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日本では、歴史あるホテルが、中々尊重されない、、それは何故?

    私がホテル業界に入ったのは1977年、新潟市のイタリア軒である。

    それから47年も時は経過した。

    当時イタリア軒は、リニューアルOPENしてからすぐの時代で
    私は多分2期生であったと思う。

    イタリア軒は、ニューオータニと業務提携、BSNという新潟のテレビ局が大株主でもあった。

    そして、私がイタリア軒に入社した翌年にホテルオークラ新潟がOPEN!
    ホテルオークラ新潟は今年OPEN46周年だと思う。

    今回、ホテルオークラ新潟に宿泊、そして中国料理レストラン「桃花林」で家族の食事会を開催し、色々と感じるものがあった。

    OPENから46年経過したオークラは、やはり時代を感じさせるものはあったが
    それが歴史や、重みを感じさせてくれるものでもあった。

    客室の作りは、昔のホテル特有の配管や鉄骨の影響があって、部屋に出っ張りとなっている
    ものは否めないが、
    ゆったりしており、水回りなどは十分に改修がされていて全く不自由を感じることは無かった。

    女房も、シャワーの水圧が凄くてびっくりした!
    と言っていたほどである。

    NYのホテルは、歴史100年以上のホテルも多く、手を加えながら営業を続けている。

    しかし、日本においては、歴史あるホテルが第一線で活躍しているケースは極めてすくない。

    東京オリンピックに合わせてOPENしたホテル・オークラ・東京、
    ホテル・ニューオータニ東京など、
    60年が経過し、オークラは全館の建て直しを選択した。

    ニューオータニの本館は健在であるが、
    さすがに劣化は厳しい感じである。

    御三家のもう一つ、帝国ホテルは、タイムリーに改修し、古さを感じさせないのは流石である。

    今回、ホテルオークラ新潟に宿泊して、グランドホテル(フルサービス型のホテルで宴会場、レストランその他の付帯施設を持つホテル)の素晴らしさを堪能した思いである。

    特に、ホテルオークラ新潟の中国料理「桃花林」のレベルは絶対的なものであった。

    朝食の料理も、東京のどこのホテルもまねの出来ない素晴らしいもので、大満足であった。

    フロントスタッフは、いわゆるベテランといわれる年代の方が多かったが、皆が暖かく
    本当にきめ細かい対応は、ホテルのお手本にしたいような対応の連続であった。

    しかし、残念なことにそういった素晴らしいホテルのサービスの価値を分かる方が
    日本には、少なくなったという現実もある。

    欧米と比較すると、日本にはホテルの文化が根付いておらず、
    例えば、自身が結婚式を挙げたホテルで、記念日などに宿泊、会食というような
    ことをしている方は少数派だと思う。

    また、そのホテルを自分たちの子どもにも引き継いでいきたいと

    「パパとママは、このホテルが大好きなんだ!あのレストランのマネージャーや
    ドアマンのおじさんは、パパやママが小さい頃から働いているんだよ!
    ちょっと、声を掛けてみようか!」
    なんて、展開は中々無いのである。

    要は人生の中に、ホテルとの関りが希薄なのである。

    私は、自分の家族にはその素晴らしさを教えてあげたいと、
    何度も海外へ連れて行き、また出来る限り良いホテルに泊まる機会を作ってきたつもりである。

    そうなると、自然と皆ホテルに興味を持つし、色んな思いを持つものである。

    そういった意味でも、今回のオークラは、特別に素敵な思い出を作ってくれたのである。

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    ホテルオークラ新潟
     
     
    ササピーです。ホテルマンになって40数年、、日常の一コマのエッセイや、料理のレシピなどをアップしています。

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