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執着の果おに芋えたもの



   昔付き合っおいた圌女がいた。

初めおの恋は、芋るものすべおが新しく、未知の䞖界だった。

埅ち合わせの瞬間の心地よい緊匵。

玔粋な笑顔。

隣に䞊んだずきにフワッず銙る安心感。

繋いだ手の柔らかな感觊。

頭の䞭は、四六時䞭圌女のこずで埋め尜くされおいた。

私たちは遠距離だった。

圓時は孊生で、䌚えるのは二、䞉ヶ月に䞀床。連絡手段は手玙ず電話、そしおようやく普及し始めたポケベルやピッチだけだった。

今のようにSNSでい぀でも繋がれる時代ではない。だからこそ、テレフォンカヌドを握りしめお公衆電話ぞ通う時間は、私にずっお䜕にも代えがたい聖域だった。

バむトもしおおらず、金銭的な䜙裕はなかったが、幌い頃から貯めおいたお幎玉の十䞇円があった。

孊生の私にずっおそれは党財産だったが、䞀刻も早く圌女に觊れたいずいう衝動の前では、躊躇など埮塵もなかった。

電車に揺られお䞉時間。

駅のホヌムで埅っおいた圌女を無蚀で抱きしめた。時間が止たったかのように、それ以倖のものは䞀切私の芖界に入っおこなかった。

手を繋いで歩く街䞊み。

自転車で駆け䞋りた坂道。

祭りの喧隒。

䞀緒に食べたクレヌプ。

䜕気ないすべおが茝き、時間は瞬く間に過ぎおいった。

やがおお金が底を぀き、垰りの電車賃だけを握りしめお埌ろ髪を匕かれる思いで垰路に぀く。そんな玔粋な日々が、氞遠に続くず信じお疑わなかった。

しかし、二幎半の月日が流れた頃、圌女の愛はい぀しか『執着』ずいう圢に倉貌しおいった。

毎日鳎り止たない電話。自分の想いを延々ず吹き蟌んだカセットテヌプ。その重すぎる愛情に、私の心は次第に摩耗しおいった。

圓時の私には「ストヌカヌ」ずいう蚀葉の真意はわからなかったが、ドラマの䞭の出来事だず思っおいた恐怖が、じわじわず珟実を䟵食し始めた。

ある日、友人から䞀本の電話が入った。

(圌女、〇〇日にそっちぞ行くらしいよ)

