ダメ人間と言われていた頃の話。小樽へ旅立つ。
母の入院。
父を放っておけないため、実家の自分の部屋に寝泊まりしていたとき。
昔のアルバムをよく眺めてた。
それからボーッと思い出す。
大学を出て、就職するも、1年で辞めた。
再就職できずに、さまよった2年間。
傍から聞くと、「大変やったな」って思われるかもしれない。
実際、妹も当時の僕には気を遣って、
話しかけられへんかったって言ってたし。
けれど、僕はあの2年間が最高に楽しかった。
そもそも、子供の頃から自信がなかった。
将来の夢も特になかった。
何になりたいかって聞かれても、
社会で働くっていうことが想像できなかった。
サラリーマンなんて、絶対無理な気がしてた。
高校の時、なんとなくペンションのオーナーになれたらなって思っていた。
就職氷河期の厳しい時期に社会のレールから踏み外した僕は、
倉庫で働きながら、就職活動をしていた。
履歴書を何枚も書いた。
面接に辿り着くのも難しかったし、
仮に面接を受けても、採用されることはなかった。
こんな話を聞いていると、地獄のような日々のように思うかもしれないけど、結構楽しかった。
倉庫には、僕とよく似た境遇の仲間がいっぱいいた。
就職が決まって倉庫を卒業するやつもいたし、
バンドで東京に行ったやつもいた。
当時の僕は、仲の良い相方の誘いで、俳優養成校に通ったりもしてた。
それも楽しかった。
倉庫の仲間たちと「俺らダメ人間やな」なんて自嘲しながら、
いつも笑っていた。
先の不安もあったけど、それ以上に楽しかったな。
ある日、どうせ就職できへんのやったら、
ペンションで働いてみたいと考えた。
そして、採用されたのが小樽の天狗山ユースホステル。
金もないので敦賀港からフェリーで行った。
ユースホステルは安宿でいろんなイベントをやってる。
しかし、僕の働くことになったユースホステルは何もやってなかった。
ここには、大量に余ったロープウェイのチケットとマウンテンバイクがたくさんあった。
僕は提案した。
夜景ツアーと早朝朝市ツアー&小樽散策をマウンテンバイクでやりたいと。オーナーは了承してくれたので、
気の合ったT君と二人でイベントをすることになった。
チェックインして、夜道をお客さんとわいわいしゃべりながら歩き、
天狗山から小樽の街を眺め、説明した。

ユースに帰ると、リビングでお酒を飲みながら、楽しく語り合った。
翌日は早起きして、小樽の街を散策して、朝市に行った。
朝食はご飯とみそ汁を準備。

お客さんが食材を提供してくれるので、みそ汁は毎回かなり豪勢だった。
僕はいつもホッケを買って食べていた。
すると、みんないろんなものを僕のどんぶりに入れてくれるんです。
だから、毎日、海鮮丼を食べてました。
お客様が帰るとき、「写真を一緒に撮ってください」って言われて、
それから、連絡先を交換したり。
当時は、写真を送ってくれるんですよね。
今みたいにスマホないし。
そうそう、お客さんのひとりと遠距離恋愛することになったな。
けれど、北海道から大阪に戻った僕はただのフリーター。
夢から覚めたように、1年も持たずに振られたな。
あほやったしな。
北海道に行くことになったのも、当時付き合っていた彼女に将来の事を言われて、嫌になって、逃げるように別れたんやったかな。
25、6年も前の事やのに、すごく鮮明に思い出す。
なんしか、このダメ人間と言われた時代の2年間が本当に楽しかった。
遊んでばっかりやけど。
社会復帰してからの方が、しんどかった気がするな。
いま振り返ると20代のあの2年間は、休息の時間で、
僕にとって最高の宝物やったな。
あれから人生を折り返すくらいの長い年月が経って、今がある。
けれど、今も昔も変わってない気がする。
高校の時から、やりたいこと同じやし。
人間っていくつになっても変わらへんもんやなあ。
