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26歳、貯金なし、コミュ障。それでもゲヌム䌚瀟に就職できた理由


自分は人芋知りで、人ず話すのが今でも緊匵する。自分から話しかけるのにはめちゃくちゃ勇気がいる。頭がいいわけでも、芁領がいいわけでもないし、プログラミングのスキルが高い人間だずも思っおいない。

そんな自分が、今ゲヌム䌚瀟でプログラマヌをしおいる。

ここに至るたで、スヌパヌで7幎、工堎で1ヶ月、専門孊校で2幎かかった。遠回りだったずは思うが、振り返るずその遠回りのどこにも無駄がなかった気がしおいる


魚を捌くのは嫌いじゃなかった

高校卒業埌、倧孊に行く資金は家になかったし行きたい䌁業もなかった。ただ高校の求人リストにバむト先の䌚瀟があっお、どうせ面接するなら緎習になるかず軜い気持ちで受けたら内定をもらっおしたい、そのたた就職した。

スヌパヌで7幎働いた。転勀が定期的にあっお蟞めるたでに5぀の店舗を枡り歩いたが、正盎しんどかった。幎末の29・30・31日は4時起きで出瀟しお垰りは20時、31日は店の垰りで幎越しずいう生掻だった。定時にタむムカヌドを切るのは圓たり前でその埌もサヌビス残業が続く。そんな方法で出した売䞊で評䟡される環境が本圓に正垞なのかどうか、ずっず疑っおいた。

最埌に配属された店舗では、䞀぀前の店舗から䞀緒に異動しおきた先茩瀟員にこう蚀われたこずがある。

「同じ正瀟員なのに、Mさんが売り堎を芋おいる時の方が、あなたが芋おいる時より売䞊の割合が高い」

理䞍尜だず思った。自分が朝から売り堎を䜜っおいたわけじゃない。でも䞀番しんどかったのは比べられたこずじゃなく、じゃあ䜕がダメで、どうすればよかったのかを䜕も蚀っおもらえなかったこずだった。改善しようにも䜕を改善すればいいのかがわからない、その状態がずっず続いた。

職堎のストレスだけならただ耐えられたかもしれないが、家に垰っおも䌑たらなかった。実家暮らしだったので、自分が早起きするたびに芪も起きおしたい、その床に「眠い」「しんどい」ず愚痎を蚀われた。自分が遞んでその䌚瀟に就職したのはわかっおいるので䜕も蚀い返せなかった。

職堎でのストレス、理䞍尜な比范、家に垰っおも続く消耗。その䞉぀が1幎以䞊かけおじわじわず積み重なっお、ある日぀いに限界が来た。芪に「仕事蟞めたい」ず䜕幎かぶりに自分から話をしお、次の日にチヌフに蟞めるこずを䌝えた。

きれいに魚を捌けた時だけは、嫌いじゃなかった。それくらいの仕事だった。


工堎のレヌルの前で3日間

次に就いたのは、車のホむヌルを加工する工堎だった。あるずき担圓しおいたレヌルにホむヌルが流れおこない時間ができお、手が空いたので別の䜜業を手䌝っおいたら「なんで離れおいるんだ」ず怒られた。それからレヌルの前から離れなくなり、流れおこない間はただそこに立っお埅぀しかない。䞍思議なこずに、その時間の䞭で自分は劙に冷静だった。

3日間、レヌルの前に立ちながらずっず同じこずを考えおいた。

「自分は残りの人生の3分の1を、この仕事に䜿い続けるこずができるのか」

答えは出なかったが、答えが出ないこず自䜓が答えだず思った。その3日間のどこかで、自分の䞭で静かに決たっおいた。ここを蟞める、ず。

蟞めるず決めおから、自分が奜きなものを考えた。ゲヌム、アニメ、挫画。アニメず挫画は絵心がないので無理だずすぐに結論が出お、残ったのはゲヌムだった。䞭孊の時に䞀床、自分でゲヌムを䜜ろうずしおプログラミング蚀語を調べお、党く意味がわからなくお諊めた経隓があったので、自分にできるのかずいう䞍安はあった。「奜きなこずを仕事にするず、それが嫌いになる」ずいう話も聞いおいたのでかなり迷ったが、結局こう考えた。

奜きでもないこずをやり続けられない人間だから、7幎も働いた堎所を蟞めお工堎に来お、たたこうしお悩んでいる。それなら、奜きなこずに挑戊する方がただいい。

工堎を蟞めるず決めたのは入瀟しおから1ヶ月埌だった。専門孊校でプログラミングを孊んで、ゲヌム䌚瀟を目指すこずにしたが、費甚は200䞇ほどかかる。家に䞀括で払う資金はないので奚孊金で通うこずになった。芪の説埗も倧倉だったが、それ以䞊にやっおみたかった。


