うず、圌女は「倧䞈倫です、乗り掛かった舟だし」ず答えた。ようやく無事に䞀集し終えた時に、空間にポコッず䜕かを入力するような画面が珟れたので、䞀か八かで、un、i、v、e、r、s、eず声に出しお蚀っおみたらビンゎだった、クルリずいう音が聞こえ、気付けば「《いかさた垫》の䞭に自分がいた。぀いに解けたのだ。ぐったりず疲れお、これでカザフスタンに戻るのなら、゜りル経由か䞊海経由だろうな、思いながら眠りに萜ちるず、目芚めたらカザフスタンの病院のベッドにいた。看護垫さん達が笑っおいる「ここはどこ」ず聞くず、通じるはずはないのに「カザフスタン」ずみんなで倧笑いしながら答えおくれた。韓囜料理が食べられるかも、ず思っおいた私は少しがっかりした。その日からカザフスタンの病院で入院生掻が始たった。ドクタヌ以倖は誰も英語を話そうずしないので、iPhoneの通蚳アプリでのやり取りではあるものの、なんずか意思の疎通はできたので、入院生掻は快適であった。
そしおある日、「ボむスメッセヌゞがあるよ」ず、そのメッセヌゞを聞かせおくれたら、東京のパヌトナヌの声だった。圌は泣きながら「玔䞀、倧䞈倫だよ、囜際搬送で迎えに行くからね、埅っおおね」ず蚀っおいた。ようやく垰るのか、ず私は安心し、それから数日埌、圌はむンタヌナショナルヘルスケアクリニックずいう、私のように海倖で病気やケガをした人を搬送する病院の先生ず看護垫ず共に尿宀に迎えに来おくれた。圌の第䞀声は「あれ、食べおるじゃん」だった。涙の再䌚ならず。入院しおいながらも食べたいものをリク゚ストし、それがすべおかなえられおいたので、バタヌずゞャムを塗ったトヌストを、たさに食べようずあヌんず口を開けたその瞬間のこずだった。圌は、私が寝おいるず想像しおいたので、いかにも元気そうにパンを食べる私を
芋お驚いたのだそうだ。そしお垰囜し、たず墚東病院に入院しおから、次にリハビリテヌション病院に転院した。その幎の幎末には退院しお自宅に戻り、今に至っおいる。
䞀回の病気で突然障がい者になった私は、ただ珟実を受け入れ切れおいないずころがある。あれが出来ない、これができない、生きおいおも楜しくなんかない、ず䞍平䞍

いいなず思ったら応揎しよう