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仏ドキュメンタリー作品『Vapeur(ヴァプール/蒸気)』:消えた男を追い、桜島へ向かう探偵の物語

    はじめに

    最近、France.tvで放映され、仏大手紙『Le Monde』でも紹介されたドキュメンタリー映画『Vapeur(ヴァプール/蒸気)』。

    監督を務めたのは、アヌッシュ・ハムゼヒアンとヴィットリオ・モルタロッティのデュオです。不死のクラゲを追う男を描いた『Monsieur Kubota』や、言語の消滅に迫った『Yonaguni』など、日本を舞台に個人の運命と記憶の交差点を取り上げ続けてきた二人が、最新作で描いたのは日本特有の社会現象とされる「蒸発(Johatsu)」。自ら人間関係を断ち切り、社会から姿を消す人々を追う探偵の物語でした。


    桜島へと向かう私立探偵と、その独特な捜索手法

    物語の主人公は、失踪者の捜索を専門とする私立探偵の小山悟郎氏です。彼のもとに「東京から失踪した45歳の父親を探してほしい」という娘からの依頼が舞い込みます。男の銀行口座の全残高が桜島のコンビニATMから引き出されていたことを突き止めた小山探偵は、フェリーに乗って鹿児島県の桜島へと向かいます。

    小山探偵の捜索手法は非常に独特です。ただ足取りを追うのではなく、「対象人物と同じような環境に自分を置いたり、好んでいた趣味や活動を自分も体験してみたりするうちに、相手にオーバーラップしていく」と語るように、彼は消えた人間の内面へと静かに潜り込んでいきます。


    探偵自身が明かす、かつての「放浪」と孤独

    さらに物語の終盤では、小山探偵自身が過去に挫折から心を病み、大学をやめて親とも連絡を絶ち「放浪」していた事実が明かされます。「恥ずかしいことや情けないことが起きると、失踪することでその場の地位を失ってお詫びをするような感覚がある」と回想する探偵。彼自身がかつて「消えた側の人間」だったからこそ、追いつめられた人間の孤独に誰よりも寄り添い、その足跡を辿ることができるのかもしれません。


    錦江湾の風と、他者を受け入れる桜島の人々

    鹿児島の隣県である宮崎出身の私にとって、作中に漂う空気感はどこか懐かしく、裏にある温もりもリアルに胸に迫るものがありました。錦江湾を渡る風、日常のすぐ裏側に寄り添う火山の存在、そして独特の距離感で他者を受け入れる島の人々。

    フェリーの上で「私、桜島は女の人だと思います」「横になって寝ていて、お腹のところから煙が出てるの」と屈託なく語り合う女性たち。かつて自殺しようと火口を目指した男について「フェリーから身元証明を全部捨ててきたそうです」と振り返るユースホステルの関係者。あるいは「とんでもないことがあって顔も合わせられないなら、知らない場所に行って人生を1回リセットしたい」と本音を漏らす地元の住民。島で出会う人々の言葉は、どれも素朴でありながら深く人生の機微を突いています。

    フランスTVの紹介文には、「常人とはどこか違う探偵が火山島に降り立ち、火山の煙のように秘密を抱えた島民たちと知り合っていく」と記されています。探している伊藤氏は、かつて火山学者になる夢を抱きながら、受験で地質学部の入試に落ちた過去を持つ人物でした。夢破れ、挫折を経て姿を消した彼が吸い寄せられるように辿り着いたのが、いまなお大地が熱を帯びる桜島だったという事実に、人間の切なさと愛おしさが漂います。

    伊藤氏がどこに潜伏していたのかは明かされませんが、地道な環境の追体験と対話の末、小山探偵はついに伊藤氏の存在へと辿り着き、娘への報告を終えて静かに任務を締めくくります。


    フランスで8年を過ごした私自身と重ね合わせて

    因みに、私は「蒸発」をしたわけではありません。けれど、自分自身で計画を立て、準備を重ねて日本を離れ、フランスに渡ってから丸8年が経ちました。慣れ親しんだ環境や過去の自分から一度距離を置き、全く違う土地で自らの足で新しい暮らしを積み重ねていく感覚。だからこそ、この作品の中で語られる「リセット」や「第二の人生」という言葉が、遠い他人の物語ではなく、どこか自分自身の歩んできた選択とも静かに重なり合って響くのです。

    人は失敗や挫折をしたとき、あるいは違う生き方を求めたとき、どうやって自分をやり直すことができるのか。美しい映像美と島民たちの生々しい声の裏に、静かな勇気と余韻を与えてくれるドキュメンタリーです。

    作中のやり取りや探偵の独白はすべて日本語で語られ、南九州の豊かな情景と人々の生の言葉が凝縮されています。現在はFrance.tv のプラットフォームでのReplay配信ですが、全編日本語でフランス語字幕のついた本作が、いつかYouTubeなどを通じて広く世界公開され、より多くの日本の人々や映画ファンの目に触れる日が来ることを切に願っています。


    【作品情報】

    • タイトル:『Vapeur』(ヴァプール / 湯気・蒸気)

    • 監督:アヌッシュ・ハムゼヒアン、ヴィットリオ・モルタロッティ(Anush Hamzehian & Vittorio Mortarotti)

    • 出演:小山悟郎 ほか

    • 製作・制作:La Bête / France Télévisions(フランス、2025年/73分)

    • 配信情報:France.tv にてオンデマンド配信中(2027年9月17日まで)

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    エンジニアとして長年勤務した後、フランスへ移住。ソルボンヌ大学で社会学の学位を取得。現在は、大学院で「知的共有財におけるフリーライダーの生態」を研究しています。 エンジニアの論理、調理師の目線、そして社会学者の視点。この三つを交差させながら、日常に潜む社会構造を解き明かします。

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