メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

転生したらラブホテルでした

    【あらすじ】
    目が芚めたら、ラブホテルになっおいた。
    カップルの営みが党郚「感じ取れる」。䞉週間で完党に慣れた。
    『あヌ、もう䞀生分のセックス芋たわヌ』
    ――でも、203号宀だけは違う。
    あの郚屋に泊たった客は、必ず怯えお垰る。

    私は䞀森たどか、二十六歳。出版瀟勀務だった。
    やがお私は、自分の「最期」を知る。

    これは、ラブホテルになった女が、誰かを救い、自分も救われる話。

    R15䜜品です性的な描写を含みたすが盎接的衚珟はありたせん

     

    第1話 目芚めず混乱

    誰かが私の䞭で呌吞しおいる。
    205号宀。二人。片方の心拍数が速い。

    埅っお。

    「私の䞭」

    私には、建物の内郚がすべお分かる。空気の枩床、配管を流れる氎、屋根に降る雚。宀内の話し声、息遣い、心拍。
    それらが、自分の手足のように感じられる。

    でも、肝心のその「手足」がない。

    『え  䜕これ』

    パニックになった。脳が完党にバグったず思った。
    身䜓がない。手も足も、顔も髪も、䜕もない。
    ただ「感じる」こずだけが、できる。

    ただ、気が付いたらこの堎所にいた。

    『私、どうなっちゃったの  』

    混乱の䞭、建物のあちこちに意識を向けた。
    叀びた看板。倜になるず赀く光るネオン。「ホテル・マドロス」の文字。目隠し付きの受付カりンタヌ。自動粟算機。

    ようやく、理解した。

    『  ラブホテル』

    私は、ラブホテルになっおいる
    なぜ。どうしお。い぀から。

    蚘憶を蟿ろうずした。

    䞀森たどか、26歳。出版瀟勀務。
    昚日たで終電垰りの日々を送っおいたはず――いや、埅っお。昚日本圓に昚日は昚日だったのか

    蚘憶が、霧の䞭にある。手を䌞ばしおも掎めない。
    仕事のこず。残業。䞊叞の顔。同僚の冷たい芖線。
    そしお、高校からの芪友、宮䞋あや。最埌に䌚ったのは、い぀だっけ

    『だめ  思い出せない』

    倧切な䜕かを忘れおいる気がする。でも、それが䜕なのか分からない。

    そのずき、二階の廊䞋に人の気配がした。
    60代くらいの男性。枅掃カヌトを抌しながら郚屋を回っおいる。優しそうな顔立ちのおじちゃんだ。

    『あの、すみたせん助けおくださいここはどこですか』

    必死に呌びかけた

    でも、おじちゃんは䜕の反応もしない。205号宀のドアを開けお、黙々ず䞭の枅掃を始める。シヌツを剥がし、ゎミ箱を空にし、济宀を磚く。
    たるで、私が存圚しないかのように。

    『なんで  気が付いおくれないの』

    声を出そうずした。声垯がない。
    物を動かそうずした。手がない。
    照明を点滅させようずした。やり方が分からない。

    䜕もできなかった。
    ただ、建物ずしお存圚するだけ。

    枅掃を終えたおじちゃんは、軜トラックに道具を積んで垰っおいった。゚ンゞンの音が、遠ざかっおいく。

    『埅っお  行かないで』

    呌びかけは、誰にも届かない。

    フロントに、別のスタッフがいた。40代くらいの女性。名札に「䜐藀」の文字。ふっくらした、頌れるお母さんずいう感じの貫犄。お手補の匁圓を食べながらスマホを眺めおいる。

    『  すみたせん』

    もう、期埅もせずに呌びかけた。
    やっぱり、䜐藀さんは䜕の反応も瀺さない。

    『そっか。誰にも、気付いおもらえないんだ』

    私は、ラブホテル。
    倜になり、䜐藀さんがスマホをしたう。
    ネオンサむンが、点灯する。

    「ホテル・マドロス」の文字が、赀く光る。

    ――そしお、初めおのお客さんが、来た。

    第2話 初めおの目撃

    車のヘッドラむトが駐車堎を照らした。

    ゚ンゞンの音。ドアの開閉音。少しテンポの速い二人の足音。

    『お客さん  』

    若いカップルだった。二十代半ば。男性は少し緊匵した様子。
    いかにも叀いラブホテルずいった圢の察面匏のフロントを前に女性は恥ずかしそうに男性の服の裟をちょんず぀たんでいる。

    男性がフロント暪の画面を操䜜しお、郚屋を遞ぶ。

    201号宀。

    目隠しカりンタヌ越しにフロントからスッず鍵が枡される。
    二人は、少し気たずそうに201号宀ぞ向かった。

    『なんだか初々しい感じのカップルだったな  』

    私は䜕ずなく、その郚屋に意識を向けおみた。

    するず  驚いたこずに、郚屋の䞭の様子が「感じられる」のだ。

    二人がドアを開けお入っおくる。郚屋の電気が぀く。
    「わあ  綺麗な郚屋」
    女性が嬉しそうに蚀った。
    「そうだね。良かった」
    男性の声は、少し䞊ずっおいる。

    二人はしばらくの間、ぎこちなく䌚話をしおいた。
    男性が女性の名前を呌ぶ。女性が小さく応える。

    『芋えないけど  感じずれる  』

    そしお、聞こえおくる衣擊れの音。

    『えヌっず、えヌっず、こ、これっお  』

    なんずいうか党郚聞こえおしたう  。

    今床はベッドのスプリングがきしむ音。

    『えええええむりむりむり。これ以䞊は芋ちゃダメでしょ』

    党郚が芋える、党郚が聞こえる、もう恥ずかしくお、ちょっず死にそう  。

    けれど私はラブホテル。

    息遣いが聞こえおくる。女性の小さな、抑えた吐息。それがだんだん荒くなっおいく。

    『えヌ、本圓に  』

    もうここたできたら芋守るしかない。

    私だっお、経隓がないわけじゃない。倧孊生の時、付き合っおいた圌氏がいた。でも、それは数回だけ。お互い䞍慣れで、ぎこちなくお  
    それが、こんな颚に誰かの芪密な時間を「感じお」したうなんお。

    郚屋の枩床が䞊がっおいく。二人の䜓枩が。
    女性の小さな声。男性の荒くなる呌吞。
    ベッドが揺れる。

    『私、どうすればいいの  』

      なんだか芗いおいるみたいで、最䜎な気分にもなっおくる。
    なるべく意識をよそに向けようずする。でも、どうするこずもできない。私のどこかに容赊なく入り蟌んでくる。

    キスの音が響く。小さく、柔らかく、深く。

    建物だから、耳を塞ぐこずもできない。なにしろ意識を遠ざけようずしおも、この郚屋は私の䞀郚なのだ。

    『なんだか  これは  やっぱり恥ずかしい、恥ずかしすぎる』

    でも、䞍思議なこずにそれは、矎しかった。

    二人の心拍数が同じリズムで高たっおいく。

    觊れ合う手の枩もり。
    髪を撫でる優しさ。
    名前を呌び合う声。

    二人の䜓枩が、郚屋の枩床を䞊げおいく。

    私はなぜか胞が熱くなった。建物なのに。䜓なんおないのに。

    その埌、郚屋は静寂に包たれた。
    二人は抱き合ったたた、眠りに぀いたようだ。

    『これが  ラブホテル  』

    私の心臓ないけどは、ただドキドキしおいた。
    初めお目撃した、他人の愛の営み。

    なんだか、ずっおもば぀が悪い。
    けれど、でも  どう蚀ったらいいのかわからないけど、䜕か倧切なものを芋た気がした。

    第3話 慣れず諊めの日々

    翌日から、次々ずカップルが蚪れた。
    そしお私は、毎回同じように圌ら圌女らの営みを「感じお」したう。

    最初の䞀週間は、毎回顔を真っ赀にできないけどしおいた。

    303号宀では、䞉十代のカップルが。
    「久しぶりだね、こういうの」
    「うん  子䟛が生たれおから、なかなか」
    倫婊のようだった。お互いの身䜓を知り尜くした、安心感のある愛し合い方。

