フレンチで見かけた「おひとり様」
夫婦で老舗のフレンチで食事をした。
メディアでよく取材されているようなモダンな人気店ではなく、
派手さはないけれど、落ち着いた品のあるクラシカルなお店だ。
白いクロス、磨かれた銀のカトラリー、少し低めの照明。
ギャルソンの悠々たる動きまで、どこか昔の映画のようだった。
店内には、いろいろなお客さんがいた。
海外からのビジネスパーソン。
男性の誕生日を祝う落ち着いたカップル。
デパート帰りの、上品な母娘二人組。
みんな思い思いの時間を、和やかに楽しんでいた。
そんな中、正面のテーブルで、年配の女性が一人で食事をしていた。
しかも、入口に近い目立つ席で。
「寂しくないのかなぁ」と思ってしまった。
目立たない場所に通してあげればいいのに、とも思った。
料理もサービスも素晴らしく、楽しい時間を過ごした。
会計も終わり、化粧室に立ったとき、
ふとその女性のテーブルに置かれているものが目に入った。
白髪の男性の写真。
Happy birthdayと書かれたデザートプレートもある。
その瞬間、自分が何を見落としていたのかに気づき、立ち尽くした。
その女性は、写真の男性の誕生日祝っていた。
亡くなったパートナーなのかもしれない。
入口に近いその席は、かつて二人で座った席なのかもしれない。
正面からは「寂しい」と見えたものも、アングルを変えると
まったく違う物語が見えてきた。
人の姿は、見る角度によってふいに意味を変える。
一人でいることが、寂しさとは限らない。
黙っていることが、冷たさとは限らない。
怒っているように見える表情の奥にも、こちらからは見えない事情があるのかもしれない。
テーブルの上に置かれた一枚の写真が、そう教えてくれた気がした。
「見えていない写真」は、きっと、いろんな場所に置かれている。
お店を見渡すと、商談や、お祝い、家族での食事など、
それぞれの笑みがあふれていた。
どのテーブルにも、それぞれの物語がある。
でも、いちばん温かい空気に包まれていたのは、
一人で座る女性のテーブルだった気がする。
美しい家族の姿が、そこにはあった。
このような家族でありたい、と思った。
