たった1人だけの最高の友人に声をかける事ができなかった
最高の友人との思い出は、素晴らしい思い出ばかりだ。
僕の友人は、彼1人しかいない。
今回は、たくさんある思い出の中の1つを紹介したい。
ある平日の、静かでよく晴れた穏やかな日だった。
僕は、彼の自宅近くにある川の橋の上で、信号待ちをしていた。
ふと左手前方に目をやると、橋へ向かう坂道を、自転車で登ってくる彼が見えた。
彼は頑なに立ち漕ぎをせず、サドルに着座したまま、顔を「グギギ……」と歪めてペダルを踏み込んでいる。
ほー、自分との闘いか。
それは太ももの上部に、かなりくるだろう。
僕は車内から、その様子をニヤニヤと眺めていた。
そして、信号が青に変わった。
後続車はいなかった。僕は車を、じわり、じわりと、ゆ~っくりと前進させた。
彼は青信号のタイミングを測り間違えたようだった。焦ったのか、ペダルを一度良い位置にくるっと逆回転させ、強引に漕ぎ直した!
1つのことに無我夢中になるタイプの彼が、同時に複数のことをこなそうとする姿を目撃できるのは、極めてレアでラッキーな瞬間だった。
が、しかし。
意地でも立ち漕ぎをしたくない彼は、一気にスピードダウンしていく。
すこしよろけながら視線を落とし、口を尖らせて「おっ!? おっ!?」と焦っているのが遠目にもわかる。ハンドルが小刻みに右往左往し始めた。
……そのままでは、転倒だ。
(立て……立つんだ、立つんだジョー!)
ではないが、「立ち漕ぎすればえーやん」と僕は車内でため息をついた。
と、した瞬間。
なんと彼は、ぐっとハンドルを引きつけるように胸を張り、頬を膨らませて天を仰いだ。
ついに、「立ち漕ぎ体制」に入ったのだ!
うおおおおお、立った。
ググッ、ググッとペダルを踏み込み、坂を登ってくる。
車を運転しながら、僕はたまらず吹き出した。なんとも言えない、滑稽で愛おしい姿だった。
今、これを書きながらも思い出し笑いをしている。
いよいよ僕の車とすれ違うその手前くらいから、僕は車内から「おーい」と、大きく手を振った。
しかし、彼の視線は真っ直ぐ、橋の最高到達点(アーチ点)だけを射抜いていた。
僕の方には、微塵も目もくれない。
歩行者も、他の車もいない。
まあ、彼の性質は熟知している。窓は開けていたが、あえて声はかけなかった。
僕の車でいつも一緒に連れ立って出かけているのだから、普通は、気づきそうなものなのだが。
一点を見据えた
僕のただ1人の最高の友人が、すれ違ってゆく。
そして、橋のアーチをくだって消えてゆく彼の後ろ姿を、サイドミラーの中で見送った。
この翌年くらいに、彼は禁煙した。
(終わり)