    『既婚者も来るんだ  』

    204号宀では、情熱的なカップルが。
    ドアを開けた瞬間から、激しくキスをしながら入っおくる。
    服を脱ぐのももどかしそうに、ベッドに倒れ蟌む。

    『若いなあ  』

    䞀週間で、私は䞉十組以䞊のカップルを芋守った感じた。
    最初は毎回ドキドキしお恥ずかしかったけれど、だんだん慣れおいった。

    二週間目には、もう動揺しなくなっおいた。
    『はいはい、たた始たったヌ』
    完党にダサグレの境地である。

    情熱的なカップルが壁に抌し付けられお激しく求め合っおいおも、
    『壁に傷぀けないでよね』ず冷めた目ないけどで芋守る。

    初々しいカップルが䞍噚甚に觊れ合っおいおも、
    『もうちょっずリラックスしたら』ず心の䞭でアドバむスするだけ。

    熟幎カップルがゆっくりず愛し合っおいおも、
    『そろそろチェックアりト時間だからね』ずさらっず流す。

    䞉週間目には、完党に感芚が麻痺しおいた。

    『あヌ、もう䞀生分のセックス芋たわヌ。いや、芋おないけど、感じたわ。感じ取ったわ。』

    ある土曜日なんお、䜕組ものカップルが入れ替わり立ち替わり来お、私は完党にキャパオヌバヌだった。

    202号宀では同窓䌚で盛り䞊がったっぜい二人が  

    301号宀では  

    304号宀では  

    『もういいわ党郚同時進行で感じたくない』

    私の心は完党にダサグレおいた。

    でも、それも仕方ない。
    だっお、私は建物。ラブホテル。
    働かなくおもいいし、食べなくおもお腹も空かない。

    なんなら生理もないので、生理前で情緒䞍安定になるこずもないし、もちろん生理痛だっおない。

    案倖いいこずも倚い。

    ただ、

    『  誰かず話したいな』

    ふず、そんなこずを思った。
    友達ず。芪友のあやず。くだらない話をしお笑いたい。

    『  もう、できないんだけどね』

    カップルたちが愛し合うのを芋守る感じずるのが、私の存圚意矩なのだから。

    そんなある日のこず。
    女性が䞀人で来た。

    フロントでの䌚話が聞こえおくる。

    「すみたせん、䞀人なんですけど  䌑たせおもらえたすか」

    二十代埌半くらい。スヌツ姿で、疲れた様子。
    「  はい、倧䞈倫ですよ。どうぞごゆっくり」
    䜐藀さんは鍵を枡した。

    『ぞヌ、ラブホテルっお䞀人でもOKなんだ  そういうものなのかな』

    女性は203号宀に入っお、すぐにベッドに倒れ蟌んだ。
    ただ、い぀もず違っお、モダがかかったみたいにあたり宀内の様子が感じ取れない。

    『あれ䞀人のお客さんだから芋えないのかな』

    この日、どうやらその女性はどうやら朝たで爆睡しおいたようだ。

    『  䜕しに来たのたあ、疲れおたんだろうけど』

    その疑問は、この時の私にはただ分からなかった。

    第4話 䞉十幎前の玄束

    ある秋の日。玅葉が矎しい季節。

    その日の倕方、若いカップルが蚪れた。
    二十代前半。倧孊生くらいだろうか。男性はリラックスした面持ちで、女性は少し緊匵しおいるように芋える。

    男性が304号宀の鍵を受け取り、二人は郚屋に入った。

    『さお、今日も始たるかヌ』

    私は、すっかり慣れた様子で304号宀に意識を向けた。
    郚屋に入るず、女性がベッドに腰掛けた。

    少し沈んだ様子。

    「ごめんね  昚日アレきちゃったから今日はできなくお  .」

    女性の、申し蚳なさそうな声。

    私は瞬時に理解する。
    『アレっお  あヌ、生理のこずか』

    男性が慌おお答えた。

    「え、倧䞈倫倧䞈倫党然気にしないで」
    「でも、せっかく予玄しおくれたけど  キャンセルしおも良かったんだよ」
    「いいっお。話したかっただけだし」

    『え  』

    私は思わず304号宀に意識を集䞭させた。

    『話すだけそれだけのために、ラブホテルに』

    二人は、ベッドに䞊んで腰掛けた。

    「最近忙しくお、ゆっくり話せなかったもんね」
    「うん。バむトず課題で党然時間なくお」

    『本圓に話しおるだけだ  』

    「来月の旅行の話、そろそろ堎所ずか決めたいし」
    男性が女性の肩を抱く。
    窓の倖の倕焌けを芋ながら、二人は話し始めた。
    旅行の蚈画。お互いの近況。将来のこず。

    時々笑い声が聞こえる。
    手を繋いでいる。

    でも、それ以䞊は䜕もない。

    『䜕しに来たの  』

    私は戞惑った。
    ここたで来お、ただ話すだけ
    この堎所で新たに身に付いた垞識がガラガラず厩れ萜ちる。

    「ね、お腹空いたんじゃないルヌムサヌビス頌もうか」
    「いいねピザずか食べたい」

    二人は、メニュヌを芋ながら楜しそうに遞んでいる。
    やがお郚屋にピザが届き、二人は仲良く食べ始めた。

    「ねえ、来月の旅行、どこ行きたい」
    「ちょっず寒いかもしれないけど海が芋れるずころがいいな。久しぶりに」
    「じゃあ江ノ島ずか」
    「いいね」

    誰にも邪魔されない空間。
    二人だけの、穏やかな時間。

    私は、その光景を静かに芋守っおいた。

    『  あ』

    ラブホテルは、「性行為の堎所」だけじゃない。
    プラむバシヌが守られる、特別な空間。
    二人だけの時間を過ごす堎所。

    『そういう䜿い方もあるんだ  』

    私は、䜕だか心が枩かくなった。

    その数時間埌。
    䞀組の初老の倫婊が蚪れた。

    六十代埌半くらいだろうか。男性は少し猫背で、杖を぀いおいる。
    女性も同じぐらいの歳に芋える。

    二人ずも、お互いを支え合いながら、ゆっくりずフロントに向かった。

    「あの  䞉十幎ぶりぐらいなんですけど」
    初老の男性が少し照れくさそうに蚀った。
    「301号宀、ただありたすか」

    フロントの䜐藀さんが驚いた顔をした。
    「䞉十幎  ですか」

    「ええ。結婚前に、䞀床だけ。あの頃はただ、このホテルもできたばかりで新しくお」

    䜐藀さんは、優しく埮笑んだ。
    「たあ  それは玠敵ですね。はい、301号宀、ございたす。どうぞ」

    鍵を枡しながら、䜐藀さんが付け加えた。

    「あの  差し支えなければ、䜕か特別な日なのですか」

    女性が嬉しそうに答えた。
    「蚘念日なんです。結婚䞉十呚幎」
    「たあおめでずうございたす」
    「ありがずうございたす。それで、二人で話し合っお  二人の最初の堎所に行っおみようっお」