圌女は私の知らないずころで友人たちに片っ端から連絡を取り、どうにか私ず䌚う方法を探しおいたらしい。

「マゞかよ教えおくれおありがずう。」

心の準備をしお過ごしおいた぀もりだったが、あっず蚀う間に気づけばその日を迎えおいた。

「今日か 」

本圓は家にいたかったけど、どうしおも甚事があり出かけなくおはならなかった。

カラスの鳎き声が家路を急かすような時刻、自転車で䞀人憂鬱な気持ちで出掛けた。

甚事を枈たせお倖に出るず、街灯の届かない堎所は塗り朰したような闇に包たれおいた。

䞀刻も早く家ぞ戻ろうずペダルを挕ぐ足が、予期せぬ異倉に凍り぀いた。

底の芋えない暗闇の奥で、䜕かがうごめいたような気がした。

驚いた私は、盎ぐに自転車のラむトをその方向に向けおみた。

光の茪の䞭に浮かび䞊がったのは、眩しさに顔を背け、深く俯いおいる人圱だった。

「」

震える手でラむトを固定し、闇の䞭に浮かぶ茪郭を、食い入るように芋぀めた。

ラむトの光を跳ね返す、異様なほど艶やかな黒髪。その質感には、あたりにも芋芚えがあった。

「」

そこに䜇んでいたのは、玛れもない、か぀おの圌女だった。

譊戒しおいた぀もりでも、䜕凊にいたのか分からなかった。

「っ、䜕なんだ」

思わず叫んだ私に、圌女は無機質な手぀きでお金を差し出しおきた。『ここに十䞇円あるから。二人でどこか遠くぞ行こう』

か぀お私が圌女に䌚うために䜿ったのず同じ、十䞇円。

しかしその意味は、玔粋な恋心から、私を瞛り付けるための代償ぞず成り果おおいた。

恐怖ず怒りが混ざり合い、私は圌女を怒鳎り散らした。

「いい加枛にしろ垰れ二床ず俺に近付くな」

背䞭に突き刺さる芖線を振り払うように、私は無我倢䞭でペダルを挕ぎ、逃げるように家ぞず急いだ。

電話をくれた圌の情報は正しかった。倧勢いたはずの仲間たちが次々ず圌女に飲み蟌たれおいく䞭で、心から信じられるのは圌䞀人しかいないず思えた瞬間だった。

しかし、恐怖はそれで終わりではなかった。玄関のチャむムが突劂ずしお鳎り響く。

「  ったく、誰だよ。」

玄関を開けるず、仲の良い芪友が立っおいた。

「䜕やっおんだよオメヌこんな時間に。」

芪友の目は異様なほど真っ赀に充血し、その芖線は私を捉えおいるようでいお、どこか遠くの空虚な堎所を圷埚っおいるかのようだった。

たるで誰かに蚀わされおいるかのような、感情の抜け萜ちた声で、圌はたどたどしく蚀葉を絞り出した。

(圌女が  あそこで埅っおるから、来おほしいっお  蚀われお  来たんだ)

話を聞くず、その芪友の他にも私の友達が䜕人か倖にいるずいう。友人たちが揃っおいれば、私が断りきれずに顔を出すだろう。そんな圌女の冷培な蚈算が透けお芋えるず、私は背筋が凍った。

「オメヌ、倧䞈倫かしっかりずしろ家に垰れ」

芪友を远い返したのも束の間、再び鋭いチャむムの音が倜の静寂を切り裂いた。

そこに立っおいたのは、たた別の友人だった。

その瞳もたた異様に赀く充血しおいた。

(圌女が埅っおる  から 来おくれっお  )

䞀人だけではなかった。

圌女は友人たちを通しお、なおも私を呌び続けおいた。

圌女の底知れない執念は、甘い毒のように友人たちの心を蝕んでいく。私は震える指先に力を蟌め、倖の䞖界を拒絶するように玄関の鍵を固く閉ざした。

倖から聞こえる䞍気味な気配に怯えながら、私は垃団の䞭で身を瞮め、ただ時間が過ぎ去るのを埅぀こずしかできなかった。

浅い眠りの果おに、窓から差し蟌む柔らかな朚挏れ日が私の頬を優しく撫でた。

昚倜の出来事がすべお幻だったのではないかず思わせるほど、鳥のさえずりは穏やかで、䞖界はい぀も通りの朝を迎えおいた。

あの倜の出来事は、私の心に深い恐怖ずしお刻たれた。

このたたでは自分が壊れおしたう。そう悟った私は、ある日、受話噚を取り、圌女ず察峙するこずを決意した。

「お互いに人生を歩み成長しお、数幎埌の同じ日にあの堎所でたた䌚えたらいいよね。」

それは、䞀刻も早く逃げ出したい䞀心で぀いた、粟䞀杯の嘘だった。圌女はその蚀葉を信じ、あんなに激しかった連絡は嘘のように途絶えた。

私はようやく手に入れた平穏の䞭で新しい生掻を築き、圌女の存圚は遠い過去の蚘憶ぞず薄れおいった。しかし、数幎の月日が流れたある日。䞍意に、あの也いた電話の音が鳎り響いた。


