
雨の日 祖母の見舞いに行く
久しぶりに祖母の見舞いに行った。自分が日頃の愚痴を言いながら、車いすの手すりに頭をもたれかけさせたら、頭をなでられた。祖父にも先週頭をなでられたことを思い出した。仕方がないので、祖母が手を下ろした後も2,3回頭の上においてあげたら、何回か撫でた後そのうち頭を押しのけられた。薄情なひとだ。
祖母の家の食堂の柱には、私の背の成長の記録が残っている。頭のてっぺんに線を引かれ、「何cm、何年何月何日」と書いてくれていた。今日、一番低かった線に頭を合わせてみたら、机の天板の少し下くらいの目線になった。天井は高くて、部屋は広く見えた。子どもの目線の方が、探検感(?)、冒険感があって、わくわくする空間に見える気がする。今日は雨がしとしとと降っていて、子供の頃によく感じていた、何もすることがない閉塞感を思い出した。以前はスマホなどなかったから、暇をすると自分で遊びを見つけ出していたなと思う。とにかく祖父母にうるさくしゃべりかけたり、そこらへんの紙とかで工作したり、庭のレンガをひっくり返してみたり、昔父が使っていた部屋に入ってみたりしていた。父の部屋は暗くて埃っぽく、入ってすぐのところに青くて大きなギタリストの絵があったりして、子供心にはちょっと怖い感じの部屋だった。
色々と物思いをしていると、子供の頃は祖父も祖母もかまってくれて甘えさせてくれる存在だったなと思い出す。いつのまにか自分の方が、彼らより大きく、丈夫になってしまい、手を貸してあげることが多くなった。でも頭を撫でられると、子供の頃に戻ったような気がして、なんだか涙が出そうにもなる。それがどういう感情で、涙なのかは、よくわからない。それは、自分の手持ちの言葉ではうまく表現できないような気がする。
日常の事に没頭していると、早く成長して一人前の大人になりたいと思う。でもそれと同時に、大切な人はずっとそばにいてくれればいいなと思っていたりするのだ。