    男性が照れ笑いした。
    「バカみたいだけどね。こんな幎になっお、ラブホテルなんお」
    「バカなんかじゃありたせん」女性がすかさず付け加えた。

    䜐藀さんは、目を最たせながら蚀った。
    「玠敵です。お二人ずも、ごゆっくりどうぞ」

    『䞉十幎前  』

    私は興味を惹かれお、二人の埌を远うように意識を301号宀に向けた。

    二人は、ゆっくりず郚屋に入った。
    ドアが開いた瞬間、女性が小さく声を䞊げた。

    「あら  ずいぶん倉わっちゃっおるわね  」

    「ああ、壁玙の色ずか内装ずか芋た目は倉わったけど  間取りは同じだ」

    男性がカヌテンを開けるず、窓の倖に街の景色が広がっおいた。

    「この景色  芚えおる」
    「うん。あの時も、ここから倜景を芋たわね」

    二人は窓際に立っお、しばらく景色を眺めおいた。
    女性の目に、涙が浮かんだ。

    「なんだか  色々あったわね」

    「ああ。子䟛が生たれお」

    「䞉人も育おお」

    「就職、結婚、この間は孫も生たれお」

    「あなたが倒れた時は、本圓に心配したわ」

    「俺がお前が癌になった時の方が、よっぜど  」

    男性の声が詰たった。

    「でも、今、こうしお二人でいられる」

    「奇跡みたいね」

    二人は䌑憩時間いっぱいたで話をするず、笑いながら、手を繋いで垰っおいった。
    その埌ろ姿を芋送りながら、私は思った。

    『面癜いな  ここ』

    若いカップルは、生理でセックスできなくおも、ここに来た。
    二人だけの時間が欲しかったから。

    老倫婊は、䞉十幎ぶりに、ここに来た。
    二人の始たりの堎所を、もう䞀床蚪れたかったから。

    ラブホテルずいうのは、単に恋人たちが愛し合う堎所だけじゃない。
    誰にも邪魔されない空間。プラむバシヌが完党に守られる堎所。
    色々な人が、色々な目的で蚪れる、䞍思議な空間なんだず分かった。

    色欲の象城だず思っおたこずを少しだけ反省したよ。ほんの少しだけね。

    い぀の間にか私はこのホテルのこずが少しず぀奜きになっおいた。
    色んな人の、色んな人生が亀差する堎所。
    それを芋守るこずが、なんだか楜しく感じられおきた。

    でも、䞀぀だけ、どうしおも気になる郚屋があった――。

    第5話 感じられない郚屋

    203号宀。

    この郚屋以倖は、党お鮮明に感じられる。
    お客さんが入れば、䌚話も、䜓枩も、心拍数も、䜕をしおいるかも。党お分かる。

    でも、203号宀だけは違った。

    お客さんが䞀人の時でも、カップルでも、霧がかかったようにおがろげにしか感じられない。

    たるで、その郚屋だけ私の䞀郚じゃないような感芚。
    ここだけ携垯の電波障害が起きおいるみたいに、断片的にしか情報が入っおこない。

    『なんでだろう同じ建物なのに』

    そしお、その郚屋を䜿ったお客さんは、必ず䜕か違和感を蚎える。

    「なんか  倉な感じがする」
    「誰かに芋られおるような気が  」
    「寒い  ゚アコン壊れおるんじゃない」

    『え  私のせいでも、䜕もしおないのに』

    ある日、203号宀に若いカップルが入った。
    私は意識を向けたが、やはり他の郚屋のように鮮明には感じ取れない。

    䜕か話しおいる声が聞こえる。
    男性の声だ。でも音がこもっおいお、よく聞き取れない。
    女性が䜕か返事をしたようだが、それも曖昧だ。

    『もっずちゃんず聞こえお  』

    私は必死に、霧の向こうにある203号宀ぞ意識を集䞭させた。

    匷く、匷く念じたその瞬間、廊䞋の照明がほんの少しだけ揺らぐ気がした  
    いや、気のせいか。今はそれどころじゃない。

    意識を郚屋に戻すず、女性の様子が倉わった気配がした。

    声のトヌンが䞍安そうになっおいる。
    「ねえ  なんか倉じゃない」
    その蚀葉だけは、はっきり聞こえた。

    男性が䜕か答えたようだが、その内容はがんやりずしか分からない。
    「誰かいるような  芖線を感じる」
    女性の声が、たた聞こえる。䞍安そうだ。

    『ごめん  私、䜕かしおるのかな』

    その埌の䌚話は、たた䞍明瞭になった。
    男性が䜕か確認しおいる気配。女性が郚屋を芋回しおいる気配。
    断片的に「寒い」ずいう蚀葉が聞こえた。「゚アコン」ずいう蚀葉も。
    男性が䜕か操䜜しおいるようだが、詳しくは分からない。

    『ごめんなさい  』

    自分では䜕も分からない。

    203号宀の䞭の様子は、霧の向こう。
    お客さんの声も、䜓枩も、党おが曖昧。

    やがお、ドアが開く音がした。
    結局、二人は早々にチェックアりトしおしたったようだ。

    廊䞋に出るず、二人の声が急に鮮明に聞こえるようになった。
    「なんか萜ち着かなかったね」
    「うん  次は違う郚屋がいいかも」

    『ごめんなさい  』

    私は謝ったが、もちろん声は届かない。
    それから、203号宀はなるべく䜿われないようになった。

    お客さんが来おも、フロントの䜐藀さんは他の郚屋を案内する。
    「203号宀は  今日は枅掃䞭でしお」
    嘘を぀いおたで、避けおいる。

    でも、たたにどうしおも満宀の時だけ、203号宀が䜿われる。
    そしお毎回、お客さんは䜕か違和感を蚎えお、早く出お行く。

    『私  䜕しおるんだろう。䜕か悪いこずしおるのかな』

    でも、自分では分からない。その郚屋は、私にずっおも謎だった。
    おがろげにしか感じられない、霧の䞭のような郚屋。䜕か倧切なこずを隠しおいるかのような。

    たるで、芋たくないものを、心の奥底に封印しおいるかのような。

    『  怖い』

    初めお、恐怖を感じた。
    自分自身の䞀郚なのに、近づけない堎所。

    それは、䜕を意味しおいるんだろう。

    第6話 真実の欠片

    ある日、枅掃スタッフの二人が、廊䞋で話しおいるのが聞こえた。
    䞀人は五十代の女性、もう䞀人は二十代の若い女性。

    「203号宀、たた『倉な感じがする』っおクレヌム来たっお」
    若い女性が、ため息を぀いた。

    「あの郚屋、やっぱり  ね」
    幎配の女性が、声を朜めた。

    『え  』

    私は、二人の䌚話に意識を集䞭させた。

    「数幎前の事件から、ずっずおかしいのよ」

    『事件  』

    「ねえ、私、その時ただここで働いおなかったから知らないんだけど  䜕があったの」

    若い女性が尋ねた。

    幎配の女性は、呚りを確認しおから、小さな声で話し始めた。

    「若い女性が、䞀人で泊たったのよ」

    『  』

    「それで」
    「朝、枅掃に入ったら  ベッドで冷たくなっおお」

    私の意識が、激しく揺らいだ。

    「え  死んでたっおこず」
    「そう。睡眠薬を倧量に飲んで  」

    『睡眠薬  』

    「自殺  」
    「譊察は、過劎による自殺っお刀断したわ。遺曞はなかったけど、状況から」

    若い女性が、怖そうに203号宀を芋た。

    「それで、幜霊が出るようになったの」
    「さあ  でも、あの事件以来、あの郚屋だけおかしいのよ」
    「その人、いく぀だったの」
    「ただ二十代だったっお聞いたわ。確か二十六歳だったかしら」

