細いところ
その町では、朝がいつも少し早かった。
窓の外が明るくなる前から、
店の奥では箱が積まれ、
駅前の看板は白く光り、
誰かの手の中では、小さな画面が夜の続きのように灯っていた。
人々は、それを町の力だと思っていた。
朝が来ること。
棚に物が並ぶこと。
灯りがつくこと。
遠くの声がすぐ届くこと。
それらは、町がちゃんとしている証拠だと。
けれど、町の外には、誰も見たことのない細いところがあった。
地図には載っていた。
学校でも習った。
けれど、誰もそこを思い出さなかった。
思い出さなくても、暮らしは続いたからだ。
ある晩、その細いところで、風の向きが変わった。
町では何も起きなかった。
看板は光っていた。
店も開いていた。
小さな画面も、いつも通り人の顔を照らしていた。
だから人々は安心した。
けれど翌朝、
市場の人が、値札を書く手を少し止めた。
その次の日、
駅前の店の開く時間が、ほんの少し遅くなった。
そのまた次の日、
誰かが「最近、空気が重いね」と言った。
誰も、何が重いのかはわからなかった。
空は晴れていた。
道もふさがっていなかった。
町の中では、何も壊れていなかった。
ただ、遠くから来るものだけが、
少しずつ、町に着くのをためらうようになった。
人々はそれでも暮らした。
画面をなぞり、
灯りの下で話し、
昨日と同じように朝を迎えた。
けれど、同じ朝のはずなのに、
どこかで薄い膜が一枚増えたようだった。
ある子どもが、古い地図を見て言った。
「ここ、どうしてこんなに細いの?」
大人たちは答えられなかった。
その場所が細いことは、
ずっと前から知っていた。
ただ、そこを通って何が来ていたのかを、
誰も数えたことがなかった。
そしてその日から、町の灯りは、
少しだけ遠くから来ているように見えた。
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問いを置いておきます。そっと。
#米とスマホ