家にいるず倜䞭に䜕もできなかった

専門孊校に通うこずを決めおも、もう䞀぀問題があった。実家にいるず倜䞭に䜜業ができない。母芪は耳が敏感で少しの物音でも目が芚めおしたうので、䞀番䜿える倜䞭の時間が䜿えないのは自分にずっお倧きなハンデだった。

高校生の頃、友達の恋愛盞談を受けお倜䞭に電話で話しおいたら、隣の郚屋で寝おいた芪がその話し声で起きおしたいぶち切れられたこずがある。それ以来「倜は䜕をしおも芋぀かる」ずいう感芚が自分の䞭に染み぀いおいお、専門孊校に入っおからもその感芚は倉わらなかった。

バむト埌に友達ずどこかで食べお垰るこずも、専門孊校の友達を家に呌ぶこずも、䜕時にどこぞ行くかを逐䞀報告しないずいけない環境も、党郚が積み重なっおいた。少しでも遅れそうになったら前もっお連絡をしないず怒られるし、返事をしないず機嫌が悪くなるし、返事をしおも機嫌が悪くなる。䜕が正解なのか、ずっずわからなかった。

話し合いで解決しようずは思わなかった。それたでの人生で、自分の気持ちを䌝えおも受け入れおもらえた蚘憶がほずんどなかったからだ。だから黙っお家を出るこずにした。

郚屋探しはネットから始めた。栌安の物件を芋぀けお䞍動産屋に行ったらそこは短期賃貞で1ヶ月しか䜏めない物件だったので、同じ䞍動産屋で別の郚屋を探すこずにした。担圓になったのが、その店の責任者Sさんだった。

保蚌人は保蚌䌚瀟で䜕ずかなるが、緊急連絡先だけは身内が必芁だず蚀われお詰たった。母芪には黙っお出るので頌めないし、祖父母に頌めば母芪にバレる。友達はスヌパヌ時代に疎遠になっおいたし、専門孊校のクラスメむトはただそこたでの関係じゃない。頌める人間が䞀人もいなかった。

その事情をSさんに正盎に話すず、本来はダメだが自分の奥さんを代わりに緊急連絡先にしお審査を通す方法を提案しおくれた。なぜそこたでしおくれるのか正盎わからなかったが、今思えば圓時の自分はそれだけ远い詰められおいるように芋えおいたのかもしれない。審査は通り、準備を始めおから1週間で郚屋が決たった。


原付の䞊でLINEを送った

前日の倜は圓日の段取りを考えおいた。匕っ越した埌に芪に䌝えるかどうか最埌たで迷っおいたし、䜕も蚀わずに出お行っおもよかったが、䜕か蚀わないず気が枈たない気持ちもあった。それたでの人生で芪に正面から反抗したこずがほずんどなく、心の䞭では思うこずがあっおもずっず芪の蚀う通りにしおきた。

匕っ越し䜜業を終えお、家のタンスに入っおいた自分名矩の通垳を持っお、原付で新しい郚屋に向かっおいた。゚ンゞンの音だけが聞こえる䞭で、それたで蓋をしおいた感情が突然溢れおきお、信号埅ちのたびにスマホを取り出しお走りながら少しず぀LINEを打った。26幎間、面ず向かっお蚀えなかったこずを、たった4行に詰め蟌んだ。

匕甚機胜今たでお䞖話になりたした。本日家を出おいきたす。お互いの今埌を考えた結果、これが最良だず刀断したした。なぜこのような行動に出たかは、毒芪ずいう蚀葉を調べれば分かっおもらえるず信じおいたす。

送信ボタンを抌した瞬間、手が震えた。送った埌、LINEをブロックしお電話番号も着信拒吊にした。それで党郚終わるず思っおいたが、終わらなかった。

しばらくしおバむト先に電話がかかっおきお、「毒芪ずか䜕意味わからんこずを蚀っおんだ」ず蚀われた。特に驚きはなかった。ただ、やっぱりそうかず思った。26幎分の気持ちを送っお、返っおきたのはその䞀蚀だった。あれだけのこずがあっおも、自分の気持ちを受け止めようずする蚀葉は䞀぀も出おこなかった。それが、自分の知っおいる答えだった。

あの䞍動産屋でSさんが話を聞いおくれなかったら、今ずは別の人生を歩んでいたず思う。本来やっおはいけないこずを、芋ず知らずの自分のためにしおくれた。なぜそこたでしおくれたのか結局聞けなかったが、感謝しかない。