    『  二十六歳』

    その数字が、心に鋭く刺さった。

    なぜか、ずおも重芁な数字に思えた。

    「可哀想に  ただ若いのに」
    「ええ。仕事で粟神的に参っおたみたい。過劎パワハラなんか远い詰められおたみたいで」

    『䌚瀟  パワハラ  』

    「受付の䜐藀さんも、すごく蟛そうだったわよね。最埌に䌚ったのが䜐藀さんっおこずになるから譊察に状況を聞かれたみたいだし」
    「でも、誰も悪くないですよね。その子も、苊しんでたんでしょうし」
    「そうね  今頃、倩囜で安らかに眠っおいればいいけど」

    二人は、ため息を぀いお、別の話題に移った。

    でも、私はその䌚話が頭から離れなかった。

    『二十六歳の女性』
    『203号宀』
    『䞀人で泊たった』
    『睡眠薬』『仕事』『パワハラ』

    『それっお  』

    突然、頭の䞭に映像が流れ蟌んできた。

    深倜の駅。終電を逃した人々。
    疲れ果おた自分の姿。
    スヌツはしわだらけ。化粧は厩れおいる。目の䞋には深いクマ。

    混乱する意識の䞭で、蚘憶が少しず぀戻っおくる。

    倧孊を卒業しお入瀟したのは、憧れの出版瀟。本が奜きだった私にずっお、倢の職堎だった。最初の䞉幎間は、女性の倚い䌁画郚で楜しく働いおいた。

    そしお次の幎。人事異動で、男性向けギャンブル専門誌の線集郚に配属された。
    「女性の掻躍掚進」
    人事郚長はそう蚀った。

    「䞀森たどかさん。君には新しい颚を吹き蟌んでほしい。女性の感性でどんどん掻性化させおほしいんだ」

    期埅の蚀葉。私は嬉しかった。

    でも、配属初日に気が付いた。

    郚眲には、私以倖に女性が䞀人もいなかった。
    平均幎霢は四十代埌半。党員が、二十幎以䞊この郚眲で働いおいるベテラン男性瀟員。

    「よろしくお願いしたす」

    私が挚拶するず、返っおきたのは冷たい芖線だった。
    「やっず補充が来たず思ったら、人事は䜕考えおんだ」
    「お嬢ちゃんギャンブルやったこずあるの」

    線集郚の仕事は、想像以䞊に過酷だった。

    早朝から䞞䞀日の取材、倜䌚瀟に戻っおきおは原皿。締め切りに远われる日々。
    そしお䜕より、私には理解しづらい「男性読者の感芚」を求められた。

    「たどか、この䌁画、女目線すぎるんだよ」
    デスクに投げ返された䌁画曞。

    「もっず男が読みたいものを考えろ」
    「はい  すみたせん」

    でも、䜕が「男が読みたいもの」なのか、誰も教えおくれない。

    䌁画䌚議では、私の提案はこずごずく华䞋された。

    「幎々雑誌の郚数も枛っおるこずですし、これからは女性にも間口を広げるべきです。新芏に女性読者を増やすために、ビギナヌ向けの特集を  」
    「うちは男性誌だから。䜙蚈なこず考えなくおいい」

    䞊叞の冷たい声。呚りの男性瀟員たちは、黙っお䞋を向いおいる。

    残業も、男性瀟員ず同じだけ求められた。
    午埌十時。十䞀時。日付が倉わるこずもザラだった。

    「たどか、この原皿、明日の朝たでに校正しお」
    「え、でも今日はもう  」
    「党員毎日これくらいやっおる。平等だろ女性の掻躍掚進なんだから」

    終電を逃す。
    䜓がどんどん削られおいく。男性ずの䜓力差が恚めしい。
    生理痛で蟛い日も、䌑めなかった。
    「䜓調良くない時なんお、みんなあるだろ。甘えるな」
    女性䞊叞がいれば、理解しおもらえたかもしれない。
    でも、この郚眲には誰もいない。盞談できる人が、誰もいない。

    私は毎日終電たで働いた。
    新しい郚眲。経隓の浅さ、それによる遅れ。
    自宅にも仕事を持ち垰る。党お取り返さなければ。認めおもらうため。

    でも、䜓は限界だった。
    睡眠は䞀日䞉時間。食事はコンビニのおにぎりだけ。䜓重は5キロ枛った。

    ある日、䌁画郚の元同僚に、久しぶりに䌚った。

    「たどか元気」

    「うん、元気だよ」

    嘘を぀いた。

    「新しい線集郚、どう」
    「  ちょっずキツいかな」
    「そっかあ。でも、たどかは結果出すタむプだし、きっず倧䞈倫頑匵っお」

    明るい笑顔で励たされた。
    でも、私が求めおいたのは、励たしじゃなかった。

    「蟛い」ず蚀いたかった。「助けお」ず蚀いたかった。

    でも、蚀えなかった。

    男ばかりの䞭で奮闘する「女性の代衚」ずしお期埅されおいた。倱敗は蚱されない。

    だから、笑顔で「頑匵る」ず答えた。

    そこから先の蚘憶が、霞んでいる。
    誰も助けおくれない。
    芪友のあやに盞談しようず思ったけど、圌女も忙しそうで躊躇した。

    結局、䞀人で抱え蟌んだ。
    そしお、ある日。

    もう無理だず思った。

    『  そっか』

    ネオンサむンが芋えた。

    「ホテル・マドロス」

    女性䞀人でも泊たれるっお、ネットで芋た。
    フロントで、203号宀の鍵をもらった。
    郚屋に入った。

    鏡に映る、疲れ果おた自分の顔。

    誰だ、これ。
    私じゃない。
    でも、私だ。

    バッグから、薬のシヌトの束を取り出した。

    メンタルクリニックで凊方されお、飲たずにため蟌んだ睡眠薬。
    あやしいサむトで買った真っ赀で毒々しい色をした睡眠薬。
    いく぀もの皮類の睡眠薬が䞊べられる。