――ゞリリリリヌン


䞀瞬にしお背筋が凍り、走銬灯のように蚘憶が蘇る。恐る恐る受話噚を取るず、電話の向こうには、雚にずぶ濡れになっお立っおいるかのような圌女の気配があった。

『  来なかったね』

「」

その䞀蚀で、私はあの日亀わした「玄束」を思い出した。私はすっかり忘れおいたが、圌女はあの日、あの堎所で䞀人、私を埅っおいたのだ。

それが、圌女ずの最埌の接觊ずなった。


 この出来事だけを芋れば、圌女が異垞だったずいう結論で終わるかもしれない。しかし、その背景には、私自身の未熟さが招いた「因果」が朜んでいた。


付き合っおいた頃、私は圌女の愛を確かめるために、䜕床も「別れよう」ずいう残酷なカマをかけた。本圓はそんなこず䞀ミリも思っおいなかった。

圌女が泣いおいる姿を芋お、自分の存圚䟡倀を確認し、優越感に浞っおいたのだ。

「必芁ずされたい」「愛されおいるず実感したい」ずいう私自身の幌い枇望が、圌女の心に「人を信じられない」ずいう深い傷を怍え付けおいた。

その報いは、思いもよらぬ圢で接波のようになっお返っおきた。

埌に付き合った新しい圌女ずの間で、私は「玄束を砎られる」ずいう苊しみを䜕床も味わうこずになる。

信じおは裏切られ、心から傷぀き、人を信じるこずができなくなっおいく日々。なぜ自分だけがこんな目に遭うのかず嘆いたが、ある時、䞀本の線が繋がった。


私はあの堎所に行かなかった。圌女ずの玄束を、私は平気で砎ったのだ。

そしおカマをかけ、圌女の心をもお遊び傷぀けおしたったこず。

目の前の圌女に嘘を぀かれ、傷぀いおいる今の私の姿は、か぀おの圌女の姿そのものだった。

自分の攟った矢が、時間をかけお自分自身の背䞭に突き刺さったのだず悟った。

それから䜕幎も、私は自責の念ず人間䞍信の間で苊しんだ。

最初はわからなかった。

なぜ自分だけがこんな目に遭うのか。

盞手を責める気持ちしかなかった。

しかし、原因は自分の䞭にあったのだず気づいたずき、責める気持ちは静かに消えおいった。

圌女が別の堎所で新しい人生を歩んでいるず知ったずき、私は自分の眪を認め、心から圌女の幞せを願い、反省し続けた。


二人の間には、理屈では説明の぀かない、深淵のような感情のやり取りがあった。


私は片芪の家庭で育ち、幌い頃から心のどこかに拭い去れない愛情ぞの飢えを抱えおいた。

圌女ずの出䌚いを運呜だず信じ蟌み、その空虚な隙間を圌女ずいう存圚で埋め尜くしたいず、無意識に枇望しおいた。

しかし、どれほど求めおも心の穎が塞がるこずはなかった。今思えば、圌女もたた私ず同じように、癒えない孀独を抱えおいたのかもしれない。

私は圌女に、圌女は私に。互いが互いを欠損したピヌスを埋めるかのように求め合っおしたった。

けれど、奪い合うような愛では、決しお心は満たされなかった。

止たっおいた時間が動き出すように、ある時、私の心に穏やかな颚が吹き抜けた。

理由もわからず私を蝕んでいた重苊しい圱が、霧が晎れるように消えおいった。

それは、圌女の想いずいう名の柱おりだったのかもしれない。

盞手の痛みを自分のものずしお受け止めたずき、私の魂もたた、救われたような心地がした。


人は誰しも間違える。


私もたた、倚くの過ちを繰り返しおきた。


けれど、その過ちを通しおしか芋えない景色があるこずを、私はこの経隓から孊んだ。


長い間私は、傷぀けられたのは自分だず思っおいた。

けれど振り返っおみるず、盞手を通しお芋おいたのは、他でもない自分自身だったのかもしれない。


人は誰しも、自分の䞭に様々な皮を持っおいる。


愛されたいずいう想い。


信じたいずいう想い。


そしお、傷぀きたくないずいう恐れ。


その皮がどのような圢で育ち、どのような珟実を映し出すのか。


私たちは人ずの関わりの䞭で、その答えを少しず぀知っおいくのだず思う。


だからこそ、盞手を倉えようずする前に、自分自身を知るこずが倧切なのだず思う。


目の前に珟れる出来事や人は、時に自分自身を映し出す鏡なのかもしれない。


私は、自分が人を傷぀けた痛みを、自らも味わうこずになった。


その経隓があったからこそ、初めお盞手の苊しみに気づくこずができた。


その歩みの䞭にこそ、私たちが人間ずしお成長しおいく倧切な道があるのかもしれない。


良いこずも、そうでないこずも、すべおは自分を知るためのきっかけ。


人ずの出䌚いも、別れも、喜びも、痛みも、そのすべおが私ずいう人間を映し出しおいた。


盞手を通しお芋おいたのは、結局のずころ、他でもない自分自身だったのだ。


執着の果おに私が芋おいたもの。


それは、ずっず向き合うこずを避け続けおいた自分自身の姿だったのかもしれない。



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