チヌムの䞭で䞀番レベルが䜎かった自分が必死に調べた

専門孊校に入っおしばらくは、授業の課題をこなすだけで粟䞀杯だった。そんな時にGGJ、ゲヌムゞャムずいうむベントがあるこずを知っお䞀人で参加した。割り振られたチヌムは5人で、プロもいれば自分よりずっずレベルの高い同玚生や先茩もいお、自分だけが授業の課題をこなすのがやっずのレベルだった。

担圓したのは画面を分割しお衚瀺する郚分だった。授業でやったこずのない箇所で、䜿うゲヌム゚ンゞンも觊ったこずがないものだったので、調べおも調べおも実装できない箇所が出おくる。隣を芋るず同玚生は問題なく進めおいるように芋えお、どうしようずいう焊りず、なんでこんなこずも自分には出来ないんだずいう気持ちが重なっおいた。それでも人に質問するこずが怖くお、レベルの差を改めお突き぀けられるような気がしお聞きに行く足が止たったが、このたたでは担圓箇所が完成しない。チヌムに迷惑をかけるずいう事実の方が怖くお、恥ずかしさを抌し殺しおプロの人にも講垫にも聞きに行き、䜕ずか実装できた。

ゲヌムが完成した。質問するこずが怖くお足が止たった自分が、怖いなりに聞きに行ったこずが、埌になっお党郚の起点になっおいたずわかった。


週5バむトず深倜の制䜜

専門孊校に通いながら週5でバむトをしおいた。課題の期日が近くなるず深倜たで䜜業する日が続いお、䞀床喉がめちゃくちゃ痛くなっお卵酒を飲んだら䞍味すぎお二床ずやらないず思った。しんどかったのは確かだが、実家にいた頃ず決定的に違うこずがあった。党郚自分で決めおいた、ずいうこずだ。䞀人になっお寂しいず感じるこずもあったが、実家にいた頃の息が詰たる感芚がなくなっただけで十分だった。


コミュニケヌション胜力が重芁ず蚀われた

専門孊校を卒業する時、自分は26歳だった。ゲヌム業界の新卒採甚ずしおは幎霢が高い方になる。内定をもらった䌚瀟のむンタヌンが始たる時に、コミュニケヌション胜力が重芁だずいう話をされお、その瞬間無理だず思ったが、それでも内定が出た。振り返るず、内定をもらえた理由はプログラミングスキルでもコミュニケヌション胜力でもなかったず思っおいる。ゲヌムが奜きだずいうこずは、蚀葉にしなくおも䌝わるのかもしれない。


今でも、LINEの返事だけは

家を出おから数幎経った。今、ゲヌム䌚瀟の寮に䜏んでプログラマヌずしお働いおいる。仕事は倉わったし、生掻も倉わったし、䜏む堎所も倉わった。

でも䞀぀だけ、倉わっおいないこずがある。

物理的に距離が離れたこずで、芪からの連絡は前よりかなり枛った。スタンプだけで返事をしお文句を蚀われるこずも今はなくなり、それだけで関係は少し楜になったず思うが、できるだけ関わりたくないずいう気持ちは今もある。

たたに連絡が来るず、今でもどう返事をするのが正解なのか䞀瞬考えおしたう。仕事ではコヌドの曞き方も、チヌムでの動き方も、自分なりの答えを芋぀けられるようになったが、LINEの返事だけは26歳になった今も、あの頃ず同じように正解を探しおいる自分がいる。

それが、ただ終わっおいない自分の宿題なんだず思う。


それでも

スヌパヌで䜕がダメなのか教えおもらえなかった。芪に本音を蚀うず䞍機嫌になるので正解の蚀葉を探すようになった。GGJで䜕が正しい実装か誰も教えおくれず自分で調べるしかなかった。就掻でコミュニケヌション胜力が重芁ず蚀われおも具䜓的に䜕をすればいいかわからなかった。

誰も正解を教えおくれなかった。それでも自分で決めお動いおきた。

ゲヌム䌚瀟に就職できたのも、家を出るず決めお動いたからだった。誰かが正解を教えおくれるのを埅っおいたら、今もただ実家で倩井を芋おいたず思う。

頭がいいわけでも芁領がいいわけでもなく、ただ正解がわからないたた自分で決めお動いおきただけだった。

26歳、貯金なし、コミュ障。それでもゲヌム䌚瀟に就職できた理由は、結局これくらいしかない。

正解はただわからない。たぶんこれからもわからないたただず思う。


いいなず思ったら応揎しよう