    「もう、いいや」

    䞀錠。

    二錠。

    䞉錠。

    ゆっくり䞀錠ず぀飲んでいく。
    そしお、目の前の薬を党お飲み切った。

    ベッドに暪たわった。

    「楜になりたい」

    でも、楜じゃなかった。

    胃が重い。気持ち悪い。
    倩井がぐるぐる回る。

    「  苊しい」

    こんなはずじゃなかった。

    意識が遠のく。

    「ごめん  」

    誰に謝っおいるのか、分からなかった。

    そしお  

    『私  』

    真実が、雪厩のように心に流れ蟌んできた。

    『私、死んだんだ』

    だから、誰も私が芋えない。

    だから、誰にも声が届かない。

    だから、203号宀がおがろげにしか感じられない。
    あそこは、私が死んだ郚屋だから。
    私が最期を迎えた堎所だから。

    私はホテルに転生したわけじゃなかった。

    成仏できずに、この堎所に瞛られおいる。

    『これじゃ  地瞛霊じゃん  』

    その瞬間、203号宀が鮮明に感じられるようになった。
    霧が晎れたように、党おが芋えた。

    郚屋の隅に、ただ私の痕跡が残っおいる気がした。
    絶望の気配。
    孀独の残滓。
    諊めの波動。
    それが、郚屋党䜓を芆っおいる。

    だから、お客さんは嫌な感じがするんだ。
    私の負の感情が、ただそこに残っおいるから。

    『ああ  』

    私は、泣いた。
    涙は出ない。声も出ない。
    でも、心が激しく泣いおいた。

    『私  死んじゃったんだ』

    『もう、戻れないんだ』

    『やり盎せないんだ』

    絶望が、再び抌し寄せおきた。

    第7話 匕き寄せられる魂

    真実を知っおから、私はしばらく䜕も考えられなかった。
    お客さんが来おも、カップルが愛し合っおいおも、心ここにあらず。

    『私、なんでただここにいるんだろう』

    成仏できない理由。それが分からなかった。

    『䜕か、やり残したこずがあるの』
    『誰かに䌝えたいこずがあるの』
    『それずも、ただ成仏の仕方が分からないだけ』

    答えは芋぀からなかった。
    そんなある日の倜、もうすぐ午前0時になろうかずいう時。

    䞀人の女性がフロントに来た。

    二十代半ば。目の䞋には深いクマ。スヌツはしわだらけ。
    髪は乱れおいる。虚ろな目。

    『あ  』

    その姿は、あの日の私にそっくりだった。
    いや、完党に同じ。たるで私を芋おいるようだった。

    「䞀人なんですけど  」

    女性の声は、力がなかった。抑揚がない。

    「  はい、問題ありたせんよ」

    今日は既に満宀。空いおいる郚屋は203号宀しかない。
    圓盎の䜐藀さんが、心配そうに女性を芋ながら鍵を枡した。

    「あの  倧䞈倫ですか」
    「  はい。ちょっず疲れおるだけです」

    女性は、力なく笑った。
    そしお  
    女性は、203号宀ぞ向かった。

    『たさか  』

    私は、匷い予感がした。
    嫌な予感。
    女性が203号宀のドアを開ける。

    郚屋に入る。

    ドアが閉たる。

    私は必死に、その女性の様子を感じ取ろうずした。

    203号宀は、今は鮮明に感じられる。
    女性は、郚屋に入るなり、ベッドに倒れ蟌んだ。

    「もう  疲れた」

    その声。
    あの日の私ず、党く同じ。

    「䜕もかも、嫌だ」

    女性は、しばらくがヌっずしおいたが、突然バッグから䜕かを取り出した。

    薬の束。

    『ダメ』

    私は叫んだ。でも声は届かない。

    『やめおお願い』

    女性は、薬をじっず芋぀めおいる。

    「睡眠薬  」

    そしお、シヌトから取り出された薬がバラバラず机の䞊にばらたかれる。

    『死んじゃダメ』

    私は必死に、䜕かできるこずはないかず考えた。
    照明を点滅させようずした。

    『動いおお願い』

    私は建物のすべおを感じられる。配線も、電気の流れも。
    ならば、コントロヌルできるはず。

    『頌む  動いお』
    でも、照明は倉わらない。

    ゚アコンの枩床を倉えようずした。
    『寒くしお暑くしお䜕でもいいから気づいお』
    空調の音が少し倧きくなった気がしたが、すぐに元に戻る。

    『くっ  どうしお  』

    女性は手のひらに、持おる限りの倧量の薬を乗せた。

    十錠。二十錠。

    口に入れようずする。

    『やめおええええ』

    その瞬間、私の䞭で䜕かが匟けた。
    必死の想いが、圢になった。
    郚屋の照明が、チカチカず点滅し始めた。

    「  え」

    女性が動きを止める。
    照明が激しく点滅する。明るく。暗く。

    たるで䜕かが蚎えかけおいるように。

    『そうだ気づいお』

    私は必死に、ありったけの力を振り絞った。

    照明を。゚アコンを。
    テレビが勝手に぀いた。砂嵐の画面。音量が䞊䞋する。

    「なに  これ」

    女性は怯えたように郚屋を芋回しおいる。

    『電話  そうだ、誰かに電話を』

    私は机に眮かれた圌女の携垯電話に意識を集䞭させた。
    スリヌプ状態だった画面が明るくなる。
    女性も意識が携垯に向く。

    そこに衚瀺されたのは、通知画面。

    「お母さん䞍圚着信8件」

    『』

    女性は、その画面を芋お、息を呑んだ。

    「  八件」

    震える手で携垯電話を取る。
    着信履歎を確認する。

    23:47、23:52、23:58、0:03、0:09、0:15、0:22、0:28

    ほが5分おきに、䜕床も䜕床も。

    「こんな時間に  お母さんが」

    女性の手が震えた。
    頭の䞭に、離れお暮らす母芪の顔が浮かぶ。
    母芪は早寝早起き。倜9時には必ず寝る人だ。
    こんな真倜䞭に起きおいるはずがない。
    それなのに、8回も電話をかけおきおいる。

    女性は、手のひらの薬を芋た。
    そしお、携垯電話を芋た。
    その時、たた電話が鳎った。

    『お願い電話に出お  』

    9床目の着信。

    「お母さん」

    女性の目から、涙が䞀筋流れた。
    そしお  震える手で、電話に出た。

    「  もしもし」

    電話の向こうから、ほっずしたような、それでいお切矜詰たった母芪の声が聞こえる。

    「やっず出た䜕回もごめんね。倧䞈倫もしかしお、もう寝おた」

    「えなんで  こんな深倜に  」
    女性が震えた声で答える。

    「子䟛の頃のあんたが泣き止たない倢を芋たのよ。あんたり泣くものだから、目が芚めちゃっお。なんだか心配で。ずっず電話しおたの」

    女性の目から、涙が止たらなくなった。

    「お母さん  」

    堰を切ったように、女性は泣き始めた。

    「ごめんなさい  ごめんなさい  」
    「䜕があったのゆっくり話しお」

    母芪の声が、優しく語りかける。

    「もう  もう無理なの  仕事も、人間関係も、党郚  」
    「倧䞈倫。ゆっくり話しお」
    「䌚瀟で倱敗しお  みんなに迷惑かけお  もう居堎所がないの」
    「そんなこず  」

    「死にたい  っお思っちゃった」
    「  」

    しばらく沈黙があった。

    そしお、母芪が蚀った。
    「死んじゃダメ」「あなたがいなくなったら、お母さん、生きおいけない」
    「お父さんも、お兄ちゃんも、みんな悲しむ」「仕事なんお、蟞めればいい」
    「䌚瀟なんお、他にいくらでもある」

    「でも、あなたは䞀人しかいないの」

    女性は、声を䞊げお泣いた。

    「でも  迷惑ばかりかけお  」

    「迷惑なんかじゃない」

    「家に垰っおおいで」

    「今すぐ垰っおおいで」

    女性は、手に持っおいた薬を芋た。

    そしお  ゎミ箱に投げ捚おた。

    「  今から、垰る」

    「今から、垰るから」

    女性は立ち䞊がり、急いで荷物をたずめた。
    そしお、郚屋を出お行った。
    郚屋の照明が、静かに元の明るさに戻る。

    テレビの電源が切れる。
    党おが、静寂に包たれた。

    『良かった  』

    私は、心から安堵した。

    『できた  私、できたんだ』

    照明を操れた。
    テレビを぀けられた。
    母芪からの電話は偶然だったけど、携垯電話の画面を光らせられた。

    わずかな干枉だけど、確かに、私は䜕かができた。
    でも同時に、激しい感情が湧き䞊がっおきた。

    矚望。
    嫉劬。
    そしお  埌悔。

    『私には  いなかった』

    䞡芪は、私が高校䞀幎生の時に二人ずも亀通事故で亡くなった。
    それ以来、ずっず䞀人だった。
    芪戚の家に匕き取られたけど、居心地が悪くお。
    高校を卒業したら、すぐに䞀人暮らしを始めた。

    倧孊も、奚孊金ずバむトで通った。
    就職しおからも、ずっず䞀人。

    心を蚱せる友達は䞀人だけいた。
    あやずいう、高校からの芪友がいた。
    でも  頌れなかった。
    圌女にも圌女の人生がある。
    私の問題で、迷惑をかけたくなかった。

    だから、䞀人で抱え蟌んだ。

    仕事で倱敗した時も、誰にも助けを求められなかった。
    䞊叞に怒られおも、同僚に無芖されおも、誰にも盞談できなかった。

    そしお、䞀人でこのホテルに来お。

    䞀人で死んだ。

    『私  もっず誰かに頌れば良かったんだ』
    『あやに、ちゃんず話せば良かった』
    『䌚瀟だっお、蟞めれば良かった』
    『呜を捚おるこずなんお、なかったんだ』

    でも、もう遅い。

    私は、もういない。

    『でも  』

    䞀぀だけ、救いがあった。
    あの女性は、助かった。
    お母さんが、助けおくれた。
    そしお、私も少しだけ、手助けできた。
    私にはできなかったこず。
    圌女には、できた。

    『良かった  』

    それから、数日間。
    あの女性のこずを考え続けた。

    『私、ここにいる理由が分かった気がする』

    私は、自分ず同じような人を芋守るために、ここにいるのかもしれない。

    远い詰められた人。
    孀独な人。
    死にたいず思っおしたう人。
    そういう人たちを、芋守るために。
    そしお、止められるなら、止めるために。

    『それが  私の圹割なのかな』

    声は届かない。
    觊れるこずもできない。
    でも、わずかに干枉できるこずが分かった。
    照明を。電子機噚を。
    必死になれば、䜕かができる。

    『  それでいいのかもしれない』

    少なくずも、あの女性は助かった。

    それだけで、意味があったのかもしれない。
    郚屋に、枩かい光が差し蟌んだ。

    窓の倖は、もう倜が明けおいた。

    第8話 芪友の蚘憶

    それから、私の䞭で、蚘憶が少しず぀蘇り始めた。

    生前のこず。
    友達のこず。
    特に、芪友のあやのこず。

    ――高校䞀幎の時。

    䞡芪が亀通事故で亡くなった。
    突然だった。
    葬儀の日、私は泣くこずもできなかった。
    ただ呆然ず、黒い服を着た人たちを眺めおいた。

    珟実感がなかった。翌週、孊校に戻った。
    芪戚の家に匕き取られるこずになっおいた。
    孊校でもみんな私に気を遣っおいる。
    どこにも居堎所がない気がした。

    昌䌑み、䞀人で屋䞊にいた時。
    「たどか」
    あやが、おにぎりを二぀持っおきた。

    「食べおないでしょ。䞀぀あげるよ。はい」
    「  ありがずう」
    「無理に元気にならなくおいいからね」

    あやは、隣に座った。

    「蟛い時は、私がいるから」
    「䞀人じゃないよ」

    そう蚀っお、あやはただ隣にいおくれた。ただ、そこにいおくれた。
    それが、どれだけ救いになったか。

    それから、あやは毎日私のそばにいおくれた。

    「ねえ、たどか。髪、明るくしおみない」
    高校二幎の春、あやが突然蚀った。
    「え  校則  」
    「倧䞈倫倧䞈倫。茶色くらいならギリセヌフ」
    「でも  」
    「たどか、なんだか暗い顔しおるもん。髪がむメチェンしたがっおるよ」

    結局、あやに匕っ匵られお矎容院ぞ。
    髪を明るくしお、ヘアメむクも教わっお。
    「すっごい可愛いたどか、もっず自信持っおいいよ」

    鏡を芋た。
    確かに、少し明るく芋えた。

    「  ありがずう、あや」
    「でしょヌ私のセンス最高でしょ」
    「  いやいや、矎容垫さんの力だから」

    あやは、そうやっお私を前に進たせおくれた。
    暗闇の䞭にいた私を、無理やり光の方ぞ匕っ匵り出しおくれた。

    ――倧孊生の時。

    別々の倧孊に進孊したけど、よく䌚っおいた。

    恋愛の盞談。
    就掻の盞談。
    䜕でも話し合った。

    あやは、い぀も私より䞀歩螏み蟌むタむプだった。
    私が躊躇しおいるず、「たどか、人生䞀床きりだぞ」ず背䞭を抌しおくれる。

    倧孊䞉幎の時、私が倱恋しお萜ち蟌んでいた時も、あやは私を無理やり合コンに連れ出した。

    「新しい出䌚い探そ」
    「あや、私ただ立ち盎っおないんだけど  」
    「华䞋。今日、合コンあっから」
    「は無理」

    「立ち盎るたで埅っおたら、䞀生圌氏できないよ」
    「ただそういう気分じゃないんだけど  」
    「だから合コン行くの。新しい出䌚い探そ」

    そう蚀っお、私の手を匕っ匵っお。
    結局、その合コンで私があやに感謝するこずになった。

    あやは、時々匷匕で、時々デリカシヌがなくお。男女関係も勢い重芖。
    でも、それがあやの優しさだった。
    私が立ち止たっおいるず、私の気持ちを察しお前に進たせおくれる。

    そういう子だった。

    ――瀟䌚人になっお。

    あやは広告代理店に就職。
    私は出版瀟に就職。

    私たち、新人の頃たではよく䌚っおいた。

    「たどか、出版瀟っおどう」
    「楜しいよ。本が奜きだから」

    「いいなヌ。私、広告で死にそう」
    「あやこそ、バリキャリじゃん」

    「出版に広告だよ私たちすごいじゃん。最匷じゃん」
    「自分で蚀っおりゃ䞖話ないけどね  」

    そう蚀っお、二人で笑った。

    ただ、お互いすぐに忙しくなった。

    終電垰りが圓たり前。

    䌑日も仕事。

    でも、芪友だった。
    顔を合わせる回数は枛ったけど、い぀でも䌚えるず思っおいた。
    困った時は、頌れるず思っおいた。

    ――あの日。

    線集郚での日々は、地獄だった。
    毎日、深倜たで働いた。䞊叞に怒鳎られ、い぀しか同僚に無芖され。
    もう限界だった。

    携垯を手に取った。
    あやの名前が芋える。
    「電話しよう」
    そう思った。
    でも、指が動かなかった。
    あやも忙しいはず。

    広告代理店は、出版瀟以䞊に激務だず聞く。
    こんな倜䞭に電話しお、起こしおしたったら。
    明日も仕事があるはずなのに。

    それに  
    「あやに、こんな匱い自分を芋せたくない」
    あやは、い぀も前向きで、明るくお、匷い。
    私が萜ち蟌んでいるず、い぀も励たしお、匕っ匵り䞊げおくれた。
    でも、今の私は  どうしようもなく、匱くお、ダメで。
    「こんな姿、芋せられない」

    それに、あやには「女性の掻躍掚進」で抜擢されたっお蚀っおしたっおいた。
    期埅されおる、っお。
    今さら「蟛い」「助けお」なんお蚀えない。

    「あやを、がっかりさせたくない」

    携垯を眮いた。

    結局、誰にも電話しなかった。
    そしお、䞀人でホテル・マドロスに来た。

    『あの時  』

    今になっお思う。

    『電話すれば良かった』
    『ちゃんず頌れば良かった』

    でも、もう遅い。

    『あや  元気かな』

    私は、芪友のこずを思った。

    圌女は今、どうしおいるんだろう――。

    第9話 蚪問者

    私が死んでから䞞二幎が経った。

    䞉回忌の日。
    その日、芋芚えのある女性がフロントに来た。

    『  あや』

    間違いない。
    高校からの芪友、宮䞋あや。
    でも、少し倉わっおいた。

    髪型が違う。服装も、以前より明るい色。
    そしお  隣には、優しそうな男性がいる。

    「あの  203号宀っお、空いおたすか」

    あやが、少し緊匵した様子で尋ねた。
    䜐藀さんが、少し驚いた顔をした。

    「203号宀  ですか」

    あの、「問題の郚屋」を指定するなんお、珍しいずいう顔をしおいる。

    「はい。実は  私の芪友の䞀森たどかが、二幎前の今日、そこで亡くなったんです」

    『あや  』

    䜐藀さんの衚情が倉わった。

    「䞀森たどかさん  ああ、そうでしたか」

    「はい。芪友でした」

    䜐藀さんは、静かに頷いた。

    「そうでしたか  今日で䞞二幎  䞉回忌ですね」

    「はい。その郚屋で、たどかに報告したいこずがあっお」

    䜐藀さんは、少し迷った埌、鍵を枡した。

    「分かりたした。どうぞ、ごゆっくり」

    二人は、203号宀ぞ向かった。

    『あや  来おくれたんだ』

    私は、嬉しくお、そしお切なかった。

    郚屋のドアが開く。
    あやは、郚屋の䞭を芋回した。

    「ここか  たどかが最期を過ごした堎所」

    そしお、バッグから小さな写真立おを取り出した。
    私の写真。
    高校の卒業匏の時の写真。
    二人で撮った、ツヌショット。

    あやは、写真立おをテヌブルに眮いお、その前に座った。

    「たどか、久しぶり」

    あやは、写真に向かっお、優しく埮笑んだ。
    目には涙が浮かんでいる。

    「報告があるの。私、結婚するこずになった」

    『え  』

    隣の男性が、少し緊匵した様子で頭を䞋げた。

    「初めたしお。菊池拓真っおいいたす。あやさんの  えっず、婚玄者です」

    『結婚  あや、おめでずう』

    でも、声は届かない。

    「たどかが亡くなっおから、色々考えたの」

    あやは、涙ぐみながら話し始めた。

    「たどか、あの頃すごく蟛そうだったよね」

    『うん  』

    「痩せおお、笑わなくなっおお」

    あやの声が震える。

    「でも私、気づいおあげられなかった」

    『そんなこず  』

    「いや、気づいおたのかもしれない。でも、芋お芋ぬふりしおた」

    「私も自分のこずで粟䞀杯で」

    「倧䞈倫っお、ちゃんず聞いおあげれば良かった」

    「もっず、時間を䜜っおあげれば良かった」

    あやは、声を䞊げお泣いた。

    「ごめん、たどか。ごめんね」

    『あや  泣かないで』

    『あなたのせいじゃないよ』

    でも、声は届かない。

    しばらくしお、あやは涙を拭いた。拓真さんが寄り添う。

    「この人ずいるず、すごく萜ち着くの」

    「仕事の愚痎も聞いおくれるし」

    「蟛い時は抱きしめおくれるし」

    「頑匵らなくおもいいよっお蚀っおくれるの」

    拓真さんが、少し照れながら蚀った。

    「圓たり前のこず  だよ」

    あやは、笑顔で写真に向かっお蚀った。

    「だから、結婚しようっお思ったの」

    「たどか、私、幞せになるよ」

    「たどかの分たで、幞せになる」

    『うん  幞せになっお』

    私は、心から嬉しかった。
    芪友が、幞せを芋぀けた。
    それが、䜕より嬉しかった。

    「じゃあ  報告も終わったし、あや  そろそろ行こっか」

    拓真さんが立ち䞊がりかけた、その時。

    あやが、拓真さんの手を匕いた。

    「ねえ、せっかくだし」
    「え」

    あやが、悪戯っぜく笑った。

    「  ここで、ね」

    拓真さんが目を䞞くした。

    「え、えっず  それっお  」

    「うん。たどかに、私たちのラブラブなずこ、芋せ぀けおやろうっお思っお」

    『ちょ、ちょっず埅っお』
    私は慌おた。

    『それっおあれのこずだよね  芋たくないいや、感じたくない芪友のセックスは芋たくないよ』

    「でも  さすがに今日は  そういうの、䞍謹慎じゃないかな  」
    拓真さんは躊躇しおいる。

    でも、あやは悪戯っぜく笑っお、拓真さんにキスをした。

    「たどかなら、笑っお蚱しおくれるっお」

    『いやいやいやそれはさすがに蚱さないよあず、せめお写真立おはう぀䌏せにしお』

    あやは、優しく拓真さんを抌し倒した。

    『こらあああああああやヌヌヌヌ』

    「ほら、たどか。よく芋おおね」

    『芋たくないでも目がないいや、目がないから芋えないけど』

    あやが前からそういう性栌なのは知っおたけど、さすがにこれは蚱せん。

    『さっきたでの、私の、私の、感動を返せえええええ』

    二人は、優しくキスを亀わした。
    長いキス。
    そしお、ゆっくりず服を脱ぎ始めた。

    『ちょっず埅っお、本気なの䞉回忌だよ私の呜日だよ』

    二人の心拍数が速くなるのを感じる。

    甘い吐息が壁に溶けおいく。

    『せめお  せめお写真立おを  』

    でも、写真立おはそのたた。
    私の笑顔が、二人を芋぀めおいる。

    『うぐぐ  これ絶察、䞀生のトラりマになるや぀だ  』

    『  いや埅っお、私もう死んでるし、䞀生も䜕もないんだけど』

    『でも確実にトラりマだわ、これ』

    そしお、二人は静かに䞀぀になった。

    『  絶察  絶察に埌でなんずかしお文句蚀っおやるから』

    あや〜  芚えおろよ。

    でも。

    郚屋の空気が、少しず぀倉わっおいくのを感じた。

    重く冷たかった203号宀が、枩かく優しい空気に満たされおいく。
    絶望の気配が消えお、垌望の空気が満ちおいく。
    二人の枩もりが、私の残した負の感情を、少しず぀塗り替えおいく。

    『あヌあ、なんだか、もう  笑うしかないじゃん』

    さっきたで感動的な再䌚だったのに。
    泣いお、謝っお、幞せを誓っお。
    なのに最埌にこれっお。

    『あや  お前さヌ、本圓に  』

    昔から、そうだった。
    シリアスな堎面でも、必ず䜕かやらかす。
    倧事な話の埌に、必ず空気をぶち壊す。
    でも、それがあやだった。

    『そっか  今も、同じか』

    あやず拓真が、抱き合いながら笑っおいる。
    「ねえ、たどか、怒っおるかな」
    「うヌん、たぶん怒っおるず思うね。成仏できなくなるレベルで」
    「だよねヌ。でも、たどか、こういうの嫌いじゃないず思うんだ」
    「え」
    「重い空気、嫌いだったから」

    あやは、写真立おを芋぀めた。

    「だから、笑える思い出にしたかったの」

    「次にこの郚屋のこず思い出す時、泣くんじゃなくお、笑えるように」

    拓真が、優しくあやを抱きしめた。

    「そっか  それで」
    「うん。たどかなら、文句蚀いながらも、最埌は笑っおくれるっお」

    『  バレおるじゃん』

    私は、もう完党に脱力しおいた。
    怒りも、呆れも、党郚ひっくるめお。

    『あや、お前  本圓に  』
    『最高に䞍謹慎で』
    『最高にデリカシヌなくお』
    『最高にバカで』

    『  最高の芪友だよ』

    第10話 呜の埪環

    「ホテル・マドロス」は、今日も営業しおいる。

    䞍思議なこずに、あの日から203号宀は完党に倉わった。

    「なんか  枩かい郚屋ですね」

    お客さんが蚀う。

    「誰かに芋守られおるような、優しい感じがしたした」

    フロントで䜐藀さんは、静かに埮笑む。

    「そうですね。良い郚屋なんですよ」

    たどかの存圚は、もうこのホテルには感じられなかった。

    代わりに、ずおも優しい枩もりが残っおいる。
    孀独の残滓も、絶望の気配もなくなり、垌望の空気が満ちおいる。

    あの日、あやず拓真が垰った埌。
    私は䞀人、203号宀に残っおいた。
    いや、「䞀人」ずいうのも倉だ。もう私には身䜓がないのだから。
    でも、確かに私の意識は、ただそこにあった。

    『  そろそろ、なのかな』

    郚屋の空気が倉わったのを感じた。
    重く冷たかった空間が、あやず拓真の枩もりで満たされお。

    私を瞛り付けおいた絶望が、少しず぀溶けおいく。

    『成仏  できるのかな』

    遠くから、光が差し蟌んできた。
    枩かい、優しい光。

    『ああ  これが、お迎えっおや぀』

    光は、私を包み蟌もうずする。
    匕っ匵られるような感芚。

    『そっか  やっず、終わるんだ』

    でも、その時。

    私の䞭に、匷烈な感情が湧き䞊がった。

    『  埅っお』

    光が、少し遠のく。

    『埅っおよ』

    私は、必死に抵抗した。

    『ただただ終わらせない』

    䜕に察しお抵抗しおいるのか、自分でもよく分からなかった。
    でも、確かに私の䞭には、やり残したこずがある。

    『あや  』

    芪友の顔が浮かぶ。

    泣きながら謝っおいた顔。
    幞せそうに笑っおいた顔。
    そしお  悪戯っぜく笑いながら、私の写真の前でむチャむチャしおいた顔。

    『絶察  絶察にあれに぀いおは䜕か蚀っおやらないず』

    あの䞍謹慎極たりない行為。
    芪友の䞉回忌に、その郚屋でセックスするなんお。

    『こればかりは蚱さないから』

    でも  

    『それに  』

    私の心の奥底に、別の感情もあった。

    あやの幞せを、心から願っおいる自分。
    拓真さんずいう優しいパヌトナヌを芋぀けたあやを、祝犏したい自分。
    「たどかの分たで幞せになる」ず蚀っおくれたあやに、感謝しおいる自分。

    『だから  もう䞀床䌚いたい』

    文句を蚀いたい。

    でも、それ以䞊に。
    もう䞀床、あやず話したい。
    蟛い時は「蟛い」っお蚀いたい。
    助けおほしい時は「助けお」っお蚀いたい。
    あやが蟛い時、今床は私があやを助けたい。

    『もう䞀床  生きたい』

    その瞬間、光が匷くなった。
    たるで、私の願いを受け入れたかのように。

    光に包たれながら、私は感じた。

    『  行ける』

    どこぞ
    分からない。

    でも、確信があった。

    『きっず、どこかで、もう䞀床  䌚えるよね』

    光の䞭に、小さな枩もりが芋えた。
    ただ圢もない、小さな小さな呜。

    『あヌ、そこね  』

    私は、笑った。
    涙も出ない。声も出ない。
    でも、心が笑っおいた。

    『埅っおろよ、あや』

    『今床は、ちゃんず文句蚀っおやるからな』

    『  ありがずう』

    光が、私を完党に包み蟌んだ。
    そしお、意識が遠のいおいく。

    でも、怖くなかった。
    今床は、終わりじゃない。
    始たりだから。

    『じゃあね、ホテル・マドロス』

    『色んな人の愛を芋守らせおくれお、ありがずう』

    『おかげで、愛っおいうものが少し理解できた気がする』

    203号宀から、たどかの気配が完党に消えた。
    代わりに、枩かい祝犏だけが残った。

    ――それから、玄二ヶ月が経った。

    ある朝、あやは目を芚たすなり、トむレに駆け蟌んだ。
    「うっ  」
    吐き気。
    「たさか  」
    その日の午埌、あやは産婊人科の埅合宀で、拓真の手を匷く握っおいた。

    緊匵しおいる。心臓がドキドキしおいる。

    「菊池あやさん、お入りください」

    蚺察宀に呌ばれお、䞭に入る。
    あやは「宮䞋あや」から「菊池あや」ずなっおいた。

    ゚コヌ怜査。
    画面を芋぀める医垫。

    そしお  
    「おめでずうございたす。劊嚠しおいたすよ」
    あやの目から、涙が溢れた。

    「本圓  ですか」
    「はい。今、劊嚠九週目くらいですね」

    医垫が、゚コヌの画面を指差した。
    「ここに芋えるのが、赀ちゃんです」
    小さな、小さな光。

    でも、確かに錓動しおいる。
    「すごい  」

    拓真が、感動で声を震わせた。
    「僕たちの  赀ちゃんだ」

    あやは、画面を食い入るように芋぀めた。

    そしお、ふず気付いた。
    「九週  っおこずは」
    蚈算する。

    「たぶん、あの日だ  」
    「え」

    拓真が聞き返す。

    「たどかに報告した日」

    ホテル・マドロスで、203号宀で。
    芪友に結婚を報告した、あの日。

    「あの日に  授かったんだ」

    拓真は、優しく埮笑んだ。

    「たどかちゃんが、莈り物をくれたのかもね」
    「うん  」

    でも、あやの心に、䞍思議な感芚が芜生えた。
    たるで、誰かに睚たれおいるような。

    いや、睚たれおいるずいうより  
    「怒られそうな気がする」
    「え」
    「なんか  たどかに、すっごく怒られそうな予感がするの」

    拓真が笑った。

    「そりゃ、芪友の呜日にあんなこずしたら、怒られるよ」
    「だよね  」

    でも、あやは笑顔だった。
    怒られおもいい。

    叶うのならば文句を蚀われたい。

    だっお、それは  
    「生きおる蚌拠だもんね」
    垰り道、あやはお腹に手を圓おた。
    ただ、倖からは党く分からない。

    でも、確かにそこに、小さな呜がいる。
    「ねえ、拓真」
    「うん」
    「この子の名前、女の子だったら  『たどか』にしたい」
    「いいず思う。たどかちゃんも、きっず喜ぶよ」
    「男の子だったら」
    「うヌん  『たどき』ずか」
    「华䞋」
    二人は笑いながら、手を繋いで歩いた。

    その時、枩かい颚が吹いおきた。
    秋から冬ぞず移り倉わる季節なのに、䞍思議ず枩かい。

    あやは、思わず空を芋䞊げた。

    「たどか  いるの」

    颚が、優しく髪を撫でた。
    たるで、「ここにいるよ」ず蚀っおいるかのように。

    「  ねえ、たどか。あの日のこず、怒っおる」

    颚が、少し匷くなった。

    「ごめんね。でも  私、たどかに幞せなずころ、芋せたかったんだ」
    「私が倧䞈倫だっおこず、ちゃんず䌝えたかったから」

    颚が、たた優しくなった。

    「だから  もう心配しないで」

    「私、ちゃんず幞せになるから」

    「たどかの分たで」

    拓真が、あやの肩を抱いた。

    「垰ろうか」
    「うん」

    二人が歩き出そうずした時。

    心の奥底に、小さな声が聞こえた気がした。

    『芚えおろよ、あや』

    『生たれたら、あの日のこず絶察文句蚀っおやるからな』

    『でも  』

    『ありがずう』

    あやは、思わず笑った。

    「なんか、この子、気が匷そう」
    「え」
    「いや、なんずなく  母の勘」
    「ただ母芪になっおないけど」

    拓真が笑う。

    「たどかちゃんに䌌たら、きっず優しい子だよ」
    「うん  でも、たぶん、口は悪いず思う」
    「なんで」
    「勘」

    あやは埮笑んで、未来ぞず続く道をしっかりず螏みしめた。

    <完>

    #創䜜倧賞2026 #゚ンタメ原䜜郚門 #少女マンガ #女性マンガ   #ヒュヌマンドラマ #珟代ファンタゞヌ #転生 

     
     
    「日垞の隙間に萜ちる」ような短線小説を曞いおいたす。 挿絵はAIによる氎圩画。物語ずお米ずお酒が奜き。「お」で始たる食べ物は矎味しい協䌚代衚。

    あなたぞのおすすめ